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第六章 鏡花水月~きょうかすいげつ~
第四十八話
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陽は、犀破から聞かされた斎王の話を陸に話す。
帝の御杖代として、此世の穢れを浄化する役目を負った斎王。表向きの歴史としては、700年ほど前の南北朝期に廃止されたものになっていたが、その実態は、一人の少女、瀬莉を未来永劫、斎王に据えるというおぞましいものだった。その少女の婚約者、道雅の成れの果てが犀破。長い時の中、人間への怨嗟を募らせ妖へと堕ちた。
これらの裏付けは、元々斎王の守り手……斎の守として任じていた世羅、凛からとれている。
最初こそ犀破に従っていた2人だが、離反。以降は、斎王瀬莉を人間からも、犀破からも守るために行動していた。
黙って話を聞いていた陸は、ぽつりと、それでいて、噛み締めるように言う。
「……結局、人間側の都合でこんなことになってるんだ。
僕らが守護を押し付けられたのも、結局それに巻き込まれただけってことか。」
「……守護に関しては、結実さんが止めたはずだよ。あんたたちには今、何も制約はない。」
しばらく押し黙っていた寿子が、口を開いた。
「やっぱり母さんも、関わってんのか。」
「陽、あんた写真持ってったろう。」
「……?
ああ、母さんの私物探しに来たときに、な。なんか手がかりねえかなって。」
本棚に置いてあった、アルバムとは別にして、ノートに挟んであった1枚の色あせた写真。今もポケットに入っている。寿子は、陽があの写真を持って行ったことに気づいていたのだ。
「あんたがあの写真を持って行ったから、遅かれ早かれこうなるんじゃないかとは思ってたよ。
まさかこんな大所帯で帰ってくるとは思わなかったけどね。」
目を細めた寿子に、世羅が問いかける。
「結実が、何かを残してくれたのか。」
寿子は、ゆっくりと、だが確実に首を縦に振る。陽は、その写真を机に置いた。
「オレが持っても何も感じなかったけどな。あんまり真剣に調べてる時間はなかったけど。」
「そりゃあそうだよ、結実が……ちょっとやそっとじゃバレないようにしてあるんだから。
陰陽連は、真っ先にあたしらやこの家を調べるに決まってるからね。案の定、結実が死んだ後、陰陽連の奴ら無遠慮にも何もかももってっちまった。
……あるのは、この家に戻る術をかけてあったこの写真だけ。」
あのアルバムも、何も書かれていないノートも、結実に関わるものは余すことなく全て、陰陽連に差し押さえられた。どうにかアルバムだけでも返して欲しいと、母として頼み込んだ結果、一部の写真が抜き取られた1冊のアルバムだけが返された。そして結実の四十九日がすぎた頃、寿子の家のポストに1枚だけ、この色あせた写真が入っていた。無論誰かが届けた訳ではなく、そこに戻ってくるようにしてあったのだ。
薄らと何かが写った跡があるだけの写真が、勝手にあるべき場所へ戻ったことなど、さすがの陰陽連側も把握していないのだろう。その気配も何もかも巧妙に隠されている。
「これは、結実に託された、死ぬまでの記憶だよ。
…見…たくないものもあるかもしれない。この期に及んで今更見ない選択肢はないんだろうけど、生半可な覚悟ならやめておきな。」
寿子の眼光が鋭い。陽はそんな祖母の様子に、臆すことなく問う。
「それは、ここにいる全員が見ても平気なのか。」
陽に、当然見ない選択肢はない。見ても平気かという問いは、結実の最期を見せてもいいのかという寿子への許可と、今この場にいる全員にその覚悟があるかの陽からの問いでもあった。
「そうさね、あたしも見たわけじゃないから何ともいえないけども。陽に、陸くん、悠河くん、紅音ちゃん……それに和泉さんの5人。あとは結実に嵩哉さん、世羅さんもいたかね。」
「私以外全員じゃない。……席外すわ。」
