君の声がききたい

アリス

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夢?

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「……い、……きろ…………おん」

紫苑は誰かに体を揺すられて、重たい瞼を開く。

(うるさいな。誰だ?俺はもう何も聞きたくないし、見たくないんだ。ほっといてくれ)

自分の肩に置かれた手を払いのけ、もう一度目を閉じる。

「おい。馬鹿。さっさと起きろ。先生に怒られるぞ」

耳元で雷鳴のように大きな、そして慌てたような声がする。

それでも紫苑はそれを無視して目を閉じ続けた。

彼のいない死後の世界になど興味はなく、むしろ温かな世界は地獄でしかなかった。

早く、書記に記されているような地獄の世界に堕として欲しいものだと思った。

「どきなさい」

「っ、先生!」

紫苑を起こそうとしていた少年は後ろから先生の声が聞こえた瞬間終わった、と目を瞑った。

「紫苑。さっさと起きないか」

大きい声というわけでもないのに、聞こえたもの全員が無意識に背筋を伸ばしてしまうほどの威厳のある声が部屋の中で反響する。

(はぁ。死んだ世界でも、この声を聞くことになるなんて。勘弁してくれよ)

先生の声を聞くのは十年ぶりだというのに、体に染みついた習慣とゆうのはやめられない。

紫苑は慌てて上半身だけを起こし、先生の方を向いてこう言った。

「頼むから。ほっといてくれ。死後の世界でも先生の顔を見るなんて最悪だ。嫌がらせにもほどがあるだろ。潔く地獄に落ちる覚悟はできているんだから、さっさと堕とせよ。はぁ。なんで、よりにもよって先生を出すんだよ。勘弁してくれよ。本当に」

紫苑の言葉を聞いた少年は顔から血の気が引いた。

「おまっ、ばかっ……」

慌てて紫苑の言葉を止めようとしたが、後ろから物凄いお怒りの先生の雰囲気に怖くて、それ以上は何も言えなくなった。

「ほう。それは申し訳ないことしたみたいだな。地獄に堕ちることより、私の顔を見ることがそんなに嫌だとは知らなかったぞ」

先生は顎を軽くさすりながら、紫苑に近づく。

「知らないのは先生だけですよ。みんな思ってますから」

欠伸をしながら答える紫苑に先生は少年の方を向いて「そうなのか」と笑顔で尋ねる。

その笑顔があまりにも怖くて少年は首がもげるのではないかと思うほどの勢いで横に振って「そんなことありません」と答える。

「思っているのはお前だけみたいだな。本当に残念だよ」

「残念で結構なので、いい加減出て行ってください。もう、俺は何もしたくないんです。話すことさえせも」

そう言って、目を瞑って地獄に堕ちるそのときまで待とうとしたのに、それを阻むように頭を物凄い力で掴まれた。

「それは残念だな。私はお前と話すべきことがたくさんある」

「え?……」

紫苑は先生に頭を掴まれたまま引きずられるように部屋から連れ出される。

(ちょ、なんなんだよ。この世界は。いったい俺に何を見せたいんだ)

死んだ先生、殺した兄弟子。

その他大勢の仲間を殺した人たちが若返った姿をして過ごしている。

(ここは地獄なのか。あぁ。きっと、そうだ。そうじゃなきゃ、おかしい。そうじゃなきゃ、俺に笑いかけてくれるはずなんてない)

掴まれている頭よりも、胸が痛くてたまらない。


「おい。どうしたんだ。紫苑。大丈夫か」

少し後ろを歩いていた兄弟子が突然声を荒げる。

「何がだ?」

なぜ、自分を殺した相手を心配そうな顔をしているのかわからず尋ねる。

「何がって、お前泣いているじゃないか」

(泣いてる?俺が?)

兄弟子の言葉に驚いて、そっと顔に手を伸ばすと頬が濡れていた。

「は?泣いている?誰が?紫苑がか?」

兄弟子の言葉に一番驚いた先生が慌てて手を放す。

いきなり手を離されたことにより紫苑は床に勢いよく頭をぶつけてしまう。

「本当だ。泣いている」

先生は紫苑が頭をぶつけたばかりで顔をしかめているというのに、気にした様子もなく泣いていることに驚きを隠せずにいた。

「おい。どうして泣いている?頭を強く掴んだからか?いや、それはいつものことだし。今日は一段と頭がおかしいと思っていたが、本当にどうしたんだ?お前が泣くなんて。先生に話してみなさい。解決できるか置いといて、話を聞くくらいはできるから」

悪鬼との戦いの最中で首にかみつかれても泣くどころか笑って倒した。

同世代の仲間や後輩たちに何かやられてもボコボコにし、やりすぎで私を含めた大人たちに怒られてもむくれるだけで反省することなく、さらにやり返していた。

むかつく金持ちたちを騙し、恥をかかせて遊び、痛い目にあいかけても逆に痛い目にあわせた。

そんな性格が破綻している弟子が涙を流している。

心配より恐怖に近い感情が芽生えてくるが、お世辞でも可愛い弟子というにはあまりにも可愛くない弟子であることには間違いないが、何か大変なことをしでかす前に話を聞いて対処を考えなければと思ってしまう。

「わかりません。自分でもなぜ泣いているのか」

紫苑の知る限り、今この場を除いて泣いたのはたったの一度だけ。

彼の亡骸を見つけたときだけだ。

一生分の涙を流し切ったと思っていたのに、なぜ自分は泣いているのだろう。

あのときは胸が張り裂けるほど痛くて涙が溢れ出てきた。

なら、いまは?わからない。

紫苑はなぜ自分が涙を流しているのか、どれだけ考えてもわからなかった。

「そうか」

先生は静かにそう言うと、頭を撫でた。

今度は頭を掴まず、抱きかかえて移動した。

久しぶりに感じる人の温もりは温かく紫苑の冷たくなった体を安心させるが、心の方は最後に触れた人の肌はひどく冷たく、心まで凍てつくほどのもので、その違いが余計につらく、気づかぬうちにまた涙が流れていった。



※※※
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