ヒナギクは彼の溺愛に気づかないー彼のとなりで大福を

白もふ

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ヒスイさん、過去編ですよ(後編)

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「おいっ!生きてるか!?」
 
 遠のいていた意識が戻ってくる。体が軽い。
見れば、知らないおじさんが、泣きそうな顔で叫んでいる。誰だろう。

 ロイドの背中から、男が瓦礫をどかす。

「少し染みるが、我慢しろ。ばば様の薬はよく効くんだ」

「ぐぅ……」
 少しどころか、とてつもなく染みる。

 男がなれた手つきで、布を巻き、応急措置をしていく。顔の表情は、渋いままだ。

「これは早くしねぇと、手遅れになるな。わりぃ、背負うぞ」
 
 言葉にならない、激痛が走る。ロイドは歯をくいしばる。

「あれ……とって、もらえます……か」
 震える手で、赤い包みを指す。

「これか?」
 ロイドを背負いながら、男は包みを握らせてくれる。
「ありがとう……ございます」
「大事にしてくれて、ヒナギクも喜ぶよ」

 男の返答に、目を見開く。

「……コウヤ様?」

「わりぃな、遅くなって。お前がロイドだろ?フレイムから、自慢の息子だって、よく聞かされていたよ」

「なぜ、ここに?」
来られないと聞いていたのに。

「使者が帰ってこないから、おかしいと思って来たんだ。すでに遅かったが……」
「父上たちはーー」

 コウヤが、首をふる。

「お前の他に生存者はいない。酷だと思うが、気をしっかりもてよ。神道がもたないから、急ぐぞ」

 コウヤに背負われながら、町の状況を見る。
あんなに賑やかだった町が、今は瓦礫に埋もれ、火がくすぶっていた。

「サキチ、町の状況は?」

 黒装束をまとった男が、コウヤのそばに音もなく現れる。

「生存者は確認できません」
「お前……その腕」
 サキチの腕が、だらりと下がっている。

「返り討ちにあいまして。奴は、ザクロと名のっていました」
「ーーそうか。ご苦労だった」

目が霞む。 意識が朦朧とする。
チャームをくれた女性や、イカ焼き屋のおやじ、守りたかった人たちが、手からこぼれていく。


 次に目を覚ましたときは、知らない部屋だった。黒墨の天井が、目に映り込んだ。
背中が、焼けるように痛む。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 雪のような白い肌、黒目がちな愛らしい女の子が、心配そうにこちらを覗きこんできた。

