君が見せた私の夢

浅村 英字

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第四話 変化

洗脳

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 ずっと前、私はある人に恋をした。彼は私なんかよりずっと年下なのに、私より大人に感じることが多かった。最初にそう思ったのは、小学校から帰る私に知らない人に話しかけられた時、人見知りだった私は何も話すことはおろか、その人の顔すら見ることはできなかった。
 強引に手を取られ、知らない場所に連れていかれそうになる。そんな時に私を包んだのは真っ黒な恐怖。ただそれだけだった。

『やめろ!』

 どこかから聞こえた男子の声。彼は私と知らない人の手を離させ、私との間に立ちふさがった。彼や私を足した年数よりはるかに長い年数を生きた人を前に、彼は何の躊躇もなく立ち続けた。手足が震えてはいたが、その場から動こうとなんて思ってないように見えた。
 その瞬間、私は彼の名前も顔も知らないけど彼のことが好きになった。

『ありがとう、君名前は?』

『神城 真鳳です』

 彼の顔は、私の思っていたより遥かにカッコ良かったし、素敵だと思った。それに意外にも真鳳の家はかなり近所だったから、ほとんど毎日一緒にいた。だからこそ、そんな私の恋心は中学生の頃、とある変化をもたらした。私は彼の中で一番になることはできない、そう言われた訳ではないが、彼を見ていてあることが分かった。私と同じ目をして、私じゃない誰かを見ていた。
 その瞬間、私の恋心はただの独占意識であると分かった。名前も顔も知らない時から私は彼女のことを愛おしいと思ってい訳じゃない。ただただ私は、彼のことを欲しているのだと半年ほど経ってようやく理解した。そして、彼の家族は父親が福岡に異動したことで引っ越した。
 彼ともう一度会うために、私は芸能活動をすることに決めた。最初はただの読者モデル、女子中高生から人気が出るように寝る間を惜しんで様々なことをやり続けた。動画配信サービスの提供側、自分の見た目を磨くためにメイクやオシャレの勉強、チャンスが来た時用にコミュニケーション能力、バラエティ力の向上。もちろんスタイルを磨くのも欠かせない。
 ずっと続けた努力の成果は、彼と離れ離れになってから三年後現れた。福岡でモデルの仕事が入った。フリーの時間の間に親にお願いしていた真鳳との連絡先を使って、彼との時間を作り出す。

『真鳳!』

『海姉?』

 久しぶりに会った時、私は幸福感が満たされたからこそ、言葉よりも先に行動が出てしまった。正面から彼に抱き着いてしまった。

『どうしてここいんの?』

『会いに来ちゃった!』

 私は本気で彼を望んだ。愛情ではなく、ただの独占欲が私を動かしていた。彼の顔が、匂いが、感触が、私の中の欲求を掻き立てる。もうこのまま彼を殺して私の部屋で永遠に飾っておきたい。そう思える私の最高の友人。

『海華さぁん!』

 マネージャーの『灰谷 祐希』さんが私の後ろを取った時、私は真鳳を離して腕を組む。

『ちょっと、今やティーンに大人気のモデルなんだから日頃の行動には気を付けてくださいよ』

『えっ?!モデルしてるの?』

『そうだよ。本当はモデルの仕事で福岡に来たんだ!』

『そっか。モデルか・・・』

『真鳳は?何かしてるの?』

『俺は、配信してるよ。歌とかメインだけど』

 確かに、カラオケに行った時に聞いた彼の歌声はとても綺麗で心地よかった。

『そう言えば、祐希さんは他に何か仕事があるとか言ってませんでした?』

 今思えば、あの時は奇跡を感じた。運命なのかもしれないと。

『この人にDMを送ったら、福岡に住んでいるらしいので、アポを取ったんです』

 祐希さんの携帯から出されたアカウントは、私の知らないアカウントで登録者数は無名にしては意外と多い気がした。

『あ、これ俺ですよ』

 驚いた、こんな奇跡があるものかと。

『本当ですか!?DMでもお話ししたんですが』

『あの、その話こんなところで立ちっぱなしでいいんですか?』

 彼は笑った感じで、大きな駅から別の場所に移動させようとしていた。

『あ、確かに』

『海姉とも久しぶりに話したいですし、どこかのカフェで話しませんか?海姉にも聞かれていいなら』

 それから私たちは、近くのカフェに足を延ばしに行った。仕事の話も含めていたため、真鳳の分のドリンク代は私ではなく、祐希さんに渡った。

『で、なんでしたっけ?僕の動画を見て何かあるとか』

 私も知らない内容が始まった。今回はモデルの仕事がついでだったから、祐希さんの話の内容は聞いていなかった。

『はい。今回、私は芸能事務所APCを代表してお話をさせて頂こうと思います』

『あの、その固い態度やめてもらえますか?面倒な人は苦手なので、単刀直入に話してもらえます?』

 私は彼のセンスをいつからか感じ取っていた気がしていた。でも、その言葉を聞いた瞬間、私の直感が確信へと変化した。彼は私や祐希さんよりはるかに劣っている子供なのに、相手を威圧するような覇気を帯びているように思えた。その瞬間、私たちは一瞬委縮してしまった。
 彼の関東弁が余計に恐怖感を出しているように見えた。

