たとえクソガキと罵られても

わこ

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49.リスペクトⅢ

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 事務室に入ったら誰もいなかった。取っ散らかっているように見えて本人だけはどこに何があるか完璧に把握できているらしい長谷川さんのデスクには寸前まで人のいた形跡がある。トイレかな。すぐ戻って来るだろう。

 スクールバッグだけ降ろし、給湯室に続いている北側の通路のドアに近づいた。すると何やら声がするのに気付いた。
 ドアを開けて廊下に出れば確信できる。これは間違いなく、言い合っている。

「無謀だ」
「どこが。最判だって出てる」
「相手が悪いと言ってんだよ」
「大きな相手だからこそ意義があるの。やる前からそんな断言はさせない」
「やってからじゃ手遅れになるぞ」
「それこそやってみなきゃ分からないでしょ。実績を上げていながら不遇を受けてる彼女自身が戦う事を望んでる」
「一応は役職も付いてんだろうが」
「その肩書に実態が伴ってないのが問題なんじゃない。女性役職者の数だけ増やしているのが単なる世間体なのは見え透いてる。つまらないイメージアップ戦略の道具にされる気持ちがあなたに分かる? 彼女はリスクだって承知の上なのに、ここで私達が引き下がったら世の中は何も変わらない」
「法律屋ごときが世の中を変えられるとはハナから思ってねえからな」
「あなたはなんでいつもそうっ……」

 その時クイッと、後ろから腕を引かれた。反射で振り返れば長谷川さんが口元で人差し指を立てている。
 部屋に戻ろう。その指で後ろをチョイチョイ示されて黙ったまま頷いた。廊下まではっきり響く声の大きさからしておそらく出入り口付近にいるのだろうが、給湯室の内側にいる二人に俺達の存在はまだ気づかれていないはず。泥棒みたいにコソコソと、物音を立てないようにしながら室内に戻った。

 そこからヒソヒソ口を開いたのは、デスクの方まで戻ってようやく。

「今日は何が……」
「そっちのボード見てきな。だいたい分かるよ」

 今度は隣の会議室を示された。ブラインドは開いているから、奥のホワイトボードに何かがびっしり書き込まれているのがここからも見える。
 すすめられた通り隣に移動し、ボードの内容を左端から見ていく。書いてある内容からして依頼人は女性なのだろう。相談に来るに至った経緯がザックリとではあるが読み取れた。

 ここにあるのはついさっきまで作戦会議をしていた形跡。依頼人が対立しているのは勤務先の会社のようだ。
 女性従業員の地位向上と男女格差是正に加えて、これまでの女性蔑視的発言とそれに通ずる言動、態度への公式な謝罪と撤回。
 主にそれらを要求したいように見える。男性と同じかそれ以上の仕事であっても賃金格差をはじめとする不平等がまかり通っているという切実な訴えだ。

 実績を上げていながらの不遇。給湯室で有馬先生のそんな声を聞いたが、こういう意味か。
 昇格昇給その他あらゆる面での社内における明確な性差。それが数値で書き記されている。

 社内で慣習的に行われてきたと本人が主張している、女であることによって長年受けてきた理不尽な差別。それによって被ってきた損害への賠償を求めたい。この件の依頼内容の中身だ。
 相手方となる企業にはコンプライアンス関連を取り仕切る部門があるようで、とっくにそこは通しているようだ。その上位部門に当たる法務部のところまで、簡易的な組織図がボードの隅に走り書きされている。

 少なくとも外観上の組織機能は真っ当そう。内部の組織図と、相談者がこれまでに踏んできた経緯を見る限り、会社としての対応手順もマニュアル通りに実行されたのだろう。
 ここまで手続きがしっかりしているという事は、それなり以上に大きい企業だろうか。相手が悪いと比内さんは言っていた。ボードの隅の法務部という単語には、上からバツ印がつけられている。

 なんとなくだがなんとなく察した。
 会議室を出て事務室に戻り、着席すると斜め前のデスクで長谷川さんが顔を上げた。

「分かった?」
「おおよそですが……」
「争いのきっかけはまたしても方針の違いだ」
「裁判するかしないかってことですよね……?」
「そうそう」
「……でもなんで給湯室で言い合ってるんですか?」
「さっきまでは二人ともそれぞれ資料集めしてたんだけど、コーヒー淹れに行くタイミングだけピッタリ気が合っちゃったみたい」
「あぁ……」

 よりにもよって。

 中川さんと七瀬さんは二人とも外出中のようだ。室内には長谷川さんがキーボードを叩く音が小さくカタカタ響いているが、北側の内ドアは開けっ放しにしているため給湯室の言い合いも微かに入ってくる。
 席を立ち、そのドアをカチャッと閉めた。長谷川さんを振り返れば平然と仕事に戻っている。

「……どうすれば……?」
「俺らは大人しくしとくに限る」
「はい……」

 そうだな。時給は泥棒しちゃいけないからさっさとバイトの務めを果たそう。
 俺のデスクの上には七瀬さんのメモが貼り付けてあった。比内先生のご用事が済んだらこれやっておいてねリストだ。しかし今比内さんは忙しそうなので書いてある通りに作業を開始する。

 そしてそこから二十分ほど経過した頃。棚にファイルを戻すために席を立ち、チラリとドアの方を見やった。
 二人は執務室に戻っただろうか。気になり、そのためカチャッとドアノブを回し、隙間程度にいくらか開けた。廊下に顔を覗かせてみると聞こえてくるのは言い争う声。
 給湯室に扉はないが、出入り口の壁がちょうど死角になる。中までは窺い知れない。でも言い合っているのは分かる。

「どう?」
「…………ダメそうです」
「ちょっと様子だけ見てきてくれる?」
「分かりました……」

 バレないよう壁際にコッソリ近付き、さらに慎重にコソッとしながら中の様子を覗き窺う。
 俺の下手くそな怪盗ゴッコにも白熱している二人は気づかない。比内さんと有馬先生はテーブルの横で言い合っていた。

「仮に希望するポジションと待遇を与えられたところでその先はどうなる。周囲の人間にとって重要なのはそれが正当か否かよりも今得られている自身の安定だ。今度は逆差別がどうとかいう声が上がるのは目に見えてんだろ。そうなりゃ形を変えて争いになるだけだ」
「上辺じゃない女性の働きやすさを実現するなら変革は必要になるでしょ。彼女が名実ともに社内での地位を獲得できれば後に続く女性も必ず出てくる。男性と対等な立場で仕事をするためのベースを彼女自身が作るの」
「いいや、その目論見は甘すぎる」
「男性の偏った意見に屈するような人じゃない」
「ああ、だろうな。そもそも男からの批難もヒンシュクもあの依頼人にとっちゃなんでもねえだろうよ。そんなもんより厄介なのは同じ境遇の仲間だと思ってた連中からの反応だ。冷ややかな視線なんか浴びたら一発で心折れるぞ」
「必ずしも全ての女性が現状の打開を望んでいるわけじゃないって言いたいんでしょ。それくらい私だって分かってる」
「お前がいくら分かってても仕方ねえ。あの様子じゃ本当の敵がどこにいるのかまだ理解してない」

 ススッと、壁際から身を引いた。
 事務室側の壁にトボトボ移動し、部屋に入ると長谷川さんが言った。

「終わりそう?」
「長引きそうです……」
「だよなあ」

 返された半笑い。ところであれいつからやっているのだろう。



 そこからまた少々時間が過ぎた。処分する書類をシュレッダーに全てかけ終え、右端で赤く点滅しているゴミ満杯ランプの訴えに従う。

 ハムスターがいたら喜びそうなフカフカのクズ山をちょっと押し込み、袋の上を固く縛った。
 西側にあるトイレ横の小部屋は手に余る諸々置き場になっていて、収集日に出すゴミも全てそこにまとめてある。パンパンの袋をガサッと持ち上げ、給湯室とは反対側のドアを開いた。しかし通路は繋がっているので、ゴミ置き場を出入りすればやはりいくらか聞こえてくる。給湯室の中でまだ言い争っているようだ。

 今度は頼まれていないけど。これは単なる興味本位。好奇心は猫だって殺せるらしいから死なない程度に偵察してみる。
 通路の北側へと静かに移動し、給湯室の出入り口にコソッと慎重に近付いた。

「真新しい話題に飢えてる世間は好き勝手に騒ぎ立てるぞ。炎上させたがりの暇人どもにはエサを与える事になる。その辺の会社員よかよっぽど稼いでるくせしてまだ欲しがるがめつい女だってな」
「何も知らない外野が注目するのはせいぜい最初の二週間よ。三週間後にはすっかり忘れてる。何よりそんなものに動じるはずがない。彼女が本当に求めているのは肩書じゃないしお金でもないんだから」
「だったら男だの女だの言われたところで気にしなけりゃいいだけだろうよ。言いたい奴には好きに言わせとけ。社会がどこに意義を見出して良し悪しをどう判断しようと言う奴は言うし一生分かり合えねえ。それならもうシカトでも決めておけばいい。上にはびこる老害どもはどうせ放っといても先に死ぬ」
「この問題は根底の考えが変わらない限り世代が一つ入れ替わったくらいじゃいつまでたっても解決しない。こんな分かり切ってる事をいちいち私に言わせないで。第一あなたみたいに暴言で人を殴り回ってるデリカシーのない人間がいるから世の中に分断が起きるんじゃないの」
「本当に分断起こしてんのは他人の発言の意図を考えもしねえでヒステリックにキャンキャンキャンキャン喚き散らす連中だろうが。たとえ事実を言っただけでも理性ほぼゼロの感情百パーで返してくるんだからまるで手に負えねえ。会話の一往復目で脊髄反射並みに目くじら立てられる方の身にもなれってんだよ。テメエみてえな活動家気取りがいちいち声高に叫び上げるせいで言葉は狩られていく一方だ」
「この現状は男性優位の社会で女性を簡単に抑圧できる発言がそれだけ大量に長い間許されてきた事実の裏返しでしょ。理不尽と偏見に対してその場で声を上げるための土台がようやく整ってきたところなの。私達がいま求めてるのは対話よ」
「時代にそぐわねえって理由一つであれもこれもタブー視させといて何が対話だ笑わせんじゃねえ。口に出さねえだけで腹ん中で思ってんなら同じ事だろ。表面だけ取り繕ったところで話し合いなんざやっても時間の無駄だ」
「偏見的な言葉をまずなくさない事には話も一向に進まないじゃない。男性だったら聞いてもらえる事でも女だとそうはいかない。いつだって適当にあしらわれてきた。完全に下に見られながら女は黙ってろと言われるの。女は男じゃないからなんていう理由にもならない理由一つでね。新しい社会をつくるために歪んだ価値観を覆すのがどれだけ労力のかかることかあなた一度でも考えた事ある?」
「お前の言うその労力ってのはこれまで自分らが受けてきた苦痛をそっくり相手にやり返す事なのか? 気に入らねえ発言が耳に入る度に発言者を燃え尽きるまで叩きのめしていったら大層お綺麗な世の中になるんだろうな。随分とご立派なもんだ」
「相手のやり方を批判して開き直るのは簡単でしょうよ。当然のように横行している言葉に傷つく誰かがいると知ってもなお改めずにいる事がどれだけの傲慢か少しは考えてみたらどうなの。差別と偏見が一掃されない限り現代の使用禁止用語は増え続けていくんでしょうね」
「抑圧を抑圧で封じ込めてたら解決するもんもしなくなるってのがなぜ分からないのか不思議でならねえ。おかげさまでクソ窮屈な新社会が誕生した」

 一回引っ込んで数歩下がった。ちょっと深呼吸。三十秒ほど置く。それからもう一度コソッと近づいた。

「女はこうと決めつけられる度にどれ程の不快感が込み上げてくるかあなたには分からない」
「それを不快に感じる人間もいればなんとも思わねえ奴もいるって事実を理解しねえのは許されんのか。個別に対応すればいいものを一律に括らねえと気が済まねえ今の風潮が狂気じゃねえならなんだってんだか言ってみろ。ジェンダーレスとは対極の服を好む女が白いワンピース着て外歩いてたらそのうち逮捕でもされるかもな」
「話を飛躍させて人の不安を煽ってジェンダーフリーへの誤解を植え付けるから適切で真っ当な配慮にまで過剰な反発が起こるんじゃないの。子供みたいに屁理屈こねくり回すのがそんなに楽しい?」
「屁理屈の一つでも言いたくなるほど極端な理想を掲げてんのは誰だよ」
「全体の足並みが揃わなかったらまた同じことの繰り返しでしょ」
「それこそ目の前の理想に囚われすぎて全体が見えなくなってる証拠だ。誰も彼もが常に同じ方だけ向いていられる訳がねえだろ」
「自分の態度は差別に当てはまるかもしれないと一度立ち止まって考える方法を共有する事の何がいけないの」
「親切な共有にしてはやたら上からに聞こえるけどな。自分はこう思うからお前もこうしろと強要するのが理想の社会か? テメエらのやろうとしてる事は結局のところ人間の均一化じゃねえか。多様性が聞いて呆れる。真逆に行ってどうすんだ」
「必要な区分までなくせと言ってるわけじゃない。男女は平等でも男女に違いがある事実は誰だって理解してる」
「理解しようとしねえのがいるからおかしな事になるんだろ。気高いままでい続けられんのはどんな物事でも最初だけだ。そこに人間が寄り集まればいつかは歯止めが利かなくなってく」
「確かに過度な主張を展開しはじめた一部の層があるのは認める。それでも社会的に形成されてしまった固定観念の偏りを払拭する意義は大きい」
「仮に目指す所が高潔であってもやり方に問題があるならそれはもはや暴走と言う。平等と全員を同じにする事とを履き違えてる自分自身の思考にも気づきやしねえ。理念に反する人間を排除したがる高慢な態度は独裁者そのものだ」
「っ、なんてことを……自分が何言ってるか分かってるのッ!?」

 透明になれる能力のない俺がそこの出入口を通過する勇気はないため、来た道をソソソッとと戻った。
 ちょっと遠回りして事務室に帰る。長谷川さんは俺がゴミ捨てのついでに覗き見するのを想定していたようだ。

「どうだった?」
「えっと……激化してました」
「ははっ。これは新記録出るかな、議題的にも」
「…………」

 男性の相談者や被害者の支援にも積極的な有馬先生は特段フェミニストという訳ではない。
 理不尽な物事や不合理な状況を見過ごしておけないだけだ。そして比内さんと徹底的に相性が合わないだけだ。




 それからさらに三十分ほど。中川さんと七瀬さんは二人で依頼人の所に行っているそうだがまだ帰ってくる気配はない。
 給湯室の二人はどうだろう。さすがにもう終わったか。半分は怖いもの見たさでドアの隙間をカチャッと開ける。口論は聞こえてこない。

「お。終わったかな?」
「どうでしょう……」

 デスクの方から耳をそばだてる長谷川さんを一度振り返った。行ってこいと指先でチョイチョイ示される。
 一歩ソロッと足を踏み出した。向こうの壁際にペタリと張り付く。出入口までコソコソ近づき、完全に泥棒の気分で息を半分止めながら覗いた。

 丸テーブルには有馬先生が腰かけている。冷蔵庫のそばには壁を背にしてコーヒー片手に立っている比内さん。
 物理的になかなか広めの距離を取ってはいるけれど。さっきまでの戦闘モードは感じない。横道へと逸れに逸れていた話の中身も元に戻っていた。

「もういっそジジイどもは見限って起業でも勧めた方が早いんじゃねえのか」
「元も子もないこと言わないで」
「話すだけ無駄な男共の下で働いてても本人が消耗するだけだろ」
「戦うって彼女は言ってるんだからその意思に応えるのが私達の義務よ」
「その戦いに勝ったとしても組織なんてどうせ変わりやしねえよ。お前もよく知ってるだろ。石頭にこびりついた価値観を覆すのはどのみち不可能だ」
「無理だから逃げろと彼女に言えとでも?」
「これを逃げと取りたいなら好きにすればいい。俺は依頼人の利益の話をしてる」

 三十分前に比べれば随分と理性的な話し合いになったようだ。二人ともやっぱり物理的になかなか広めの距離を取ってはいるが、少なくとも殴り合ってはいない。

「本人も言ってたろ。退職して独立する道も考えたと」
「ええ。負けを認めるみたいで嫌だともね」
「今まさに腹を立ててる人間はみんなそう言う。だが長い目で見りゃ争いに勝つことだけが全てとは限らない」

 血の気の多い暴言は出てこない。議題はちゃんと依頼人の件だ。

「スキルも経験も申し分ねえんだろうし、あれは人に使われるよりも人を率いる方がたぶん向いてる。デカい企業にたった一人で戦争仕掛けようとするくらいだ」
「それはそうだけど……」
「心にもねえ謝罪と上辺だけの権利を求めて居心地の悪い場所に残留するより幾分かは現実的だろ。腐りきった建築物を改修するのに比べたらマシだ。ゼロから自分で作っちまった方が余計な手間も時間も省ける」
「でも彼女がそれで納得するかどうか」
「なんのためにお前がいるんだ。説得しろ」
「説得って……」
「言い方を変える。話せ」
「…………」
「勝っても負けてもそこにいる限り本人が不利益を被るだけだ。そのうえ本当の望みってやつはまずほとんど叶わねえ」

 暴言らしき暴言はやはり出てこない。弁護士らしく建設的な話し合いをしているように見える。
 しかしテーブルと壁際の間には、張りつめた空気も漂っている。

「俺達が早急にすべきは示談金を吊り上げるための材料集めだ。叩きようはいくらでもありそうな連中だしな。退職後しばらくの生活費にでも起業資金にでも好に使えばいい」
「……あなたどこまでやる気? これまでの賃金格差を踏まえただけでもそれなりの額になるはずなんだから、向こうは引き下げを要求してくる可能性が高い」
「どうだかな。大事にされたくないのはむしろ相手方じゃねえのか。お前の言うように世間的にはクリーンなイメージで売ってる大企業だぞ。働く女性の味方とでも言いたげなブランド戦略取っておきながら女性社員に性差別で訴えられたら台無しだろ」

 一拍ともう少しだけ開けて、それから僅かに頷いた有馬先生。
 初めて反対意見が投じられなかった。比内さんも少々間を置き、確信したように冷静な口調で言った。

「異論はないな。示談の方向で行く」
「やってはみるけど、最後に決めるのは依頼人ってことだけは忘れないで」
「相手を落とすのはお前の得意分野だろうが」
「人聞きの悪い言い方やめてくれるっ?」

 その言われようには我慢ならなかったみたいだ。またピリッとしかけたものの、その前に比内さんがもう一つ付け足した。

「それともしそれ以降の要望があればこの件は中川に回せ」
「冗談じゃない。彼女をあの人に預けろって言うの?」
「将来的に法人設立を目指す気があるなら中川が適任だ」
「会社にいるよりあの男に近くにいられた方が心折られるでしょ」
「お前はあいつを悪魔の手先かなんかだとでも思ってんのか」
「似たようなものだとは思ってる」
「そうか。珍しく意見が合ったな」

 意見が合ったところで俺もその場から離れた。

 ススススッと事務室に逃げ帰り慎重に閉めた部屋のドア。デスクの前まで戻ってようやく肩の力が抜けてくる。

「いた?」
「はい。二人ともいるにはいました」
「まだバトってる?」
「いえ、えっと……起業するみたいです」
「は?」
「えぇっと、中川さんは悪魔の手先だとかで」
「あ? ああぁ……うん。なるほど。分かった。じゃあそろそろ終結しそうかな」
「え?」

 今ので分かったのか。俺も自分で言ってて分かんないのに。

「……放っといても……?」
「大丈夫大丈夫。中川先生の悪口が出るのは鎮火を表示する目安なんだよ」
「…………」

 なんとも便利なバロメーターがある。
 二人の気が合うのはコーヒーを淹れに行くタイミングだけではなかったようだ。
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