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17.愛してるなら-2
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「一緒に歩いていこう。でもな、並んで歩くんだぞ。僕の後ろに下がっちゃダメだ。いいか、お前がしたいんならいいんだ。僕もお前に悦んでほしいから。でも他の誰かにしてたように、繋ぎ止めるためにっていうのが理由ならするな。そんなの、本当のお前の意志じゃない」
「……じゃ、フェルはどうやったら悦んでくれるんだよ……」
見上げてくる顔にはただ不安しか見えない。いてくれるだけでいいのだと、どうやったら伝わるんだろう。
「俺……」
「リッキー、早く結婚式挙げような。お前が不安なの、よく分かった。何回もお前の前から消えた。僕が死ぬんじゃないかって何度も思わせた。僕はお前に不安しかあげてない。ごめん、お前が悪いんじゃない。愛してるならこんな思いさせちゃいけなかった」
不安になるとセックスで確かめずにはいられないんだ…… そうやって生きてきた。僕はそんな相手じゃないんだ。そんなことしなくったっていいんだ。
『家族ってなんだ?』
そう聞いたお前と、揺るぎない家庭を築き上げていこう。僕のやかましい家族がお前の家族だ。もう寂しい思いなんかさせないからな。
「もう一回、したい?」
震えるように頷くから僕は笑って答えた。
「じゃ、しよう。お前が満足して不安じゃなくなるまで。僕だってセックスは好きだ、お前となら。僕をカラッカラに搾り取ってしまえ」
飽くことなく欲しがるリッキーに僕は応え続けた。
「僕はお前のものだよ ずっと一緒にいる」
囁き続けた、聞こえてなくても。意識を失っても、また手が伸びてくる、唇が肌を這う。
4度目。途中でとうとう動きが止まった。
「リッキー? どうした?」
「つかれた……も、いい」
「まだ4回目だよ?」
「ふぇる、ばけもの」
「なんでさ! 最後までしようよ。中途半端だろ? これじゃ」
「ふぇる、ばけものだ」
最後の方は呟くような声だった。僕の胸に耳を当てたまま、呼吸が穏やかになっていった。
――くぅ くぅ
危なかった、もう最後までなんか出来ないと思ってたから。だって最初のを入れたら5回だぞ。本気でヤり殺されるのかと思ったよ、リッキー。そういえば、お前も前にそんな心配してたっけ……
――とんとん
胸を叩かれて目が覚めた。
「ごめん、寝ちゃった」
「俺も寝てた」
「何時だ?」
「知らねぇ」
窓の外を見るとまだ暗くはない。
また胸を――とんとん――と叩かれる。
「どうした?」
「何、話してきた?」
ああ、そうだよな、そうだった、まだ何も言ってなかった。
「お前と喋ったろ?」
「盗聴器で?」
「そう。あの時さ、『ここの手がかりになることは言うな』って言われたんだよ。けど、僕が知ってたのはソファと枕とコーヒーだけだったんだ。笑えるだろ?」
――とんとん
聞きたいのはそんなことじゃない そう言ってるんだね。
「ちゃんと話してきたよ、リッキー。最初は話しても話してもだめだった。僕のことを変態だと思ってたみたいだし」
ようやく クスリ と笑った。
「じゃ、俺も変態だな」
「そうだね」
「相手、どんなやつだった?」
「軍人みたいな男だったよ。いかっつい感じ。ずっと死ぬ覚悟して話した。なんで結婚したいんだ、体目当てかって聞かれた」
少し間が空いて、――とんとん
「お前に惹かれたからだって答えた。その後はもう聞かれなかったよ」
――とんとん
「お前をくれって言った。何もかも終わりにしてほしいって。金はもう要らないって言ってきたよ。お前を働かせる気か? って聞くからそうだって言った。良かったか?」
――とんとん
「なら良かった。安全な生活を僕たちにくれるって言うからそれも断わってきた」
――とんとん
「僕らは、自由だ」
……………。
駆け出した鼓動が伝わってくる。胸に手を当てた。
「信用出来るか? 僕の言葉」
答えが無い。ただ心臓が大きく手を叩く。
「お前がリチャード・ハワードになったら完全に縁が切れる。もう予算かけないってさ」
リッキーの顔が上がった。ただじっと僕の顔を見てる。
