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小さな希望の光
しおりを挟むそれから三日後の死後の世界。
(いったいいつになったら、この地獄から目を覚ますことができるのだろうか)
夢から覚めない日々は紫苑にとっては間違いなく地獄で、日に日に顔がやつれていく。
いつもなら、休んでいるだけで「修練しろ」と先生に尻を蹴り上げられるが、いまでは「よくなるまで休んでいろ」と甲斐甲斐しくお世話をしてくる。
先生に心配されるのは気持ち悪いが、悪態をつく気力もない。
「元気になったか?」
毎回食事のたびにそう言いながら兄弟子は入ってくる。
紫苑はそれに答えず、ただ外の景色を眺めた。
部屋から見える桜の木には芽が出ていた。
気温も高くなり、春の季節に変わり始めていた。
「みんなも心配しているぞ」
兄弟子はそういうが、紫苑にはそれが嘘だとわかっていた。
それを証明するかのように、他の門下生の声が聞こえてきた。
「おい。紫苑の奴体調崩して寝込んでるらしいぞ」
「地獄自得だな」
「きっと神様が天罰を下したんだよ」
「あれだけ好き勝手にやってたから、誰かに呪われてる可能性もあるな」
「ざまーみろだな」
門下生たちの下品な笑い声が修練場から聞こえてくるのは、よっぽどのうっぷんがこれまでに溜まっていた証拠だ。
「 師兄。これをきいても、あいつらが俺の心配をしてるってか」
「……」
兄弟子は何も言えずに黙る。
「仕方ない。久しぶりに遊んでやろう」
紫苑は布団から立ち上がる。
「え!?いや。無理するな。先に体調を回復させるのが……」
兄弟子は嫌な予感がして慌てて止める。
「師兄。心配しなくていい。大丈夫だ。あいつらをボコボコにしたほうが、心身ともに回復しそうだから」
そう言って寝巻のまま出ていく紫苑を眺めながら、この状況を喜んでいいのか、心配するべきなのか彼にはわからず、黙って見送った。
ただ一つわかっていたのは「あいつら、終わったな」と紫苑の悪口を言った門下生たちがこの後、気が済むまで殴られるということだけだ。
彼らの助けを求める声と悲鳴が暫く屋敷のどこにいても聞こえるほど響いていたが、一刻ほどたつと収まった。
兄弟子は悲鳴が聞こえなくなると、重い腰を上げて修練場へと向かった。
そこに着くまでの間に、すれ違った人たちにご愁傷様、大変だな、と憐れむような目を向けられた。
そう思うのなら変わってくれと言いたかったが、誰も変わってくれないことはわかっていた。
誰だって、狂犬の尻拭いなどしたくはない。
修練場に近づくにつれ、足が重くなる。
「紫苑。気は済んだか?」
まるで死体のようにピクリともしない門下生たちをみたあと、突っ立っている紫苑に声をかける。
「なぁ、師兄。今日って何年の何月何日だ?」
(とうとう頭までイカれてしまったのか。……いや、もともとイカれていたか)
兄弟子は紫苑の言葉に一瞬戸惑うも、すぐに普通のことだと思いなおし質問に答える。
「1374年の3月10日だ」
(1374年3月10日?)
「俺、何歳だっけ?」
「14歳だろ」
お前本当に大丈夫か?と顔をのぞいてくる師兄を無視しながら紫苑は眉間に皺を寄せながら考え込む。
そんな紫苑の姿を見た兄弟子は「やっぱり頭がおかしくなった」のだと確信し、先生のところに急いで向かった。
(俺が死んだのは31歳。……まさか、ここは過去なのか?いや、そんなはずは……でも、さっきのあいつらの言葉は……)
紫苑はここが地獄なのか、それとも過去に戻ってきたのか判別することができなかった。
ほんの少し前、門弟たちを殴っていたときに一人の門弟が発した言葉が頭からはなれない。
「もうすぐ師兄たちが白鬼(はくき)討伐から帰ってくる。お前なんか師兄たちにボコボコにされてしまえ」
腫れた顔で泣きながら吐く言葉は普段なら聞き流していたが、「白鬼討伐」だけは過去にあった出来事で聞き流すことができなかった。
その数か月後に「白衣雪花(はくいせっか)討伐」と改められたが、この後いろいろあったせいで、このときのことはよく覚えているので間違いない。
(ここは地獄の王、閻魔が俺を罰するために用意した世界で、何をやっても意味はないのかもしれない。でも、もし……もし過去に戻ってきたとしたら……今度は彼を助けられるかもしれない)
紫苑の答えは決まっていた。
例え偽りの世界可能性が高いとしても、可能性がないわけではいのなら、残酷な未来を変えるためにあがく。
「今度こそ君を守ってみせる」
その言葉は誰の耳にも届くことはなかったが、紫苑の心にはしっかりと刻まれた。
※※※
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