ひと夏の人喰い神獣

佐武ろく

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第三章 過去

過去4

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 翌日。

「乃蒼。今日も一人で遊びに行くのか?」
「うん! 行ってきまーす」

 父の声に答えながら家を飛び出した私はもはや習慣と化した神社へと足を進めていた。
 だが今日はその途中、いつもと違う出来事が私の人生の一ページを彩った。

「やぁ、君は神社の場所を教えてくれたあの良い子じゃないか。それも可愛らしいね」

 それは一昨日の帰り道で出会たあの長髪の男。
 その男とは、まるであの日を再現するように角から出て来たところで再会した。でも何故だろう一度会ったからか前回ほどの緊張はなくみんなへするように男へも元気に挨拶することが出来た。

「こんにちは」
「こんにちは。遊びに行くのかい?」

 うん、と私は頷いて答えた。

「いいね。こっちの方に行くの?」

 男は私が向かっている神社辺りを指差した。

「うん」
「それじゃあ途中まで一緒に歩いていいかな? お話でもしながらね」
「うん。いいよ」
「ありがと」

 そして莞爾とした笑みを浮かべお礼を言った男が横に並ぶと私たちは足並みを揃えて歩き出した。

「君はいつもどこで遊んでるの?」

 歩き出して数歩、早速男はそんな質問をしてきた。

「おっきなザリガニがいる川とか海も楽しくて綺麗なんだよ」
「一人で?」
「お友達と! 一人の時もあるけどね」

 真口様の事を友達と言ったのは我ながらいい判断だったと思う(もっとも当時の私は隠そうとしたわけじゃなくて思ってた事を口にしただけだけど)。

「へぇー。そりゃあいいね。緑に水に生物。自然は好きだ。特に森はずっとでもいられるね」
「私も大好き!」
「ほんとに? なら僕たちは気が合うかもね」
「うん! お兄ちゃんはここで何してるの?」

 その男がこの島の人間でないことは幼い私の目から見ても明らかだった(同時にそれほどまでにこの島には若い人がいないという意味でもある)。

「僕? 僕は――探してるんだ」
「何を探してるの?」
「本当の自分を」

 私は返事をする前に首を傾げた。

「お兄ちゃんは違う人なの? それってニセモノってやつでしょ?」

 ハハハ、と男は笑った。

「違うよ。そうじゃない。この僕も本物だよ。でも完全じゃない」

 今度は逆に首を傾げた。本物なのに本当の自分を探している。頭の中は無限回路に迷い込んだように訳が分からなくなっていた。同時に私は頭の隅で神主さんがしてくれた話を思い出していた。物理的に存在しないけど存在している。それと似た矛盾が私の首を何度も左右へ振り子のように振ったのかもしれない。

「まぁ気にしなくていいよ。それより君はあの神社に行ったことはあるかい?」
「うん」

 行ったことあるどころかほぼ毎日通ってる。

「そう。あそこは良い場所だよね」

 私は「うん。大好きだよ」と元気よく答えたが、正直あの場所自体には興味がなかった(もちろん神主さんは好きだけど)。私のお気に入りはその奥にある真口様の所。でもあの場所も神社の一部だと思うしあながち嘘という訳でもないだろう。

「ところで君は神様というのを信じてるかい?」
「うん! だっているもん」

 何故なら実際に会っては話して遊んでるんだから。だからこの言葉の説得力は凄まじいというか間違いない(もちろん、それを彼は知る由もないけど)。

「お兄ちゃんは?」
「そうだね。神様は存在するよ。それを否定する人たちも沢山いるけど、同時に助けを乞う人も山ほどいる。どんな願いにしろね」

 その男からは信じるというよりも確信に近いものを感じた。
 でも私はそんなことより嬉しさが勝っていた。何かこう秘密を共有できたような、そんな感覚を覚えていたのだ。

「でも実際の神様には会ったことなくてね。だから一度でいいからちゃんとした神様に会ってみたいものだよ」

 小さな子どもは嬉しい気持ちと自慢の区別がつかないと聞いた事あるけど、この時の私は一体どっちだったんだろうか。ただ神様という存在に会えたことがまだ嬉しかったのか、それとも会いたいと言う人に対しての自慢か。はたまた承認欲求的な何かなのか。
 兎に角私は男のこの言葉に思わず口を滑らせてしまった。

「私は神様に会ったことあるんだよ! 遊んだ事もある」

 分かった自慢だ。

「本当かい?」
「うん! 神様ってねとっても優しくてね。それにね、モフモフしてるんだよ」
「モフモフ? そりゃいい」

 それから私は真口様と遊んだ時の事を自慢げに話した。それはもう口が暴走列車と化した噂好きのおばさんの如く。どうやら私の中の眠れるばば様が一時的に目覚めてしまったらしい。早急に封印しないと。
 でもまだばば様は寝ぼけていたのか真口様が天笠千代さんのお墓を探している事に関しては一切言わなかった。私は一応昔から口が堅いらしい(別に真口様に口止めされていたわけではないが)。

「それは本当かい?」

 いくら神様の存在を信じているといってもこんな話を聞かされた普通の人はそういう反応をするもんだ。ましてや八歳の少女の言葉なら尚更だ。

「ほんとだもん!」
「他に見た人は?」
「だって私が出してあげたから他の人に秘密なの」
「じゃあ僕はいいの?」
「それは……」

 私の口ごもりと男の(何か考えているのか)黙った時間が重なると、どこからか聞こえてくる蝉の声だけが会話を続けた。
 するとその状況を破るように隣から手を叩く音がひとつ。

「そうだ。それじゃあ証拠って訳じゃないけど、僕も会わせてくれない? その神様に」

 次は私に考える番がやってきた。どうするか。それを子どもながらに考えているとある事に気がついた。私は別に誰にも言うなと口止めされている訳じゃなければ、バレてはいけないのはあくまでも神主さんだけだということに(しかもそれも私個人の問題だ)。
 そもそも真口様が神様であるとバレたくないのは私で、しかもそれは神主さんに怒られたくないから。だから神主さん以外に対して必死になってひた隠しにする必要はないのだ。当然ながら外から神主さんに伝わる可能性はあるけど、この男は島外の人。その心配もない――と思う。
 でも私の答えはその瞬間決まった(まぁ当時はここまで深くは考えてなかったとは思うが)。

「絶対内緒だよ?」
「神様に誓って」
「じゃあレッツゴー!」

 自分だけの秘密も悪くないがそれを共有出来る人がいるのもそれはそれで悪くないものだ(特に自分が教える立場の場合は尚更に)。私はすっかり気分よくなっていた。
 そんな私を先頭に男は真口神社へと向かった。
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