25 / 55
第三章:夕日が沈む
12
しおりを挟む
「さっきの話を聞いて僕。もしあの時、お母さんが夕顔さんの元に来ていたら――言い切る事は出来ないけど僕は一生、夕顔さんの事を知る事が出来なかったと思います。こうやって直接話すことも。だからそう言う意味では、自分勝手なのは分かってるし夕顔さんの気持ちを無視してるのも分かるけど――良かったってちょっとぐらい思っちゃうんですよね」
「正直に言うてその気持ちは分からんでもあらへん。わっちも遊女ちゅー生き方は好かんでずっと逃げ出したかったけど、全てを否定するには遊女としてええ出会いをし過ぎた。朝顔姐はんに蛍、そいでもちろん八助はんもな」
「でも遊女としての生活は辛いんですよね? 今すぐにでも止めたいですか?」
「その質問は意味があらへんな。どれだけ苦痛を感じようと遊女を止めるかどうかはわっちの意思ではどうにもならへん。遊女を止められるんは身請けされるか年季明けを迎えるか、それか死ぬかやな。そやけどわっちは死ぬ気はあらへん。身請けは分からへんけど、年季明けはあと五年。あと五年で全てが終わる」
「終わったらどうするんですか? ここを出られたら何かする事とか決まってます?」
その言葉に私は今朝にした蛍との会話を思い出した。朝食を食べながら少し考えてみたが答えは決まって分からない。それは今も同じだ。
「さぁ。一体何してええのかも。何がしたいのかも分からへん」
「そうですよね」
「そやけど多分お金はあらへん思うさかいまずは八助はんのとこで働かしてもらおかな」
「えっ? 三好でですか?」
「あかん?」
彼は「んー」と言いながら眉間に皺を寄せながら小首を傾げた。
「僕に言われても……。そういうのは源さんが決める事だし。でもあの夕顔さんが店に居るならお客も増えそうですけどね」
「ならええって言うてくれそうやな。もしあかんかったら……」
私は言葉を途切れさせると彼の方を見遣った。遅れて視線を感じたのか続きが聞こえないのを変に思ったのか彼の双眸にも私が映る。
「なんですか? 何かいい方法でも?」
答えを言う前に私は彼の手に触れた。上から包み込むようにそっと。
「八助はんに嫁ぐ事にしよかな」
「――えーっと。からかってます? それともからかってます?」
「さぁー。どうでありんすかね」
若干わざとらしく私は小首を傾げた。
「そやけど八助はんと一緒におると楽しいし落ち着くのんはほんまやで」
言葉と共に私は顔を前へ逸らすと彼に寄り掛かった。
「いけずな人ですね」
どこか嬉しそうに、そして呟くようにそう言った八助さんは掌を上へ向けると私の手を握り締めた。指を絡めるようにしっかりと握られた手から伝わるちょっと熱い体温。私は何も言わず静かに微笑むとそれからは二人してその状態のまま春先のような沈黙に溶け合った。
「正直に言うてその気持ちは分からんでもあらへん。わっちも遊女ちゅー生き方は好かんでずっと逃げ出したかったけど、全てを否定するには遊女としてええ出会いをし過ぎた。朝顔姐はんに蛍、そいでもちろん八助はんもな」
「でも遊女としての生活は辛いんですよね? 今すぐにでも止めたいですか?」
「その質問は意味があらへんな。どれだけ苦痛を感じようと遊女を止めるかどうかはわっちの意思ではどうにもならへん。遊女を止められるんは身請けされるか年季明けを迎えるか、それか死ぬかやな。そやけどわっちは死ぬ気はあらへん。身請けは分からへんけど、年季明けはあと五年。あと五年で全てが終わる」
「終わったらどうするんですか? ここを出られたら何かする事とか決まってます?」
その言葉に私は今朝にした蛍との会話を思い出した。朝食を食べながら少し考えてみたが答えは決まって分からない。それは今も同じだ。
「さぁ。一体何してええのかも。何がしたいのかも分からへん」
「そうですよね」
「そやけど多分お金はあらへん思うさかいまずは八助はんのとこで働かしてもらおかな」
「えっ? 三好でですか?」
「あかん?」
彼は「んー」と言いながら眉間に皺を寄せながら小首を傾げた。
「僕に言われても……。そういうのは源さんが決める事だし。でもあの夕顔さんが店に居るならお客も増えそうですけどね」
「ならええって言うてくれそうやな。もしあかんかったら……」
私は言葉を途切れさせると彼の方を見遣った。遅れて視線を感じたのか続きが聞こえないのを変に思ったのか彼の双眸にも私が映る。
「なんですか? 何かいい方法でも?」
答えを言う前に私は彼の手に触れた。上から包み込むようにそっと。
「八助はんに嫁ぐ事にしよかな」
「――えーっと。からかってます? それともからかってます?」
「さぁー。どうでありんすかね」
若干わざとらしく私は小首を傾げた。
「そやけど八助はんと一緒におると楽しいし落ち着くのんはほんまやで」
言葉と共に私は顔を前へ逸らすと彼に寄り掛かった。
「いけずな人ですね」
どこか嬉しそうに、そして呟くようにそう言った八助さんは掌を上へ向けると私の手を握り締めた。指を絡めるようにしっかりと握られた手から伝わるちょっと熱い体温。私は何も言わず静かに微笑むとそれからは二人してその状態のまま春先のような沈黙に溶け合った。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
愛のかたち
凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。
ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は……
情けない男の不器用な愛。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる