【完結】訳あり追放令嬢と暇騎士の不本意な結婚

丸山 あい

文字の大きさ
93 / 247
帝都の大学

夜のお喋り Ⅱ

しおりを挟む
 夏に向かって日中はかなり日が強く暑いが、日が没してしまえば風は涼しく過ごしやすい。

 空を仰ぎ見ながら、ふぅ、とキルシェはため息を零した。

「……乗り継ぎの合間、それなりに休めたとはいえ、気が休まらなかっただろう」

「それを言ったらリュディガーこそ。ずっと、私の荷物まで持ってくださって……」

 当然のように持ってくれたリュディガー。

「私なんて、寝てばかりで……」

「まあ、疲れる行程ではあったさ」

 そんな彼は、馬車に揺られ、うとうと、としていたキルシェに対して、恐らくだが一睡もしていなかったはずだ。

 はず、というのも、キルシェ自身が夢現ゆめうつつに見た彼が常に起きていたのを朧げに覚えているだけだからだ。

 彼の性格を考えると、連れが心安く休息をとっているならば__否、とれるように、自分が気を張り続けることを厭わない。

 乗り継ぎの合間にキルシェは気を張り直すものの、どうにも気が緩んでかいつの間にか睡魔に身を委ねがちになってしまっていた。

 __慣れていない馬車、慣れていない道中で、安心して寝られないでしょうに……。

 よほど疲れていたか、あるいは__

「__リュディガーがいたから、安心してずっと寝てしまったのでしょうね」

 独りごちて言うと、白鑞から口を離したところだった彼は、かなり咳き込み始める。その咳に驚いて彼を見れば、なかなか咳が止まる気配がない。

 慌ててキルシェは大きな背中を擦った。

 苦しさで少し涙目になったリュディガーであるが、やっと彼の咳き込みが落ち着いてくる。

「__げほっ……すまない、ありがとう。……飲んでいる途中で、話そうとしてしまった……」

 はぁ、と息を吐きだして呼吸をなるべく穏やかに保つ彼は、手を軽くキルシェへとかざして、十分だ、と示し擦るのを制止する。

「キルシェ、ちゃんと説明させてくれ」

「……説明? 何でしょう」

 キルシェが居住まいを正せば、喉の不快感を払うのも兼ねて、仕切り直すような咳払いをするリュディガーは、持っていた白鑞の水筒をキルシェの視界から隠すように、脇に置く。

「まずは__キルシェ、昨夜はありがとう」

 真摯な顔で言われるが、キルシェは意図するところがわからなかった。

「何がです?」

「今朝、パスカルから教えられたんだが……」

「パスカル……デッサウ卿ですか」

 そう、と頷くリュディガー。

 パスカル・デッサウは、リュディガーの龍帝従騎士団での後輩にあたる。

 先の魔穴処理の際には、彼の麾下きかとしても活躍したと聞く。

「__昨日、彼とは帰路こそ別だったが同じ宿をとっていたんだ。その彼から、昨日の晩餐会でニーナ嬢の不調を察して君が中座を促したらしい、と聞かされた」

 キルシェは、まあ、と目を見開き、そして苦笑した。

「……ニーナ様、デッサウ卿にお話してしまったのね」

「君の評判に関わることだからだろう」

「気にならないと申しましたのに……」

「いや、気にはするだろう。__私が気づくべきだったのだろうが……どうにも、昨夜は調子が狂っていてな……気づかなかったどころか、君の真意を汲み取れず、止めようとしてしまった」

 申し訳無さそうに言うリュディガーに、緩く首を振る。

「私こそ、無視をしてしまってごめんなさい。失礼だとは思ったのですが、あのままもう勢いで連れて行ってしまおうと思って……」

「謝らないでくれ。君が正しかった。__あのときは、らしくない、と驚かされたが」

 __らしくな、か……。

 強引といえば強引だったのは間違いない。だがそれが、状況的に最善だった。

「今朝、それを伝えようと思ったんだ。荷を積む時に」

「……そうなの?」

 今朝__あの言葉を濁していたリュディガー。

 キルシェからすれば、らしくない、と思えた彼だった。

「だが、その前に、一昨日の夕食のときの……ニーナ嬢とご尊父のロイエンタール子爵との夕食の席にいた経緯も説明しなければ、と思っていたのだが……君はほら……至極丁寧に、言葉を発してきたから……」

 またも、言い淀みかけるリュディガーに、キルシェは眉をひそめる。

「そう……だったかしら?」

「__そのようなことを私に弁解しなくても、茶化すようなことは致しません。そう思われたのなら、普段の態度や言動が軽はずみなものになっていた、ということだから、気をつけます。ごめんなさい……と。少しばかり、まくし立てるような勢いで……」

「あぁ……そのようなこと、申しましたかも。でも、別に怒ってもいませんでしたし……荷運びが未だ有りましたから、早く戻らないと、と思っていて」

 リュディガーは、やや身を縮こまらせる。

「……私は、釈明が遅かったのか、と思っていた」

「遅い?」

「……昨夜、晩餐会で会ったとき、一昨日の夕食の席のことを釈明すればよかったのかもしれないが、晩餐会では先生がいらっしゃっただろう。先生に話を引っ掻き回されそうで……でなかなか言い出せなくて……」

「それは、有り得ましたね」

 容易にその場面が想像できてしまうから、キルシェは彼に申し訳なく思いながらも、くすり、と笑ってしまう。

「だろう? しかも、先生と君が晩餐会に急遽参加することになっていたなんて、ブリュール夫人の屋敷に入るまで知らなかったから驚きすぎて、その後も色々とやらかしてしまっていたし……」

「やらかす?」

「テーブルへ着く時の、諸々。__気がついたときには、君は先に着席していた。……させてしまっていた……」

「あぁ……だって、リュディガーが呆然と立ち尽くしていたので」

 ブリュール夫人はビルネンベルクと、ドレッセン男爵は夫人を、デッサウ卿はニーナ嬢__という構図があの段階でできていたから、流れとしてリュディガーがキルシェをテーブルまで案内するべきではあった。

「出鼻をくじかれ、君には独りで着席させてしまうし……前日の夕食の席のこともあって、晩餐の最中は何を話せば良いのか……会話を考えていたら、ほとんど話さずじまい。__一昨日の夕食の席の釈明ができていない私からすれば、やらかしを積み重ねてしまっていた。それに……」

「それに?」

 言葉を飲み込みかけるリュディガーを、キルシェは促す。

「__声もかけずに先に着席してしまった君は、テーブルでも話を振ってくれることもなく……まるで、君が避けているようにも感じられてな……」

「それはだって、前日に夕食をご一緒していたお連れの方がいれば、遠慮しますよ。それに、私は急に参加することになった者ですし、あの晩餐会の主役はニーナ様とデッサウ卿だろうっていう雰囲気でしたでしょう?」

「それは……確かに、そうだな……」

 尚も罰が悪い顔のリュディガー。

「__リュディガー、私、貴方がそこまで気にする理由がよくわからないのだけれど……あまり気にしないでください」

「そうは言うが……」

「まさか、そうしたことがあったから、今夜……夕食後に声を掛けるのを躊躇ったのですか?」

「……ああ。何か……逆鱗に触れたのか、と」

 __だから、日中も積極的に話をしてこなかったのね。

 腫れ物に触れるような接し方をされている、と感じたのもそのため。

「私、そんなことでは怒らないですよ。怒るようなことでもないですし……誤解を与えてすみません」

 なんだか申し訳なくなって言うものの、リュディガーは口を一文字に引き結んで答えなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】姫将軍の政略結婚

ユリーカ
恋愛
 姫将軍ことハイランド王国第四王女エレノアの嫁ぎ先が決まった。そこは和平が成立したアドラール帝国、相手は黒太子フリードリヒ。  姫将軍として帝国と戦ったエレノアが和平の条件で嫁ぐ政略結婚であった。  人質同然で嫁いだつもりのエレノアだったが、帝国側にはある事情があって‥‥。  自国で不遇だった姫将軍が帝国で幸せになるお話です。  不遇な姫が優しい王子に溺愛されるシンデレラストーリーのはずが、なぜか姫が武装し皇太子がオレ様になりました。ごめんなさい。  スピンオフ「盲目な魔法使いのお気に入り」も宜しくお願いします。 ※ 全話完結済み。7時20時更新します。 ※ ファンタジー要素多め。魔法なし物理のみです。 ※ 第四章で魔物との戦闘があります。 ※ 短編と長編の違いがよくわかっておりません!すみません!十万字以上が長編と解釈してます。文字数で判断ください。

虐げられた私が姉の策略で結婚させられたら、スパダリ夫に溺愛され人生大逆転しました。

専業プウタ
恋愛
ミリア・カルマンは帝国唯一の公爵家の次女。高貴な皇族の血を引く紫色の瞳を持って生まれたワガママな姉の陰謀で、帝国一裕福でイケメンのレナード・アーデン侯爵と婚約することになる。父親であるカルマン公爵の指示のもと後継者としてアカデミーで必死に勉強してきて首席で卒業した。アカデミー時代からの恋人、サイラスもいる。公爵になる夢も恋人も諦められない。私の人生は私が決めるんだから、イケメンの婚約者になど屈しない。地位も名誉も美しさも備えた婚約者の弱みを握り、婚約を破棄する。そして、大好きな恋人と結婚してみせる。そう決意して婚約者と接しても、この婚約者一筋縄ではいかない。初対面のはずなのに、まるで自分を知っていたかのような振る舞い。ミリアは恋人を裏切りたくない、姉の思い通りになりたくないと思いつつも彼に惹かれてく気持ちが抑えられなくなっていく。

【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!

こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。 そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。 婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。 ・・・だったら、婚約解消すれば良くない? それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。 結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。 「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」 これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。 そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。 ※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。 ※本編完結しました。

前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~

高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。 先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。 先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。 普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。 「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」 たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。 そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。 はちみつ色の髪をした竜王曰く。 「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」 番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

処理中です...