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帝都の大学

夜のお喋り Ⅱ

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 夏に向かって日中はかなり日が強く暑いが、日が没してしまえば風は涼しく過ごしやすい。

 空を仰ぎ見ながら、ふぅ、とキルシェはため息を零した。

「……乗り継ぎの合間、それなりに休めたとはいえ、気が休まらなかっただろう」

「それを言ったらリュディガーこそ。ずっと、私の荷物まで持ってくださって……」

 当然のように持ってくれたリュディガー。

「私なんて、寝てばかりで……」

「まあ、疲れる行程ではあったさ」

 そんな彼は、馬車に揺られ、うとうと、としていたキルシェに対して、恐らくだが一睡もしていなかったはずだ。

 はず、というのも、キルシェ自身が夢現ゆめうつつに見た彼が常に起きていたのを朧げに覚えているだけだからだ。

 彼の性格を考えると、連れが心安く休息をとっているならば__否、とれるように、自分が気を張り続けることを厭わない。

 乗り継ぎの合間にキルシェは気を張り直すものの、どうにも気が緩んでかいつの間にか睡魔に身を委ねがちになってしまっていた。

 __慣れていない馬車、慣れていない道中で、安心して寝られないでしょうに……。

 よほど疲れていたか、あるいは__

「__リュディガーがいたから、安心してずっと寝てしまったのでしょうね」

 独りごちて言うと、白鑞から口を離したところだった彼は、かなり咳き込み始める。その咳に驚いて彼を見れば、なかなか咳が止まる気配がない。

 慌ててキルシェは大きな背中を擦った。

 苦しさで少し涙目になったリュディガーであるが、やっと彼の咳き込みが落ち着いてくる。

「__げほっ……すまない、ありがとう。……飲んでいる途中で、話そうとしてしまった……」

 はぁ、と息を吐きだして呼吸をなるべく穏やかに保つ彼は、手を軽くキルシェへとかざして、十分だ、と示し擦るのを制止する。

「キルシェ、ちゃんと説明させてくれ」

「……説明? 何でしょう」

 キルシェが居住まいを正せば、喉の不快感を払うのも兼ねて、仕切り直すような咳払いをするリュディガーは、持っていた白鑞の水筒をキルシェの視界から隠すように、脇に置く。

「まずは__キルシェ、昨夜はありがとう」

 真摯な顔で言われるが、キルシェは意図するところがわからなかった。

「何がです?」

「今朝、パスカルから教えられたんだが……」

「パスカル……デッサウ卿ですか」

 そう、と頷くリュディガー。

 パスカル・デッサウは、リュディガーの龍帝従騎士団での後輩にあたる。

 先の魔穴処理の際には、彼の麾下きかとしても活躍したと聞く。

「__昨日、彼とは帰路こそ別だったが同じ宿をとっていたんだ。その彼から、昨日の晩餐会でニーナ嬢の不調を察して君が中座を促したらしい、と聞かされた」

 キルシェは、まあ、と目を見開き、そして苦笑した。

「……ニーナ様、デッサウ卿にお話してしまったのね」

「君の評判に関わることだからだろう」

「気にならないと申しましたのに……」

「いや、気にはするだろう。__私が気づくべきだったのだろうが……どうにも、昨夜は調子が狂っていてな……気づかなかったどころか、君の真意を汲み取れず、止めようとしてしまった」

 申し訳無さそうに言うリュディガーに、緩く首を振る。

「私こそ、無視をしてしまってごめんなさい。失礼だとは思ったのですが、あのままもう勢いで連れて行ってしまおうと思って……」

「謝らないでくれ。君が正しかった。__あのときは、らしくない、と驚かされたが」

 __らしくな、か……。

 強引といえば強引だったのは間違いない。だがそれが、状況的に最善だった。

「今朝、それを伝えようと思ったんだ。荷を積む時に」

「……そうなの?」

 今朝__あの言葉を濁していたリュディガー。

 キルシェからすれば、らしくない、と思えた彼だった。

「だが、その前に、一昨日の夕食のときの……ニーナ嬢とご尊父のロイエンタール子爵との夕食の席にいた経緯も説明しなければ、と思っていたのだが……君はほら……至極丁寧に、言葉を発してきたから……」

 またも、言い淀みかけるリュディガーに、キルシェは眉をひそめる。

「そう……だったかしら?」

「__そのようなことを私に弁解しなくても、茶化すようなことは致しません。そう思われたのなら、普段の態度や言動が軽はずみなものになっていた、ということだから、気をつけます。ごめんなさい……と。少しばかり、まくし立てるような勢いで……」

「あぁ……そのようなこと、申しましたかも。でも、別に怒ってもいませんでしたし……荷運びが未だ有りましたから、早く戻らないと、と思っていて」

 リュディガーは、やや身を縮こまらせる。

「……私は、釈明が遅かったのか、と思っていた」

「遅い?」

「……昨夜、晩餐会で会ったとき、一昨日の夕食の席のことを釈明すればよかったのかもしれないが、晩餐会では先生がいらっしゃっただろう。先生に話を引っ掻き回されそうで……でなかなか言い出せなくて……」

「それは、有り得ましたね」

 容易にその場面が想像できてしまうから、キルシェは彼に申し訳なく思いながらも、くすり、と笑ってしまう。

「だろう? しかも、先生と君が晩餐会に急遽参加することになっていたなんて、ブリュール夫人の屋敷に入るまで知らなかったから驚きすぎて、その後も色々とやらかしてしまっていたし……」

「やらかす?」

「テーブルへ着く時の、諸々。__気がついたときには、君は先に着席していた。……させてしまっていた……」

「あぁ……だって、リュディガーが呆然と立ち尽くしていたので」

 ブリュール夫人はビルネンベルクと、ドレッセン男爵は夫人を、デッサウ卿はニーナ嬢__という構図があの段階でできていたから、流れとしてリュディガーがキルシェをテーブルまで案内するべきではあった。

「出鼻をくじかれ、君には独りで着席させてしまうし……前日の夕食の席のこともあって、晩餐の最中は何を話せば良いのか……会話を考えていたら、ほとんど話さずじまい。__一昨日の夕食の席の釈明ができていない私からすれば、やらかしを積み重ねてしまっていた。それに……」

「それに?」

 言葉を飲み込みかけるリュディガーを、キルシェは促す。

「__声もかけずに先に着席してしまった君は、テーブルでも話を振ってくれることもなく……まるで、君が避けているようにも感じられてな……」

「それはだって、前日に夕食をご一緒していたお連れの方がいれば、遠慮しますよ。それに、私は急に参加することになった者ですし、あの晩餐会の主役はニーナ様とデッサウ卿だろうっていう雰囲気でしたでしょう?」

「それは……確かに、そうだな……」

 尚も罰が悪い顔のリュディガー。

「__リュディガー、私、貴方がそこまで気にする理由がよくわからないのだけれど……あまり気にしないでください」

「そうは言うが……」

「まさか、そうしたことがあったから、今夜……夕食後に声を掛けるのを躊躇ったのですか?」

「……ああ。何か……逆鱗に触れたのか、と」

 __だから、日中も積極的に話をしてこなかったのね。

 腫れ物に触れるような接し方をされている、と感じたのもそのため。

「私、そんなことでは怒らないですよ。怒るようなことでもないですし……誤解を与えてすみません」

 なんだか申し訳なくなって言うものの、リュディガーは口を一文字に引き結んで答えなかった。
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