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「はいどうぞ!」
湯気と共に食欲をそそる匂いを立ち昇らせた料理はリナとラウルの間へと置かれた。
「ありがとうございます。それにしてもどうしてここに?」
お礼を口にしながら一度料理を覗き込んだラウルはテーブルの傍に立つあの料理屋のお母さんにそう尋ねた。
作戦の第一段階を終えた日の夜、あの商店街を訪れていた二人。真っすぐ伸びた通りを歩いていると丁度エプロンと頭巾のまま買い物袋を手にしたお母さんと出くわし、勢いそのままこのお店へと連れられたのだ。
「うちの方はまだ掛かりそうだからその間、ここの人が手伝わせてくれるって。家の人も厨房で頑張ってるのよ。やっぱりこういう時は体を動かしてるのが一番ね」
「なるほど。ではここの料理も絶品なのは間違いないですね」
「ここの人も料理上手なのよ。だからどれも美味しいわ」
そんな二人の会話を他所にリナはお箸を料理へと伸ばし小皿を経由して口へ。
「美味しいでしょ?」
確かにお母さんの声は期待に満ちていたが、それが無くともリナの答えは変わらなかったはず。それは彼女の舌が一番よく知っていた。
「美味しいです」
小さく頷きながら答えたリナにお母さんも嬉々とした笑みを見せる。
「今日は私の奢りだからじゃんじゃん食べてってね」
「いえ、そんな。ちゃんとお支払い致しますよ」
だがすぐさまラウルはお箸を持ったまま手を振り気持ちだけ頂くと言った様子。その間にもう一口、二口と食べ進めるリナ。
「前はそんなに食べれなったでしょう? あの後、片付けしたんだけど二人のテーブルには沢山の料理が散らばってたのよ」
すっかりバレてしまったと漏らすように苦笑いを零すラウル。その正面でリナは別の料理も口へ運んでは一人頷いていた。
「これはお恥ずかしい」
「そんな。むしろ助けてもらった上にありがとうね。だから今日はあの時の分だと思って沢山食べてね」
「ではお言葉に甘えて」
するとそのタイミングで他のお客に呼ばれお母さんは二人の元を去った。その後ろ姿を少し見送りラウルも目の前の料理へと視線を戻す。
「どれが一番美味しかったですか?」
「これ」
モグモグと口を動かすリナにそう尋ねたラウルは、彼女のお箸が指した料理を一番最初に小皿へ。
それから殆どラウルの一人喋りのような会話と共に夕食を済ませた二人は、お母さんの奢りでお店を後にした。来た道を戻りながらホテルへの帰路に就く二人。
でも商店街を出る前に足を止めたリナは振り返りひっそりと盛り上がる通りを眺めた。
「懐かしいですか?」
そんなリナの横顔にそう尋ねるラウル。
だがリナはラウルを横目で見遣ると商店街にそのまま背を向けた。
「別に」
そう返すとリナは歩き出し、ラウルもその後に続いた。
それからホテルに戻った二人はテーブル越しの椅子に体を休めながら座っていた。
「ホントに良いのが釣れると思う?」
「言い切る事は出来ませんがそうなると思いますよ。数日の内に新たな組織か個人かは分かりませんが、雇われた者が僕らを潰しに来るでしょうね。この程度で諦めるとも思えませんから」
「ならちゃんと的確に抜かないと」
リナはそう言いながらテーブルに凭れる刀へ視線を向けた。
「そうしてもらえるとありがたいです。何せ次に彼女が満足いかなければ僕が責任を取らないといけないですから」
「そう言われたら無駄に抜きたくなるけど、自分の為にも必要以上には抜かない」
するとリナはその言葉を残し立ち上がるとドアへ向かった。そしてドアノブへと手を伸ばし少し開く。
「どこかへ行くんですか?」
「別に。だた何となく外に出ようと思っただけ」
「正直ですね」
言葉の後、リナは外に出るとドアを静かに閉じた。
それからポケットに手を入れぶらり適当に足の赴くまま歩みを進めていくリナ。夜の街――行き交う人波の中、流れに身を任せる枝のように抜けていく彼女だったが、歩みを進むにつれ段々と波は穏やかになっていった。
そしていつの間にか波は消え、風一つ吹かぬ水面のように人けのない場所を彼女は歩いていた。通行人どころか道路にすらどちらからも車は来ない。
でもその静けさがリナには心地好かった。
「静かな夜……」
そんな風にただ足を進めていたリナはそろそろ戻ろうかと考えながら道路を渡り始めた。ここまで一台たりとも車両の類は通り過ぎていない道路へ踵を返す様に方向転換すると流れる川のように立ち止まらす足を進めていく。
するとその時。道路に出るリナに合わせ距離を空けながら同じ様に路上駐車から姿を見せる人影。しかもそれは一人ではなくわざわざ数えるが面倒な程の人数で、その全員が同じ格好で全身を覆っていた。パーカーフードで顔を隠し、手にはそれぞれの武器が握られている。
明らかに不審な集団に道路のど真ん中で足を止めるリナ。そんな彼女に合わせその集団も足を止めた。そしてリナが彼らの方を向けば、鏡写しのように集団も彼女の方へ。
だがお互いに言葉は一切無く、夜の静寂が依然と何事もないかのように流れ続ける。
するとリナの後方へ前方と同じだけの距離を空け、同じ服装の集団がぞろりぞろりと現れた。
それでも一切表情の変わらないリナは横を見るように僅かに振り向く。前後合わせ圧倒的な人数差に加え、既に挟まれ逃げ場はない。
そんな彼女を追い込むように二つの集団は悠々と足を進め始めた。
湯気と共に食欲をそそる匂いを立ち昇らせた料理はリナとラウルの間へと置かれた。
「ありがとうございます。それにしてもどうしてここに?」
お礼を口にしながら一度料理を覗き込んだラウルはテーブルの傍に立つあの料理屋のお母さんにそう尋ねた。
作戦の第一段階を終えた日の夜、あの商店街を訪れていた二人。真っすぐ伸びた通りを歩いていると丁度エプロンと頭巾のまま買い物袋を手にしたお母さんと出くわし、勢いそのままこのお店へと連れられたのだ。
「うちの方はまだ掛かりそうだからその間、ここの人が手伝わせてくれるって。家の人も厨房で頑張ってるのよ。やっぱりこういう時は体を動かしてるのが一番ね」
「なるほど。ではここの料理も絶品なのは間違いないですね」
「ここの人も料理上手なのよ。だからどれも美味しいわ」
そんな二人の会話を他所にリナはお箸を料理へと伸ばし小皿を経由して口へ。
「美味しいでしょ?」
確かにお母さんの声は期待に満ちていたが、それが無くともリナの答えは変わらなかったはず。それは彼女の舌が一番よく知っていた。
「美味しいです」
小さく頷きながら答えたリナにお母さんも嬉々とした笑みを見せる。
「今日は私の奢りだからじゃんじゃん食べてってね」
「いえ、そんな。ちゃんとお支払い致しますよ」
だがすぐさまラウルはお箸を持ったまま手を振り気持ちだけ頂くと言った様子。その間にもう一口、二口と食べ進めるリナ。
「前はそんなに食べれなったでしょう? あの後、片付けしたんだけど二人のテーブルには沢山の料理が散らばってたのよ」
すっかりバレてしまったと漏らすように苦笑いを零すラウル。その正面でリナは別の料理も口へ運んでは一人頷いていた。
「これはお恥ずかしい」
「そんな。むしろ助けてもらった上にありがとうね。だから今日はあの時の分だと思って沢山食べてね」
「ではお言葉に甘えて」
するとそのタイミングで他のお客に呼ばれお母さんは二人の元を去った。その後ろ姿を少し見送りラウルも目の前の料理へと視線を戻す。
「どれが一番美味しかったですか?」
「これ」
モグモグと口を動かすリナにそう尋ねたラウルは、彼女のお箸が指した料理を一番最初に小皿へ。
それから殆どラウルの一人喋りのような会話と共に夕食を済ませた二人は、お母さんの奢りでお店を後にした。来た道を戻りながらホテルへの帰路に就く二人。
でも商店街を出る前に足を止めたリナは振り返りひっそりと盛り上がる通りを眺めた。
「懐かしいですか?」
そんなリナの横顔にそう尋ねるラウル。
だがリナはラウルを横目で見遣ると商店街にそのまま背を向けた。
「別に」
そう返すとリナは歩き出し、ラウルもその後に続いた。
それからホテルに戻った二人はテーブル越しの椅子に体を休めながら座っていた。
「ホントに良いのが釣れると思う?」
「言い切る事は出来ませんがそうなると思いますよ。数日の内に新たな組織か個人かは分かりませんが、雇われた者が僕らを潰しに来るでしょうね。この程度で諦めるとも思えませんから」
「ならちゃんと的確に抜かないと」
リナはそう言いながらテーブルに凭れる刀へ視線を向けた。
「そうしてもらえるとありがたいです。何せ次に彼女が満足いかなければ僕が責任を取らないといけないですから」
「そう言われたら無駄に抜きたくなるけど、自分の為にも必要以上には抜かない」
するとリナはその言葉を残し立ち上がるとドアへ向かった。そしてドアノブへと手を伸ばし少し開く。
「どこかへ行くんですか?」
「別に。だた何となく外に出ようと思っただけ」
「正直ですね」
言葉の後、リナは外に出るとドアを静かに閉じた。
それからポケットに手を入れぶらり適当に足の赴くまま歩みを進めていくリナ。夜の街――行き交う人波の中、流れに身を任せる枝のように抜けていく彼女だったが、歩みを進むにつれ段々と波は穏やかになっていった。
そしていつの間にか波は消え、風一つ吹かぬ水面のように人けのない場所を彼女は歩いていた。通行人どころか道路にすらどちらからも車は来ない。
でもその静けさがリナには心地好かった。
「静かな夜……」
そんな風にただ足を進めていたリナはそろそろ戻ろうかと考えながら道路を渡り始めた。ここまで一台たりとも車両の類は通り過ぎていない道路へ踵を返す様に方向転換すると流れる川のように立ち止まらす足を進めていく。
するとその時。道路に出るリナに合わせ距離を空けながら同じ様に路上駐車から姿を見せる人影。しかもそれは一人ではなくわざわざ数えるが面倒な程の人数で、その全員が同じ格好で全身を覆っていた。パーカーフードで顔を隠し、手にはそれぞれの武器が握られている。
明らかに不審な集団に道路のど真ん中で足を止めるリナ。そんな彼女に合わせその集団も足を止めた。そしてリナが彼らの方を向けば、鏡写しのように集団も彼女の方へ。
だがお互いに言葉は一切無く、夜の静寂が依然と何事もないかのように流れ続ける。
するとリナの後方へ前方と同じだけの距離を空け、同じ服装の集団がぞろりぞろりと現れた。
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