ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第六章 鏡花水月~きょうかすいげつ~

第四十九話

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 十三年前、陰陽連本部。

くだんの妖怪を確保しました。
 人間に対して敵意なしと判断、保護して現在治療にあたっています。」

 煤竹色のショートカットの女性が明瞭な口調で報告する。深い媚茶色の大きな瞳は、まだ若さを感じさせる。彼女が、五十嵐結実ゆい。当に結婚して子供もいるが、陰陽連内では旧姓である、光橋みつはしで通していた。
 報告相手は直接の上司である天文博士、加茂田亘かもだわたる。少し癖がある長い髪を後ろで括り、いつものように、落ち着いた色みの着物を身に纏い、灰色の羽織が肩にかかっている。彼は、神妙な面持ちで結実ゆいの報告を聴いている。

 山奥の農村部で妖怪が村を乗っ取り女子供を見境なく食らっているという噂が陰陽連に届いた。事実かどうか確かめてこいというあくまで偵察業務のはずだったのだが、まさかその妖怪を保護してくるという異例の事態に、加茂田はめまいを覚えた。
 しかもただの妖怪ではなくかなり長い時を生きた妖狐である、と聴き、厄介この上ない事態になってしまったと今日は帰りが遅くなること憂いた。

 結実ゆいは、つい数年前まで陰陽部所属。性別差をものともせずに、五十嵐嵩哉たかやの下、陰陽師として任務に当たっていた。
 しかし、昨今では妖怪の出現もめっきり減り、戦闘部隊であるはずの陰陽部が暇を持て余すことも増えていた。そこでどちらかといえば結界や、星詠のすべに長けていた結実ゆいは、天文部所属へと相成った。
 とは言うものの、力を使わなきゃ腕が鈍るだのなんだのと理由をつけてしょっちゅう陰陽部門の仕事に同行している。結果、なぜか陰陽部と天文部を掛け持つ有様だった。

「報告では、妖狐の中でもとりわけ珍しい、金狐きんこである、と聞いたが。何故討伐ではなく保護をした?」
「事前情報と乖離がありましたので、無益な戦闘を避けました。
 実態は村人側が無理に生贄を捧げ、妖狐の力を利用しようとしたものと思われます。」
「だがその村人は妖狐に焼き殺された、と。そんな危ないものを引き入れて何かあった時の責任をどう取る。」
「陰陽博士、五十嵐嵩哉たかやの判断でもあります。」

 結実ゆいが夫の名を出したことで、加茂田の表情がわずかに引きつる。当然、彼女は自身の伴侶としてではなく、陰陽博士の肩書きを叩きつけている。
 同じ部門長であるとはいえ、直接戦闘を可能とする陰陽部門長の権威は大きい。嵩哉たかや自身にその気はなくとも、その力は絶大である。現場の者が保護をすると判断した事実に真っ向から逆らうのは分が悪い。が。

「そのような報告は受けていない。五十嵐の独断だと言わざるを得ないだろうが。」
「そこいらにしておけ。」

 結実ゆいが反論する前に、低い男性の声がそれを止める。突如入ってきた高年の男性。加茂田よりも多毛の白髪はまっすぐで、彼もまた後ろの方で一括りにしている。銀鼠色の瞳はまだ光を失っておらず、歴戦の風格を感じさせる。当時の陰陽頭、土御門玄蕃げんば白斗あおとの祖父にあたる。最もこの時点で白斗あおとはまだいない。

「妖狐の保護は、陰陽頭の名のもとに許可をする。光橋くん、ご苦労だった。
 君は下がりたまえ。」
「しかし……。」
御杖代みつえしろの、話をせねばならん。席を外したまえ。」

 加茂田は一瞬たじろぎ、一礼して身を翻す。さっきまで叱責する表情だったそれは、御杖代みつえしろの言葉を聞いて一瞬で様変わりする。青白い顔のまま、さっさと部屋を出て行ってしまった。