「……なにが……あった?」
「何も。さっき言ったことで全部終わり」
「そんなに簡単に俺を手放すわけねぇ。フェル、騙されてんだよ。これからもずっと盗聴されて、見張られるんだ」
「新婚旅行、どこに行きたい? 南極? サハラ砂漠? 月?」
「ウソだろ?」
「もうどこにでも行けるよ。連中も暇じゃないってさ」
「……ホントに?」
リッキーの薬指を持ち上げてキスをした、お揃いの指輪に。
「フェル……」
ムクッと起き上がったと思ったら、いきなりシーツを剥がして僕を転がし始めた。全身を隈なくチェックしている。
「おい、何だよ!」
容赦のないその転がし方と押さえ方で本気だと分かった。背中に乗って足まで広げるから悲鳴を上げた。
「リッキー! 何だよ、やめろ!」
ようやく解放すると飛びついてきた。
「フェルがなんかされたかと思った……交換条件はなんだ? これからなんかさせられんのか?」
怯えたような顔に思わず抱き返した。
「なんにも心配しなくていいんだ、僕は何も強要されてないし、代償も払わないよ。お前の心配することなんか何も無いんだ」
言ってやりたかった、お前はとっくに死んでるんだと。お前が生きてることを知ってるのはたった一人なんだと。でもその先に繋がることは決して言わないと誓った。
「そうだ! リッキー、シャワー浴びよう! お前とすることがある」
急き立ててシャワーを終えた。
「ドライバー、この辺にあったんだけど…」
机の中を引っかき回した。
「あった!」
窓のそばに椅子を置く。ドライバーをリッキーに渡した。
「あれ。外して」
エアコンのそばのコンセントを指差した。意味が分かったらしい、すぐにネジを回し始めた。
その中に盗聴器があった。
「お前に任せる」
リッキーの叩きつける足音が響いた、何度も何度も何度も。振り返った顔が涙で濡れてる……
「俺、自由か?」
頷いた。
「ホントに終わったんだな?」
「長いこと、辛かったな」
「終わった? ……なんか……信じらんねぇ……」
解放感が無いんだ……少しもほっとした顔してない。僕は思い知らされた。そんな簡単なものじゃない。僕のあのことと同じ。決して消えない傷。
「他にあるのかもしれない、フェル、コンセント、この部屋いくつある!?」
全部のコンセントを開けるリッキーが悲しい。冷蔵庫を動かし、ベッドを引きずり出し、壁を確認してそれでも不安なリッキー……
「もうやめよう」
尚も狂ったように部屋を見回すリッキーを抱きしめた。
「やめよう、リッキー……終わったんだ、何もかも終わったんだよ。寮長に空き部屋を聞く。無かったら外でアパートを借りよう。この部屋を出るんだ」
ドライバーが落ちてしがみついたリッキーの号泣が響き渡った。
空き部屋は無い と言われた。
(アパートを探すしかないか……)
生活は厳しくなる。けれどリッキーには代えられない。安心して眠れることが最優先だ。
リッキーのバイトは流れた。僕のことで面接をすっぽかしたからだ。それくらいで断るマスターじゃないんだけど、どうしても働かさせてほしいと泣いて頼んだ女の子を雇ってしまった。
「すまんな、バイトするところが見つからないんだって泣きつかれてね」
決まってしまったものは仕方ない。なんとかこういう『諦める』って状況からリッキーを遠ざけてやらなくちゃ。
リッキーの受けてる講義が終わるまで、僕の時間が空いていた。今日の夕方にでも一緒にアパートを見に行くか…… そんなことをカフェでコーヒー飲みながらぼんやり考えているとこに携帯が鳴った。
『どこ? ちょっと話したいんだけど。その騒がしさからいうと、いつものところね?』
「うん、窓よりの席で……」
いきなり ゴンっ と頭をこづかれて、何だよ! と振り向くとシェリーだった。
「あのさ、もうちょっと穏やかにつき合えないもんかな!」
「あら、威勢がいいじゃない」
僕のクレームなんかシェリーにとっちゃこんなもんだ。
「なに、話したいことって」
少々ふくれっ面の僕を無視してシェリーが喋り始めた。
「あのね、リッキーのことなんだけど」
「なんだよ」
「あんたどうするの? 式はいつ? 招待状は? 場所は? 卒業するまでの生活は? 将来どうすんの?」
――う!!
「分かってるよ、早く色々決めなきゃならないって」
「そうしてあげなさい、じゃないとあの子、不安なままよ」
あの子……。
「これに掴まれば100%幸せって分かってるロープを、『待て!』って言われたら掴まないで待ってるタイプ。手に結わえてあげなきゃダメなの。ずっとそういう生活を強いられてきたんだから」
確かに、自分から幸せをもぎ取ろうとしない……
「逃げたり隠れたりする生活って人をいびつにするわ。だから周りで気をつけてあげないと」
「でも僕らは対等にやってくつもりなんだ」
「分かってるわよ、あんたの考えそうなこと。でもちゃんと助走させてあげてね。やっと人並みの生活送れるんでしょ? 愛してるなら自立出来るまで待ってあげなきゃ」
「シェリー、ずいぶんリッキーに甘いんだね」
「あの子、母性本能くすぐるのよ。可愛いし。あの子ならつき合ってもいいかななんて思っちゃう」
「冗談だろっ!? シェリー、女の子専門じゃないか!」
「だって、女の子みたいじゃない、リッキーって」
ホントに冗談じゃない、シェリーに目を付けられたらえらいことになる!
「大丈夫。あの子は女の子じゃなくて妹って思ってあげる。もうあの子の国とは縁が切れたの?」
「うん。もう大丈夫だよ」
「そ! 良かった!」
にっこり笑うシェリーに疑問が湧いた。
「シェリーさ、リッキーにどこまで聞いたの?」
「どこって……あの子、自分のことはなんにも喋んなかったわよ。あんたの今の返事で確信しただけ」
僕は……墓穴を掘ったってわけ?
「私の仮説。まず、彼は亡命してきた。多分スペイン圏の小さな国だわ。きっと地位の高い人の関係者。で、結婚する相手のあんたを連れ去った。あんたを返したってことは、お互い歩み寄れる状況になったってことね? だからもう心配は無い。私が気にしてんのは最後の『心配ない』ってとこだけど。本当に心配ない?」
「……ほんとに何も聞いてないの? シェリーがその結論に辿り着いたのはなぜ?」
僕の驚く顔を見て、シェリーはニヤッと笑った。シェリーの説明を呆然と聞く。
――あんた、突然スペイン語に興味持ったでしょ? あれはリッキーと付き合い始めてからだったわね。
彼、どう見てもアメリカ系じゃないし。ひっそりと暮らしてたじゃない?
あれだけの容姿を持ってながら大学から外には出ずに生活してた。
盗聴だなんだって、身辺は常に見張られてて自由が無かった。
見張ってる割りにその相手が手を出してこないってことは、お偉いさん関係ってことでしょ?
あんたが連れ去られて取り乱したけど警察には届けなかったんだから、連れ去った相手を知ってたのよね。
誘拐されたのに、あんた頑張って帰るって言ってたじゃない?
この場合、あんたが頑張れることって結婚しかないから、
それで得られる自由ってたいがい国籍だとか国のしがらみ。
国と縁が切れて良かったってあんたが返事したから亡命。
ってことは、あんたが連れてかれたのはその大使館。
あんな木箱なんかでお粗末な返し方してきたから大国じゃない。
呆気に取られる……たったあれだけのことでその推理?
