ヒナギクは彼の溺愛に気づかないー彼のとなりで大福を

白もふ

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ヒスイさん、過去編ですよ(中編)

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 誕生際当日ーー 
友好国から、たくさんの贈り物が届き、広間にも大勢の人々が集まって、祝いの言葉を述べてくれた。
 父が厳選した人たちで、警備に目を光らせることなく、安心して楽しむことができる。
町でも祭りが開催され、各々楽しんでいるらしい。

 ロイドは挨拶が終わり、海鮮料理を持って、窓際に移動する。

「ロイド」
 先程まで、女性に囲まれていたクロードが、物陰から手招きする。
「兄上、そんなところで何を?」
「静かに。今やっと薔薇の乙女たちをまいたところなんだ」
「ふふ、モテるのも大変ですね」

 クロードに婚約者はいない。一度は成立しかけたが、相手の女性が難ありで破談になった。
それ以来、婚約相手は慎重になっている。

「言っておくが、お前の方がモテているからな。お前が気づいていないだけで」

「え、でも兄上のように言い寄られたことはありませんよ?話しかけられても、すぐ真っ赤になって逃げ出すか、卒倒するかの二択ですし」
 クロードがうろん気な目で見る。

「お前、そのうち男性貴族に刺されるからな。少しは自分の容姿を自覚しろ」

「分かりました?」
 とりあえず、頷く。まだまだ鍛え方が足りないらしい。精進せねば。

「お前の将来の相手が、かわいそうになってきたよ。それこそ豪胆な人か、天然無自覚純真培養じゃないとつとまらないかもね」
 兄が口元に手を当てて、意味深に見つめてくる。
「ヒナギクちゃんが、そんな子だったらいいのにね。興味、あるんだろ?」

 一瞬、鼓動が早くなるが、平静を装う。
「兄上は俺をロリコンにしたいのですか?相手は五歳ですよ」
「今は、ね。遠くない未来、お前がその子にベッタリくっついて、離れない姿が、私には見えるね!」
 クロードが自信満々に告げる。
いつから占い師に転職したのだろうか。

「まあ冗談はさておき。さっき桜華国から使者が来てね。コウヤ様とヒナギクちゃんからプレゼントだってさ」

 兄から、桃色の花が描かれた、きれいな箱を受け取った。

「サクラっていう花だって。桜華国の象徴らしいよ。気になるなら、開けてみれば?」

 そわそわ落ち着かないのが、ばれた。顔が赤くなる。

「ほら、私の後ろで開ければ目立たないよ。このためにわざと、壁際に呼んだのだから」

 クロードの好意を素直に受け取り、慎重にふたを開けた。
中には小剣二本と、手のひらサイズの赤い包みが入っていた。
どちらもこの国では見ない技巧だ。剣は二本とも片刃で、刃先は折れそうなほど薄いのに、切れ味が明らかに違う。素人目で見ても、優れた剣なのは分かる。

「美しい剣だね。素材は鋼かな?」

 剣を握れば、手にしっくり馴染む。それに驚くほど軽かった。
今までもらったどの贈り物よりも、嬉しい。

 もうひとつの赤い包みも優美で、繊細な刺繍が幾重にも織られたものだ。
紐を引けば、柔らかい食べ物と、手紙が入っていた。手紙にはつたない字でーー

《お誕生日、おめでとうございます。これは大福といって、幸せになる食べ物です》
と、書かれていた。

 一生懸命書いてくれたのがわかって、心が暖まる。手にとって食べると、優しい味がした。


「やあ、盛大なパーティだね。陛下が嘆いていたよ。どうして我が国、ギスタニア帝国を呼んでくれないんだって」

 重厚な扉が開くとともに、一人の青年が現れた。
黒髪に、瞳は血のように赤い。一見、華奢な体つきだが、彼の異様な雰囲気に、皆飲まれ、誰もが言葉を発せずにいた。

 玉座に座っていた、フレイムが立ち上がる。
「警備兵はどうした!?」

 扉付近はもちろん、城門、裏門、至るところに、選りすぐれの騎士たちが、配備されている。
父の声に、反応しないはずがない。静かすぎた。

 すると、開け放たれた扉の前から、血だまりが流れ込んできた。

 時が動きだし、場が騒然となる。泣き叫ぶ者や、パニックになりながら逃げようとする人たちを、容赦なく、業火が襲う。
止める間もなく、ほとんどの人が消えた。
人が焼け焦げた匂いに、えずきそうになる。

「あ~これで静かになった」
 彼は、晴れ晴れとした顔で笑う。

「なんということを……」
 フレイムが、呆然と呟く。

「父上ーー」
 父の元に走りよろうとするが、兄が手で制  し、首をふる。

「あんたが悪いんだよ。天の宝石をよこさないからさ。大人しくいうことを聞いておけば、ここまでしなかったのに」

「ふざけるな!あれは我が国の大事な資源だ。それを全てよこせなどとーー民たちの生活の糧を、易々と渡せるわけないだろう!?」
 父の怒号が響く。

「そんなの知らないよ。俺はただ、陛下の命令に従っただけだし。もうあんたに用はないから、死んでよ」
 彼が父に向かって、手をかざす。

「父上!!」
 兄の制止をふりきって近づくが、今一歩、足りなかった。

 父が、生気のない目で立っている。父の腹に、風穴が開いていた。静かに崩れ落ちる。

「父上ぇぇっっっーー!!」
 クロードが、ロイドを強く抱き締める。その手は震えていた。

「君らが王子だね?わお、二人とも美形だね!奴隷商人に売ったら高く売れそう。でも俺そこまで非道じゃないからさ、安心して。すぐ父親の元に送ってあげるから」

 嫌な予感がして、クロードを突き飛ばすと、ロイドは彼に向かって、風の魔術を放つ。

「ロイド!!」

 背中が焼けるように熱く、うまく呼吸が出来ない。兄の悲痛な叫び声に、答えることができなかった。

「やるじゃん。その年でかまいたちを作るなんて、なかなか出来ないよ。大きくなれば、優れた魔術の使い手になっただろうねーーでも、残念」
 彼の頬が切れている。少しは当たったらしい。

 クロードがこちらに向かってくる。逃げてーーと、言いたいが、言葉にならない。

 彼は無情にも眼前で、父と同じように、兄の胸に風穴を開ける。

「あ……うえ……」
 涙がこぼれる。口から血が滴り落ちた。

 彼が、クロードをロイドのそばまで引きずってきて、二人の手を繋げた。

 兄の手はまだ温かいのに、目に光はない。

「美しき兄弟愛に敬意を表して、このままにしてあげるよーー独りは寂しいからね」

 ふざけるな。お前が全てを奪ったくせに!

 最後の力を振り絞って、奴を睨みつける。

「そんなに、にらまないでよ。天国で兄弟仲良くね」

 奴が、天井に業火を放つ。天井が崩れ落ちるが、どうすることも出来ない。奴の靴音が遠ざかった。

 視界がぼんやりする中で、赤いものが目のはしに映り込む。
小さな姫君からもらった、贈り物だ。
この時までは、確かに幸せだった。

 この世は理不尽だ。守りたいと強く願っても、力がなければ簡単に奪われる。
強くなりたかった。この国を守れるように。
大切な人たちが幸せになれるように。

 大好きな人たちと、ともに生きていきたかったーー
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