18 / 23
18
しおりを挟む
たまたまその企みに気が付くのが早かったのか。それとも空切の反射という単純な力技なのか。理由は何にせよ、その手がナイフを掴む頃には既に力の入った足は体を後方へと押し進めていた。
そして刃先とすれ違いながら空切は大きく間合いを空けた。
だが致命傷こそ避けれたもののナイフの爪痕を残す様に腹部の服を切られ、そこから顔を覗かせる程良く鍛えられたお腹には一本の切り傷が刻まれていた。まるでお臍に濁点でもつけるように出来たその一本線から肌を伝う鮮紅は痛みに流した泪。
「別にあたしの趣味で着てる訳じゃないけど、こうして破かれると……」
空切は刀を左手に持ち替えると右の指先で服の切れ箇所をなぞりながら触れた。そして滑り込ませた指先で傷口を確認するように撫でてゆく。
それから濡れた感触を感じながら指先を顔前へ。
「何だかヤになっちゃうわね」
そう言って彼女は指先に付いた血をペロリ、舐め取った。
「さて、次はどんな風にあたしを楽しませてくれるのかしら?」
言葉を言い切るのが早いか、空切は空けた間合いを一瞬にして詰めた。
だが正面から一直線に迫っていたはずの彼女だったが、気が付いた時には視界から消え――再び気が付いた時には視界から一歩外れた死角へ。
右から左へ薙ぎ払うような刀は、遅れながらも滑り込んだナイフにその役目を妨害された。
先程までと違い中佐は左右へ一本ずつナイフを手にしている。その所為で一撃と一撃との間隔はより狭く絶え間ない。時に二方向同時に――時に時間差で。中佐はそれらをより高度な次元で行い、自由自在なナイフ捌きはまるで複数人を同時に相手取ってるかのような感覚さえ感じさせた。
だが空切は未だ余力を残しているのか楽し気な表情を崩さぬまま一つギアを上げては、先程と変わらぬ互角な戦いを繰り広げていた。
そして両手のナイフを連続で受け止めた空切は、三撃目をしゃがんで躱すが、次の瞬間には背後から襲い掛かるナイフを振り向きざまに構えた刀で防いだ。それからも四方八方から襲い掛かる二つの刃。その中心で空切は背後から振り下ろされようとも的確にそれを受け止め、弾いて見せた。
「そう簡単にお触りはさせない主義なの」
そしてそれは正面からの攻防の最中。中佐のナイフが下から三日月を描き抉るように空切の腕を掠めた。だが刃の後を追うように噴出す鮮血が宙へ散らばるもののそれは少量。深手と言うには少な過ぎる量だった。
それは最初に刃を交えてからの繰り広げられてきた戦闘の中でも取るに足らない一コマ。――のはずだったが……。
斬られた箇所を一瞥したその瞬き程度の隙を見逃さず、中佐は死角からナイフを忍ばせた。そのナイフを視界端で捉えるとほぼ同時に体を逸らせ始める。迫るナイフと後方へ逃げてゆく顔。そして刃先が睫毛を掠めながら間一髪でナイフを躱した空切だったが、体を戻す事はせずそのまま天を仰ぎ体を逸らせていった。
そしてまず片足が地面から離れる。流れは途切れることなく、体でアーチを描きながら両手が地面に着くと、先に上がった足が先行しそれを追いもう片足が地面を離れた。
すると後追いの足は地面から離れると持ち上げられる勢いのまま、轢くように途中で中佐の顔を蹴り上げた。それでも止まる事なく、天井へ向け開脚をするそれぞれの足は反対側へと渡っていく。
そして最初の位置から軽やかで滑らかなバク転をした空切は、最後に地面から手を離し逆さになっていた上半身を持ち上げた。
一方で天を仰がされた中佐は顔を正面へ戻すと血液混じりの唾を横へと吐き捨てた。
「どうやら予想以上に手練れだったらしい」
「あら。もしかして美人だから大したことないとでも思った?」
「お前は目的を達する為に誰かを殺せるか? 部下上司同僚一般人。そいつの犠牲で目的が達せるのなら、お前はどうする?」