「驚いてるってことは、ほぼ当たりね?」
「シェリーさ……何になるんだっけ?」
「有名な歯医者!」
「なんでだっけ」
「子どもの頃はうんと偉い人になろうなんて思ったけどね。歯医者の前じゃその偉い人たちはバカみたいに口開けて待ってるしかないじゃない? それが笑えるから」
そう。こんなところが怖いんだ、この姉は。
「で、なんで煮詰まった顔してたの? 困ったこと出来た?」
もう隠したってしょうがない。こんな姉を持って、不幸なんだか有難いんだか。
「住むとこ探してんだよ」
「なるほどね! そりゃ、盗聴されるような部屋で安心して夜は過ごせないわよね」
「スケベなこと言うなよ! 僕はちゃんとリッキーを眠らせてやりたいんだ! 僕がいなくなった時からずっと眠れないでいるんだから」
「あんたがいない間ならたっぷり寝せといたわよ」
「どうやって! 僕がいないとリッキーは眠れないんだ。僕はあっちでつい眠っちゃって……リッキーは寝てないだろうに寝ちゃってごめん! って思ってたんだよ!」
「睡眠薬、口に放り込んでやったの。あんたのを見つけたからね。眠れないだの、じっとしてられないだの、泣いてばっかりでごちゃごちゃ面倒くさかったから。リッキーを頼むって言ったの、あんたよ」
「……ありがとう」
なんだか悔しい。礼を言わなきゃならないのが理不尽に感じるのはなぜだろう。
「他に空き部屋、無かったの?」
「無かった」
「どうする気?」
「アパート借りるしかないよ」
「それだけの働き、あるの?」
「……無い。リッキーは働くとこさえまだ見つけてない」
大きなため息。
「あんたたち、呆れるわ。それじゃ結婚どころじゃないじゃない! しょうがないわね、住むとこ、お姉ちゃんが当たったげるわ。そうね、まず式をいつにするか、誰を呼びたいか。あんたはその辺をリッキーと一緒に考えるのね。それなら今のリッキーの負担にならないはずよ」
そこで言葉が止まった。こんな時は何か企んでるんだ。この場合、もちろん僕関連だよな……
「明日、夜。空けておいて。いい? お召かしして二人で連絡待ってて」
シェリーの楽しそうな後姿を見ながら、僕は心底怯えていた。明日、何をする気なんだ?
「……じゃ、フェルはどうやったら悦んでくれるんだよ……」
見上げてくる顔にはただ不安しか見えない。いてくれるだけでいいのだと、どうやったら伝わるんだろう。
「俺……」
「リッキー、早く結婚式挙げような。お前が不安なの、よく分かった。何回もお前の前から消えた。僕が死ぬんじゃないかって何度も思わせた。僕はお前に不安しかあげてない。ごめん、お前が悪いんじゃない。愛してるならこんな思いさせちゃいけなかった」
不安になるとセックスで確かめずにはいられないんだ…… そうやって生きてきた。僕はそんな相手じゃないんだ。そんなことしなくったっていいんだ。
『家族ってなんだ?』
そう聞いたお前と、揺るぎない家庭を築き上げていこう。僕のやかましい家族がお前の家族だ。もう寂しい思いなんかさせないからな。
「もう一回、したい?」
震えるように頷くから僕は笑って答えた。
「じゃ、しよう。お前が満足して不安じゃなくなるまで。僕だってセックスは好きだ、お前となら。僕をカラッカラに搾り取ってしまえ」
飽くことなく欲しがるリッキーに僕は応え続けた。
「僕はお前のものだよ ずっと一緒にいる」
囁き続けた、聞こえてなくても。意識を失っても、また手が伸びてくる、唇が肌を這う。
4度目。途中でとうとう動きが止まった。
「リッキー? どうした?」
「つかれた……も、いい」
「まだ4回目だよ?」
「ふぇる、ばけもの」
「なんでさ! 最後までしようよ。中途半端だろ? これじゃ」
「ふぇる、ばけものだ」
最後の方は呟くような声だった。僕の胸に耳を当てたまま、呼吸が穏やかになっていった。
――くぅ くぅ
危なかった、もう最後までなんか出来ないと思ってたから。だって最初のを入れたら5回だぞ。本気でヤり殺されるのかと思ったよ、リッキー。そういえば、お前も前にそんな心配してたっけ……
――とんとん
胸を叩かれて目が覚めた。
「ごめん、寝ちゃった」
「俺も寝てた」
「何時だ?」
「知らねぇ」
窓の外を見るとまだ暗くはない。
また胸を――とんとん――と叩かれる。
「どうした?」
「何、話してきた?」
ああ、そうだよな、そうだった、まだ何も言ってなかった。
「お前と喋ったろ?」
「盗聴器で?」
「そう。あの時さ、『ここの手がかりになることは言うな』って言われたんだよ。けど、僕が知ってたのはソファと枕とコーヒーだけだったんだ。笑えるだろ?」
――とんとん
聞きたいのはそんなことじゃない そう言ってるんだね。
「ちゃんと話してきたよ、リッキー。最初は話しても話してもだめだった。僕のことを変態だと思ってたみたいだし」
ようやく クスリ と笑った。
「じゃ、俺も変態だな」
「そうだね」
「相手、どんなやつだった?」
「軍人みたいな男だったよ。いかっつい感じ。ずっと死ぬ覚悟して話した。なんで結婚したいんだ、体目当てかって聞かれた」
少し間が空いて、――とんとん
「お前に惹かれたからだって答えた。その後はもう聞かれなかったよ」
――とんとん
「お前をくれって言った。何もかも終わりにしてほしいって。金はもう要らないって言ってきたよ。お前を働かせる気か? って聞くからそうだって言った。良かったか?」
――とんとん
「なら良かった。安全な生活を僕たちにくれるって言うからそれも断わってきた」
――とんとん
「僕らは、自由だ」
……………。
駆け出した鼓動が伝わってくる。胸に手を当てた。
「信用出来るか? 僕の言葉」
答えが無い。ただ心臓が大きく手を叩く。
「お前がリチャード・ハワードになったら完全に縁が切れる。もう予算かけないってさ」
リッキーの顔が上がった。ただじっと僕の顔を見てる。
「……なにが……あった?」
「何も。さっき言ったことで全部終わり」
「そんなに簡単に俺を手放すわけねぇ。フェル、騙されてんだよ。これからもずっと盗聴されて、見張られるんだ」
「新婚旅行、どこに行きたい? 南極? サハラ砂漠? 月?」
「ウソだろ?」
「もうどこにでも行けるよ。連中も暇じゃないってさ」
「……ホントに?」
リッキーの薬指を持ち上げてキスをした、お揃いの指輪に。
「フェル……」
ムクッと起き上がったと思ったら、いきなりシーツを剥がして僕を転がし始めた。全身を隈なくチェックしている。
「おい、何だよ!」
容赦のないその転がし方と押さえ方で本気だと分かった。背中に乗って足まで広げるから悲鳴を上げた。
「リッキー! 何だよ、やめろ!」
ようやく解放すると飛びついてきた。
「フェルがなんかされたかと思った……交換条件はなんだ? これからなんかさせられんのか?」
怯えたような顔に思わず抱き返した。
「なんにも心配しなくていいんだ、僕は何も強要されてないし、代償も払わないよ。お前の心配することなんか何も無いんだ」
言ってやりたかった、お前はとっくに死んでるんだと。お前が生きてることを知ってるのはたった一人なんだと。でもその先に繋がることは決して言わないと誓った。
「そうだ! リッキー、シャワー浴びよう! お前とすることがある」
急き立ててシャワーを終えた。
「ドライバー、この辺にあったんだけど…」
机の中を引っかき回した。
「あった!」
窓のそばに椅子を置く。ドライバーをリッキーに渡した。
「あれ。外して」
エアコンのそばのコンセントを指差した。意味が分かったらしい、すぐにネジを回し始めた。
その中に盗聴器があった。
「お前に任せる」
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「俺、自由か?」
