<完結>桜散りし頃、君思うことなかれ 春の日奇譚 

二廻歩

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満開

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リーダがこちらに向かってくる。

何かまずいことをしたかな。

笑みを浮かべているので怒られることは無いだろうが急変しないとも限らない。

とりあえず作り笑いでごまかす。

「お疲れ」相棒の方を見る。

「お前に知らせたいことがある」

何だろうか。相棒に確認を取っていたがまさかサボっているのがばれた。

いやそれぐらいこのサークルにもいる。いわゆる幽霊部員。

「ヨシノなんて奴はこのサークルにはいないぞ」

厳つい体で怒ると手が付けられないリーダー。

その彼が真剣な表情で思いもよらぬ発言をする。

「お助け! 間違えた。本当ですか? 」

「ああ。間違いなく」

「本当に本当ですか? 」

「そうだとさっきから言ってるだろ」

ヨシノ先輩はいない? 存在しない? 意味が分からない。

「いやあ。お前のことが心配でさあ。ちょっと調べてもらったんだよね」

相棒の唯一の弱点。他にもたくさんあるとは思うが。口が軽い。

悪びれることなく笑顔を浮かべる。

「うちのサークルにはヨシノなんて女はいない。もしかしてそいつは男なのか」

リーダが付け加える。

「そんなはず…… 男なわけもないし。最初の飲み会で会ったはずって彼女が……

 あれ…… 本当ですか? からかってません? 」

頭の中は混乱して何をどう説明したらいいか分からない。

パニックとはこのこと。

「へっへへ。騙されたんだよ。大体お前に女ができるなんてよ。

しかもものすごい美人って言うじゃないか。絶対に騙されてるんだって。

断言してもいい。デート商法かもっとひどい何かだろ」

いやらしい笑みを浮かべからかう。

絡み方が酔っぱらいのそれだ。もう誰を信用していいのやら。


気を使って大人しくしていたリーダーが語りだす。

「まあ、何にしてもこのサークルにはヨシノって奴はいない。

お前が言っていた飲み会には他のサークルの子も参加していた。

たぶんそっちじゃないか。何なら俺が責任を持って調べてやるが」

任せろと言うのでお願いすることにした。

他にどうしようもない。

「だからデート商法だって。それかお前の思い込みか幻かだな。

春には何かとおかしいのが増えるって言うしな」

涙まで流して笑っている。

相棒との関係もこれまで。もう嫌だ。

相棒のきつい冗談。嫉妬から来る悪ふざけとも思える一言が僕の胸を貫く。

確かにヨシノ先輩はこのテニスサークルに所属してない訳で…… 

これは一体どういうことなのだろう。彼女は単純に僕をからかっただけ。

もしかしたら僕に合わせてくれただけ。しかしそれでは意味不明ではないか。

彼女の目論見や意図がどこにあるのだろう。不思議で不思議で仕方がない。

ヨシノ先輩は一体何の目的があって僕に嘘をつき近づいてきたのだろう。


「おい、どうした固まっちまってよ」

「何でもない」

「急に大人しくなったと思ったら怖い顔をしてよ。騙されてるんだよきっと。

ヨシノ先輩だっけそんな人は存在しない。いるはずないだろ。しっかりしろ。

お前を騙したか。お前の夢か。お前の作り上げた幻だ。残念だが認めるんだな」

さっきまで笑い転げていたのに真剣な表情で説得している相棒。

いやまだ笑みが残っている。本人は気づいてない。


サークル活動を終え帰宅する間もヨシノ先輩のことを考え続けた。

だがいくらプラス思考でも導き出される答えは最悪のものに。

考えても考えてもいい結果にはならない。頭の中が混乱するだけだ。

飯を食っても風呂に入っても読書の時も眠りについてさえ彼女のことばかり。

ボジティブに行こうとすればするほどネガティブ思考が頭の中を支配する悪循環。

どうすればいい? どうしたらいい?


彼女は一体何者? 僕は彼女を信用?

信用できるはずがない。嘘を言う者をどうやって信じろと言うのか。

一般的にはこのような場合一番に思いつくのはデート商法と言うオチ。

これは相棒も指摘していた。もちろん僕だって疑った。

しかしそんな単純なものであって欲しくない。

できるならもう少しだけでもマシなオチであって欲しい。

恥ずかしさもあれば男としてのプライドもある。

自尊心が傷つけられない程度の真実であって欲しいと願うばかりである。

たとえいくらか無理があったとしてもだ。


四月上旬。

初デートの日。

一晩中離れなかったマイナス思考を引きずらないようにしてデートに臨む。

彼女はいつもの桜並木に突然姿を現し笑みを浮かべ駆けてくる。

ドキッとするその笑顔とその気高いオーラ。

散り始めた桜にも負けない惹きつけるような美しさに気持ちが昂る。

桜色の装いは前回と同じ。

「きれいだ…… 本当にきれいです」

「ありがとう。うふふふ…… 」


待ちに待ったデートは結局失敗に終わった。

彼女の機嫌が直らない。

次のデートの約束を取り付けることもできずに別れる。

彼女に真相を問う事も出来なかった。

完全に失敗だ。


別れるとすぐに不安になる。僕たちは本当に付き合っているのか。

彼女がどれだけ好意を持っていてくれるのか。不安で不安で仕方がない。

この気持ちを誰かに分かってもらおうとは思わない。理解など出来ないだろう。

彼女は秘密主義で何も教えてくれない。

やはりデート商法? しかしそれにしては動きが遅くないか。

仮にデート商法だとしても騙されて奪われる程の財力は持ち合わせてない。

まさかローンやクレジットカードを勧めてくるとか。

悪い考えばかりが浮かんでくる。


分かれた場所に戻り彼女を探すことにした。

ストーカーみたいな真似はしたくない。それが本心。

しかしそうも言ってられない。

あれだけ人を惹きつける力があるのだ。遠くからでも彼女を見つけられるはず。

花見客でごった返す道をかき分けて後を追う。

見えた 彼女だ。ヨシノ先輩を発見。

こちらに気付いた様子もなく後ろを気にする素振りも見せない。

急いでいる? 速足で北上。

これで彼女の住所と氏名。上手く行けば目的も分かるかもしれない。

ドキドキする心を抑えつけ、気づかれない程度に距離を取り後を追う。


邪魔が入る。

おばちゃん集団に囲まれる。

大声で話している。こちらの迷惑も考えずに叫んでいる。

確かに聞こえづらいだろう。それは分かる。だが人がいるのだ。

動けずに無駄話に付き合わされる羽目に。

「奥さん。ガハハハ」

「こっちこっち」

「坊や邪魔よ」

ヨシノ先輩が行ってしまう。

彼女への道を塞ぐ盾。なかなか抜け出せない。

その間も彼女は北上を続け視界から完全に消えた。

邪魔だ! 早くしろ! そこをどけ! 早く!

心の中で毒づくがもちろん伝わるはずもなく彼女との距離は拡がるばかり。

ついに見失ってしまった。

息を切らし辺りを見回すが手がかりはない。

ダメだ。失敗だ。

無駄に体力を使ってしまった。

疲れと不安、焦りからくる何とも言えない感情が僕の心を満たす。最悪だ。


桜は確実に数を減らしていく。

ボリュームが無くなっていくのは仕方がない。

しかしヨシノさんは……

                  続く
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