ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第五章 槁木死灰~こうぼくしかい~

第四十四話

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「悠河、お前ひとりで陸の相手できるか。」
「……っ、まさか陽、あの女のとこいくつもりか。あいつ、そんなやられるようなやつじゃないんじゃねえのかよ。」

 悠河が万全でないのは陽にもわかる。それでも、陸が時間稼ぎと言った以上このままそれに付き合う道理はない。その2人のやりとりをじっと見ていた陸はやっぱり笑う。

「力だけでいえば斎王が強いに決まってるじゃん、僕が言ってんのは、のこと。」

 陸が、胸のあたりをとんと拳で叩く。

「僕は、昔の和泉ちゃんも、ちょっと前の和泉ちゃんも覚えてるの。
 ……何を言えば傷ついて、何を言えば喜ぶかくらい、わかるからさ。」
「あの崩落は……和泉のせいじゃねえだろ!」

 依織いおりとかいったあの見た目だけは少年の妖。犀破の配下。おそらく彼もまたかつての世羅や凜と同じくいつきもりの一人だったのだろう、今は、犀破に従い人間たちを脅かす存在。アレが襲ってこなければ死傷者は出なかったのだ。ぎりぎりまで犠牲者を出すまいと、和泉が戦っていたのを陽は知っている。

「直接はそうだけど。そんなの、被害に遭った方からしたらどうだってよくない?和泉ちゃんさえいなければ、こんなことにはならないんだから。」
「それを言い出せば!キリがねえだろうが!」

 初めて出会った時、行きずりとはいえ、結果的に死の淵で救い上げることになった。あの時の判断は、少しも後悔していない。なのに、救い上げた世界は、いつも和泉を追い詰めている。誰かのためだとか、誰かのせいだとか。自分で決めた理由を、他者に押し付ける。
 全ての結果には原因があるのかもしれない、その原因を見つけて納得したがるのが人だ。それを悪いとは思わない。だとしても。

「自分が納得いかねえことを、誰かに押し付けるな!」

 右手の赤が熱を帯びる。手に持ったごんこうを伝い、炎が起こったと同時に踏み込み、陸めがけて振り下ろす。

すいこう 海割うみわり

 しかし陽の炎を纏った斬撃は、陸が放った水の障壁に阻まれる。陽と、陸の間に現れる水の障壁が、炎をかき消すかと思えたが、火の威力が上がり水の障壁は音を立てて蒸発する。それよりも、もくこうしか扱えなかったはずの、陸が水を扱っていることに陽は少なからず動揺をする。

「さっすが、斎王さいおう直々の力。でも~?その調子で使ってたら、けっこうきついんじゃないの?使えるのは火だけ?陽、得意だもんね。ただ、今日の天気だと相性悪そう。」

 咄嗟とは言え、陸の水をかき消すほどの火力。いまいち力のセーブ加減がまだわかっていないことがバレていた。今いるのは校舎の中だが、学校中の窓ガラスが割れていてそこから風雨が吹き込んでいる。長く降り続く雨が、植物を活性化させている。場面は、完全に陸が有利なように動いている、はずだった。

 何の前触れもなく、窓ガラスを風が揺らす音がしたかと思うと、柔らかな日の光が、校舎の窓から校内に降り注ぐ。

 その日差しを見た陸の表情は、強張る。陽は、一瞬だけ安堵の表情を浮かべ、口角を上げる。

「な、んで……!?」
「水のあげすぎは根腐れ起こすだろ。たまには日の光にも当たっとけよ。」

 窓から差し込んだ日の光が、ちょうど陸の目をくらませた隙を陽は逃さない。またも水の障壁が陸を覆うが、先程と違い詠唱も間に合わっていない未熟なこうもくこうよりも慣れていないのが、露呈する。火を纏わないままの横凪ぎだけで、ばしゃりと音を立てて消えていく。

 陸とはゼロ距離。その勢いで斬撃が飛んでくると思っていた陸はとっさに手を前に庇う動作をするが。その行為は無意味だった。陽が叩き込んだのは、術も行も何も乗ってない右足の蹴り。
 予想だにしない下方攻撃をもろにくらった陸は、そのまま廊下の壁に吹っ飛ばされる。

「が……っ。
 ……ちょっ、と、手に武器もってんなら、そっち、使い、なよ……!
 相変わらず、足癖、悪いんだからっ!」
「ほざけ。反魂はんごんってことはお前もう人間の身体じゃねえんだから、手加減なんざいらねえだろ。」

 陽は、手加減なく蹴った。

 本当に滅するのであれば、あの距離で炎を叩き込めば反魂による仮初の身体など一瞬で炭にできただろう。それをわかった上で、陽はあえて物理で、蹴りをいれていた。

「陸……!」

 直後、和泉が入ってくる。
 全身ずぶ濡れのまま、陸の下へ駆け寄り、そのまま抱きしめる。いきなりの状況に陸が慌てふためく。

「ちょっ……何、全部、君のせいじゃん……この期に及んで、なんだよ!」

 ざわざわと陸の背後から植物が蠢く。陽がそれらも斬ろうと思わず身構えたのを、和泉は首を横に振って制止する。

「ごめん、ごめんね。
 いっぱい背負わせて、こんなことさせるくらい追い詰めて。……無理して攻撃してたんでしょ!?」
「……っ」
「全部あの子に、聞いた。私のせいで、陽たちを巻き込んじゃうから……だから、私が狙いだったんだよね。変わってないよ、私と同じで全部抱え込んじゃうの。」
「うるさい、黙って!あんたのことなんか、もう……!
 君となんか出会わなきゃよかった、そうすれば僕たちは四人ずっと一緒だったのに!」