頷いた。
「ホントに終わったんだな?」
「長いこと、辛かったな」
「終わった? ……なんか……信じらんねぇ……」
解放感が無いんだ……少しもほっとした顔してない。僕は思い知らされた。そんな簡単なものじゃない。僕のあのことと同じ。決して消えない傷。
「他にあるのかもしれない、フェル、コンセント、この部屋いくつある!?」
全部のコンセントを開けるリッキーが悲しい。冷蔵庫を動かし、ベッドを引きずり出し、壁を確認してそれでも不安なリッキー……
「もうやめよう」
尚も狂ったように部屋を見回すリッキーを抱きしめた。
「やめよう、リッキー……終わったんだ、何もかも終わったんだよ。寮長に空き部屋を聞く。無かったら外でアパートを借りよう。この部屋を出るんだ」
ドライバーが落ちてしがみついたリッキーの号泣が響き渡った。
空き部屋は無い と言われた。
(アパートを探すしかないか……)
生活は厳しくなる。けれどリッキーには代えられない。安心して眠れることが最優先だ。
リッキーのバイトは流れた。僕のことで面接をすっぽかしたからだ。それくらいで断るマスターじゃないんだけど、どうしても働かさせてほしいと泣いて頼んだ女の子を雇ってしまった。
「すまんな、バイトするところが見つからないんだって泣きつかれてね」
決まってしまったものは仕方ない。なんとかこういう『諦める』って状況からリッキーを遠ざけてやらなくちゃ。
リッキーの受けてる講義が終わるまで、僕の時間が空いていた。今日の夕方にでも一緒にアパートを見に行くか…… そんなことをカフェでコーヒー飲みながらぼんやり考えているとこに携帯が鳴った。
『どこ? ちょっと話したいんだけど。その騒がしさからいうと、いつものところね?』
「うん、窓よりの席で……」
いきなり ゴンっ と頭をこづかれて、何だよ! と振り向くとシェリーだった。
「あのさ、もうちょっと穏やかにつき合えないもんかな!」
「あら、威勢がいいじゃない」
僕のクレームなんかシェリーにとっちゃこんなもんだ。
「なに、話したいことって」
少々ふくれっ面の僕を無視してシェリーが喋り始めた。
「あのね、リッキーのことなんだけど」
「なんだよ」
「あんたどうするの? 式はいつ? 招待状は? 場所は? 卒業するまでの生活は? 将来どうすんの?」
――う!!
「分かってるよ、早く色々決めなきゃならないって」
「そうしてあげなさい、じゃないとあの子、不安なままよ」
あの子……。
「これに掴まれば100%幸せって分かってるロープを、『待て!』って言われたら掴まないで待ってるタイプ。手に結わえてあげなきゃダメなの。ずっとそういう生活を強いられてきたんだから」
確かに、自分から幸せをもぎ取ろうとしない……
「逃げたり隠れたりする生活って人をいびつにするわ。だから周りで気をつけてあげないと」
「でも僕らは対等にやってくつもりなんだ」
「分かってるわよ、あんたの考えそうなこと。でもちゃんと助走させてあげてね。やっと人並みの生活送れるんでしょ? 愛してるなら自立出来るまで待ってあげなきゃ」
「シェリー、ずいぶんリッキーに甘いんだね」
「あの子、母性本能くすぐるのよ。可愛いし。あの子ならつき合ってもいいかななんて思っちゃう」
「冗談だろっ!? シェリー、女の子専門じゃないか!」
「だって、女の子みたいじゃない、リッキーって」
ホントに冗談じゃない、シェリーに目を付けられたらえらいことになる!
「大丈夫。あの子は女の子じゃなくて妹って思ってあげる。もうあの子の国とは縁が切れたの?」
「うん。もう大丈夫だよ」
「そ! 良かった!」
にっこり笑うシェリーに疑問が湧いた。
「シェリーさ、リッキーにどこまで聞いたの?」
「どこって……あの子、自分のことはなんにも喋んなかったわよ。あんたの今の返事で確信しただけ」
僕は……墓穴を掘ったってわけ?
「私の仮説。まず、彼は亡命してきた。多分スペイン圏の小さな国だわ。きっと地位の高い人の関係者。で、結婚する相手のあんたを連れ去った。あんたを返したってことは、お互い歩み寄れる状況になったってことね? だからもう心配は無い。私が気にしてんのは最後の『心配ない』ってとこだけど。本当に心配ない?」
「……ほんとに何も聞いてないの? シェリーがその結論に辿り着いたのはなぜ?」
僕の驚く顔を見て、シェリーはニヤッと笑った。シェリーの説明を呆然と聞く。
――あんた、突然スペイン語に興味持ったでしょ? あれはリッキーと付き合い始めてからだったわね。
彼、どう見てもアメリカ系じゃないし。ひっそりと暮らしてたじゃない?
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見張ってる割りにその相手が手を出してこないってことは、お偉いさん関係ってことでしょ?
あんたが連れ去られて取り乱したけど警察には届けなかったんだから、連れ去った相手を知ってたのよね。
誘拐されたのに、あんた頑張って帰るって言ってたじゃない?
この場合、あんたが頑張れることって結婚しかないから、
それで得られる自由ってたいがい国籍だとか国のしがらみ。
国と縁が切れて良かったってあんたが返事したから亡命。
ってことは、あんたが連れてかれたのはその大使館。
あんな木箱なんかでお粗末な返し方してきたから大国じゃない。
呆気に取られる……たったあれだけのことでその推理?
「驚いてるってことは、ほぼ当たりね?」
「シェリーさ……何になるんだっけ?」
「有名な歯医者!」
「なんでだっけ」
「子どもの頃はうんと偉い人になろうなんて思ったけどね。歯医者の前じゃその偉い人たちはバカみたいに口開けて待ってるしかないじゃない? それが笑えるから」
そう。こんなところが怖いんだ、この姉は。
「で、なんで煮詰まった顔してたの? 困ったこと出来た?」
もう隠したってしょうがない。こんな姉を持って、不幸なんだか有難いんだか。
「住むとこ探してんだよ」
「なるほどね! そりゃ、盗聴されるような部屋で安心して夜は過ごせないわよね」
「スケベなこと言うなよ! 僕はちゃんとリッキーを眠らせてやりたいんだ! 僕がいなくなった時からずっと眠れないでいるんだから」
「あんたがいない間ならたっぷり寝せといたわよ」
「どうやって! 僕がいないとリッキーは眠れないんだ。僕はあっちでつい眠っちゃって……リッキーは寝てないだろうに寝ちゃってごめん! って思ってたんだよ!」
「睡眠薬、口に放り込んでやったの。あんたのを見つけたからね。眠れないだの、じっとしてられないだの、泣いてばっかりでごちゃごちゃ面倒くさかったから。リッキーを頼むって言ったの、あんたよ」
「……ありがとう」
なんだか悔しい。礼を言わなきゃならないのが理不尽に感じるのはなぜだろう。
「他に空き部屋、無かったの?」
「無かった」
「どうする気?」
「アパート借りるしかないよ」
「それだけの働き、あるの?」
「……無い。リッキーは働くとこさえまだ見つけてない」
大きなため息。
「あんたたち、呆れるわ。それじゃ結婚どころじゃないじゃない! しょうがないわね、住むとこ、お姉ちゃんが当たったげるわ。そうね、まず式をいつにするか、誰を呼びたいか。あんたはその辺をリッキーと一緒に考えるのね。それなら今のリッキーの負担にならないはずよ」
そこで言葉が止まった。こんな時は何か企んでるんだ。この場合、もちろん僕関連だよな……
「明日、夜。空けておいて。いい? お召かしして二人で連絡待ってて」
シェリーの楽しそうな後姿を見ながら、僕は心底怯えていた。明日、何をする気なんだ?
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