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師兄たちの帰還
しおりを挟む「やっぱり、頭がおかしくなったのだろうか?医院に連れていくべきか?」
「あの怠け者が……」
「いったい何があればあの問題児が……」
「まさか、また何かやらかすつもりなのか?」
「いや、まて。やらかした後では?」
ここ最近、師匠たちの間では一人の門下生の話題で毎日頭を悩まされていた。
例えば、今まで碌に修練もしなかった問題児が師匠たちの言葉に感銘を受け、毎日修練に励む、ということだったら素晴らしいことだと褒めたたえたであろう。
ただ、その問題児が誰かによって話は大きく変わる。
ただの問題児ならいい。
だが、その問題児が狂犬やら暴君といった、あまりいいあだ名で呼ばれていないものだとしたら?
普通なら、「あぁ。あそこのには絶対にかかわってはいけない」と距離を置けば問題はない。
大抵は権力者か金持ちのぼんくらで、ご機嫌さえ損なわなければいい。
だが、それを超える狂犬、暴君な人物だとしたら?
売られた喧嘩は必ず買い、相手が泣いて詫びようがボコボコにする。
悪名が次から次に出てくるような人物が、人が変わったように真面目に修練をし始めたら、周囲の者はどう思うだろうか?
泣いて喜ぶ?
いや、違う。
あまりの恐怖で現実から目をそらす。
これが正解だ。
師匠たちは今まさにその問題児の門下生に何があったのか探る役を押し付けあっていた。
何かあれば責任を取らなければならない。
頭を下げるだけならいいが、問題児の場合それだけで終わらないから嫌だった。
全員が役目を押し付けあうせいで、ここ数日は必要な話がなかなかできないでいた。
本当にどうしたものかと困り果てていたそのとき、「師匠たち。お話し中に失礼いたします。師兄たちが帰られました」と障子の向こう側から門下生の一人に声をかけられた。
全員がその門下生が近づくのにも気づかず、いきなり声をかけられ驚いたが同時に「助かった」と思った。
「今日はここまでにしましょう。まずは、あの子たちが無事に帰還したことを祝わなければなりませんから」
部屋の中にいる中で最も年を取っている男が髭を触りながら言うと、全員「そうですね」と頷き、弟子たちを迎えに行くために立ち上がる。
門まで向かう途中、全員がまた明日もあいつのことで頭を悩ますのか、とうんざりしながらも不毛な責任の押し付け合いを終わらせられたことに感謝した。
「師匠。ただいま戻りました」
夏梅(なつめ)は門弟たちを代表して挨拶をする。
「よく無事に帰ってきた」
師匠たちは手紙で門弟たちが無事なことは知っていたが、直接見るまでは不安だった。
皆たいした怪我をしていないようで、ようやく安心することができた。
「食事を用意してある。報告はあとでいいから、まずは無事に帰ってきたことを祝おう」
「ありがとうございます」
夏梅がお礼を言うと、他の門弟たちもそれに続くようにお礼を言う。
和気あいあいと食堂まで移動する。
師兄たちが帰ってきたことが嬉しくて弟弟子たちは笑顔で出迎え、食事の用意をした。
いつもの日常に戻ってきた。
師兄たちは討伐中、ずっとこの日常に戻ってくることを目標に頑張り続けていた。
些細なことだと、他の門弟たちに笑われたが、当たり前の日常がどれだけ幸せなことかを知っている彼らにとっては、ほんの些細な幸せで十分だった。
そう、それだけで十分だったのに……
どうして、こんなことになっているのだろうか?
自分たちが討伐のために胡蝶(こちょう)を出ている間に何があったというのか?
「師兄たち。討伐お疲れさまでした。無事に帰還されてなによりです。今日は私が精一杯お世話させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「……お。おお。そうか、それは、よろしく頼む」
夏梅は紫苑の礼儀正しい態度に動揺して、持っていた湯呑が手の震えで零れてしまう。
普段の紫苑からは考えられない態度に、夏梅だけでなく他の師兄たちも恐怖のあまり動揺して瞳が物凄い速さで揺れる。
「では、お料理をお運びしますね」
紫苑の姿が見えなくなると、師兄たちは顔を寄せ合い小声で会議を始める。
「おい。紫苑に何があったんだ。俺、怖すぎて全身に鳥肌がたった」
「俺もだ。てか、さっき、あいつ、‘私’って言ってなかったか?」
「言ってたな。俺の聞き間違えかと思ったぞ」
「いや、そんなことより、あの気持ち悪い笑顔を誰かやめさせてくれ。夢にまで出てきそうだ……」
一人の師兄が発したその言葉に全員が気持ち悪い笑顔を浮かべた紫苑が夢に出てくるのを想像して、あまりの悪夢に頭が痛くなってくる。
「お待たせしました。師兄たち」
紫苑は顔を寄せ合っている師兄たちの真ん中に満面の笑みを浮かべながら料理を机の上に置く。
「……あ、ありがとう」
「お、おお。ありがとな。紫苑」
師兄たちは笑顔を浮かべている紫苑に、顔を引きつらせながらお礼を言う。
(聞かれてないよな)
どっちかもわからない表情に冷や汗が流れる。
机の上に置かれた料理たちは普段の料理とは違い、とても豪華だ。
見ただけで高級な食材がふんだんに使われているのがわかる。
師匠たちが自分たちのために、高級な食材まで取り寄せてくれたのが嬉しくて感動したが、紫苑の笑顔のせいで、味が全く分からなかった。
食欲も失せたせいでいつもより箸が進まなかった。
師匠たちの想いを無駄にするわけにもいかないため、料理は全て平らげたが、師兄たちにしてみれば拷問に近い嫌がらせだと思わずにはいられなかった。
※※※
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