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 ギロッ!  

 目の前には、魔女がいた。

 おかっぱに切り揃えられた、艷のある真っ黒な髪。
 大きくつり上がった目には、紫色のアイジャドーがくっきり施され、その迫力を増している。
 すーっと通った鼻梁に、真っ赤に燃えるようなぷっくりとした唇。左口元にある黒子が、その妖艶さを一段と際立たせいた。

 耳には、黄金に輝く二重の輪っかがさげられ、光石の光をゆらゆらと反射している。

 金糸が編み込まれたショールは首・二の腕を覆い隠し、色っぽい胸元をも、すっぽりと包み込んで、きらきらと奥ゆかしく輝いていた。
 緩く組まれた、細く美しい両腕の内側通り抜け、後方へと流れていく。
  
 そして、身体の曲線美ラインにフィットしたタイトなブラックドレスが、魔女を、より一層、魔女たらしめていた。

「……30点」

 魔女がボソリと呟く。

「なっ、なんですって!!  
 初対面で失礼なっ!  」

「この私を前にして、言い返せるとは。プラス5点。……35点」

「なっ!?  」

 カツコツカツカツコツコツカツッ。

 絶句するアクヤに、魔女がヒールを鳴らしながら近づいてくる。
 ショールは前後に靡き、お尻が左右に色っぽく揺れていた。

 首元に、真っ黒なイブニンググローブに覆われた、魔女の右手が伸びてくる。
 顎をクイッと持ち上げられた。

「素材は悪くない。しかし……この白い服は何?  」

「お婆ちゃまが……」

「衣服に罪はない。羽織るものの問題よ。
   唯一、評価できるのは、頭に挿している薔薇の一輪だけ。まるで、生気を吸いとったかのように、妖しく美しい。
 あとは、てんでダメ。
 貴女みたいな、色白で、かつ、キツイ顔の女が、白に袖を通すなんて、宛ら、幽霊ゴーストよ」

「……魔女に言われたくない」

「ま、じょ……」

 魔女が、きょとん、とした後、にゅーっと、ほくそ笑む。
 琴線に触れたようだ。

「気に入ったわ。プラス5点。40点。
 私のドレスアップで、プラス60点。ギリギリ合格ね」

 魔女はそう言うと、左腕に掛けられたオシャレなハンドバッグを探り出す。


「ねっ。彼女は、可愛いものには、目がないっていっただろう?  」

 お兄様が小声でそう呟き、ウィンクする。

「……30点ですよ」

「僕なんか5点だ。怒らせてマイナス5点。占めて0点……。
 理性を失っていたこの僕でさえ、余りの衝撃で記憶に残るレベルだった」

「アンタみたいな煩い野獣に興味はないの。魔晶石の意思に、仕方なく従っただけ。
 でも、今のルックスなら10点ね。
 私のドレスアップで──」

「──プラス90点。ぎりぎり、合格……でしょ?  」

「そうゆーこと。
 気が強いだけじゃなくて、もの覚えも良いじゃなーーい?  」

「いや、僕はこのままでだいじょ……」

 魔女が微笑みながら、巨大な糸玉を3つ取り出した。
 魔女を取り囲むように、宙に浮かぶ。ハンドバッグのサイズなんか、当然の如く、完全無視だった。

 美しい所作で、煙管きせるを取り出し、格好よく一服吸う。

 ふぅーーーっ

 オシンジ吐息が、吐き出された。

「アブリィ──」

 魔女が煙管をふる。
 忽ち、糸玉から糸が伸びてゆき、橙煙と絡まり、染まりゆく。


 ふぅーーーっ

 今度は、赤色吐息が吐き出された。

「カティブリィ──」

 煙管の動きにあわせて伸びて行った糸が、赤く染まる。

「ブーラッ!  」

 2色の糸が交錯し、アクヤに巻き付いていく。

「あっ……」

 意に反して、衣服が脱がされてしまった。まとわりつく糸がいい具合にカーテンの役割を果たしてくれる。




「ブーーーーラッ!  」

 もう一度、魔女が煙管をふる。
 最後の糸玉が、伸びてゆく。

「だから、僕はこのままで……うわぁっ!?  」

 そして、お兄様に襲いかかったようだ。
 アクヤと同様、糸のカーテンに覆われ、その姿は見えなくなった。

 糸が上から下へと、渦を巻きながら流れていき、2人のドレスアップは、終わりを迎えた。余った糸が、魔女のハンドバックへと帰っていく。



「まぁっ!?  」

 自らの足元から胸元、そして、腕、背中を見回しながら、アクヤが感嘆の声を上げた。

 上質な生地で織り込まれた、オレンジの鮮やかなドレスを、身にまとっている。
 胸元やドレスの裾部分など、所々に、赤いレースがあしらわれ、いいアクセントになってた。

 同色のオペラグローブにも、袖口に赤いレースがあしらわれている。

 これまでの人生、名だたる仕立て屋が用意したドレスを身につけて来たが、ここまで上質なものは初めてだった。

「こちらへいらっしゃい」

 魔女に丸い大きな姿見の前に、呼ばれた。

「鏡よ鏡よ鏡さん?  この世で一番美しいのはだーーれっ?  」

 聞いた事のあるフレーズだ。
 海を超えた東の最果ての国から、ちょっとだけ海を渡って西に行ったところにある洋の国……に伝わる逸話で、魔女が口ずさむフレーズ、だったはずだ。

 確か、答えを間違えると、大変なことになったような……

「安心しなさい。毒りんごは、吐かせないわ」

 魔女が、兎にも角にも、言う。

 キラーーーーン

 姿見が、輝き始める。
 と、豪華な枠の部分が盛り上がり始めた。

 むにゅ、むにゅ、むにゅっ、と盛り上がり、ついには、頭と手足が形成されていった。

 鏡を胴体に抱き、顔と手足を水色のタイツで覆った男が、魔女の前に跪く。
 唯一、無駄に美しい目と端正な口元のみ、露出していた。

「Mrs 魔裁師ドレス・ド・デーモンさ……」

「ん゛」

「Mrs 魔裁師ドレス・ド・ウィッチさ……」

「10点」

 彼の挨拶を、膠も無く切り捨てる魔女。
 その声音からは、一歩間違えると、叩きわられそうな壊さすら感じられた。

「……あの、煙管魔女キせるのまじょさま、なんて、いかかでしょう?  」

 思わず、提案してしまった。

「30点──」

「──ドレスアップ効果でプラス70点」

「「……ギリギリ合格ね」」

 2人の声がハモる。
 魔女が、満足そうに微笑んだ。



煙管魔女キせるのまじょさま。お呼びでしょうか?  」

 そっと息を着いた鏡が、問う。

「この世で一番美しいのは、だーれ?  」

 途端に、鏡男がまた、緊張を帯びはじめる。これ以上青く成れない顔は、真っ青だった。

「……キせる様です」

 鏡が魔女を映し出す。

「それと?  」

「……ドレスアップされたアクヤ様」

 鏡が、アクヤを映し出した。いつの間にか髪も、ドレスに併せ編み込まれ、お洒落に結い上げられていた。
 魔女が、満足そうに頷く。

「それと……」

 また、鏡が切り替わる。

「へーっくしゅんっ!」
「きゃっ!?  」

 アクヤ、思わず、叫んでしまった。
 顔がかーっと熱くなり、慌てて両手で覆う。

 そこには、両腕で身体をだき抱えながら、くしゃみをするお兄様が映し出されていた。

 何故だか、一矢纏わずに、いや、三角形の白い下着を一矢纏っては、いた。

「本当は、それも、いらないわ」

 魔女が冷たく言い放つ。

「ちょっと、貴女!  なんで、お兄様が裸なのっ!!  
 プラス90点の効果は、いったい、どこよ?」

「裸ではないわ。
 だから、良くてプラス30、いや、20点ね。
 男なんて、着飾らせるだけ無駄。
 唯一、評価できるのは、肉体美だけよ」

「へーっくしゅんっ! 」

 アクヤの絶句を、お兄様のくしゃみが遮る。

「ドレスド、じゃなかった。キせるノマジョさん。君の言い分は、よーーくわかった。でも、今日は特別な日なんだ。アクヤのドレスアップ効果を、さらに引き立たせるために、僕の方も、なんとかならないかな?  」

 お兄様が下手に交渉する。

 怒らせると、
『安心しなさい。それでも、貴方は履いてるわ』
 とかなんとか、明るく言い出しそうだった。

「仕方ないわね」

 魔女が煙管をふる。
 ショルダーバックから糸が飛び出し、お兄様を包み込んだ。

「まあっ!!  素敵っ!  」

 糸が駆け抜けると、そこには、真っ白なスーツに身を包んだ、お兄様が赤面して立っていた。

「5点」

 ボソリと呟く魔女。
 鏡には、相変わらず、裸のお兄様が写し出されたままだった。
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