名の出てこなかった凛が、席を立とうと動くのを、和泉が咄嗟に手を握る。そして、ほとんど同時にそれを制止する言葉を発したのは、陽だった。
「いいって、別に。そういう意味で聞いたわけじゃねえ。
それに、陰陽連の側じゃねえって今はっきり言える奴は貴重だろ。」
少なくとも凛は、陰陽連には与していない。今この場にいる誰よりもそうだと、そう断言出来るのは大きかった。
「お前も、もう頭数に入れてんだよ、こっちは。……人間のいざこざなんか、これ以上関わりたくねえってんなら止めねえけど。」
凛は、そんな陽の言葉に少し躊躇いを見せたものの、立ち去ることなく再び席に着いた。
「母さんもばあちゃんも、伝えたかったから残したんだろ。こんな手の込んだことまでして。
辛いだの覚悟決まってないだので、見ないフリできねえよ、今更。」
陽の決意に固まった目を見て、悠河が僅かに笑いながら陸を小突く。
「それに、陸だけなんか知ってんのもシャクだしな?」
「ああ、そっか、昨日、夏休みのこと口走ったもんね。」
学校で相対した時の、あの夏休みの発言。和泉が昔、陽たちと遊んでいた事実。いくら子供の時とはいえ、陽も悠河もあまりに覚えていなさすぎるそのことも、結実が残しているかもしれない。
「なら全員、裏の神社に行くよ。
封を解くには、陽と、和泉さんと、神様の力が必要だからねえ。」
「神社?」
「楫取神社。すぐ裏に神社があるんだよ。」
気づけば全員お茶を飲み切った湯飲みも洗われ、茶菓子もさげられて、陸がこぼした菓子の欠片や、ビニールの破片なんかも寿子によってしっかり回収済みだった。最後に机の上は台拭きで拭きあげて、割烹着を脱いでさっさと玄関へと向かってしまう。
「相変わらず元気だねえ、寿子さん。」
感心したように言う世羅に、思わず陽も苦笑する。
家を出てすぐ裏にある神社。楫取神社。
この地域の氏神の社だ。鎮守の森に囲まれた決して広くは無い境内。今は神主がおらず、地域で手分けして管理をしている。何か神事を行う際は、寿子が担っている。
昨日までの雨か、朝露か、すこし湿った空気は冷涼で、わずかに感じる湿度はちっとも不快ではない。
その境内にまるで主かの如くそびえる杉の木。しめ縄がしっかりと巻かれているがその立ち姿だけで、ご神木であるとわかる。
寿子はその木にひとつ手を合わせて、陽と和泉を一瞥する。声を出さずとも、この木に触れよと言っていることがわかる。
「なにやら賑やかと思えば。これは……」
ご神木の木の枝に、その様子をみている何か。
白い和服のような布地は透けているようで、太陽の光で反射してきらきらと光る。その衣から見える腕も足も白く、長く伸びた髪もほとんど色素はない。容姿は幼い子供。
けれど、ご神木の下に集まる者たちを、興味深そうに見つめるその瞳は、無垢な子供のそれでは無い。
「久しいのぅ。」
決して大きくはないその声は、和泉の耳に届く。はっと上を見上げるのと、景色が一気に白く塗りつぶされるのはほとんど同時だった。
帝の御杖代として、此世の穢れを浄化する役目を負った斎王。表向きの歴史としては、700年ほど前の南北朝期に廃止されたものになっていたが、その実態は、一人の少女、瀬莉を未来永劫、斎王に据えるというおぞましいものだった。その少女の婚約者、道雅の成れの果てが犀破。長い時の中、人間への怨嗟を募らせ妖へと堕ちた。
これらの裏付けは、元々斎王の守り手……斎の守として任じていた世羅、凛からとれている。
最初こそ犀破に従っていた2人だが、離反。以降は、斎王瀬莉を人間からも、犀破からも守るために行動していた。
黙って話を聞いていた陸は、ぽつりと、それでいて、噛み締めるように言う。
「……結局、人間側の都合でこんなことになってるんだ。
僕らが守護を押し付けられたのも、結局それに巻き込まれただけってことか。」
「……守護に関しては、結実さんが止めたはずだよ。あんたたちには今、何も制約はない。」
しばらく押し黙っていた寿子が、口を開いた。
「やっぱり母さんも、関わってんのか。」
「陽、あんた写真持ってったろう。」
「……?
