君の声がききたい

アリス

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プロローグ

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「百花聖手(ひゃっかせいしゅ)が錯乱した。逃げろ。殺されるぞ」

血花夜叉(けっかやしゃ)討伐が終わってすぐ、何日もたたないうちに、この知らせは都だけでなく、国全土に広まった。

最初は誰も信じなかったが、一つ、二つと次々に燃えていく町の報告が広まるたびに、信じるしかなくなった。

あれほど、清廉潔白で弱いものを助けてきた善人として知られている百花聖手が、老若男女問わず殺しまくり、その手を血で染め尽くすなど誰が想像できたであろうか。

白い着物が返り血で真っ黒に変わり、目は虚ろで生気を感じさせない顔つき。

いったい何があれば、善人と敬われていた人が、ただの人殺しにまで成り下がるのか。

答えは誰にもわからなかった。

百花聖手を止めようと、苦楽を共にした仲間たちが立ち向かうも、全員手も足も出ず殺された。

唯一、百花聖手と同じ力を持つ、もしかしたらそれ以上とも言われる六花剣神(りっかけんしん)は、何故か雲隠れしていた。

民たちの助けを求める声が聞こえているはずなのに現れる気配はなかった。

「あの野郎!俺たちを見捨てる気か!どこに隠れてやがる!」

「性格は最悪だが、その強さだけは本物のくせに!なぜ隠れてやがる!百花聖手より六花剣神の方が強いはずだろ!」

「ねぇ、まさか、本当は百花聖手の方が強いってことはないわよね」

「そんなわけないだろ。五大害悪の中でも最も残酷で残虐な阿修羅をたった一人で倒したのが六花剣神だぞ。百花聖手より弱いわけないだろ」

「でもさ、おかしいと思わないかい。六花剣神の戦う姿は、まるで雪の花が舞うように美しく、その瞳は気高く、まるで神が舞い降りてきたかのように感じるって話だろ。でも、普段の彼はさ……言いたくはないけど、全くそんな雰囲気はないだろ」

「おいおい。お前ら。とうとう頭がおかしくなったのか。宗一郎(そういちろう)様が六花剣神でなければ、いったい誰が六花剣神って言うんだよ。少し考えればわかるだろ」

「でも、宗一郎様は戦っているときは白い仮面をつけてるって話じゃないか。もしかしたら……」

一人の女性の言葉に、今まで目を背けていた事実にようやく皆が目を向けようとしていた。

「おいおい。まじで、お前ら頭がおかしくなっちまったみたいだな」

ハハハッ、と狂ったように男は笑う。

「考えてみろよ。宗一郎様が六花剣神でないなら、なぜ、本物の六花剣神はそのことを誰にも言わなかったんだ?それに、その本物は今どこにいるんだ?結局、そいつも隠れてるってことだろ。同じじゃないか。宗一郎様は確かに、性格はあまりよくはないが、ずっと俺たちのことを守ってきてくださったじゃないか。今出てこないのは、血花夜叉討伐で負傷したからだろう。そうじゃなかったら、きっと真っ先に百花聖手を殺したはず……さ」

あれ?何かがおかしい、と男が思ったときには既に手遅れだった。

「きゃあああー!」

「ああああー!」

突然目の前で真っ二つにされた男を目のあたりにして周囲にいた人たちは悲鳴を上げ、我先にとその場から逃げ出す。

だが、誰一人逃げることなどできず殺された。

また一つ、町が血で染まり、燃えていく。



※※※



「紫苑(しおん)。どうして、こんなことをする。昔のお前は誰よりも、民を、弱き人々を守ろうとしていたじゃないか。百花聖手という、立派な名を与えられ慕われていたじゃないか。それなのになぜ、そこまで堕ちたのだ!目を覚ませ!」

兄弟子は心の底から、紫苑に目を覚ましてほしくて訴えかけるが、残念なことに彼の耳には届いていなかった。

ただ、目の前で動く生き物を全て殺してやるという殺意しか持ち合わせていなかった。

「紫苑!」

弟弟子である紫苑を助けたかったが、兄弟子は成す術もなく斬られた。

生きる屍となってしまった可哀そうな男を、ただ哀れに思いながら兄弟子は力尽きた。



誰もが、百花聖手の死を望み、息を潜んで暮らし始め、二カ月が経った頃。

百花聖手が死んだという報告が国全土に一瞬で広がった。

ようやく厄災が消えた、と誰もが喜んだ。

喜びもつかの間、人々は誰があの大量殺人鬼を倒したかの話で盛り上がった。

――きっと、六花剣神が倒したんだよ。

――百花聖手なんて名は相応しくない。死んで当然だ。

――彼以外、倒せるものはいない。

――間違いなく、六花剣神は私たちの希望だ。

人々は紫苑を蔑み、宗一郎を称えるが、すぐにもう一つの知らせを聞くと悲しみより「これからいったい自分たちはどうなるのだ?」という不安に押しつぶされそうになった。



「六花剣神が死んだ」
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