ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第七章 花流し~はなながし~

第六十九話

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 陰陽連一階には誰もおらず、地下への階段へと陽が足を向けたとき、階下からなにか光るものを見た。その白い光に若干の嫌な予感を覚えつつも、足は止めない。

 地下二階へと続く踊り場に、凛と悠河の姿があった。陽は、うっすらあった不安が大きくなり、心臓の鼓動を早くするのがわかるが、つとめて冷静を装う。

「ああ、いた。ほらさっさと帰んぞ……、陸は?」
「陸はこれ。ちょっと拗ねてるだけだけど会話は出来るから。」

 悠河の手のひらに羽を折りたたんだ蝶が乗っている。普通の蝶であればそんなふうに倒れていれば死んでいると思うような格好。雑に羽がぱたぱたとされたので聞こえてはいるらしい。

「これ、凛の……」
「そ。ちょっとこの子を庇った時に、身体が壊れちゃってね。
 私の蝶の中に一旦魂だけ入れてもらったのよ。」

 一方で凛は、制服の少女を横抱きにしていた。ゴネる陸に半ば折れる形で、地下二階に戻った凛がそこで倒れていたちえりを連れてきていたのだった。

「その女、学校にいた……」
「戦えそうだから手伝ってもらってたの。さっきの光で、記憶は全部消えちゃったと思うけどね。」
親芳ちかよしごと、さっき地下でデカいの食らってな。たぶん、もう何も覚えてねえと思う。」

 悠河の言葉に、陽は息を飲んだ。息の根を止めるくらいの覚悟はしてきた仇。恩師を手にかけずに済んで少しほっとした気持ちと、全て忘れてしまった憤りがない混ぜになる。

「ヒサ、ばあちゃんは。」

 押し黙る陽に対して、蝶が少し明滅した。口や表情が分からない代わりに、羽ばたきやそのほんの僅かに光る明滅で感情表現をしているらしい。

「駄目だった。……だから、もう帰る。」

 りくと、悠河はそれ以上追求しなかった。後ろにいた凛もまた顔をあげて、陽を見る。一刻も早くここを抜け出して、あの家に戻る。今この場にいる全員がその意識を共通させた。その時だった。

 地響きのような轟音と揺れ、くずれる音。上の階が崩れた衝撃が伝わってくる。建物の崩壊というよりは、意図的な封鎖であることを察したのは、まるで出口を塞ぐように白斗が立っているからだった。

白斗あおと……!」

 炎や埃、煙を散々に被って煤けた姿は見るも無惨だった。その表情は、さながら悪鬼羅刹。

「まったく、親芳ちかよしも使えない。
 あれだけ大口叩いておきながら、使えたのは陰陽連の管轄外の学生一人? 無駄遣いもいいところだね。」
「世羅、みんな連れて先に帰れ。オレが足止めする。陸はそんな成りだし、悠河も、もう限界だろ。」

 陽がそう言って護身剣を引き抜く。その様子に、陸も一抹の不安を覚える。どう見ても息が上がっているし、上で白斗あおととやり合ったダメージが蓄積されているのが目に見えている。

「陽はまだ動けるの。」
「は、舐めんなっての。碧渦へきか

 護身剣を突き立て押し寄せる波の渦。取り囲むようなその力の本流が白斗あおとの動きを阻む。

「……ッ!」

 その隙を、当然世羅は見逃さない。未だ意識の戻らない和泉を抱えて走り出す。悠河と、ちえりを抱えたままの凛、そしてりくもまた続いていく。

 先に行かせた世羅たちの姿が見えなくなり、踏ん張りどころだと深呼吸した陽は、不意に、心臓が早くなる感覚を覚える。動いているから上がる心拍数ではなく、不自然に。
 と、思うと全身が強烈な痺れに襲われた。まるで、雷でも直撃したかのような、唐突な衝撃。

 思わず壁にもたれ込む陽を見て、白斗あおとは笑う。

「亘も性格が悪い。遅効性の毒を使ったなら教えてくれればいいのに。」
「……ッ、うざってぇな。アイツのかよ。」

 最上階に向かう直前の、亘との戦闘。結界に仕込まれた毒は避けたつもりでいたが、おそらく僅かに食らっていたのだろう。
 体感と、亘の発言から、すぐに生死に関わるものでは無いと判断する。しかし、手足の感覚が痺れ視界がぼやける。額に嫌な汗も浮かんでくる。
 とてもじゃないが戦えない。

「あとちょっとだっての……。
 お前と差し違える予定はねえ。帰るんだよ、オレも。」

 護身剣を支えにしてどうにか立つが、やはり視界もぼやけ、足元も覚束無い。散々動いたせいで恐らく全身に回ってるのを感じる。

「全部踊らされていただけのガキのくせに。主人公ごっこはさぞ気分がよかったろうね?」

 さながら針のむしろ白斗あおとごんこうが一気に広がり、その先端が全て陽に向かっている。
 何かで防がなければと焦るのに、息をするのすら苦しいせいで、言霊が発せられない。言霊なしの行で防ぎきれる量と練度ではない。

