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煌めきの都

夫婦らしさ

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 昼前のお茶をマイャリスは独り部屋の露台でとり、そして訪れた昼食。リュディガーは、マイャリスを待つことなく食堂で昼食をとると、私室へ戻ってしまっていた。

 席の準備から食事が終わるまで控える仕事があり、残されていた執事の話では、かきこむような忙しなさというわけではないが、それでも早く食べ終えて、食後のお茶を飲むこと無く下がってしまうのだとか。

 それはこの屋敷を、婚姻に際し準備していたときからの習慣なのだそう。

 彼がこの屋敷に居られるのは、限られる。州城で勤めがあるのだから、しばらく暇をもらって以後は、長い間戻ることはできない。ほぼ留守といっても良いだろう。

 だから、居られる間にできることを__そういうことなのだろう、とマイャリスは理解していたから、別段腹を立てることもない。

 ただ思うのは、忙しいだろう彼に成り代わり、この屋敷__この封土の管理をいくらかでもできたなら、ということだった。

 __……まあ、でも、望んでいないに違いない。

 そんなことをすれば、今の彼は渋い顔をするだろう。

 協力して、ということは微塵も頭の中にはないとしか、彼の態度を見るに思ってしまう。

 だから静かに、目障りにならないよう過ごすのが自分の役目なのだろうと結論づける。

 寂しいだとか、ないがしろにされているとか、そうしたことは極力考えないですむように__。

 __かつての彼と比べないように……。

 やはりどうやっても過去の彼の幻影がつきまとうのだ。

 __それが今は一番辛い。

 何故、どうして、と答えにたどり着けもしない疑問ばかりが浮かぶのだ。

 州侯である父に傾倒し、心酔しているとはいえ、使用人に対して高圧的でもなく、ましてや横柄な態度をとるわけでもないから、そうしたあまりにも目に余ることが無い限りは、目をつむることにしよう__そう決めた。

 そして、リュディガーは午後のお茶の時間になっても部屋から出てこず、出てきても会話もそこそこに夕食までアンブラを連れて領地の視察へ出向いてしまった。

 それから数時間、屋敷の部屋を探検のようなことをしながら時間を潰し、言いつけどおりにフルゴルを連れて屋敷の外へ出、庭を見て回る。

 壁のような山の向こうへ日が沈み、一気に風が涼しいというよりも肌寒いと感じられる頃には、ちょうど夕食の身支度を整えるために私室に下がった。

 その準備をしている最中、部屋の窓から彼が帰宅したのを見た。

 食卓の準備がそろそろ、というところで部屋をで、談話室で独り待つ__本来ならここで夫婦の語らいでもあるのだろう。

 窓の外の、夜の帳を見ながら、州都以上に多く見られる星の数を数えるでもなく辿っていると、その窓に映る扉がノックもされずに空いた。

 ぼんやり、とそちらへ視線を移すと、リュディガーが入室してきたのが見え、マイャリスははっとして体を弾ませ、振り返った。

 現れたリュディガーは、部屋の窓から見えた装いと違い、夕食の為に身支度を整えていて、より侮れない雰囲気を纏っていた。

「……お、おかえりなさい」

 動揺する中で、マイャリスは辛うじてそうとだけ言えた。

 対して、リュディガーは、ああ、と返すに留まる。

 まさか彼と食事を一緒にとることになるとは__油断していたマイャリスは、一気に緊張してしまった。

 そして、食堂の準備が整ったのを告げるように、食堂へ続く扉が開かれる。

 するとすかさず動いたのはリュディガーで、彼はさも当たり前、と言わんばかりにマイャリスへ歩み寄ると、食堂へと促すように背中へ手を添え、腕を出す。

 断る理由もなく、マイャリスは戸惑いながらもその腕に自分の腕を絡めた。

 踏み入った食堂には、待機していた執事と従者ら2人。

 視線があった執事は、少しばかり口元に柔らかい笑みが見える。夫婦が揃って入ってきたことに安堵している風だった。

 装花で彩られた食卓につくと、リュディガーも離れて席へつく。

 順に運ばれてくる食事__そう言えば、と思い出す。

 州城に入ってから、自分は常に独りきりで食卓で食事をしていたのだ、と。こうして食卓を囲むことは、大学のとき以来__それも、常にではなかったが。

 そこそこに広い食堂に、2人というのは寂しいようにも思うが、独りで食べた朝食や昼食を思えば、そこまでではない。

 __そのうち、これが当たり前になっていくのだもの。

 そう。これからはこうした雰囲気になる。

 誰かを招くということは、ほぼ無いだろう__そんな州都から離れた地なのだ。

 リュディガーならいざしらず、自分には都に知った諸侯がいるわけでもないのだから、彼が不在のとき、誰かをもてなすということはほぼないだろう。

 __彼が不在のとき……。

 ふと、彼が不在であれば、食堂には独りきりになることを考えた。

 それは、かなりの長期間に及ぶ。

 会話はほぼないような夫婦だが、居るか居ないか、というのはかなり大きいように思える。

 実際、人の気配がするというのは大きいことだと、軟禁生活を送っていたマイャリスには身にしみてわかっていることだ。

 彼から積極的に話をすることもないし、マイャリスも彼が話題を振らなければしない、と決めていたから、始終食事は静かだった。

 ただひたすら、カトラリーの動く音と、給仕に動く使用人の革靴の音が小気味よく響くばかりだ。
それでも、同じ空間にいるということは、ささやかながらにこそばゆく明るい気持ちにはなる。

 __彼は、どうかは知らないけれど。

 たまに盗み見る彼は、さしてマイャリスのことを気にしてはいない様子なのだ。

「__そういえば、マイャリス」

 盗み見た直後、視線を手元の食事へ戻したところで、名を呼ばれマイャリスは微かに体がはずんでしまった。

「何でしょう?」

 視線を向けると、彼はまっすぐマイャリスへ視線を向けていた。

 その視線の鋭さに対して、表情は相変わらずない。

「侍女に、労いで暇を出す話はどうなった?」

「あぁ……それが、マーガレットが難色を示して」

「難色?」

 眉をひそめる彼に、マイャリスは困ったように笑う。

「不慣れな環境だから、すぐに独りになんてできない、と」

「……そういうことか」

 目を細めた彼は、徐に葡萄酒のグラスを取って口元に運び口に含む。

「侍女なりの思いやり、か」

 ぽつり、と呟くリュディガー。

 ただの独り言として受け止めるべきか、それとも反応すべきか悩んでいると、グラスを燻らせて中身を見つめていた彼は、今一度口に含んでからグラスを置く。

「貴女に不自由がないよう、采配するといい。暇を無理やり取らせるもよし、話し合って時期を決めるもよし」

「え、ええ。少し間をおいたら、とはなっているの」

「そうか。では、決まったら、教えてほしい。私が不在なら、フルゴルに。__ホルトハウスには家政婦長から話がいくだろうからな」

 どうだ、と視線で控えている執事に問えば、彼はゆったりと首肯を返した。

「はい、必ずそうします」

 マイャリスの頷きに、リュディガーは小さく頷いてカトラリーを手にとった。

 夕食は、まだ半ばだ。
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