「その時の気分かしら」
中佐の返事は会話を成していなかったが、空切は一瞬だけ悩む素振りを見せてからそう答えた。
「一部の敵を殺す為に街を一つ焼けるか?」
「そんな事しないわ」
フッ、と失笑するような声を零し言葉を続けた空切は首を微かに振っていた。
「だってそんなのつまらないでしょ? この手でちゃーんと食べた方が楽しいじゃない」
そう言いながら彼女は指先で刀身をそっと撫でて見せる。
「目的を達するのに一番必要なことは、どれだけ効率良く確実な選択をするか。それ以外のものは必要ない。適切な瞬間に、適切なカードを切る」
すると空切は突然、少し体を押され半歩後ろへ。ほんの一瞬だけ遅れ感じたのは――脇腹の触覚。だが次の瞬間には轟音で打楽器を殴り鳴らすかのような痛みの信号が脇腹から全身へと絶え間なく響き渡った。
理解を求めるように空切はゆっくりと視線を全ての感覚が集まる脇腹へ。
そこには向こうから伸びた触手のような一本の何かが、自分の体を貫いている光景があった。それを確認するのとほぼ同時にそれは引き抜かれ、彼女は意志とは関係なく膝から崩れ落ちていく。体にぽっかり空いた穴から閉め忘れた蛇口のようにドバドバと流れ出す鮮血は、手をやったところで止まるはずもないが彼女の片手を一瞬の内に血塗れにするには十分過ぎる量だった。
一方で彼女の体を貫いたものはひゅるりと一気に身を縮め、中佐の背後へと戻っていく。うねるそれは尻尾のようだが、先端では二つの剣身が十字を描いていた。
「自分を奢ってる者ほど良く効く。まさか相手が余力を残してるとは考えもしないからな」
そして刃先とすれ違いながら空切は大きく間合いを空けた。
だが致命傷こそ避けれたもののナイフの爪痕を残す様に腹部の服を切られ、そこから顔を覗かせる程良く鍛えられたお腹には一本の切り傷が刻まれていた。まるでお臍に濁点でもつけるように出来たその一本線から肌を伝う鮮紅は痛みに流した泪。
「別にあたしの趣味で着てる訳じゃないけど、こうして破かれると……」
空切は刀を左手に持ち替えると右の指先で服の切れ箇所をなぞりながら触れた。そして滑り込ませた指先で傷口を確認するように撫でてゆく。
それから濡れた感触を感じながら指先を顔前へ。
「何だかヤになっちゃうわね」
そう言って彼女は指先に付いた血をペロリ、舐め取った。
「さて、次はどんな風にあたしを楽しませてくれるのかしら?」
言葉を言い切るのが早いか、空切は空けた間合いを一瞬にして詰めた。
だが正面から一直線に迫っていたはずの彼女だったが、気が付いた時には視界から消え――再び気が付いた時には視界から一歩外れた死角へ。
右から左へ薙ぎ払うような刀は、遅れながらも滑り込んだナイフにその役目を妨害された。
先程までと違い中佐は左右へ一本ずつナイフを手にしている。その所為で一撃と一撃との間隔はより狭く絶え間ない。時に二方向同時に――時に時間差で。中佐はそれらをより高度な次元で行い、自由自在なナイフ捌きはまるで複数人を同時に相手取ってるかのような感覚さえ感じさせた。
だが空切は未だ余力を残しているのか楽し気な表情を崩さぬまま一つギアを上げては、先程と変わらぬ互角な戦いを繰り広げていた。
そして両手のナイフを連続で受け止めた空切は、三撃目をしゃがんで躱すが、次の瞬間には背後から襲い掛かるナイフを振り向きざまに構えた刀で防いだ。それからも四方八方から襲い掛かる二つの刃。その中心で空切は背後から振り下ろされようとも的確にそれを受け止め、弾いて見せた。
「そう簡単にお触りはさせない主義なの」
そしてそれは正面からの攻防の最中。中佐のナイフが下から三日月を描き抉るように空切の腕を掠めた。だが刃の後を追うように噴出す鮮血が宙へ散らばるもののそれは少量。深手と言うには少な過ぎる量だった。
それは最初に刃を交えてからの繰り広げられてきた戦闘の中でも取るに足らない一コマ。――のはずだったが……。
斬られた箇所を一瞥したその瞬き程度の隙を見逃さず、中佐は死角からナイフを忍ばせた。そのナイフを視界端で捉えるとほぼ同時に体を逸らせ始める。迫るナイフと後方へ逃げてゆく顔。そして刃先が睫毛を掠めながら間一髪でナイフを躱した空切だったが、体を戻す事はせずそのまま天を仰ぎ体を逸らせていった。
そしてまず片足が地面から離れる。流れは途切れることなく、体でアーチを描きながら両手が地面に着くと、先に上がった足が先行しそれを追いもう片足が地面を離れた。
すると後追いの足は地面から離れると持ち上げられる勢いのまま、轢くように途中で中佐の顔を蹴り上げた。それでも止まる事なく、天井へ向け開脚をするそれぞれの足は反対側へと渡っていく。
そして最初の位置から軽やかで滑らかなバク転をした空切は、最後に地面から手を離し逆さになっていた上半身を持ち上げた。
一方で天を仰がされた中佐は顔を正面へ戻すと血液混じりの唾を横へと吐き捨てた。
「どうやら予想以上に手練れだったらしい」
「あら。もしかして美人だから大したことないとでも思った?」
「お前は目的を達する為に誰かを殺せるか? 部下上司同僚一般人。そいつの犠牲で目的が達せるのなら、お前はどうする?」
「その時の気分かしら」
中佐の返事は会話を成していなかったが、空切は一瞬だけ悩む素振りを見せてからそう答えた。
「一部の敵を殺す為に街を一つ焼けるか?」
「そんな事しないわ」
フッ、と失笑するような声を零し言葉を続けた空切は首を微かに振っていた。
「だってそんなのつまらないでしょ? この手でちゃーんと食べた方が楽しいじゃない」
そう言いながら彼女は指先で刀身をそっと撫でて見せる。
「目的を達するのに一番必要なことは、どれだけ効率良く確実な選択をするか。それ以外のものは必要ない。適切な瞬間に、適切なカードを切る」
すると空切は突然、少し体を押され半歩後ろへ。ほんの一瞬だけ遅れ感じたのは――脇腹の触覚。だが次の瞬間には轟音で打楽器を殴り鳴らすかのような痛みの信号が脇腹から全身へと絶え間なく響き渡った。
理解を求めるように空切はゆっくりと視線を全ての感覚が集まる脇腹へ。
そこには向こうから伸びた触手のような一本の何かが、自分の体を貫いている光景があった。それを確認するのとほぼ同時にそれは引き抜かれ、彼女は意志とは関係なく膝から崩れ落ちていく。体にぽっかり空いた穴から閉め忘れた蛇口のようにドバドバと流れ出す鮮血は、手をやったところで止まるはずもないが彼女の片手を一瞬の内に血塗れにするには十分過ぎる量だった。
一方で彼女の体を貫いたものはひゅるりと一気に身を縮め、中佐の背後へと戻っていく。うねるそれは尻尾のようだが、先端では二つの剣身が十字を描いていた。
「自分を奢ってる者ほど良く効く。まさか相手が余力を残してるとは考えもしないからな」
0
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
女神様、もっと早く祝福が欲しかった。
しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。
今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。
女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか?
一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる