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煌めきの都

彼岸ノ球 Ⅳ

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 最期の瞬間を見るのが恐ろしくて、振り下ろす動作が始まった瞬間、マイャリスは目を思い切り瞑った。

 痛みが先に訪れるのか、それとも衝撃が先に訪れるのか__その疑問を否定するように、金属が喰む音が耳を突く。直後、鏡を抱えた腹のあたりを押されるように、背中から後方へと追いやられた心地に目を見開くと、黒い影のうねりが視界を覆っていた。

 後方へ追いやられる勢いがなくなり、足が地に接したところで、ふわり、と黒い影のうねりがおさまる。

 そうして見えたのは、スコル。だが、目の前にいたスコルはそこそこに離れたところにいるではないか。

 ほぼ一瞬でこれほどの距離を移動した原因は、おそらく先程の黒い影のうねりだろう__そう思っていれば、視界をわずかに遮る黒い影。

 __アンブラ。

 それは、黒を基調とした法衣のアンブラだった。

 黒い影のうねりは、その法衣の袖か彼の髪だったらしい。

「ナハトリンデンの飼い狗か」

 目を細めるロンフォール。

「大した呪い師だな。ここまでよくたどり着けた。__手負いのようだが」

 アンブラは、肩で息をしていた。

 姿勢も、いつものような凛とした佇まいではなく、腹部を抑えて痛みをやり過ごすかのようにやや身をかがめている。

 にわかに咳き込んだアンブラは、視線で彼らを牽制しつつ、マイャリスへと向き直ると、額__一角の下あたりに二指で触れた。

 そして、彼が弾指すると、身体を縛っていたような感覚から開放され、ぐらり、と姿勢を崩すマイャリス。つぶさにアンブラが二の腕を掴むようにして、支えてくれた。

「これで動けますか?」

「ぇ……」

 声が出たことに驚いて口元を抑える__嘘のように動けた。

「あ、ええ……大丈夫のようです。……あの、アンブラ。リュディガーが__」

「ナハトリンデンは辛うじて生きているそうだ。__スコル、そうだな?」

「え……」

 言う先を封じるロンフォールの言葉に、マイャリスは目を見開いて彼らを見た。

 是、と答えるスコル。

「__死なれて不可知になられる方が厄介ですので。縫い止めてあります」

「だそうだ。駆けつけなくてよいのか?」

 __生きている……。

 だが、あの貫かれた状態では、いずれ確実に死ぬ。

「アンブラ!」

 彼のもとへ走って、と願いを込めて名を呼ぶが、アンブラは視線で牽制したまま動かない。

「急いで行って! 彼、いま__」

「今はそれどころではない」

 彼の窮状を伝えようとするが、皆まで言わせずぴしゃり、と言葉を絶つアンブラ。

「どうか、その鏡は手放さないよう。これまでが無駄になる」

 __これまで……?

 その物言いが引っかかって、マイャリスは眉をひそめる。

 それどころではない、と窮地にある主を切って捨てた物言いも、引っかかっていた。

 彼は忠臣ではなかったのか。フルゴルは__。

 __そう。フルゴルだって、どこに居るの?

 てっきり、州都の邸宅で備えているとばかりおもい、彼らのもとへ合流しようとした。だが、実際はどうだったのだろう。

「__お前の目的、鏡か」

「……」

 ロンフォールの言葉に、しかしアンブラは答えない。

「スコル」

 言葉ではなく、行動で応じるスコルは地を蹴った。

「剣を振るう趣味は本来ないのだが」

 致し方ない、とアンブラは手にしていた直刀を握り直した。

 直後、まっすぐ人間離れした素早さで距離を詰めて振るわれたスコルの一閃を受け止め、流す。

 一閃を見舞ったスコルは、つぶさに飛んで下がり、着地と同時に地を蹴って飛び付くようにもう一閃。

 ぶつかっては離れ、ぶつかっては離れ__角度や距離を変えて変則的に、幾度もそれを繰り返す。

 手負いのアンブラは、よく受け止めていた。しかも、防戦に徹するだけでなく、二閃目からは反撃をしている。だが、口惜しい哉、どれもスコルには届かない。

 まず間違いなく見る限り、素人目にもわかるほど、アンブラがスコルの刃を受けるので手一杯なのだ。その状況下で、食らいつくように反撃を加えている状態。

 大きく一打、一際大きく金属を喰む音が響いて、アンブラがやや潰されるように片膝を突いた。

「呪い師にしては、心得ている」

 競り合いながら、スコルが愉快そうな声音で言った。

「日輪を追いたてる芸事しか知らない狼ではないのでな」

「__今、なんと言った」

 目庇まびさしの目元が驚きに見開かれたのを、マイャリスは見た。

 一瞬の隙として、アンブラは受け止めていた刃をすべらせるようにして、懐に崩れるようにして踏み込むと横に一閃薙ぎ払った。

 金属の擦れる音がしたと同時に、スコルはこれまで以上に距離を取った。

 スコルの甲冑の胸元には深く一閃が穿たれているが、肉にまでは届いていないようである。

 体勢を崩したアンブラに、マイャリスは駆け寄ろうとするも、手をかざされて制止され、思わず一歩踏み出すに留めてしまった。

 胸元の甲冑を見、スコルは改めてアンブラを見る。__その瞳の昏さに、マイャリスは息を呑んだ。

「図星か」

 アンブラの言葉に睨みつけるスコルだが、すぐにやれやれと首を振って肩をすくめた。

 そして、肯定も否定もしないまま、再び地を蹴って距離を詰める。その速さはこれまでの比ではない。

 アンブラが構えるも、ぐらり、と彼の体勢が再び崩れた。__限界なのだ。

 __駄目っ!

 マイャリスは思わず名を叫び、駆け寄る。

「ならん!」

 アンブラがマイャリスへ怒号のように声を上げるものの、今度はマイャリスは足を止めることはなかった。

 間合いを詰めたスコルの刃がアンブラを確実に捉え、振るわれる__が、マイャリスがひとつ瞬きをして目を開けたときには、彼の身体は黄金の草原から伸びた黒い棒のようなもので胸元を貫かれ、中空にあった。

「ああぁ!」

 呻くスコルと、彼の状況に思わず足を止めそうになるが、どうにかアンブラの元にたどり着いて、支えるように手を背中に添える。

 貫かれたまま藻掻くスコル。忌々しげに胸元を貫く黒い鋭利な棘__棒は先端に向かって針のように尖っていた__を、得物の柄頭で殴り、あるいは斬りつける。

 彼が大きく動く度、びたびた、と傷口から溢れる血が、黄金色の草を赤く染める。
 
 __あれで、まだ動いている……。

 確実に胸元を貫かれているというのに。

 棘が霧散すると、スコルは赤く染まった草地に落ちる。

「くっそ……がぁ……! 呪い師ィ!」

 アンブラがなさしめた業か__腹部の傷を押さえるアンブラは、脂汗を滲ませながらも、まっすぐスコルを見つめ続ける。

 ぬらり、と立ち上がるスコル。

 __まだ、立てるの……。

 肩で大きく息をし、風穴が開いているはずの胸元を押さえて立っていることに、マイャリスは驚愕した。

 スコルは吠え、地を蹴る。

 迷わず、まっすぐ駆け抜けてくる。その形相__殺気に、身体が強張ってしまう。

 アンブラはマイャリスを背後に押し込め、迎え撃つように直刀を構えた。
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