Peach Flows

佐武ろく

文字の大きさ
51 / 51
序章:現代桃太郎

【参拾壱】どろぼう猫の食あたり25

しおりを挟む
 建設現場から出発した桃とマノンは運悪く信号や軽い渋滞に巻き込まれ到着が遅れていた。

『十四時二十七分』

 ビルのエレベーターから降り時間を確認していた桃はAOFの前で足を止めた。
 そして懐中時計を仕舞ってkらドアを開ける。

「どうぞ」
「わりぃな」

 マノンのためにドアを押さえていた桃は彼女の後に事務所内へと入った。ドアを閉め来客用ソファへ目をやるとそこには既に狛井啓三郎が腰を下ろしており、その後ろには部下が二人立っていた。
 そして陽咲が丁度お茶を出したところ。啓三郎の正面にはリオが座っている。ドアの音に反応した陽咲とリオの顔は桃の方へと向くが、啓三郎は相変わらず杖に両手を乗せたままじっとしていた。

「どうやら間に合ったようじゃの」

 だが一番最初に声を発したのは啓三郎。

「えぇ、何とかでしたがね。ですが約束の物はちゃんと持ってきました」

 その言葉にマノンはポケットから宝石を出して見せた。

「勨治《しょうじ》」

 啓三郎に名前を呼ばれ二人の元に歩き出したのはサングラスをかけた人身象頭のあの男と人身犀頭の男。
 勨治はアタッシュケースを片手に持った男とマノンの前まで足を進めると手を出し宝石を要求した。それに従いその手に宝石を乗せると後ろで開かれていたアタッシュケースに宝石を嵌めた。アタッシュケースには黒い緩衝材が敷き詰められており、丁度真ん中に宝石一個分の凹みがある。
 そこに宝石を嵌めアタッシュケースを閉じるとスキャンをしているような音が聞こえ、その後にピピッ! という音が響いた。かと思うとケースは自動でロックされた。
 それを確認した勨治と男は啓三郎の後ろへ。

「うむ。よいじゃろう」

 そう言うと啓三郎は杖に体重を乗せ立ち上がった。
 そしてゆっくりと桃らの前まで歩みを進める。二人の部下もそんな彼の後に続いた。

「約束通り今回の件は水に流してやろう」
「ありがとうございます」

 桃は言葉の後に軽く頭を下げた。

「お主のことを少し調べさせてもらった。桃の一族だそうじゃな」
「えぇ。ご先祖様がそう名乗ったのか周りがそう呼び始めたのかは分かりませんが、父からはそう聞かされてます」
「狛井組に残された古い巻物にその名が出てきたことがあったが、まだ続いておったとはの」
「それは狛井組と(桃の)一族との間に交流があったということでしょうか?」
「気になるのならその目で確かめることじゃな。他にも知りたいことがあるのじゃろ?」

 その『他』というのが桃と彼との中で同じものなのかは定かではなかっったが、桃にとってその誘いを断る理由はなかった。

「では近いうちにお屋敷にお邪魔させて頂きます」
「わしは饅頭が好物での、楽しみにしとるぞ」

 啓三郎は土産に饅頭を持ってこいと遠回しに言うと「ほっほっほ」と笑いながらAOFを後にした。
 ドアが閉まるまで啓三郎を見送った桃は一休みする為にリオらが座るソファへ足を進める。桃より先に歩き出していたマノンは三人掛けソファへ倒れるように腰を下ろし、桃はその向かいリオの隣の一人掛けソファに座った。

「随分とかかったみてーだな」
「えぇ、思った以上に色々とありまして」
「桃さんコーヒー飲みますか?」

 啓三郎に出したお茶を片付けようとしていた陽咲がそう尋ねると、桃は顔を動かし彼女を見上げた。

「えぇお願いします」
「お客さんも何か飲まれますか?」

 桃の返事には笑みで答えた陽咲は次にマノンへ丁寧に体ごと向けた。

「ん~……そーだな」

 少し悩むマノンを微笑みを浮かべながらなにも言わず待つ陽咲。

「ミルクティーが飲みたい気分かなぁ~」

 それは数ある候補の内、強いて言えばこれというような感じだった。

「分かりました。ホットでいいですか? それともアイスがいいですか?」
「あったかいやつだな」
「すぐに持ってきますね」

 二人の要望を聞くと陽咲は給湯室へ。

「ひなたー。俺のも持ってきてくれー」

 そんな陽咲にリオはついでという風に自分の分を頼む。それを彼女は快く了承した。

「そう言えば蘭玲の姿が見当たりませんが何か依頼でもあったのですか?」
「いや。今日はまだ何もないけどな。寝てんじゃねーのか?」
「その可能性は高そうですね。まぁ依頼がないのなら構いませんが」

 すると桃は思い出したようにポケットから車の鍵を取り出すと身を乗り出してマノンへ差し出した。

「忘れぬうちにお返ししときます」

 マノンはそれを受け取るとポケットに仕舞い桃はソファへ戻った。

「これで一件落着ですね」
「そーだな。俺も疲れちまったし姉貴に車返したら暫く休むとするかな」
「どこかでバカンスですか?」

 その質問に両手を頭にやり天井を見上げるマノン。

「そーだな。――美術館とか博物館ってのもいいかもな」
「あなたが美術品に興味があるとは意外ですね」
「あーゆうとこは好きだぜ。セキュリティがしっかりしてるからな」
「忍び込む方でしたか」

 思わず苦笑いを浮かべる桃。

「安心しろ。俺は休暇の侵入じゃ物は盗まねーからな」
「盗んでるだろ」
「今回はたまたまだ。でもまじで依頼じゃなきゃたまにしか盗まねーから」

 人差し指を立て訴えるようにそう言っていたが、その言葉はやはり信憑性に欠けていた。そんな会話をしていると飲み物をトレイに乗せた陽咲が戻って来てそれぞれの前へ。全員に配り終えるとその後にもう一度給湯室へと戻った。
 そしてみんながカップを手に取り一口飲んでいる間に、すぐ戻ってきた陽咲は一切れずつの色んなケーキが乗った長方形の大皿を真ん中に置き、人数分の重ねた小皿とフォークの入ったカトラリーケースをその横に置いた。

「良かったらどうぞ」
「ありがとうございます」

 皆を代表するように桃がお礼を言うと陽咲はトレイを片付けに戻り、そのまま自分のデスクへ行き仕事を始めた。
 それから暫くケーキを食べつつ雑談をしているとノック音が響き、開けた陽咲が中に招きいれたのは緊張気味の若い女性の依頼人。その依頼人と入れ替わるようにマノンは今回のお礼を桃に言いAOFを後にした。
 そして依頼人から話を聞いている途中で慌てた様子の蘭玲が飛び込むように入って来ると、開口一番遅刻を謝罪。
 それからAOFはいつも通り依頼をこなしていった。

 〇〇〇

 それから数日後、ガラスのように薄いタブレットを片手にデスクに座っていた桃は思わず笑みを浮かべた。それはタブレットで見つけたとある記事。見出しはこうだった。

『真夜中にセレード近代美術館の警備システム作動するが被害なし! 誤作動か?』
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...