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過去の記憶
しおりを挟む「……これが神殿……なのか」
サルビアの記憶を覗いて見えたものに驚きを隠せない。
あれだけ立派だった建物が崩壊している。
信じられなかった。
聖女の力で守られている本館は無事だったが、分館と別館は酷かった。
特に別館は建物が半壊している。
これはサルビアの目を通してみている過去の記憶だから何もできないとわかっていても、皆を助けたくて神聖力を使ってしまう。
だが、その神聖力はすぐに飛散し消えてしまう。
何度も何度も救おうと神聖力を使うが結果は同じ。
「……どうして……頼むから……」
どれだけ莫大な神聖力を持っていたとしても使えなければ意味がない。
血塗れた死体と壊れた建物、周囲に広がっていく炎をただ眺めることしかできない。
サルビアの見た光景は聞いた話以上に悲惨だった。
別館に足を踏み入れると瓦礫の下敷きになった者達の血で床は赤く染まっていた。
死体は全てサルビアの指示で助けられだが、決して見れるようなものではなかった。
「絶対に許さない!殺してやる!」
ヘリオトロープはこの瞬間生まれて初めて殺意が芽生えた。
心の底からこの事件に関わった全てのものを殺してやりたいと思った。
死んだ者達を生き還らすことはできないが、こんなことをした者達を罰することはできる。
その者達を見つける手掛かりはないかと辺りを見渡したが何も見つけられなかった。
あと少しで意識がサルビアの記憶からでるというところである力を感じた。
「……は?」
あり得ない。
そんなことは絶対にあり得ない。
そう思ったのに、その力を感じた方に意識を集中させ確かめると認めざるを得なかった。
「……何で魔神の力をここから感じるんだ」
神聖力と魔神の力は真逆の力。
相容れぬ関係の力のはずなのにどうして。
確かめようと手を伸ばしたり、神聖力を飛ばしたりするも、ここはサルビアの記憶の中。
ヘリオトロープの自由には動けない。
ーー待って、そっちじゃない。向こうに行ってくれ!頼む!
ヘリオトロープの必死の叫びなど聞こえずサルビアは魔神の力を感じる場所からどんどん離れていく。
せっかく手がかりを見つけたのにと手を伸ばすも虚しくヘリオトロープの意識はサルビアの中から弾き出された。
時間切れ。
これ以上はサルビアの精神が危険になる可能性があるので強制的に追い出されたのだ。
「お、戻ってきたな」
「お疲れ。大丈夫か」
キキョウの声で二人が戻ってきたことに気づき水を手渡す。
ヘリオトロープはジェンシャンから渡された水を一気に飲み干し落ち着こうと何度も深呼吸を繰り返すも、最後に感じた魔神の力のせいで中々落ち着けなかった。
さっき見た光景が頭にこびりついて離れない。
実際に見たのは自分ではないのに、血の匂いや爆発した火薬の匂い、まだ生暖かい死体の感触が残っていて気を抜けば吐いてしまう。
「ヘリオ」
ジェンシャンはヘリオトロープの様子がおかしいことに気づき名を呼ぶ。
顔が青白く今にも倒れそうな感じだ。
ヘリオトロープがこんなになるなんて初めての事で二人は驚きを隠せない。
一体サルビアの記憶から何を見たのかと。
「ジェンシャンさん。大丈夫です。すいません。力を使いすぎて少し横になりたいです」
本当は早く魔神の事を伝えたかったがサルビアがいるので言うわけにはいかなかった。
サルビアを信用していないわけではないが、これは神官以外に教えるわけにはいかない。
それほど大きな問題なのだ。
「わかった」
ジェンシャンはヘリオトロープを担ぎサルビアに一言言ってから部屋から出ていく。
「公爵様は大丈夫ですか」
「ええ、私は大丈夫ですがヘリオトロープ様は大丈夫でしょうか」
本当に何ともない。
魔神の力を感じていないというのもあるが。
「ええ、休めば問題ないです。少し神聖力を使いすぎてしまっただけですので」
「そうですが、ならいいのですが」
ヘリオトロープの顔色が悪くて心配だったが、キキョウが大丈夫というので一応安心する。
「公爵様、今回はこれで解散でもいいでしょうか。話はまた後日というこで」
「ええ、構いません。では、私はこれで失礼します」
キキョウが二人のことを心配して傍にいきたがっているのには気づいていたし、それにサルビアも早くカトレアとマーガレットのところに戻りたかったのでその提案を受け入れた。
キキョウはサルビアを見送ると二人のいる部屋に向かう。
「俺だ。入るぞ」
ノックせず中に入る。
「キキョウ。公爵様はどうしたのだ?」
「戻られた。続きは後日になった。その方がいいだろう」
「そうだな」
「それで、ヘリオはどうなんだ」
ジェンシャンの神聖力に纏われながら寝ているヘリオトロープを見る。
表情がさっきよりも良くなっている。
これもジェンシャンのおかげだろう。
「もう少しで目を覚ますと思う」
「そうか。それでどうする?」
「何がだ?」
「魔神の力のことだ。何か感じたからヘリオはこうなったんじゃないのか」
ヘリオトロープが倒れるまで神聖力を使ったのはそれ相応の理由があるはずだと。
たかが過去を覗くだけで倒れるはずがないとわかっていた。
「そうだ、な。ヘリオにも話そう」
師匠として守りたい気持ちがなくなったわけではないが、今は神官として共に戦わなければならないとき。
神官になった以上この国を守らなければならない。
聖女が現れていないいま魔神と戦うとなれば死は確実。
「(今からヘリオにもし聖女が見つからなければ俺達と一緒に死んでくれと頼まなければいけないのか。……嫌だな。死ぬのは俺達だけでいいのにな)」
目が覚めたら魔神の力を使徒が見たかもしれないことを伝えないといけないと思うと、どうしてもやるせない気持ちになる。
まだ目が覚めないでほしい、もう少しだけ夢の中にいてほしいと思ってしまう。
一秒も無駄にできない事態かもしれないのに、もう少しだけ穏やかな時間を過ごしていたかった。
ヘリオトロープの頭を優しく撫でるジェンシャンの姿をみてキキョウは神殿を破壊した者達への怒りが込み上げてくる。
本当ならこんな時間が永遠に続いていたかもしれないのに、今回の事件のせいでそれは決して叶わない夢のような日々となった。
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