「五十嵐くんには先に来て待ってもらっている。こちらへ。」

 普段は陰陽頭や陰陽連幹部と会議を行う部屋へと案内される。畳敷きのその部屋は奥が一段上がっており、いつもはそこで陰陽頭が鎮座し、迎合する。しかし今は、下手側にて嵩哉たかやこうべを垂れていた。一段上がったそこには、一人の少女が据わっている。ようやく乳飲み子を脱したと思えるほどの幼い少女。
 長い髪は真っ白で、肌も白く、瞳も白い。だが、いわゆるアルビノ種とは違う、と直感した。その子は部屋に入ってきた玄蕃げんば結実ゆいを見ても、何の反応も示さなかった。

「この子は……?」
斎王さいおう、という言葉を知っているかね。」
「……はい。帝に代わり、神に仕える未婚の女性……確か、伊勢と京都、双方に奉仕した皇女がいたのでしたっけ。」
「表向きは、そうなっておるな。」
「表向き……?」

 神道に明るいわけではない結実ゆいは、これ以上聞かれたらどうしようかと一瞬焦るものの、どうやらそういった話ではない雰囲気を感じ、押し黙る。しばしの沈黙ののち、言葉を選ぶように、玄蕃げんばが問いかけた。

「君は、龍脈を知っているかな?」
「この国の地下深く流れる、エネルギーの奔流……のようなものですか。」
「左様。生きとし生けるもの、すべてに注がれる力の元。大地深くに根差した大きな力。斎王さいおうは、その力を使う者だ。」
嵩哉たかやさんは、知っていたの?」

 急な途方もないスケールの話に、結実ゆいは声が上ずる。かたや、嵩哉たかやはいつもどおりの平静な表情と声のままである。

斎王さいおうという存在がいることは、知ってはいた。ただ……すべてじゃない。」
「その、陰陽頭の言葉を疑う訳では、ないのですが……あまりにも荒唐無稽と言いますか。そんな話、今まで聞いたことなかったものですから、俄に信じ難いと、いいますか……。
 その子、見た目は不思議ですが、ヒトの子、ですよね?こんな小さな子が、本当に龍脈を扱うと?」

 真っ白な女の子が、結実ゆいを見る。笑うでも話すでもなく、ただ無表情で空っぽの瞳。玄蕃げんばがそんな女の子を、まるで孫を見つめる祖父のように優しく見た。

「その通り。龍脈は、普通の人間には扱えない。なにせ、桁外れの力だからな。だが、斎王であればそれを人が扱う形へと変えられる。……私たちが使う、札がそうだ。」
「私たちの?こうの札は、全部その子が?」
「まあ、龍脈の強すぎる力のせいで、この子は年を取ることも、死ぬこともないのだがな。」
「……それで、玄蕃様、その斎王の話が、一体今回どのような、用向きでしょうか。」

 陰陽連の中でも限られた者しか知らない情報であろうことは、結実には分かっていた。当然、本来の自分の立場では知るはずもなく、知ることも許されない情報。それを、あえて今伝えられたことに、かわいた喉に唾を流し込んでいく。

 結実ゆいがそう言って、再び、視線を真っ白な少女に移したときだった。青白い炎が室内を駆け巡る。

 その炎が、あの村を焼いた炎だと気づくのにさして時間はかからない。
 部屋の入り口を見やれば、まだ村で保護した時のまま、怪我が治りきっていないであろう世羅が立っている。

「世羅!やめなさい、何をしているの!?」
「それは、こちらの台詞だ。瀬莉の姿を変えて騙そうとしても、分かる。お前ら人間は、その子をまだ利用する気か……!」

 烈火のごとく、怒鳴る世羅はもう人の姿をとっていない。美しい金の長い毛が逆立ち、7つもの長い尾が、それ自身が炎のように震え怒っている。
 玄蕃げんばはそんな荒れ狂う人外の姿を見ても狼狽える様子は無い。攻撃態勢を取る嵩哉たかやを制して、前に出る。

「妖狐を連れ帰ったと聞いて、そんな気はしていたがやはりそうか。お主、いつきもりか。
 であるならば話は早い、御主にも頼みたいのだ。」

 玄蕃げんばは顔色を変えぬまま、結界を押し広げる。青白い炎の広がりが、陰陽頭の力で止まったかに見える。しかし、世羅の方は話を聞く気はないと言わんばかりに吠える。

「陰陽師の頼みなど信用できるか。そんな赤子のような成りに変えて!
何度目だ、貴様らがその子を消したのは…!…!」
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