ああ、母さんの私物探しに来たときに、な。なんか手がかりねえかなって。」
本棚に置いてあった、アルバムとは別にして、ノートに挟んであった1枚の色あせた写真。今もポケットに入っている。寿子は、陽があの写真を持って行ったことに気づいていたのだ。
「あんたがあの写真を持って行ったから、遅かれ早かれこうなるんじゃないかとは思ってたよ。
まさかこんな大所帯で帰ってくるとは思わなかったけどね。」
目を細めた寿子に、世羅が問いかける。
「結実が、何かを残してくれたのか。」
寿子は、ゆっくりと、だが確実に首を縦に振る。陽は、その写真を机に置いた。
「オレが持っても何も感じなかったけどな。あんまり真剣に調べてる時間はなかったけど。」
「そりゃあそうだよ、結実が……ちょっとやそっとじゃバレないようにしてあるんだから。
陰陽連は、真っ先にあたしらやこの家を調べるに決まってるからね。案の定、結実が死んだ後、陰陽連の奴ら無遠慮にも何もかももってっちまった。
……あるのは、この家に戻る術をかけてあったこの写真だけ。」
あのアルバムも、何も書かれていないノートも、結実に関わるものは余すことなく全て、陰陽連に差し押さえられた。どうにかアルバムだけでも返して欲しいと、母として頼み込んだ結果、一部の写真が抜き取られた1冊のアルバムだけが返された。そして結実の四十九日がすぎた頃、寿子の家のポストに1枚だけ、この色あせた写真が入っていた。無論誰かが届けた訳ではなく、そこに戻ってくるようにしてあったのだ。
薄らと何かが写った跡があるだけの写真が、勝手にあるべき場所へ戻ったことなど、さすがの陰陽連側も把握していないのだろう。その気配も何もかも巧妙に隠されている。
「これは、結実に託された、死ぬまでの記憶だよ。
…見…たくないものもあるかもしれない。この期に及んで今更見ない選択肢はないんだろうけど、生半可な覚悟ならやめておきな。」
寿子の眼光が鋭い。陽はそんな祖母の様子に、臆すことなく問う。
「それは、ここにいる全員が見ても平気なのか。」
陽に、当然見ない選択肢はない。見ても平気かという問いは、結実の最期を見せてもいいのかという寿子への許可と、今この場にいる全員にその覚悟があるかの陽からの問いでもあった。
「そうさね、あたしも見たわけじゃないから何ともいえないけども。陽に、陸くん、悠河くん、紅音ちゃん……それに和泉さんの5人。あとは結実に嵩哉さん、世羅さんもいたかね。」
「私以外全員じゃない。……席外すわ。」
名の出てこなかった凛が、席を立とうと動くのを、和泉が咄嗟に手を握る。そして、ほとんど同時にそれを制止する言葉を発したのは、陽だった。
「いいって、別に。そういう意味で聞いたわけじゃねえ。
それに、陰陽連の側じゃねえって今はっきり言える奴は貴重だろ。」
少なくとも凛は、陰陽連には与していない。今この場にいる誰よりもそうだと、そう断言出来るのは大きかった。
「お前も、もう頭数に入れてんだよ、こっちは。……人間のいざこざなんか、これ以上関わりたくねえってんなら止めねえけど。」
凛は、そんな陽の言葉に少し躊躇いを見せたものの、立ち去ることなく再び席に着いた。
「母さんもばあちゃんも、伝えたかったから残したんだろ。こんな手の込んだことまでして。
辛いだの覚悟決まってないだので、見ないフリできねえよ、今更。」
陽の決意に固まった目を見て、悠河が僅かに笑いながら陸を小突く。
「それに、陸だけなんか知ってんのもシャクだしな?」
「ああ、そっか、昨日、夏休みのこと口走ったもんね。」
学校で相対した時の、あの夏休みの発言。和泉が昔、陽たちと遊んでいた事実。いくら子供の時とはいえ、陽も悠河もあまりに覚えていなさすぎるそのことも、結実が残しているかもしれない。
「なら全員、裏の神社に行くよ。
封を解くには、陽と、和泉さんと、神様の力が必要だからねえ。」
「神社?」
「楫取神社。すぐ裏に神社があるんだよ。」
気づけば全員お茶を飲み切った湯飲みも洗われ、茶菓子もさげられて、陸がこぼした菓子の欠片や、ビニールの破片なんかも寿子によってしっかり回収済みだった。最後に机の上は台拭きで拭きあげて、割烹着を脱いでさっさと玄関へと向かってしまう。
「相変わらず元気だねえ、寿子さん。」
感心したように言う世羅に、思わず陽も苦笑する。
家を出てすぐ裏にある神社。楫取神社。
この地域の氏神の社だ。鎮守の森に囲まれた決して広くは無い境内。今は神主がおらず、地域で手分けして管理をしている。何か神事を行う際は、寿子が担っている。
昨日までの雨か、朝露か、すこし湿った空気は冷涼で、わずかに感じる湿度はちっとも不快ではない。
その境内にまるで主かの如くそびえる杉の木。しめ縄がしっかりと巻かれているがその立ち姿だけで、ご神木であるとわかる。
寿子はその木にひとつ手を合わせて、陽と和泉を一瞥する。声を出さずとも、この木に触れよと言っていることがわかる。
「なにやら賑やかと思えば。これは……」
ご神木の木の枝に、その様子をみている何か。
白い和服のような布地は透けているようで、太陽の光で反射してきらきらと光る。その衣から見える腕も足も白く、長く伸びた髪もほとんど色素はない。容姿は幼い子供。
けれど、ご神木の下に集まる者たちを、興味深そうに見つめるその瞳は、無垢な子供のそれでは無い。
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