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第三部
104.出会いと遭遇の裏側Ⅶ
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どっちもずっと黙ってた。竜崎のアパートに連れられ、部屋に入るとシャワーでも浴びてこいと。大人しくそれに応じ、使い慣れた狭い浴室内で自分の行動を振り返った。
普段通りパチ屋でバイトをしていた。そこに客として現れたのが赤城さんだった。
連絡先を強引に渡され、ほとんど忘れかけていたところ今日になってばったり出くわし、助けてもらったという理由もあって断り切れず酒を共にした。
何かを間違えただろうか。素性は不明。しかしきわめて怪しい。どんな経緯があったとしても、ついて行くべきではなかったか。
竜崎のあの、敵意剥き出しの顔。何かあるのだとすればそれはあの二人の方だ。
なんらかの関りがあるのは明らか。あの人の職業もおそらく考えすぎではない。
竜崎のあの言動と、あの人の様子を照らし合わせれば、実家絡みだろう。そう推測できる。わざとらしく知らないふうの口振りでおちょくってはいたが、あの人も竜崎を知っている。
風呂場から出て部屋に戻ると、ベッドに腰掛けるその姿が目に入った。横顔からは表情が抜け落ちている。周りには白い煙が立ち込めていた。
吸っているところは初めて見た。俺の前では吸わなかった。別人に見える。煙草のせいじゃない。こいつの知らない顔が俺には、数え切れないほどたくさんある。
「……竜崎」
近づいて声をかけると、竜崎ははっとしたように顔を上げた。人よりもずいぶん鋭い男が、今は意識がここにない。
空き缶の口に煙草を擦り付け、何事も無かったかのようにベッドから腰を上げた。目は合わない。故意にだろう。事務的に淡々と告げてくる。
「今夜は泊まってけ。寝てていいよ、疲れてんだろ。俺も風呂入ってくる」
そのまま通り過ぎようとしたから、その前に竜崎の腕をパシッと掴んだ。
「なあお前、あの人とどういう……」
腕から、伝わってくる。さっきと同じような緊張感。
何をそんなに怖がっている。何が起きると思ってる。もどかしさにはこれ以上の我慢がきかず、竜崎の前に回り込んで無理やりに目を合わせた。
「誰なんだよ。知ってんだろ」
「…………」
気まずそうに逸らされた視線。この男に、こんな顔をさせている。
「……竜崎」
諦めたような溜め息を聞いた。こんな様子は久しぶりに見る。
その口がゆっくりと開かれ、低い声で俺に聞かせた。
「……政深会の幹部だ」
「…………」
いつ以来だろう。その名を聞いたのは。
言葉の出ない俺の手から竜崎はそっと身を引き、目を合わせる事なく先を続けた。
「関西の構成団体の一つに三島組ってのがある。赤城は今そこの二代目組長のはずだ。ウチに顔出す事も稀にあったけど……こっち来てるとはな」
厳しくなったその目元。赤城さんの存在に気づいた瞬間、異様なくらい驚いていた。それに加えてあの激昂ぶり。
あの人の所属が政深会なら、そんな相手にどうしてあそこまでの、ほとんどもう殺意に近い、怒りの表情を見せたのか。
以前のあの、滝川組のときとは状況が違うと思う。少なくとも敵ではないだろう。けれど竜崎は俺の身を一番に案じた。
結局は分からないことだらけだ。竜崎は静かに問いかけてきた。
「……ミオに行く前に何があった」
聞かれて辿る。ジュエルだ、確か。怪しげなホストクラブの勧誘から始まり、事の次第を要点だけ掻い摘んで話した。
竜崎の表情は厳しくなるばかり。一人で何かを考え込んで、俺に目を向けると不安そうに眉根を寄せた。
「あいつとは関わるな。あの男に人の情なんてもんはない。なんだろうと平気な顔でやる」
「別に俺が何かされる理由なんて……」
「裕也」
遮られて思わず口を閉じた。真剣な目。さっきのような怒りは含まれない。そこにあるのはやはり、不安だ。
「頼むから……警戒して。もしもまた俺のいない所で近づいて来たとしても、絶対に隙だけは見せるな」
「なんでそんな……」
「ごめん」
部屋に響いた。一言。謝罪。
胸を一突きに、刺された気がした。
「……ごめん」
「…………」
これ以上俺に、何が言えるだろう。これ以上どう追いつめと。
諦めと、懺悔と、恐怖、それに、悲しいのも混じっているみたいな。そんな顔をする男を前にして、頷く以外の事はできない。それ以外をしたら、壊れそう。
