【完結】訳あり追放令嬢と暇騎士の不本意な結婚

丸山 あい

文字の大きさ
111 / 247
帝都の大学

口説き

しおりを挟む
「ぐうの音も出ないな、ナハトリンデン」

「……は……」

  歯切れ悪く答えるリュディガーに、くつり、とイャーヴィスは笑った。

「ラエティティエルも、君には容赦がないと聞く。彼女も置いていくから、まぁ……せいぜい彼女にも絞られると良い」

 イャーヴィスの言葉に、リュディガーは一つ咳払いをして居住まいを正す。

 それを尻目に、ビルネンベルクがキルシェへと顔を向けた。

「キルシェ、明日の夕方以降と言ったが、何日でも気力が戻るまではここに逗留していいということだからね。大学のことも、ここのことも気兼ねなく過ごしなさい」

 そこまで言って、ちらり、とイャーヴィスを見るビルネンベルク。

「君は、耳長族の侍女をつれた御大層なお家柄なのだからね」

「私の縁故なのだ。不自然ではあるまい」

 耳長族が人間族に仕えるということはなくはないものの、少ない。

 この世には10の種族があって、その中でも一番繁栄しているものの人間族は種族としては下とされている。他の種族に比べ、特異な能力に乏しいからだ。

 そんな下とされる種族に耳長族が仕えているということは、それだけで家風や主の為人が別格だとみなされる。

「__では、我々は、戻らせてもらうよ。中座が長過ぎるとフォンゼルに嫌味しか言われなくなるのでね」

「お忙しいのに、わざわざありがとうございました。__ここまでお心遣いをしていただいて、感謝の言葉もありません」

 なんの、とイャーヴィスは笑い、扉へと向かおうと踏み出すのだが、ふと、足を止めて振り返った。

「__ああ、そうだ。ラウペン女史。いい機会だから、直接口説かせてほしいのだが……」

「く、くど……?」

 どきり、としてしまって言葉を逸したキルシェに、イャーヴィスは身体を向けて後ろ手で組んで笑う。

「ああ。__卒業後のことを未だ決めていないそうだが、私の祐筆にならないかね?」

「え……祐筆ですか」

「ヌルグルらは祐筆であるが、派生して護衛としての任もある。机上の仕事を専門に補佐してくれる祐筆が、もうひとりほしいところなのだ。__そういう話をしたら、君をビルネンベルク殿に薦められた」

 ビルネンベルクを見れば、うむ、と頷いていた。

 __今後も懲りずにしつこく口説かせてもらうよ。

 頷く彼は、冗談めかしてそう言った時の笑みそのものでいる。

「引く手数多だから、悩んでいるとも聞いた。それほど優秀なら、是非直接口説かせてもらおうかと思った次第だ」

「左様、でしたか」

「是非、考えておいてほしい」

 キルシェは困ったように笑い、感謝の意を込めて頭を下げる。

 イャーヴィスはラエティティエルとイーリスへ会釈して踵を返し、ビルネンベルクはキルシェへと人の悪い笑みを浮かべて、イャーヴィスに続く。

 頃合いを見て扉を開けるリュディガーに、労いの意味を込めてイャーヴィスは頷き、廊下へと出ていった。

「私は、見送りに」

「はい。こちらは、処置の続きを致しますので、戻りましたら廊下でお待ちを」

 ラエティティエルの言葉にリュディガーは頷いて、来訪者を見送るために彼らに続いた。

 イャーヴィスとビルネンベルクが去り、処置の続き__脚の傷を検めてもらって施してもらう。

 全身の倦怠感はあるものの鈍い痛みはすっかりなくて、今夜は此処に留まる必要はないのでは、と思えるほど、ほぼほぼ普段と相違ない体調になった。

 本当に何もなかったかのようなそれ。本人でさえ錯覚しそうになる。

 終わったところで、戻ってきていたリュディガーを招き入れ、イーリスが静かに言葉を紡ぐ。

「__これだけの暴行をされたのに、これほど自分を律して、落ち着いていられるというのは……私はこれまでお目にかかったことがありません」

「……左様、ですか……?」

「はい。かえってそれが、気がかりでありますが」

 微笑んでいるが、どこか不安げな表情でいる彼女にキルシェは笑む。

「きっと、未遂だったからだと」

 それだけではなく、今回、運よくリュディガーもいて、ラエティティエルも仕事とは言え居てくれる。イーリスという傷を癒やしに来てくれた神官もいるのだ。

 そして、今回の事件は体裁のよい着地点になった__これが一番、落ち着いていられる要因なのかもしれない、とキルシェは独りごちて思う。

「……ご無理をなさいませんよう」

 はい、と応じると、イーリスは鞄を開けて、小瓶を取り出す。

「完治は致しておりませんので、痛みが思い出したように出てくるかもしれません。つらいようでしたら、これをグラス一杯の水に3滴薄めて飲んでください」

 握らされる小瓶は、ラエティティエルが取り出した小瓶とは異なり、四角錐の質素な作りで、とろり、とした水色の液体が入ったものだった。

「私は、これで失礼いたします。何かあれば、ナハトリンデン卿を遣わせてくだされば対応いたしますので」

「承知いたしました」

 応えたのは、扉近くで待機するリュディガー。

 では、と踵を返そうとするイーリスだったが、ラエティティエルが呼び止めた。

「お待ちを。私も用事で出ますので」

「ん? 君は、残るのではないのか?」

「用事があるのです」

 リュディガーに応えてから、ラエティティエルはキルシェの側近くに歩み寄った。

「私は、明日の着替えを手配してまいります。夕食には間に合わないかもしれませんが、従者がよく働いてくれると思いますので」

 着替え__そうか、自分には彼女が貸してくれたこの服しかない。

 キルシェは纏められた自分の私物へと歩み寄ると、その中から目的の物を取り出した。

「あの、ラエティティエルさん」

 そして小声で呼ぶと、彼女が歩み寄る。

 その彼女にキルシェは、硬貨を握らせた。

「キルシェ様__」

「それで、お願いします」

 弱くなって来たとは申せ、足元悪い雨の中行ってもらうのだ。

 彼女がどこから支出しようとしていたのか知らないが、予め持って言ってもらえればキルシェとしては心苦しさは少なく済む。

「……承知しました。おまかせを」

 ふわり、と笑うラエティティエル。

「夕食は、部屋に運ばせます。どうかごゆっくりとお休みくださいませね。それから、明日お戻りになられるかは別にして、明日の朝、薬湯をご用意したします。大学では共同の浴場でしょうから薬湯に浸かっていただくのは難しいので、お戻りになられる日に、お茶と塗るお薬をお渡し致します。塗るお薬はお休みの前に。塗るべき場所は__ここと、こちら。それから、ここも」

 脚、腕、それから頬を彼女は優しく触れて示す。

「イーリス様のお力添えもありましたし、痕は決して残りませんからね。背中は治癒魔法のお陰で、塗るほどのものではございませんでしたのでご安心を」

「本当に、ありがとうございます、これほどしていただいて……」

「いいのです。とにかく心の静養を」

 ラエティティエルは一礼をとってから離れ、イーリスの手から鞄を取った。

「リュディガー、あの……見送りを」

「いえ、大丈夫で__」

「承知した」

 ラエティティエルの言葉を遮ったのはリュディガーで、彼は開けた扉をくぐるように促した。
そんな彼に目元を細めるラエティティエルが、キルシェへと顔を向けるので、キルシェはさせてほしい、という念を込めて頷く。

 すると心得てくれたらしい彼女は、改めてイーリスと並んで一礼をする。その彼女らに対して、キルシェは心の底からの感謝を込めて頭を下げた。

 ぱたり、と閉まる扉の音にキルシェは頭を上げる。

 独り残されたキルシェは、ふぅ、ため息を零して、手近に置かれている私物の山__その中の衣服を手にとった。

「……あら?」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

【完結】エレクトラの婚約者

buchi
恋愛
しっかり者だが自己評価低めのエレクトラ。婚約相手は年下の美少年。迷うわー エレクトラは、平凡な伯爵令嬢。 父の再婚で家に乗り込んできた義母と義姉たちにいいようにあしらわれ、困り果てていた。 そこへ父がエレクトラに縁談を持ち込むが、二歳年下の少年で爵位もなければ金持ちでもない。 エレクトラは悩むが、義母は借金のカタにエレクトラに別な縁談を押し付けてきた。 もう自立するわ!とエレクトラは親友の王弟殿下の娘の侍女になろうと決意を固めるが…… 11万字とちょっと長め。 謙虚過ぎる性格のエレクトラと、優しいけど訳アリの高貴な三人の女友達、実は執着強めの天才肌の婚約予定者、扱いに困る義母と義姉が出てきます。暇つぶしにどうぞ。 タグにざまぁが付いていますが、義母や義姉たちが命に別状があったり、とことんひどいことになるザマァではないです。 まあ、そうなるよね〜みたいな因果応報的なざまぁです。

竜王の「運命の花嫁」に選ばれましたが、殺されたくないので必死に隠そうと思います! 〜平凡な私に待っていたのは、可愛い竜の子と甘い溺愛でした〜

四葉美名
恋愛
「危険です! 突然現れたそんな女など処刑して下さい!」 ある日突然、そんな怒号が飛び交う異世界に迷い込んでしまった橘莉子(たちばなりこ)。 竜王が統べるその世界では「迷い人」という、国に恩恵を与える異世界人がいたというが、莉子には全くそんな能力はなく平凡そのもの。 そのうえ莉子が現れたのは、竜王が初めて開いた「婚約者候補」を集めた夜会。しかも口に怪我をした治療として竜王にキスをされてしまい、一気に莉子は竜人女性の目の敵にされてしまう。 それでもひっそりと真面目に生きていこうと気を取り直すが、今度は竜王の子供を産む「運命の花嫁」に選ばれていた。 その「運命の花嫁」とはお腹に「竜王の子供の魂が宿る」というもので、なんと朝起きたらお腹から勝手に子供が話しかけてきた! 『ママ! 早く僕を産んでよ!』 「私に竜王様のお妃様は無理だよ!」 お腹に入ってしまった子供の魂は私をせっつくけど、「運命の花嫁」だとバレないように必死に隠さなきゃ命がない! それでも少しずつ「お腹にいる未来の息子」にほだされ、竜王とも心を通わせていくのだが、次々と嫌がらせや命の危険が襲ってきて――! これはちょっと不遇な育ちの平凡ヒロインが、知らなかった能力を開花させ竜王様に溺愛されるお話。 設定はゆるゆるです。他サイトでも重複投稿しています。

この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...