2 / 3
裏切り
しおりを挟む
「こうして蓮と会えるのもあと一か月しかないのね。寂しくなるわね」
伊黒家に遊びに来ていた昔からの知人である伊代(いよ)に言われて実感が湧いてきた。
蓮は五百年以上続く名家に産まれた長女だ。
名前から男と間違われることも多々あるが、れっきとした女性だ。
伊黒家が名家として認められたのは、初代当主に特別な力が備わっており、その力で街を守り続けてきたからだ。
この世には普通の人には見えない存在がいる。
それを祓い、人々の安寧を守るために伊黒家は存在する。
伊黒家に産まれた者は裕福な暮らしができる代わりに、生涯その身を人ならざるものと戦う日々をおくらなければいけない決まりがある。
だが、極まれに伊黒家に産まれても力を受け継いでいないものもいる。
その者たちは、表向きは仲の良い家族として扱われるが、裏では人として扱ってもらうことができない。
ただし、女性だったら話は変わる。
例え力を受け継いでいないとしても、子供が受けつぐ可能性がある。
そのため、他の名家に嫁ぐために大切に育てられる。
蓮もそうして育てられた。
容姿だけは良かったため、求婚は後を絶たなかった。
本来なら伊黒家と関わることもできないような者たちからも求婚場が届き、父親に「お前のせいでうちの格が落ちた」と怒鳴られたこともある。
蓮には伊黒家に産まれたのに、これといって自慢できるものはなかった。
ただ一つあるのは伊黒家とは何ら関係のない容姿だけだった。
妹の百合と違い異能を受け継いでいない。
ただの役立たずのお荷物という烙印を押されて生きていた。
そんな蓮に転機が訪れたのは、十三歳の時だった。
花家の長男、蘇芳(すおう)との婚姻が決まったことだ。
花家は伊黒家よりも二百年ほど長い歴史をもっている。
代々、強い力を受け継いでいるため国の信頼も厚い。
そんな名家からの有難い話に最初こそ委縮したが、ようやく自分にも役に立てることがあるのだと誇らしかったし、嬉しかった。
花家は伊黒家よりも格式が高いため、粗相がないよう婚姻が決まった日から花嫁修業が始まった。
これまで蓮を虐めていた使用人たちも、態度を改めて接するようになった。
初めて婚約者である蘇芳に会ったときは、あまりの美しさに息をするのを忘れて見惚れてしまった。
笑うと花が咲いたかのように美しいのに、人ならざるものと対峙したときには容赦なく倒す強さと冷酷さを持っていた。
名家の生まれで、異能の力も強く、容姿までいい。それに加えて性格もいいときた。
蓮は本当にこの人が将来自分の夫になるのかと信じられないでいた。
会うたびに蘇芳を好きになった。
きっと、この人となら幸せに暮らしていける。そう信じていた。
いや、信じさせてくれた。
だからこそ、いま目の前で起きていることが信じられなかった。
自分の婚約者である蘇芳が妹の百合と口づけをしていた。
悪いことだという自覚は二人にもあるのだろう。
人がめったに来ることのない蔵の中で一目を忍んで会っているのだから。
蓮が蔵に来たのは偶然だった。
蔵の扉が少しだけ開いているのが見え、不用心だな、と思って閉めに来たのだ。
そのときに蔵の中から「蘇芳」と婚約者の名前を甘ったるい声で呼ぶ女性の声が聞こえ、恐る恐る中を覗いたら、二人の裏切りを知る羽目になった。
蓮は見てはいけないものを見たかのように、慌てて扉から離れ、一目散でその場から立ち去った。
どこに行けばいいのかわからず、体力の限界がおとずれるまで走り続けた。
人は無意識でも自分の一番安心できるところに向かうのだろう。
蓮は気づけば自分の部屋にいた。
部屋には鍵がついていないため、誰かが入ってくる可能性もあったが、それでもここにしか逃げる場所がなかった。
蓮は部屋に入ると障子を閉めた。足の力が抜け、その場に座り込んだ。
さっき見たのは自分の見間違いだったのだろうか。
そう問いかけて、即座に否定した。
間違いなくあの二人は口づけをしていた。
蓮はまだ蘇芳と口づけをしたことがなかった。
蓮が恥ずかしがり、蘇芳が待っていてくれていた。
それがいけなかったのだろうか。
だから、蘇芳は自分を裏切ったのだろうか。
(いや、そうじゃない。そうじゃないでしょう)
蓮は胸が苦しく、涙を流しながら、これまで見ないようにしてきた真実を受け入れた。
(私たちは政略結婚。そこに愛はない)
花家の次期当主の嫁として、それ相応の態度を取ってくれていただけ。
ただ、それだけしかない。
そう思うと、これまで彼に恋していた自分が急に馬鹿らしく思えた。
蓮は蘇芳のことを何一つ知らないのだ。
伊黒家に遊びに来ていた昔からの知人である伊代(いよ)に言われて実感が湧いてきた。
蓮は五百年以上続く名家に産まれた長女だ。
名前から男と間違われることも多々あるが、れっきとした女性だ。
伊黒家が名家として認められたのは、初代当主に特別な力が備わっており、その力で街を守り続けてきたからだ。
