【完結】訳あり追放令嬢と暇騎士の不本意な結婚

丸山 あい

文字の大きさ
173 / 247
煌めきの都

欠ケル夜 Ⅲ

しおりを挟む
「__死せる者どもよ」

 不敵に笑んだ口元が開く。

 州侯は改めて葡萄酒を取り上げると、その口元へと運んで一気に煽る。

「捧げよ」

 その言葉で、佇んでいた使用人だった者たちは動き出した。

 標的は、今宵夜会に招かれていた者たち。

 死人の動きたるや、生者と変わらない。

 広間の外へと逃れよと扉に殺到する人々だが、扉は固く閉ざされ、逃げ場を失う。

 マイャリスは呆然とその光景を見ていたのだが、リュディガーに腕を引かれるようにして、人々が殺到していた扉から遠ざかるように壁際へと追いやられる。

 その間も、州侯の号令を受け、手近にあった凶器になりうるものを手にして、襲いかかる光景をただ見つめていた。

 絹を裂くような悲鳴。

 大理石の床に落ちて割れる食器の音。

 阿鼻叫喚が満ちた空間。

 ここにあって冷静に動いていたのはリュディガーと、そのリュディガーの向こう__テーブルで葡萄酒を新たに注ぎ、愉悦に浸った笑みを浮かべる州侯。

 リュディガーは迫ってきた死人に対して、佩いていた得物を抜き、容赦なく切り伏せる。

 その迷いのない一閃は、彼らに対する弔いが込められているのだろうか__マイャリスは、リュディガーの背後に追いやられながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

 __……マーガレット。

 彼女も、もしこの場にいたら、こうして襲ってきていたのだろうか。

 __こんな……こんなことが、許されるはずがない。

 ぎりり、と州侯を睨みつけたところで、マイャリスは唐突に腕を引かれる。

 腕をひいたのは、リュディガーだった。

「州侯がお召しだ。こちらへ」

「えっ……待っ__」

 有無を言わさず、リュディガーは大きな手で腕を掴んだまま、扉へと向かう。固く閉ざされていたはずの扉は、彼が手をかけると簡単に開いた。

 隙間からするり、と出ると、背後で閉まった扉がけたたましく叩かれる。出してくれ、助けてくれ、と悲痛な叫びとともに。

 咄嗟に腕を掴んでいたリュディガーの手を振りほどき、扉に手をかけて開こうとするのだが、びくり、とも動かない。

「無駄だ、マイャリス」

 そう離れていないところから養父の声がかけられ、ぎゅ、っと心臓が縮こまるのがわかった。

 おずおずと見れば、扉をくぐって廊下へと出てくる州侯の姿。そして、その背後には近衛の者がひとり。近衛は、追いすがって出てこようとする参加者に対して、得物を振るい、命を断った。

 信じられない光景に、マイャリスは悲鳴をあげることすらできず、体を強張らせていた。

 養父は相変わらず不敵に笑んでいて、ついてこい、と促すように顎をしゃくって阿鼻叫喚の声が響く廊下を進み始めた。近衛がその背後に従い、リュディガーはマイャリスの腕を掴んで続く。

 __どうして、助けようとしないの……。

 腕を引く彼は、中央の手の者のはず。

 わかってはいる。

 まだそれを明かすわけにはいかないのだろう、とも察してはいる。

 ぎりぎりまで、州侯に知られずに行動したいのだろう。それが任務なのだろう。

 州侯の目的がわかっていないのだから、それを見極める必要がある。

 __たったひとりでは、負いきれない……。

 あの場の誰をも助けることは、どう考えても彼には難しいことだともわかっている。

 だが、やはりどうして助けようとしない、と思ってしまうのは、彼がかつての彼だと知っているから。__彼もまた、心苦しいに違いないだろうと思えばこそ。

 『氷の騎士』を演じている、腕を引くリュディガー。

 演じている、と断言できるのは、死者から守ってくれている最中、彼が時折向けてくる視線が『氷の騎士』と揶揄される彼が見せるとは思えない、いたわるような色が見えていたから。