『なんてな』

 彼の言葉が無かったら、私たちは今の表情をすることはできなかっただろう。

『要は、俺をスカウトしに来たんでしょ?』

 彼の見透かしたような言葉は、面倒な会話を一瞬にして終わらせた。

『はい。あなたの歌唱力、作詞作曲のセンスを買って歌手デビューのお手伝いをと思いまして』

『歌手デビューね・・・』

 彼の顔にそこまでいい反応がされなかったということは、歌手としてデビューすることに興味がないんだろう。

『ですけど、気が変わりました』

『というと?』

『歌手としてではなく、俳優としてではどうですか?』

 確かに、彼の言った一言で私たちは大きく感情を揺らされた。私もお芝居の勉強を始めているから何となく分かる。先生ですらこんなに感情を揺らさせたことはない。彼はまさしく、才能の原石そのもの・・・、いや才能を開花している未開拓そのものの気がした。

『俳優、ですか。そんなの、僕にやっていけると思いますか?』

『大丈夫だよ!真鳳なら絶対有名になれるよ』

 彼の言葉に反対したいという感情が、声と腰を上げた。

『びっくりした。そんな声上げんでええやん』

『ごめん』

 彼の関西弁が懐かしく思うのと同時に、気が引けてしまった。

『まぁ、考えておきますよ』

「夢・・・、か」

 あの時の夢をみるのは、いつぶりだろう。彼と付き合えるようになった時以来かな。あの時と違って、今の私は罪悪感がひどい。いくら寝ても疲れが取れないし、常に体が重い。一般的に美男美女の芸能人カップルだと思われているが、ほんの数人の間では泥沼の関係が明らかになった。

「今日も、来ない」

 真鳳と一緒に演技をして以来、彼に送ったはずのメッセージが返ってこない。
 お昼からある仕事の準備として、シャワーを浴びて二回目のメイクの邪魔にならない程度に顔を変える。お腹すいたのに、しばらくろくなご飯を食べていない。

「真鳳のご飯、食べたいなぁ」

 私は、夢の続きを思い出しながらイヤホンから彼の声を聴く。

『あのさ、真鳳に連れて行ってほしい所があるの』

『連れてって欲しい場所?』

 私が連れて行って欲しかったのは、場所というよりもお祭りだった。大きな祭りに代表される博多祇園山笠、正直それが見たいのではなく、彼と大きなお祭りに行って福岡としても大事な思い出を作りたかった。

『いいよ。あ、そうだ!リンちゃんどうしてる?』

 その瞬間、私はあることを思い知らされた。私にとっての理想の彼は、好きな人は、私の事なんて向いちゃいないんだと。あなたのために会いに来た私より、あなたのことを対して思ってもいないあの子が好きなんだと。
 その瞬間、私でも怖いことを考えた。もし、彼の心に何かあった時、常に私がそばにいてあげよう、私以外のひとと会わなくて済むようにしてあげよう、そう思った。彼の中が私だけになればいいのに。

『元気だよ』

 元気かなんて知らない。私にとって大事なのはあなただけ、他の人なんてどうでも良かった。あなたさえいてくれれば。

「いつからだっけ、あの人のこと・・・」

 口で続きを出せなかった。

『すごいね。真鳳は混ざらなくていいの?』

『俺は・・・、無理だね。あの中に混ざることなんてできない』

 時間が過ぎていく中、階段が視界に入った。
 もし、この階段を彼が足以外で駆け下りたら、きっと彼は意識なんて消えてしまう。その時、記憶も一緒に消えてくれたら、もう一度、私との関係を築きなおすことが出来たら。

『ごめん・・・、真鳳』

 私は、彼の中にある私を、あの子を消したかった。だから、目を閉じた。

「私の手、真っ黒だな・・・」

『あなたは・・・、リンちゃん?』

 不思議だった。私や他の人の事を忘れてるのに、『リン』という存在だけは覚えているなんて。

『そう、私がリンだよ。林田 海華。それが私の本名だよ』

 私は、彼の記憶を書き換えるのにちょうどいい機会を逃すわけにはいかなかった。
 
『そっか・・・』

 彼の安心した顔が目に入った時。私は、初めて優越感を得た。あんな子どもに負けてたまるかと、見えないゴールを追ってきた。その努力が、ようやく結果になったんだ。

『久しぶり』

 そうだ、私はもう、私じゃない。

『どれくらいのこと覚えてるの?』

『親の顔もほとんど覚えてないかな。でも、勉強とかは染みついてる。リンちゃんの顔とかは覚えてないけど、大体のことは覚えてるよ』

 よかった。とりあえず、私がリンになれば彼は私から離れることはない。もともとあった年の差も修正させ、遠距離だとしても私を好きでいさせるように道を作った。

「なのに。どうして、裏切ったんだろう」

 彼を手に入れて三年、私が東京で仕事をしているとき、ある電話が私の頭を白紙に戻した。

『ごめん海華。今から会える?』

『今から?えっ?東京に来たの?』

『あ、東京だっけ』

 戸惑った彼の声が、私の中の黒い手を思い出させた。

『何かあった?』

『ごめん、実は昨日事故っちゃって』

『事故!?』

『あぁ、大丈夫。ちょっと昔の記憶がないだけ。海華のことはちゃんと覚えてるよ』

 その時、私は強い安堵の中にいた。あの言葉で私は、この世の全てを得た気がした。

『そっか。それは良かった』

 二度の記憶喪失で、私は彼の中の全てを得た気がした。私が上京するタイミングで彼も東京の高校に入学した。手続きが終わった後、彼は亡くなった両親のことも忘れた。
 自分が空っぽになった彼は、自身を何者か探すようになった。それなのに、私に対してはずっとあの時の真鳳でいてくれた。だから、安心感を持ってしまった。事故っていう運命すら、彼を私から離れさせることはなった。そして、以前あった独占欲が満たされることはだんだんなくなってきた。

「許してくれるかな」
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