どこか遠く、届かない場所へ。そんなようなところへ離れていかないように、繋ぎ止めるだけのことしかできない。
普段通りパチ屋でバイトをしていた。そこに客として現れたのが赤城さんだった。
連絡先を強引に渡され、ほとんど忘れかけていたところ今日になってばったり出くわし、助けてもらったという理由もあって断り切れず酒を共にした。
何かを間違えただろうか。素性は不明。しかしきわめて怪しい。どんな経緯があったとしても、ついて行くべきではなかったか。
竜崎のあの、敵意剥き出しの顔。何かあるのだとすればそれはあの二人の方だ。
なんらかの関りがあるのは明らか。あの人の職業もおそらく考えすぎではない。
竜崎のあの言動と、あの人の様子を照らし合わせれば、実家絡みだろう。そう推測できる。わざとらしく知らないふうの口振りでおちょくってはいたが、あの人も竜崎を知っている。
風呂場から出て部屋に戻ると、ベッドに腰掛けるその姿が目に入った。横顔からは表情が抜け落ちている。周りには白い煙が立ち込めていた。
吸っているところは初めて見た。俺の前では吸わなかった。別人に見える。煙草のせいじゃない。こいつの知らない顔が俺には、数え切れないほどたくさんある。
「……竜崎」
近づいて声をかけると、竜崎ははっとしたように顔を上げた。人よりもずいぶん鋭い男が、今は意識がここにない。
空き缶の口に煙草を擦り付け、何事も無かったかのようにベッドから腰を上げた。目は合わない。故意にだろう。事務的に淡々と告げてくる。
「今夜は泊まってけ。寝てていいよ、疲れてんだろ。俺も風呂入ってくる」
そのまま通り過ぎようとしたから、その前に竜崎の腕をパシッと掴んだ。
「なあお前、あの人とどういう……」
腕から、伝わってくる。さっきと同じような緊張感。
何をそんなに怖がっている。何が起きると思ってる。もどかしさにはこれ以上の我慢がきかず、竜崎の前に回り込んで無理やりに目を合わせた。
「誰なんだよ。知ってんだろ」
「…………」
気まずそうに逸らされた視線。この男に、こんな顔をさせている。
「……竜崎」
諦めたような溜め息を聞いた。こんな様子は久しぶりに見る。
その口がゆっくりと開かれ、低い声で俺に聞かせた。
「……政深会の幹部だ」
「…………」
いつ以来だろう。その名を聞いたのは。
言葉の出ない俺の手から竜崎はそっと身を引き、目を合わせる事なく先を続けた。
「関西の構成団体の一つに三島組ってのがある。赤城は今そこの二代目組長のはずだ。ウチに顔出す事も稀にあったけど……こっち来てるとはな」
厳しくなったその目元。赤城さんの存在に気づいた瞬間、異様なくらい驚いていた。それに加えてあの激昂ぶり。
あの人の所属が政深会なら、そんな相手にどうしてあそこまでの、ほとんどもう殺意に近い、怒りの表情を見せたのか。
以前のあの、滝川組のときとは状況が違うと思う。少なくとも敵ではないだろう。けれど竜崎は俺の身を一番に案じた。
結局は分からないことだらけだ。竜崎は静かに問いかけてきた。
「……ミオに行く前に何があった」
聞かれて辿る。ジュエルだ、確か。怪しげなホストクラブの勧誘から始まり、事の次第を要点だけ掻い摘んで話した。
竜崎の表情は厳しくなるばかり。一人で何かを考え込んで、俺に目を向けると不安そうに眉根を寄せた。
「あいつとは関わるな。あの男に人の情なんてもんはない。なんだろうと平気な顔でやる」
「別に俺が何かされる理由なんて……」
「裕也」
遮られて思わず口を閉じた。真剣な目。さっきのような怒りは含まれない。そこにあるのはやはり、不安だ。
「頼むから……警戒して。もしもまた俺のいない所で近づいて来たとしても、絶対に隙だけは見せるな」
「なんでそんな……」
「ごめん」
部屋に響いた。一言。謝罪。
胸を一突きに、刺された気がした。
「……ごめん」
「…………」
これ以上俺に、何が言えるだろう。これ以上どう追いつめと。
諦めと、懺悔と、恐怖、それに、悲しいのも混じっているみたいな。そんな顔をする男を前にして、頷く以外の事はできない。それ以外をしたら、壊れそう。
どこか遠く、届かない場所へ。そんなようなところへ離れていかないように、繋ぎ止めるだけのことしかできない。
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