君の声がききたい

アリス

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悪夢

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次の日になれば、悪夢は終わっていると思った。

だが、紫苑の奇妙な言動はそのままだった。

術師が礼儀正しくするのはいいことだ。

褒められるべきことだ。

頭ではわかっていても、紫苑がそれをしていると思うと、気持ち悪くて生理的に受け付けなかった。

「私たちがいない間に、本当になにがあったのだ?」

「本当になにがあったんだろうな」

「っ、先生!」

気配もなくいきなり後ろから声をかけられ、夏梅は驚きのあまり素っ頓狂な声を出してしまう。

どれだけ鍛錬しても、先生に近づくどころか力の差を明確に知らされ、自分がどれだけ弱い存在かを突きつけられる。

今もそうだ。

討伐の時には悪鬼や敵の存在にいち早く気づき皆に知らせ「よくやった」と褒められたが、先生の気配には肩が触れるほどの距離に近づかれても気づくことすらできない。

師匠たちは「これからだ」「頑張って鍛錬しろ」とよく口にするが、どれだけすれば師匠たちの領域にまでいけるのか。

夏梅の葛藤など知る由もない先生は真面目に鍛錬に臨んでいる紫苑をみて身震いをしていた。

「何があったか知ってるか?」

「それを聞きたいのは私の方ですよ」

「……何があったと思う?」

「そうですね……よく聞くのは、誰かを好きになれば人は変わると聞きます」

「誰かを好きに……」

先生はもう一度同じ言葉を繰り返す。

そしてこう思った。

あいつが誰かを好きになることなんてできるのか?と。

紫苑は顔が整っているため女性たちから慕われることが多々ある。

紫苑あてに手紙が届くことが度々あるが、それを知らせると「え?知らないやつからの手紙なんて怖い」「燃やしといてくれ」と一生懸命書いた手紙を読むどころか触ることすらせずに燃やしてしまう非情な性格の持ち主だ。

金持ちの連中が将来有望な男に娘を紹介しようと訪れた際も、着飾った娘をみて「顔がお化けみたい」「(芳香水が)臭い」「(着物のせいで)足手まといになりそうだな」とその場の空気が一気に凍るほどの失礼すぎる発言をしたことが何度もある。

娘は泣き、父親は激怒して、そのあとの関係が表面上はいいように見せているが、悪化したのは言うまでもない。

当の本人は反省するわけでもなく、「勝手にむこうが好きになって、勝手に幻滅しただけだろ?なんで俺が怒られないといけないんだ?」と逆にこっちが怒りたいと腹を立てていた。

そんな自分勝手な人間が誰かを好きになることなんてできるのか?

いいや、できるはずがない。

先生が自問自答している隣で、同じように夏梅も紫苑との過ごした日々を思い出していた。

あれは、紫苑を含めた弟弟子たちと町におりたときのことだ。

師匠たちからのお使いを済ませ、帰宅しているときにちょっとした事件が起きた。

空は青から赤へと変わり、急速に暗くなり始めていたが、多くの人がまだ外にいた。

最近は悪鬼が頻繁に出るため夜遅くまで外にいることは禁じられていたが、まだ暗くはなっていなかったため多くのもが油断していた。

そんなとき、女性の悲鳴が聞こえた。

そしてすぐに「悪鬼だ!悪鬼がでたぞ!」と男性の叫び声が響いた。

それを聞いた町の人たちは一目散に逃げ始めたため、町の中は大混乱に陥った。

夏梅は悪鬼を倒す許可を師匠たちからもらっていたが、弟弟子たちはまだそこまでの力はなかった。

連れて行けば足手まといになる。

ここで待っているように言おうと口を開くが、それより先に一人の門弟が「師兄。紫苑がいません」と真っ青な顔で言った。

(まさか!)

夏梅は地面を強く蹴って屋根の上に昇り、そのまま悪鬼のところに走って向かった。

嫌な予感しかせず、頼むから間に合ってくれよ、と祈りながら急いだ。

だが、そんな夏梅の祈りなど意味をなさず、嫌な予感は命中した。

夏梅は屋根から降りて地面に着地して、倒れている女性の生存確認をした後に、男性を殴り続けている紫苑に声をかけた。

「やめろ。それ以上やればその者は死ぬぞ」

「いけませんか?」

紫苑は殴っていた手を止め、後ろを振り返る。

「ああ」

「なぜですか?自分たちの欲を満たすために、悪鬼を利用したのですよ。死んで詫びるべきでは?」

「確かにその通りだ。だが、それを決めるのは俺たちではない。師匠たちに報告し、どうするかを決めよう」

「……わかりました」

紫苑は渋々といった感じで、掴んでいて男の胸倉を離した。

「悪鬼は全て倒したのか?」

「はい。一匹残らず殺しました」

「そうか。よくやった」

夏梅は紫苑の頭を撫でるが、すぐに払いのけられ睨まれた。

(相変わらず可愛くないやつだな)

他の弟弟子たちは褒めるときに頭を撫でてやると嬉しそうにするので、ついくせで同じようにやったが、やらなければよかったと痛む手をさすりながら後悔した。

夏梅は倒れている女性を横抱きして抱え、近くの医院に預けたのち、紫苑と気絶した男を拘束したのち弟弟子たちの元へと向かった。

その後すぐに師匠たちに、このことを報告するために戻った。

その一週間後に助けた女性が訪ねてきたが、紫苑はその女性がお礼を言ったのに対し「誰、お前?」と言ってその場から立ち去った。

少し前まで顔を赤らめ、会うのを楽しみにしていた女性は、一瞬で顔が凍りつき、何も言わずに立ち去ってしまった。

その姿をみて夏梅は「またか」と思わずにはいられなかった。

正直、紫苑にお礼に来る女性たちの訪問はなくすべきだと思う。

無理だとわかっているが、双方のためにもそうするのが一番だ。

きっと、この先も紫苑は術師としての正しい在り方はできないだろうと諦めていた。

そう思っていたのに、何が起きたら術師としての正しい在り方ができるようになれたのか。

「不気味すぎて怖いです」

あれほど兄弟子として紫苑に礼儀を説いてきたのに、実際にやられると全身に鳥肌が立ち背中に悪寒が走り、冷や汗まで流れてくる。

あいつは私たちのためにもあのままの性格でいるべきだった、と夏梅は過去の自分を殴りたい衝動に駆られる。

「ああ。本当にその通りだな」

先生は夏梅の言葉に頷いてから、こう続ける。

「とりあえず、頭でも叩いたら元に戻ると思うか?」

「なにで叩くかによると思います。あそこの石なら、どうですかね?」

五歳の子供の身長の高さと横は子供四人分の長さの石を指さす。

「駄目だ。小さすぎる。せめて、あの倍はいるだろ」

「さすがに、死にませんか?」

「死ぬと思うか?」

先生に「本気でそう思うか?」と目だけで訴えられた夏梅は、さっき指さした石の倍以上の大きさの石で頭をぶつけた後の紫苑の姿を想像してみた。

「思いません。ピンピンしてそうですね」

石を投げたものをボコボコにする姿まで余裕で想像できるくらいに。

「これは駄目そうだな。何かいい方法はないものか」

「書庫にいけば、どこかに頭のいかれたものの対処法が書かれているかもしれません」

「……まぁ。確かにありそうだが」

胡蝶の書庫に保管されている書物は軽く二十万冊を超えている。

全部読むとなれば一年以上かかる。

「他のにしよう」

「そうですね」

共に本を読み続けなければならない日々を想像し、頭が痛くなった。




※※※
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