ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

文字の大きさ
36 / 104
第四章 金蘭の契~きんらんのちぎり~

第三十二話

しおりを挟む
 時は少し遡る。

 滋葵しげの術で、分断された世羅は紅音と対峙していた。場所はどこだかわからないものの、広くて長い廊下だった。周囲に人の姿は無い。

 世羅もまた、陽と和泉を、まとめて連れてくという目的に気づいていた。早々に陽がやられることは無いと思っているが、もう凛が犀破の元へ戻らない以上、今和泉を奪われるのは断固として避けたかった。
 僅かな間の思考だったが、赤い絨毯から黒いも帯状のものがずるっと這いずり、世羅目掛けて迫る。

「全く…人の念ほど穢らわしいものはないね。」

 世羅はなんてことの無いと言うように這い出てきた黒いものを狐火を纏った腕で殴りつける。結果的に、世羅だけが分断されたのだが、それは却って好都合だった。なぜなら、心置きなく、紅音このおんなを殺せるから。

 世羅は、殴りつけた黒い帯をそのまま引っ張る。それは紅音の腕に繋がっていたようで、勢いそのまま壁へと叩きつけた。しかし、屋敷の壁に叩きつけたはずの華奢な紅音の身体は無傷のまま、ゆらりと立ち上がる。

「さて、どうしようかな。君もとんだ女狐だったわけだ。」

 正直世羅自身は、紅音の命などどうでもよかった。腐っても陰陽師の端くれ。そこまで愚かではないと信じたかったが、世羅自身もまた少し人間に毒されて甘くなったのやもしれないと反省する。
 髪鬼かみおにの件で、今後火種にしかならないのであれば、早いところ消してしまうのが懸命だったのだろう。さっさと片して、陽たちへの援護へまわる。世羅がそう決意すると同時に、狐火の火力が上がり炎は燃え盛る。

「うるさいわね、あなただって何考えてるかわかんないくせに。本当に陽のこと考えてるか怪しいもんだわ。」

 紅音の手から出てくる、黒い液体がばしゃっと音をたてて、世羅の狐火を消す。それは、黒く澱んだ水だった。

「少なくとも、君よりははるかにマシだと思うけれどね。」

 うねる黒い動き、その手の模様に、澱んだ水。
 犀破のよくやる手だ。むしを媒介して己の力を流し込み、相手を妖へと堕とす。そのむしによって、使える力が異なってくる。
 世羅は、かつて自分も、そうやって堕とされたことを思い起こし僅かに顔を歪める。あの時は、世羅自身が手前仕方がなかったと言い聞かせる。

 こうが得意だった紅音。けれどその身に宿したのは水の力を持つ大蛇。相性としてよくはなかった。一方で、狐火をメインとして扱う世羅にとっても、不利な相手である。

 不利であっても、そんなものは戦いようで、水量を超える火力で水を枯らしてしまえばいい。広範囲に炎が拡散していく。さっきの滋葵しげの言葉からして、どうせこの屋敷は今、妖なんだから、被害を気にする必要も無い。思いっきりいこうと開き直る。

 人の身体であればひとたまりもないほどの業火が周囲を包む。紅音は腕から滲出する黒い蛇をまるで鞭のようにしならせて炎を振り払い、世羅へと接近する。
 左手に黒い水を纏い、右手で金のこうを武器に持ち、世羅へと殺意を向けて突進してくる。

は、私が陽に教えたことだよ。」

 範囲的な攻撃をしてくる相手には、まず懐へ。けれどそれは、間合いを詰めても問題ない相手のみ。そして今は、あえて炎を一部弱めておいて、紅音がそこをめがけてくるように誘導した。

「中途半端に力を得て、なんでも手に入った気になるんじゃないよ小娘が。」
「!?」

 鳩尾みぞおちに蹴りを叩き込む。世羅がピンポイントで誘い込んだ結果、いい位置に入ったのが感覚で分かった。
 紅音が意識を失い、その場に倒れ込むと、澱んだ水も黒くうねる蛇も、金のこうもまるで初めからなかったかのように空間に溶けて消える。
 顔を含め、命を奪いかねない急所を狙わなかったのは世羅の中にほんの少しだけ残った同情の気持ちからなのか。はたまた、紅音が死んで悲しむであろう陽を思ってのことか。
 どちらなのかは、世羅自身にも分かっていなかった。

