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帝都の大学

宴もたけなわ

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 晩餐へ戻ると矢馳せ馬の話題で盛り上がっていたよう。

 ビルネンベルクの特技が大いに活躍した歓談だったらしく、ビルネンベルクに連れられて戻った食堂には、とても柔らかい雰囲気が満ちていて、ニーナともどもキルシェはお互い目を合わせて小さく頷いた。

 おそらく、ドレッセン夫妻も中座について、不敬だとは微塵も思っていないだろう。

 残ってそのまま食事を進めていた皆の席には食後の飲み物が配されていて、席を離れていたキルシェの席には新たに置かれていたサラダ、ニーナの席にはほぼ手つかずのラム肉の香草焼きがあった。

 ラム肉の香草焼きの次にサラダが出てくる順序で、キルシェと違いニーナの席にはそれがないのは、使用人がテーブルの合図に従ったからだ。彼女の皿には、フォークとナイフがハの字を描いて置かれて、これは食休みを示す合図。

 対してキルシェは、皿の右側に斜めに揃えて置いておいたから、下げられて次の料理であるサラダになっている。

「いやはや、やはり若いお嬢さん方は意気投合して話し込んでいたらしい。呼びに行って正解だった」

「申し訳ございませんでした、つい」

 着席してキルシェがビルネンベルクに答えると、ブリュール夫人もドラッセン夫妻も笑う。

 ニーナも着席すれば、その会話を聞きつつ、横のデッサウが話しかけてくるに応じる。そうしながら、目の前のラム肉を二口食べると、カトラリーを右側に斜めに揃えて終了を示す。

 するとすかさず下げられて、間をおかずサラダが運ばれてきた。それも二口で止めた__口に含む回数は少ないが、しっかり味わっている様子である__彼女は、キルシェ同様、デザートまで辿り着いた。

「__渡せたのか?」

 濃く鮮やかな赤い木苺のソースに沈められた、円形の生地。その上に斜めに折り重なるように、黄色と桃色の果肉の桃が盛られたデザートを少しずつ口に運んでいれば、隣のリュディガーが、またも小声で訪ねた。

「ええ、お渡し出来ました」

 少し顔を向けて彼と視線を交わらせれば、そうか、と穏やかな、どこか安堵したような顔になる。
そして、その後、特に会話はお互いになく、テーブル全体に傾聴する姿勢にどちらもなった。それは、居心地が悪いわけでも、会話が続かない__続ける気がない、というわけでもない。

 2人で何か__食事に限らず、同じこと、同じ空間で近い距離にいると、よくなることなのだ。

 やがて食事が終わり、隣の部屋へ移って改めて雑談をし、いよいよ解散となった。

 解散というが、玄関の吹き抜けで、後ろ髪引かれるように最後の会話を交わしていく。ゆっくり、徐々に玄関の扉へ全体がじりじり動いていくような状況だった。

 そして、いよいよ扉が目前というところで、ドレッセン夫妻がビルネンベルクと言葉を交わす。

 漏れ聞こえる会話から、ビルネンベルクの当主との交流する機会を設けるということらしい。

 ビルネンベルクが治めるカルトヴェリーオ地方にある、聖人の廟。そこへも案内させるというような話に、夫人がいたく喜んでいた。

 夫妻はその後ニーナ、デッサウ、リュディガー、キルシェと順に挨拶を終えると、最後ブリュール夫人へも改めて挨拶をし、玄関の扉を夫人とともに潜って馬車へと乗り込んで去っていった。

 次いで、ニーナも同じ様に挨拶を終えていく__のだが、キルシェのところで意味深に改まった挨拶とともに手を取られた。

 思いがけない行動で最初こそ驚いたが、彼女の全身から滲み出る感謝の気持ちに、大したことをしたと思っていないキルシェは苦笑を浮かべてしまう。

 そして、彼女は玄関の外へ出、彼女が乗ってきたロイエンタール家の馬車へと歩み寄るのだが、乗り込むことはせず、そこに佇んで玄関の方を静かに見守っていた。

 はて、と疑問に思っていれば、すぐに理由がわかった。

「__デッサウ、くれぐれも道中頼んだ」

「はい」

 離れたところでの、先輩後輩のやりとりを漏れ聞いたキルシェは、なるほど、と納得する。

 どうやらデッサウは、ニーナの馬車に乗るらしい。

 来たときは、デッサウはリュディガーと一緒だった。彼らが乗っていた馬車は、ブリュール夫人が手配したもの。
 
 __となると、リュディガーは、来たときと同じ馬車に乗って、独りで帰るのね。

 ニーナとデッサウを引き合わせるためだった晩餐会だ。彼らの様子は、同道させるに心配な雰囲気は微塵もなかった。それ故の判断だろう。

「__お気をつけて」

「はい。キルシェさんは、確かこちらにお泊りでしたね。明日のお戻り、お気をつけてください」

 はい、と答えるキルシェの手をとって、デッサウは甲へ軽く唇を当てて挨拶する。

 そして彼は、ブリュール夫人に感謝の言葉の後、手の甲への口付とともに挨拶をして、ニーナの元へと向かうと、従者のそれらしく彼女の乗車を手伝い、遅れて乗り込んだ。

「さすが、龍騎士殿だ。経験浅くても、あのぐらいはできるか」

「上官に付き従ううちに、覚えるものですからね。やんごとない方々の相手もいたしますから」

 去っていく馬車を皆で並んで見送る。

「龍帝陛下の乗降も手伝ったのかね?」

「私は未だ。彼も未だだと。__そもそも、そうしたことを行う者は別におりますし……陛下の御前で従者など、かえって萎縮しきって、とんでもない失態を犯しそうです」

「……一理ある。シュタウフェンベルクがやらかす様が容易に浮かんだ」

 去りゆく馬車のカンテラの明かりが木立の向こうへ見えなくなったところで、ビルネンベルクが言った。リュディガーは微かに吹き出したが、咳払いをして居住まいを正す。

「おや、まさかそうした不敬があったのかね?」

「不敬というほどのことではございませんが……これ以上は、控えさせてください」

 後ろ手で手を組み、肩をすくめて首を振るリュディガーに、ビルネンベルクはため息を大げさに吐いた。

「それでは__」

「君はもう、このまま泊まっていけばいいのに」

「御冗談を」

 ですよね、とビルネンベルクがブリュール夫人に同意を求めれば、夫人は深く頷く。

「着の身着のままでお泊りいただくのは、全然構いませんよ」

 夫人の言葉にリュディガーは、夫人から借り受けた衣服を纏うキルシェを見た。

 急な来訪、急な宿泊__それらに柔軟に対応できるか否かで、その家が秘密裏に評価されるのが上流階級だ。

 こうしてキルシェが夫人の服を借りることができたのは、夫人の器量よしな部分もあるが、彼女に従う多くの使用人が有能であるから。

 泊まるのであれば、彼もその恩恵をうけることができることは確実__視線があったキルシェは、苦笑して肩をすくめる。

「いえ、お心遣い感謝いたしますが、明日に備えておきます」

「……明日?」

 キルシェが思わず繰り返すと、ビルネンベルクが笑った。
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