「……どちらへ行こうというのですか、お父様」

 阿鼻叫喚が遠くから未だに聞こえる廊下を進みながら、マイャリスは強ばる口元をで先を行く養父に問う。

 しかし、養父は答えることも、振り返ることさえもしなかった。ただ、くつくつ、と笑う声が漏れ聞こえるだけ。

 そうしてひたすら進む廊下の先に、階段が見えてきたところで、養父は足を止めた。

「__もう茶番はよかろう」

 ぽつり、と溢れる言葉に、マイャリスは怪訝にした。

「茶番……?」

 養父は、わずかに体を返して振り返った。

 その視線の冷たさ。対して、口元は悦に浸って歪んでいる。

「マイャリスをこれへ。__スコル」

 スコル、とマイャリスが怪訝にする隙きがあらばこそ、腕を強く引かれてリュディガーの背後へと追いやられたのと同時に、鈍色の光がふたつ交差して、耳を貫くような鋭くも鈍い音を立てて、噛み合った。

 それは、リュディガーと近衛の得物の一閃だった。

 剣で押しやるようにしてから、リュディガーはマイャリスとともに距離をとる。

「お前には、失望したよ。ナハトリンデン。彼を新たに抱えていてよかった」

 彼、と視線を向けるのは、対峙する近衛だった。

 オーガスティンに代わって筆頭十人隊長に叙されている彼。

「なぁ、スコル」

 マンフレート・ヤンセン__それがその近衛の名前のはず。

 リュディガーは得物を構え直した。

 それをスコルと呼ばれる近衛は、喉の奥で笑いながら、自らも構え直す。

「私は先に行く。__連れてこい、スコル」

「ご随意に」

 州侯は返事を受け、踵を返した。

「ナハトリンデン殿におかれては、驚かれないご様子」

「州侯は勘がよろしい方だ。加えて何人にも猜疑心を持たれる方。股肱とする私に対しても」

 それはそれは、と笑う近衛。

「オーガスティン・ギーセンが浮かばれませんな」

「何のことだか」

「おやおや、お心当たり、ございませんか」

「知らんな。__そんなことより、マンフレート・ヤンセンではないのか、貴様は」

「便宜上の名前ですな。スコルというのが本性で」

「本性?」

 くつり、と怪訝にするリュディガーに笑う近衛。

「貴殿に、今更説明する必要などありません__よっ」

 最後の気合とともに地を蹴って距離を詰める近衛__スコル。リュディガーは、マイャリスを半ば放るようにして、その一閃を真正面から迎え撃つ。

 お互い流れるような動作で何合かかちあった。

「__走れ!」

 視線をスコルへ向けたまま、言い放ったのはリュディガー。

 この城の勝手は知らないが、ここにいては荷物でしかならない__咄嗟にそれだけは理解していた。

 マイャリスが靴を脱ぎ捨てつつ踵を返した刹那、リュディガーは大きく振りかぶったスコルの一閃を受ける動作から切り替えて、避け、壁を深く食ますと、マイャリスの手を取って駆け出した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

竜王の「運命の花嫁」に選ばれましたが、殺されたくないので必死に隠そうと思います! 〜平凡な私に待っていたのは、可愛い竜の子と甘い溺愛でした〜

四葉美名
恋愛
「危険です! 突然現れたそんな女など処刑して下さい!」 ある日突然、そんな怒号が飛び交う異世界に迷い込んでしまった橘莉子(たちばなりこ)。 竜王が統べるその世界では「迷い人」という、国に恩恵を与える異世界人がいたというが、莉子には全くそんな能力はなく平凡そのもの。 そのうえ莉子が現れたのは、竜王が初めて開いた「婚約者候補」を集めた夜会。しかも口に怪我をした治療として竜王にキスをされてしまい、一気に莉子は竜人女性の目の敵にされてしまう。 それでもひっそりと真面目に生きていこうと気を取り直すが、今度は竜王の子供を産む「運命の花嫁」に選ばれていた。 その「運命の花嫁」とはお腹に「竜王の子供の魂が宿る」というもので、なんと朝起きたらお腹から勝手に子供が話しかけてきた! 『ママ! 早く僕を産んでよ!』 「私に竜王様のお妃様は無理だよ!」 お腹に入ってしまった子供の魂は私をせっつくけど、「運命の花嫁」だとバレないように必死に隠さなきゃ命がない! それでも少しずつ「お腹にいる未来の息子」にほだされ、竜王とも心を通わせていくのだが、次々と嫌がらせや命の危険が襲ってきて――! これはちょっと不遇な育ちの平凡ヒロインが、知らなかった能力を開花させ竜王様に溺愛されるお話。 設定はゆるゆるです。他サイトでも重複投稿しています。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...