「ーーヒナギク?」

 何となくそうじゃないかと思って、問いかけると、こくりとうなずく。

「今ね、父さまは母さまについてるの。だから、ヒナギクがそばにいてあげてって」
 彼女は、足をぶらぶらさせて、無邪気に笑う。

「そうなんだ。ありがとう」
 手を伸ばせば、小さな手でしっかり握ってくれた。彼女の温もりが、痛みを和らげてくれる。

「全て、失くしてしまったんだ。家族も、町の人たちも、国も……」
 心が痛くて苦しい。

 もう、いいんじゃないかな。大切な人たちのところに逝っても。
天使のような彼女が看取ってくれるなら、本望だ。

 目が、自然に閉じていくーー

「お兄ちゃん、元気出して!そうだ、これ食べたら元気になるよ。はい、大福マン!!」

 どこにそんな力があるのか、無理矢理口をこじ開け、白い食べ物を、口いっぱいに詰め込まれた。

「ごぼっ……」
 
ロイドの顔が、徐々に青くなっていく。
飲み込もうにも、口内に引っ付いて、うまく飲み込めない。それどころか、もがけばもがくほど、苦しくなって、息が出来ない。

「あれ?お兄ちゃん?」

もうすぐ死ぬ。確実に死ぬ。
向こうで、みんなが手をふっている姿が見えた。

「だ、だめぇぇぇぇっ!出して!!」
 彼女が泣きながら、ロイドの背中を必死でたたく。

「ぐあぁぁぁっっ……!!」

 人生で、ここ一番の激痛に、のたうち回る。
なんの拷問だろうか。わざとなら末恐ろしい。

「み、みず……」
 情けなくも、涙がボロボロこぼれながら、ロイドは呟く。

「水ね!分かったわ」
 
彼女は水差しをもって、とどめにロイドの腹に乗っかった。
やわらかい感触が口に当たると、冷たい水が遅れて流れ込んでくる。

 思わず飲み込む。びっくりしすぎて、言葉にならない。

「もっと飲む?」
 艶やかな黒髪が、頬に当たってくすぐったい。

「ーーうん」
 心地よい感触を深く感じようと、彼女の背中に手を回す。冷たくて、気持ちいい。

「おーい、体調どうーーなにやってんだあぁっ!ごらぁぁぁっ!!」
 
 コウヤは、信じられない光景を目の当たりにして、叫ばずにはいられなかった。
可愛い娘と、親友の息子が、熱い口づけを交わしているのだ。

「うるさいのぅ。……ほう。やるではないか、ヒナギク。五歳にして、イケメンの婿をゲットするとは、なかなかできることではないぞ」

「へ?お兄ちゃん、いつから私のムコなの?」
「ついさっきかな」
「ちげぇだろ、おい!」
 コウヤが、半泣きでつっこむ。

「母さま、もう平気なの?」
 彼女が、華やかな女性に抱きつく。手が離れて、寂しくなった。

「ふふ、婿殿が寂しそうだぞ。紹介が遅れたな、私はコチョウだ。娘が迷惑をかけたみたいで、すまないな」

「お兄ちゃん、ごめんなさい」
 彼女は、先ほどの事を、両親に話す。

「なんか、わりぃな……」
 事情を聞いて、コウヤの溜飲が下がる。

「いえ、逆に生きる希望がわいてきました」

 本当に死にそうなめにあって、死ぬのが馬鹿らしくなった。
大切な人たちは、俺の死を願わない。

「ふむ、いい目だ。婿になるなら、いつでも歓迎するぞ」
「それは俺が許さん!」
 コチョウが笑い、コウヤが渋い顔をする。

 彼女が、母親のそでを引っぱった。

「母さま、お兄ちゃんを助けてくれる?」
「無論だとも」
 コチョウか彼女に目線を合わせ、優しく微笑んだ。

「コチョウ!!」

「コウヤーー分かっているだろう?私は、もう長くない。ばあやが延命してくれていたが、もはやどうにもならん。ならば娘のために、今ある命を助けたい。分かってくれるな?」

 コチョウが、コウヤの頭を軽くたたく。

「ばかやろう……」

 コウヤはくしゃりと顔を歪め、コチョウの肩に顔をうずめた。

「泣き虫め」
「うるせー。愛しているんだから、仕方ないだろ」
「私も愛しているよ。ーー娘を頼むぞ。この子が次の後継者だ」
「分かってる」

 コチョウが、コウヤから体を離すと、ロイドに近づいて、背中に手を当てた。
激痛だった背中の痛みが、ひいていくのが分かる。

「無理しないでください。俺は平気です、だから……」

「お主の方が辛い目にあったのに、優しい子だね。ヒナギクが私の力を継承するとき、記憶障害になる。そなたのことを忘れるかもしれぬ。それでも、この子のそばにいてくれるか?」

「はい、誓います。俺はもう失いたくない。だから、強くなります!」
 
 彼女に目を向ければ、可愛い笑顔が返ってくる。

「なら、安心だな」
「あのぅ、口から血が……」

 コチョウの口元から、血が滴る。

「気にするな、いつものことだ」
 吐血しながら、悠然と微笑む。

 それからしばらくしてーーコチョウが安らかな笑顔で逝った。


 彼女が、母親の墓前に手を合わせている。
受け継いだ天藍石の瞳には、強い信念が感じられた。

「母さま、私ね、この国が大好きなの。だから今度は、母さまの代わりに、この国を守るから。大福でも食べながら、お空で見ててね」
 
墓石に大福を置いて、もうひとつは自分の口に放り込む。

「サキチが、大福を作ってくれたんだよ!母さまの大福の味には負けるけど……幸せの味がするの」
「うん、やっぱりっ……ひくっ……大福おいしいなぁ。……もぐもぐ」

 彼女は、涙を流しながら笑う。

 今度こそ、愛しいものを失わないように、強くなる。
彼女がこの国を守るなら、俺は、彼女を守ろう。





これで過去編は、終わりです。
長くなって申し訳ないです(;・ω・)

次から本編に戻ります。
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