この世には普通の人には見えない存在がいる。
それを祓い、人々の安寧を守るために伊黒家は存在する。
伊黒家に産まれた者は裕福な暮らしができる代わりに、生涯その身を人ならざるものと戦う日々をおくらなければいけない決まりがある。
だが、極まれに伊黒家に産まれても力を受け継いでいないものもいる。
その者たちは、表向きは仲の良い家族として扱われるが、裏では人として扱ってもらうことができない。
ただし、女性だったら話は変わる。
例え力を受け継いでいないとしても、子供が受けつぐ可能性がある。
そのため、他の名家に嫁ぐために大切に育てられる。
蓮もそうして育てられた。
容姿だけは良かったため、求婚は後を絶たなかった。
本来なら伊黒家と関わることもできないような者たちからも求婚場が届き、父親に「お前のせいでうちの格が落ちた」と怒鳴られたこともある。
蓮には伊黒家に産まれたのに、これといって自慢できるものはなかった。
ただ一つあるのは伊黒家とは何ら関係のない容姿だけだった。
妹の百合と違い異能を受け継いでいない。
ただの役立たずのお荷物という烙印を押されて生きていた。
そんな蓮に転機が訪れたのは、十三歳の時だった。
花家の長男、蘇芳(すおう)との婚姻が決まったことだ。
花家は伊黒家よりも二百年ほど長い歴史をもっている。
代々、強い力を受け継いでいるため国の信頼も厚い。
そんな名家からの有難い話に最初こそ委縮したが、ようやく自分にも役に立てることがあるのだと誇らしかったし、嬉しかった。
花家は伊黒家よりも格式が高いため、粗相がないよう婚姻が決まった日から花嫁修業が始まった。
これまで蓮を虐めていた使用人たちも、態度を改めて接するようになった。
初めて婚約者である蘇芳に会ったときは、あまりの美しさに息をするのを忘れて見惚れてしまった。
笑うと花が咲いたかのように美しいのに、人ならざるものと対峙したときには容赦なく倒す強さと冷酷さを持っていた。
名家の生まれで、異能の力も強く、容姿までいい。それに加えて性格もいいときた。
蓮は本当にこの人が将来自分の夫になるのかと信じられないでいた。
会うたびに蘇芳を好きになった。
きっと、この人となら幸せに暮らしていける。そう信じていた。
いや、信じさせてくれた。
だからこそ、いま目の前で起きていることが信じられなかった。
自分の婚約者である蘇芳が妹の百合と口づけをしていた。
悪いことだという自覚は二人にもあるのだろう。
人がめったに来ることのない蔵の中で一目を忍んで会っているのだから。
蓮が蔵に来たのは偶然だった。
蔵の扉が少しだけ開いているのが見え、不用心だな、と思って閉めに来たのだ。
そのときに蔵の中から「蘇芳」と婚約者の名前を甘ったるい声で呼ぶ女性の声が聞こえ、恐る恐る中を覗いたら、二人の裏切りを知る羽目になった。
蓮は見てはいけないものを見たかのように、慌てて扉から離れ、一目散でその場から立ち去った。
どこに行けばいいのかわからず、体力の限界がおとずれるまで走り続けた。
人は無意識でも自分の一番安心できるところに向かうのだろう。
蓮は気づけば自分の部屋にいた。
部屋には鍵がついていないため、誰かが入ってくる可能性もあったが、それでもここにしか逃げる場所がなかった。
蓮は部屋に入ると障子を閉めた。足の力が抜け、その場に座り込んだ。
さっき見たのは自分の見間違いだったのだろうか。
そう問いかけて、即座に否定した。
間違いなくあの二人は口づけをしていた。
蓮はまだ蘇芳と口づけをしたことがなかった。
蓮が恥ずかしがり、蘇芳が待っていてくれていた。
それがいけなかったのだろうか。
だから、蘇芳は自分を裏切ったのだろうか。
(いや、そうじゃない。そうじゃないでしょう)
蓮は胸が苦しく、涙を流しながら、これまで見ないようにしてきた真実を受け入れた。
(私たちは政略結婚。そこに愛はない)
花家の次期当主の嫁として、それ相応の態度を取ってくれていただけ。
ただ、それだけしかない。
そう思うと、これまで彼に恋していた自分が急に馬鹿らしく思えた。
蓮は蘇芳のことを何一つ知らないのだ。
0
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい
隙間ちほ
恋愛
◼︎無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫
◼︎辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。姫がノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。
◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。
◼︎超高速展開、サクッと読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる