【完結】訳あり追放令嬢と暇騎士の不本意な結婚

丸山 あい

文字の大きさ
64 / 247
帝都の大学

あの日のあの龍は

しおりを挟む
 チュルチを受け取ってお代を払うリュディガーは、それを軽く示す。

「食べてみればいい」

「えぇっと……」

 言葉に詰まっていれば、くすんだ赤いチュルチをキルシェに持たせた。

 少しばかり、ずしり、と重いチュルチ。なめした革のような照りのそれは、見れば見るほどおよそ食べ物のようには思えない。

 そしてなにより、思っていたとおり、硬い。爪を立てれば跡はつきそうであるが、手で千切れるような代物ではなさそうである。

「__味は色でいくらか違うのでしたか?」

「少しは違うね。葡萄の種類で色が違うから。黒っぽいのは、皮が黒い葡萄っていう具合に。固くならないように蜂蜜も入れているけど」

「ああ、やはり。__黄色いのは、白い葡萄の果汁で蜂蜜が入っているからかですか?」

「ああ、そうだよ」

「じゃあ、すべての色を1対ずつ」

 まいど、と言って吊るしているチュルチに手を伸ばす店主を見て、キルシェは慌ててリュディガーの袖を引いた。

「そんなに食べられないわ」

「先生への手土産だ」

「……なるほど」

 ネツァク州の名家のビルネンベルク。その出自の担当教官は、久しく故郷に戻っていない。祭りにも出ないとなれば、故郷の伝統的なお菓子というのを口にする機会はなかなかないのかも知れない。

 追加で買った分__4対8本を指に下げ、お代を支払い店主と軽く手を上げて店を離れるリュディガーに、キルシェも店主へ頭を下げて、慌ててついていく。

「あれだけ物欲しげに眺めていて、買わないのは店主に悪いだろう」

「そんなつもり無かったのよ。どういうものなのかな、って不思議で眺めていただけで……でもたしかにそうよね」

 手にしたチュルチを改めて眺めるキルシェ。

 これを観察しているとき、果たしてどんな間の抜けた顔で見ていたのだろう。

 未だにもって、甘いだろうという程度しか味の想像ができていない代物だ。

「__それから、父も食べるだろうから」

 リュディガーの父祖はネツァク州出身であるから、やはり馴染みがあるのだろう。

 その彼は人の流れを見極めて、邪魔にならないところで歩みを遅くしながら、ぐるり、と広場を見渡した。

「お代は、その食べた感想でいい」

「……わかりました」

 これには困ったよう笑うしかなかった。

 言いながら、リュディガーが二件隣の別の店で足を止める。

 そこはチュルチの店とは違いはっきりと甘い匂いがする店で、見れば黄金色に輝く小ぶりの花のお菓子と、蚕の繭のようなものを扱っている。

 蜜に浸されたような輝きの花のお菓子は、よくよく見れば切込みを入れた金柑を砂糖で煮詰め、上から押して花のように仕立てたものだった。

 それの隣に並ぶ繭のお菓子は、きらり、と輝く蚕の繭は糸状の飴に包まれたお菓子で、中身は薄い桃色の餡。

 リュディガーが言うに、薄い桃色の餡は木蓮の花で作った甘い餡らしい。

「__木蓮って食べられるの……」

 食べられる花は、キルシェももちろん知っている。だが、あの肉厚の花弁の木蓮の花をまさか餡に仕立てる食文化があるとは思いもしなかった。

「こうした餡だけじゃなく、揚げ物にしたりもするらしい」

 でしょう、とそれらを蓮の葉に包んでもらっている店主に尋ねれば、そうだよ、と店主は笑いながら答えた。

「そうなの」

 木蓮は、初夏に咲く。夏至である今日は、帝都近隣では花の時期は終わっているはずだから、北部も北部か、あるいは標高が高いところでならまだ咲いているのかも知れない。

 __高木でしょうに……。

 収穫するのはひどく危ないのではないのだろうか。しかも山岳地帯であるならなおさら。

「__これは、この時期だけのために作るんだよ。お祝いのために。餡の色が褪せちゃうから、この時期だけの特別なお菓子だね」

 おまたせ、と渡す店主から受け取るリュディガーは、いよいよ持つのに難儀しはじめていて、店を離れる前に、キルシェは日除けの布を取ってそれを包みとして使うように勧めた。

 彼は案の定、難色を示したが、それを押し切る形で彼が持つチュルチと、揚げ物の包み、そして今しがたのお菓子を半ば強引に奪うようにして包んでしまえば、彼もそれ以上は抵抗を示さなかった。

 キルシェは満足気に笑って頷いて、先を促す。

「他にはある?」

「そうだな……あとは__」

 その後にもういちどぐるり、と見渡した彼は、平たい鉄の大皿で米と魚介を煮るようにして炊いた南部の黄色い米料理と、広場を去り際に、ついでのように山査子サンザシを砂糖で煮崩して固めた棒状のお菓子と、その並びで柘榴ザクロを絞った飲み物を贖った。

 ではここを離脱するのだろう__そう思っていたが、彼は広場の外れに見つけた石の椅子の空いている所に誘導した。

 そこへ腰掛けさせると、竹筒に入れて手渡された柘榴の飲み物を飲むように促す。どうやら、喉の乾きを見越して贖ってくれたものらしい。

 連れ回したから、と言う彼は、お代を受け取る気配はない。ありがたく素直にそれを受けって、キルシェは口をつけた。

 丁寧に絞ってあるらしいそれは、柘榴の内側の薄い膜の欠片もなく、とても飲みやすかった。

 天候に恵まれたこの日は風こそ涼しいが日差しが強いので、人混みで疲れ、火照った身体にはとても染みるようである。

 喉が渇いているだろうリュディガーにも勧めるが、彼は君の分だ、と言って受け取らなかった。

 __色々集まっているのね。

 知らないもの、ことが多い。

 出店も見て回れてよかった、とキルシェは思うのだった。

 そして、ふと疑問に思った。

「__リュディガーはどこにも行けるの?」

「転移装置のことか?」

「ええ。私は、こことイェソド州の転移装置しか使えないわ」

 各州へと瞬時に行ける転移装置は、制限がある。

 転移装置を使うには、感応石の一種を消費して使わなければならない。

 この世には、《もの》、《アニマ》という不可知の流れがある。これは大気にも地中にも、水中にもあり、龍脈とも呼ばれ、目視できない流れ。

 特別な力を持つ獣__所謂神獣や瑞獣といった魔性の異形は、これを見つけ出して乗ることができ、通常考えられない速度で移動できる。速さは格によっても流れの速さでも異なる。

 そうでない一般人は、この転移装置を使うことで龍脈で移動することを実現させている。一般人が見えないはずの龍脈を利用するための道具、というのが一般的な解釈で、厳密な構造はわかっていない。__古代の叡智と言わしめる所以だ。

 転移装置を使うためには、感応石を消費しなければならない。っして、それはそこそこの値段で、転移する瞬間の感覚が嫌な者は、時間がかかっても別の交通手段を使うのだ。

 さらに、行ったことがない州都の転移装置も利用できない。転移装置の要たるあの岩が、自身の光で捉えた人影を記憶しているらしい。故に石が覚えていないと使えない。

 初めて訪れた州都ではかならず転移装置を視界に納めて触れるのだ。そうして石に覚えてもらう。
その石の記憶を利用して、利用を制限することも可能。今は、すべての者の往来を制限しているのは、これの延長だ。制限措置などについての権限は、各州侯にある。

「私もすべてではないな」

「そうなの?」

 意外だ、とキルシェは目を見開く。

「よく考えてみてくれ。龍騎士の強さは龍を駆っているからとも言える。その龍は転移装置を使えない」

「それは知らなかったわ」

 言われてみれば、確かに龍騎士が龍とともに転移装置を使っている姿を見たことがない。

「だから、龍騎士が転移装置を行くとなれば、丸腰に近い状態で移動するということになる。そうした場面はもちろんあるが、やはり龍騎士は龍でもって移動するのが常だ。皆が皆、絶対にすべての転移装置を網羅しているわけではない。龍ですべて事足りているんだ。龍の翼は、十分速いから。州境までなら……一時間はかからない。少し速く飛ばせば30分から40分程度か」

「そんなに速いの」

「ただし、その代わり寒い」

「真夏でも?」

「真夏でも。低く飛んでも、当たる風が強ければそれだけ体感は寒く感じるし、速く飛べば飛ぶだけ風の当たりも強いから痛い。それらに耐えられれば、もっと速く行けなくはないのだろうが、私は試したことがない」

 冗談めかして言うリュディガー。

「冬の時期は、帝都の見回りでも、楽をしようとして低く飛ぶ輩もいるぐらいだ」

 __あれは、そういうことだったの……。

 冬の、まだ氷が張る時期の早朝のこと。

 いつものように弓射の鍛錬に励んでいたとき、帝都の上空を飛んでいた龍が、とても低いところを飛んでいたのを思い出して、思わず笑ってしまった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】姫将軍の政略結婚

ユリーカ
恋愛
 姫将軍ことハイランド王国第四王女エレノアの嫁ぎ先が決まった。そこは和平が成立したアドラール帝国、相手は黒太子フリードリヒ。  姫将軍として帝国と戦ったエレノアが和平の条件で嫁ぐ政略結婚であった。  人質同然で嫁いだつもりのエレノアだったが、帝国側にはある事情があって‥‥。  自国で不遇だった姫将軍が帝国で幸せになるお話です。  不遇な姫が優しい王子に溺愛されるシンデレラストーリーのはずが、なぜか姫が武装し皇太子がオレ様になりました。ごめんなさい。  スピンオフ「盲目な魔法使いのお気に入り」も宜しくお願いします。 ※ 全話完結済み。7時20時更新します。 ※ ファンタジー要素多め。魔法なし物理のみです。 ※ 第四章で魔物との戦闘があります。 ※ 短編と長編の違いがよくわかっておりません!すみません!十万字以上が長編と解釈してます。文字数で判断ください。

前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~

高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。 先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。 先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。 普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。 「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」 たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。 そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。 はちみつ色の髪をした竜王曰く。 「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」 番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!

こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。 そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。 婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。 ・・・だったら、婚約解消すれば良くない? それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。 結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。 「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」 これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。 そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。 ※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。 ※本編完結しました。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる

仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。 清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。 でも、違う見方をすれば合理的で革新的。 彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。 「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。 「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」 「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」 仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

処理中です...