 その、刹那。

 白斗あおとの殺意が具現化したそれは、まるで錆びて朽ちていく金属のようにぼろぼろと崩れていく。

 術者の結界とは違う、遥かに大きく強く清陵な研ぎ澄まされたそれが何なのか。陽が思考する前に降り立ったのは。

 白の童子。

「ソトでも力が通用するか。今代の陰陽頭は、たいしたことがないな?
……いや、代理なんだったか?それであれば致し方ないか。」
「カンドリ、お前……!」

 驚愕に目を見開く陽に対して、白斗あおとは憎悪を宿らせる。
 神の力なのだろうか、その光に当てられて少し身体が軽くなる。

「反逆者に肩入れするか、氏神ごときが!」
「これまで社を守ってきた光橋に連なる者共と、その社に汚らしいものを放置した貴様らと、どちらに何をしてやりたいか……。
 最後まで言ってやらねばわからんのか?」

 目を細めるカンドリの声は恐ろしい程に低く、冷徹なものだった。

「追っ手は向かわせぬ。走ることくらいはできるであろう、貴様も連れ立って帰れ。」
「けど……!」

 あの夏の日、井戸の前での父の背中が重なった。あの時も、自分は無力で何も出来なくて、守られた。守ってもらった。

「早う行け。巻き込まれたいのか。」

 陽は一瞬悩んだものの、浅く頭を下げて踵を返す。駆け上がる階段、飛び出す正面。

 振り向けば、轟音を立てる陰陽連本部だった場所。面影をすっかりなくしたその場所を、最後に陽が後にした。

 東の空が、明るくなり始めている、夜が明ける。長い長い夜が、終わりを告げた。


 *****

 主のいない家に、全員が戻ってきたのはすっかりも日も登った時間だった。
 台所にはカレーが用意されており、炊飯器にもお米がセットされていた。おそらくそれを用意したであろう式神の姿はもうない。

 二階へと続く階段に一枚落ちた人形ひとがたが、主はもう絶命した事実を物語っている。先に戻っていた世羅がそれを右手でくしゃりと潰した。

 陽が戻ってきても、疲労困憊だった全員が仮眠をとって昼過ぎに目を覚ましても、和泉とちえりは、未だ意識は戻っていなかった。

 日が少し傾きかけた頃。

 薄暗くなってきた楫取神社の境内には、賽銭箱の横でキセルを蒸かすカンドリの姿があった。陽はその前に仁王立ちする。相変わらず礼儀も何もあったものではないその態度をカンドリはさして気にもしていない様子だ。

「お前まで式神とか身代わりとか言わねえよな。」
「さすがにそこまで悪い趣味は持ち合わせておらんさ。
 でもって、手負いの術者ごときに遅れを取ると思われているとは、心外だな。」
「違うんならいい。……………助かった。」

 明らかに落ちる声量と声のトーンの謝罪に、カンドリはにこりと笑う。

「神の気まぐれよ。アテにするでないぞ。」
「戻って早々悪いけど、斎王さいおうをやめさせる方法、あんた知らねえ?」
「お前……吾の存在より、情報が大事だったクチか?」
「……まあ、それはそう。」
「良い良い、それくらい打算的な方が却って安心するわ。
 だが、責任は取らんぞ、この国は八百万の神々がおわす。吾の言葉がそれつなわち真実とは限らぬ。むろん、嘘ではないがな。」
「それでいい。」
「本人が穢れを負えばよいだろう。」
「本人……?」
物忌ものいみを聴いたことはあるか。
 穢れに触れた者がそれを周囲に伝播させぬため、引きこもる期間。もしくは神事にあたるものが一切の穢れを避ける期間よ。
 斎王さいおうであることは穢れが許されぬからな。」
「穢れったって、そもそも斎王はいおうが穢れを浄化するんだろ。……妖怪や、犀破のそばに居ても、力使えてたぞあいつ。」
「まあ、長いこと斎王さいおうをやっているからな。中途半端な穢れでは威力をなさぬのやもな。
 それを上回るほどの何かをせぬ限り。物忌ものいみ程度では、いずれ浄化してしまうのだろう。」

 話し込んでいたそのとき。じゃり、と石を踏む音が陽の背後から聴こえる。振り向けば世羅が立っている。

「和泉ちゃん、目を覚ましたよ。」
「……っ、わかったすぐ戻る。カンドリ、色々助かった。」

 話を切り上げ、背を向けるように、カンドリが最後に投げかける。

「陰陽連だがな、誰も死んではおらん。が、今日明日ここらに押し掛ける余力はないはずだ、安心しておけ。」

 陽は振り向かなかったし、何も言わなかった。だが、確実に聞こえている。カンドリはそんな陽を穏やかな目で見送り、キセルから吸い上げた煙を吐き出す。
 紫煙が青空へ立ち昇っていった。
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