 陸の顔には取り繕ったような笑みはない。その声に、人を食ったような余裕の色はない。上擦った声は、その緑青色の瞳から涙を流していた。

「陸が、守ってくれた!陽が救ってくれた命だから、私が勝手に捨てられないよ!」

 和泉に押さえつけられている、と思って泣きながら抵抗していた陸の動きが止まる。

「陸は、友達を……陽と悠河と、紅音さんを、守りたかったんだよね。」

 幼なじみと、かつて仕事で庇護対象だっただけの和泉と。どちらかを選ぶと言われて、幼なじみを選ぶのは当然だった。だが、その判断すらも陸を苦しめた。

「陸、聞いて。
 紅音さん、犀破のとこに行っちゃったの。妖堕あやかしおちになってしまったかもしれない。だから、助けないと。」
「……っ!
 なんで、紅音ちゃん、が……!」
「お願い、陸、力を貸して。四人でいたいんでしょ。私、もう、陰陽連の力は借りられない、だから少しでも助けがいる。」

 陸の声は、まだ震えている。しかしその頬に流れているのは、怒りに身を任せたむちゃくちゃな涙ではなかった。

「なんで……僕はこんなになっちゃったのに。和泉ちゃん、君は……変わらないの?」
「言ったじゃん、陸だって変わってないよ。
 本当に、私のことを恨んでたなら、最初……校舎にたたきつけるなんて面倒な事する必要ない。完全に奇襲だったんだから。わざわざ死体の偽物まで用意して、分断して……元々、誰も殺す気なんかなかったんでしょ?さっきも、陽が着た直後私がここを離れる時だって、陸は気づいてたのに追わなかった。
 今だって、こんな近くに私いるんだから何だってできるのに、何もしてこない。
 ……いくらなんでも、憎まれ役の演技、下手すぎるよ。」

 あの女の子と同じだ。誰かを傷つけるのが楽しくてやってるわけない。誰よりも優しいから、守りたいものがあるから、自分を追い込んでしまうだけで。

 陸の手に触れる。もう、それを拒絶する植物たちはいなかった。

 刹那。

 銃弾の音が、和泉の真横を掠める。銀の弾道が、陸の身体に当たった。和泉が、それを理解するのと、悲鳴に似た声を発するのはほとんど同時だった。

「陸!!」
「だから甘いのよ、所詮、誰かを殺す覚悟が足りてない子供でしかない。」

 和泉の後ろ、陽や悠河よりも後ろにいる、拘束されていたはずの、颯希さつき。その手には、拳銃よりも小さなハンドガン。銃口がまるで獲物を睨む蛇のようにこちらを向いていた。

蒔原まきはら……さん。」
「……ッ!」

 驚愕の表情をする悠河。臨戦態勢に入る陽。そして苦悶の表情を浮かべる陸を、和泉は腕に力を入れて抱きしめる。しかし、和泉の治癒の力は効いていない。

「な、んで……!普通の、銃なら……僕には効かないはずだ……!」

 反魂はんごんで蘇った陸の身体は、血が通っているわけではない。しかし、銃が貫通した体が思うように動かせない。さっき陽に蹴られた衝撃とは違う、明らかに、存在自体を滅しようとする力が陸を襲っている。

「あら、普通の銃弾なんて持ってないわよ、ちゃんと異形の身体にも効く銀の弾。
 悪いわね、切り札だったからそう簡単には使わないって決めてたの。初めて見たでしょう?」

 颯希さつきはそういって髪をかき上げる。右耳に光る銀のピアス、左にはピアス穴のみ。先ほど陸を貫いた弾が左耳についていたピアスであることがわかる。ハンドガンはスーツの下、足首に括り付けてあったらしく、パンツスーツの裾が捲れ上がっていた。

「さて、お遊びはこのへんでいいかしら。陽、悠河?どっちでもいいから、斎王そのコをこちらに渡して。
 陸は、これ以上余計なこと話されても困るからね、ここで終わらせる。二人は…戻ってくる気があるなら、歓迎はするわよ。
 当然、全部もらうけれど。」
「弾が残り一発で脅しになるかよ。」

 陸を抱えたままの和泉は、庇うように身体を前に出す。颯希さつきを制圧するなら、陽と悠河でやるしかなかった。

「私は残り一発でも、あの人にはそんな概念ないわよ。」
「……あの人?」

 ドスのきいた低い声と、重い金属同士が振動する音。颯希の後ろから歩いてきた大きな姿と、大きな太刀。正堂親芳ちかよしが、陽たちの眼前にその姿を見せる。

「いやはや、学校なんぞ久しぶりにきたもんだな。」
「紅音ちゃんの……お父さん。」

 そこに立つのは、幼なじみの父でも、頼れる陰陽連の上司でもなく。

 圧倒的強さを誇る敵意だった。
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