【完結】訳あり追放令嬢と暇騎士の不本意な結婚

丸山 あい

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帝都の大学

小さな店番

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 さて、とリュディガーはひとつ、ものを持ったままの手を、腕を畳んだ状態で横に伸ばすように伸びをした。

「__ここを離れるが、君は、何か目ぼしいものはなかったのか?」

 これといってはない。キルシェは首を振った。

「さほど店を見ていないだろう」

「それはそうだけど、遅くなってしまうわ。見て回れただけで十分、満喫できました」

 キルシェは残りの柘榴の飲み物を飲み干して、席を立った。

「ありがとう、付き合わせてくれて。とても楽しかったです」

 それならいいが、と空になった竹筒を取り、拘りなく腰のベルトに差し込んで仕舞うリュディガー。

 彼は、もう少し見ればいいだろう、と言い出しそうなので、それを言わせないよう先を促して、キルシェらは来た時とは転移装置を挟んで反対側の道を目指す。

 __これほど活気づいているのは、見ているだけで安堵するものね。

 つい先日の魔穴の事件。あれは帝都からいくらか距離があったとは申せ、そうした不安をまるで感じさせない人々の逞しい営みに、キルシェは感服してやまない。

 人々が安寧を享受できるのは、支えている者があるからこそ。

 __リュディガーもそのひとり。

「__何だ?」

 ふと見上げれば、視線に気づいたリュディガーが怪訝に眉をひそめる。

 何も、と笑ったとき、彼の向こうに小さな露天が目に留まった。

 他の屋台とは違い、さほど大きくない布を路上に広げ、子供が独り、ぽつん、と椅子__というよりは踏み台の様__に腰掛けて店番をしている。少しばかり心許なそうな表情の子供の脇には、台に堅牢そうな箱状の鞄が口を開けて置かれていた。

「あれは……硝子の何か……?」

 目に留まったのは、その子供のこともだが、鞄の中にきらり、と光る物が見えたから。

「見てみればいい」

 ほら、とリュディガーがその店へ進むよう背中を押した。

 その子は5、6歳。近づいて、こんにちは、と店番の子へキルシェがいえば、ぱっ、と顔を綻ばせて、いらっしゃいませ、と応じる。

「ああ、ペンなのね」

「はい」

 子供のそばの鞄の中には、ひとつひとつ丁寧に板の仕切りに寝かされたペンがあった。それもすべてガラス細工のもの。

 指を添えるところに銀を当てたものもあれば、色硝子で装飾したものもあり、質素にただの透明なものもある。

 質素なものはもちろん、装飾にこったものも問わずそのどれもがしっかりと直線で、歪みがない。

「独りで店番か」

「はい。今ご飯を買ってきてくれているんです。その間だけ」

 くしゃり、と子供は照れたように笑った。

「君は、外の子か?」

「えぇっと……帝都の外ではあるんですが、首都州のドッシュ村っていう」

「ああ、西の」

「はい。小さい村なのに、お兄さんご存知なんですね」

「まあ、仕事柄。昔、あのあたりの街道を見回っていたことがあったからな」

「あ! じゃあ、お兄さん、軍人さんですか。お陰で野盗が減った、って父さん__父が喜んでいます。村のみんなも」

 そうか、とリュディガーは穏やかに笑う。

 軍人とはたいてい州軍か国軍のことを言う。

 彼にしてみれば、自分の所属など、龍騎士の使命こそ誇っているだろうが、それは自分の中だけのこととして、瑣末なものなのかもしれない。

「__これは、君の父君が作ったのか?」

「はい。父は硝子の照明とかを主に手掛けていて、いつもなら色々あるんですけど、今年は帝都のお屋敷に納めるのを運んだから、ペンぐらいしか持ってこられなかったんです」

「そうなのね」

 興味深くて、ひとつひとつを吟味しようと覗き込む。

「宝石みたいで綺麗ですね」

 ペンは、キルシェにはなくてはならない物だ。

 __ひとつぐらい遊び心あるものを所持していてもいいわよね。

「へぇ……こういうペン初めまして見ました」

「良さげなのがあるか?」

「これなんか……__あ、触っても大丈夫ですか?」

「ぜひ、どうぞ」

 小さな店番は、嬉々として席を立つと、かばんの中身が見えやすいように少しばかり傾ける。

 途端に光の当たり具合が変わって、硝子の中から外へと光が躍り出る。

「__君も作ったものがあるのか?」

 キルシェが眺める傍らで、リュディガーが尋ねた。

「あ……はい……」

「どれだ?」

 至極、耳まで赤らめて照れながら、子供は自分の肩から提げていた布の鞄から、布に包んだものを取り出して、恐る恐る披露する。

「ペンではないんですけど……」

 気泡が含まれた、平たく丸みを帯びているもので、皿のようであって皿でない歪な__謂うなれば硝子の塊である。

「頑張ってまずは丸くしてみようかなって……」

 差し出す少年の手__その指。爪の間の落としきれない黒い汚れは、煤だろうか。

 日頃から、硝子を溶かす炉の燃料を手伝いで扱っているのだろう。染み付いているような汚れだった。

「熱かっただろう」

「……少し」

「少し、か」

 くつり、と笑ってリュディガーはそれを受け取って、吟味するように眺める。

「重石か」

「__にも使えるかなって……」

 徐々に答える声が小さくなっていく。

「涼しげでいいじゃないか。これは売り物か?」

「え……一応……でも、父のものに比べれば……歪だから……」

 驚きを隠せない少年は、父のペンとを見比べる。

「売り物なら、これを贖いたい。いくらだ?」

「え……え……本当にいいんですか?」

「よく書類仕事があるからな。これから暑くなって窓を開け放つ時期だし、ちょうどいいんだ。適当な石を重石につかていたが、紙を引っ掻いてしまうことがあってな。滑らかなこれなら、具合よさそうだ。重さも」

 言って軽く持った手を上下に揺する。

「最初のもの、ということで手放したくないのなら、そう言ってくれ」

「い、いえ……あの、ありがとうございます」

 信じられない、という顔で半ば立ち尽くす少年に、キルシェは選んでいたペンをひとつ取り出して示す。

「私は、このペンを」

 彫金された銀の装飾が指の添えにあしらってある、透明な硝子のペン。質素な見た目に目をひかれていたもので、手にとったら重さが程よくペン先に乗っていて、見た目だけでなくさりげないそうした気配りが気に入った。

「ありがとうございます」

「合わせておいく__」

「ふたつでいくらだ?」

 キルシェの言葉を封じるように彼が発した言葉。え、と今度はキルシェが驚く番だった。

「待っ__」

「今日は仕事に付き合わせた。そのお詫びとお礼だ」

 またも言葉を封じられ、ならば、と口を開こうとするのだが、少年が居る手前、キルシェは大人しくこの場は従うことにした。

 小さな店番がとても高揚している様に、水を指したくはなかったのだ。

 木箱に納めた硝子ペン。少年が慣れない手付きで、それでも精一杯丁寧に包装をするのを見守るように待つ。

「来年も来るのなら、ペンを頼みたいな」

 それをキルシェが受け取る傍らでリュディガーが言えば、少年は勢いづいて頷いた。

「上達しておきます!」

「楽しみにしている。ああ、握るところを太めにしてもう少し全体を長めにしてくれるとありがたいな」

 言って、彼は自分の手を見せてから、チュルチを一本と、砂糖で煮た花の形に仕立てた金柑と山査子を彼に分けて握らせる。

 え、と戸惑う彼に無言で笑みを向け、リュディガーは身体を起こした。

「__もう最終日だから、必要ないかもしれないが、困ったら軍服か龍騎士の制服を着た大人を頼るといい。万が一にも相手にされなかったら、ナハトリンデンの知り合いだ、と言えば真摯に向き合ってくれるはずだ」

「お兄さんの名前?」

 小首を傾げる少年に、無言で頷いてリュディガーは踵を返し、キルシェは少年に笑って手を振り、彼の後に続いた。
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