「付け焼刃の力で勝とうなんて、百年早いよ。」

 せっかく手加減をしてやった紅音を拘束しようと近づいたが、紅音の倒れ伏した床から、黒い蛇がまるで縄のように紅音の体を縛る。そしてそのまま、覆い隠すほどになった蛇たちが紅音を床へと溶け込ませていく。逃げられた。

「世羅。」

 先程まで紅音の身体が確かにあったその場所を見つめる世羅の背に、凛の声が投げかけられる。

「凛、和泉ちゃんは。」
滋葵しげをやってそのまま大広間へ戻ったわよ、そっちで何かあったみたい。それで。あの小娘は?倒したの?」
「……じゃあ大広間へ急ごう。」
「ちょっと、まさか逃がしたの?」

 世羅は沈黙を肯定としたまま、大広間の方へ走り出した。

 *****

 大広間。

 陽の祓詞が、犀破を呑み込もうとする。正直、陽の心身はとっくに限界だったが、やるしかなかった。このまま祓いきるために叩き込んだはずだった。

「なァにやってるんすか。」

 毒気の抜けるような明るい声の主、髪を後ろで括った少年、依織いおり。陽の全身全霊の力は、無情にもあと一歩届かなかったことを裏付ける声。

「今助けたんで、こないだの失敗、チャラでお願いしますよ。
 で?どうしますこの人間、もう限界っぽいけど、やっていいんですかね。」

 依織いおりの持つ対の大きな刃物が鈍い光を放つ。犀破を抱えた状態であるがそれでも、今の陽を殺めることなど容易だ。白鹿がいなないて陽の前に立ちはだかるものの、その白い体躯は依織いおりの無慈悲な刃が両断する。

 同じような衝撃が、陽の体にも起きるのは必然に思えたが、それは起きなかった。依織いおりの武器は、振り下ろされていない。否、鈍い金属の音を響かせて何かに防がれていた。

「全く、少しは見所があるんじゃなかったのかしら、この人間は。」
「見所しかないでしょ、いきなり1人で放り込んで、よく耐えたと思うよ。」

 世羅と凛、金と銀の双璧が並び立つ。二人に防がれた依織いおりは小さく舌打ちして距離をとる。

「あら、尻尾まいてさっさと逃げたらいいのに。」
「こないだ俺を無理やり帰らせたアンタがそれ言うわけ??」
「ええ、私は自分の目的のために動いているから。アンタたちの駒じゃない。これまでちゃんと欺けてたようでなにより、でもそれも今日でおしまい。」

 青白い炎が折り重なるように、依織と犀破めがけて畳みかけられる。

「ふん、そうやって息巻いていろ。
 そこで無様な姿を晒してる人間。お前が憎むべき相手は誰なのか、よくよく考えることだな。」

 陽は、さっきの祓詞にすべてを載せたつもりだった。しかし、載せたばっかりに、まともに動けなくなってしまい、世羅と凛が間に合っていなければ今頃死んでいた。状況把握、陽自身のペース配分、思考が増えて明らかにミスをしていたことを思い知らされる。

「なんだ帰るんですか。そこの人間くらいなら殺しておけるのに。」

 依織はまだ戦う意欲がありそうだったが、犀破がそれを制止するやいなや、その背後がぐにゃりと歪む。逃げられると悟った陽がなおも追いかけようとするのを世羅が止めた。そんなことをしている間に、犀破と依織の姿はもうなかった。

「…く、そが…!
和泉……!?」

 陽は、視界に入る黒い物体で我に返る。和泉が、怪我を負ったままであることを思い返す。
 慌てて陽がそれに手を触れると、その黒い塊はまるで氷が解けるように消えていく。中には血だまりの中に倒れ伏している和泉の姿があった。

「っ、……陽?」

 脇腹を貫通したはずの和泉は意識があり、身体はどこも怪我はしていなかった。しかし血の跡は残っている。それはまるで、この一瞬で癒えたような奇妙な状況。

「馬鹿、お前……!死ぬ気か!?」
「し、死ななかったよ、やっぱり、犀破の言ったこと、正しかったから……それで。」
「痛いのに変わりねえだろ、馬鹿……!」
「い、痛いけど、あのままだったら陽が危なかった……!私、不老不死ならそれでいいかなって……」
「二人とも、そのへんにして。出るよ。屋敷が崩れる。」

 散々に荒らされ燃やされた屋敷はすでに限界だった。あちこちで嫌な音を立てて崩れている。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

さようなら、たったふたつの

あんど もあ
ファンタジー
王子に愛されてる伯爵令嬢のアリアと、その姉のミレイユ。姉妹には秘密があった……。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

処理中です...