囚われの花嫁

アリス

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裏切り

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「こうして蓮と会えるのもあと一か月しかないのね。寂しくなるわね」

伊黒家に遊びに来ていた昔からの知人である伊代(いよ)に言われて実感が湧いてきた。

蓮は五百年以上続く名家に産まれた長女だ。

名前から男と間違われることも多々あるが、れっきとした女性だ。

伊黒家が名家として認められたのは、初代当主に特別な力が備わっており、その力で街を守り続けてきたからだ。

この世には普通の人には見えない存在がいる。

それを祓い、人々の安寧を守るために伊黒家は存在する。

伊黒家に産まれた者は裕福な暮らしができる代わりに、生涯その身を人ならざるものと戦う日々をおくらなければいけない決まりがある。

だが、極まれに伊黒家に産まれても力を受け継いでいないものもいる。

その者たちは、表向きは仲の良い家族として扱われるが、裏では人として扱ってもらうことができない。

ただし、女性だったら話は変わる。

例え力を受け継いでいないとしても、子供が受けつぐ可能性がある。

そのため、他の名家に嫁ぐために大切に育てられる。

蓮もそうして育てられた。

容姿だけは良かったため、求婚は後を絶たなかった。

本来なら伊黒家と関わることもできないような者たちからも求婚場が届き、父親に「お前のせいでうちの格が落ちた」と怒鳴られたこともある。


蓮には伊黒家に産まれたのに、これといって自慢できるものはなかった。

ただ一つあるのは伊黒家とは何ら関係のない容姿だけだった。

妹の百合と違い異能を受け継いでいない。

ただの役立たずのお荷物という烙印を押されて生きていた。

そんな蓮に転機が訪れたのは、十三歳の時だった。

花家の長男、蘇芳(すおう)との婚姻が決まったことだ。

花家は伊黒家よりも二百年ほど長い歴史をもっている。

代々、強い力を受け継いでいるため国の信頼も厚い。

そんな名家からの有難い話に最初こそ委縮したが、ようやく自分にも役に立てることがあるのだと誇らしかったし、嬉しかった。

花家は伊黒家よりも格式が高いため、粗相がないよう婚姻が決まった日から花嫁修業が始まった。

これまで蓮を虐めていた使用人たちも、態度を改めて接するようになった。

初めて婚約者である蘇芳に会ったときは、あまりの美しさに息をするのを忘れて見惚れてしまった。

笑うと花が咲いたかのように美しいのに、人ならざるものと対峙したときには容赦なく倒す強さと冷酷さを持っていた。

名家の生まれで、異能の力も強く、容姿までいい。それに加えて性格もいいときた。

蓮は本当にこの人が将来自分の夫になるのかと信じられないでいた。

会うたびに蘇芳を好きになった。

きっと、この人となら幸せに暮らしていける。そう信じていた。

いや、信じさせてくれた。

だからこそ、いま目の前で起きていることが信じられなかった。

自分の婚約者である蘇芳が妹の百合と口づけをしていた。

悪いことだという自覚は二人にもあるのだろう。

人がめったに来ることのない蔵の中で一目を忍んで会っているのだから。

蓮が蔵に来たのは偶然だった。

蔵の扉が少しだけ開いているのが見え、不用心だな、と思って閉めに来たのだ。

そのときに蔵の中から「蘇芳」と婚約者の名前を甘ったるい声で呼ぶ女性の声が聞こえ、恐る恐る中を覗いたら、二人の裏切りを知る羽目になった。

蓮は見てはいけないものを見たかのように、慌てて扉から離れ、一目散でその場から立ち去った。

どこに行けばいいのかわからず、体力の限界がおとずれるまで走り続けた。

人は無意識でも自分の一番安心できるところに向かうのだろう。

蓮は気づけば自分の部屋にいた。

部屋には鍵がついていないため、誰かが入ってくる可能性もあったが、それでもここにしか逃げる場所がなかった。

蓮は部屋に入ると障子を閉めた。足の力が抜け、その場に座り込んだ。

さっき見たのは自分の見間違いだったのだろうか。

そう問いかけて、即座に否定した。

間違いなくあの二人は口づけをしていた。

蓮はまだ蘇芳と口づけをしたことがなかった。

蓮が恥ずかしがり、蘇芳が待っていてくれていた。

それがいけなかったのだろうか。

だから、蘇芳は自分を裏切ったのだろうか。

(いや、そうじゃない。そうじゃないでしょう)

蓮は胸が苦しく、涙を流しながら、これまで見ないようにしてきた真実を受け入れた。

(私たちは政略結婚。そこに愛はない)

花家の次期当主の嫁として、それ相応の態度を取ってくれていただけ。

ただ、それだけしかない。

そう思うと、これまで彼に恋していた自分が急に馬鹿らしく思えた。

蓮は蘇芳のことを何一つ知らないのだ。
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