上 下
180 / 247
煌めきの都

彼岸ノ球 Ⅲ

しおりを挟む
 いかほど経ったのか。

 ここでは時間の感覚が麻痺してくる。

 流れているようでも、止まっているようでもある__そのどちらの感覚もするから判然としない。

 そんな中で、勝手に足が止まった。

 __ここ……。

 ここで道は途絶えている__ように視える。

 じわり、と額の一点が更に熱くなったと思っていれば、勝手に身体が動く。

 腕が勝手に伸びる。

 その先__突然、視界から手首から先が消えた。

 内心焦るが、痛みなどはない。消えた手首から先__手指の感覚は確実にあって、この現象はここでは当たり前、というのがわかった。

 見えない指先に何かが触れ、それを握る__刹那、ぱっ、と周囲の景色が明るく染まった。

 ほう、と感嘆の声を漏らすのはスコル。

 自分も感嘆の声を漏らしたいところだが、相変わらず口は利けず、視線しか動かせなかった。

 まず足元を染め上げたのは黄金色。足元に広がる、一面の黄金色に輝く草原の色だった。

「__それですか」

 それ__触れている白銀のもの。

 それは、白銀の樹。

 ごつごつとした見た目の無骨な樹皮は、滑らかでしっとりとした印象だが、無機質に感じられるのは無機質な色だから。

 視線をめぐらすと、周囲はその樹と同様の樹が林を作っていた。

 触れている一抱えほどの太さの幹を振り仰ぐ。

 高さはそれなりにあるが、それ以上に見事な枝ぶりはまるで傘のように広げていた。

 その怜悧な輝きの枝葉の向こうに見える頭上__空。

 そこを雲__それが真に雲なのかは不明だが__がたなびいているような空。

 銀色の樹の真上には、光る輪を持った真円が不気味に浮かび、そこを中心に周囲はぽっかりと昏い。塗り込められた黒には奥行きがあって、星々のような銀砂が煌めいているのが見えた。

 その黒い空は、地平へ向けて薄衣のように色を薄め、その先は燃えるような落日の色に染まっていた。

 そよぐ風に擦れ合う枝葉は、耳に心地いい洗練された鈴の音のようにも聞こえる。音はその音と、黄金色の下草の音ばかり。

 生き物の鳴き声はまるでなかった。

 __影身を。

 ここに至るまで幾度となく聞いた、ふっ、と湧く言葉。

 ぱっ、と眼の前の樹が光ったと思ったら、直後に弾け、光の粒は一点に収束した。そしてゆっくり、と黄金色の草の中へ落ちる。

 __鏡……。

 輝きが薄れれば、真円の鏡。そこには胸像ぐらいならば映し出せるほどの大きさ。

 それに手を伸ばす__が、そこでマイャリスは愕然とした。

 熱がずっとある額の一点。そこに一角が生えていたのだ。今の今まで気づけなかったのは、違和感があってもそこに触れることが叶わなかったから。おそらく身体が自由であったら、もっと早くに気づいていたことだろう。なにせ片手でしっかりつかめるほどの大きさの一角だ。

 __何、これ。

 驚愕する自分を置き去りに、手はその鏡を持ち上げる。

 胸に抱えるように持ち替えて、振り返る__とスコルの目元が不敵に歪んだ。

「迷わず看破したとは。上等上等」

 __持ち帰る。

 どこへ。

 __外へ。

 そして__。

 心の内に問答をしていれば、スコルが何かを取り出して、草地へとそれを思い切り叩きつけた。

 軽妙な音がした直後、音がしたあたりから黒い靄が吹き出して、数瞬の後にその靄が人影を吐き出すようにして消えていった。

「存外早いな」

 それは、養父だった。

 すいっ、と動く薄い青い瞳は、マイャリスが抱える鏡を見据えた。

「見つけたか」

「はい」

「ついさっき、潜ったばかりだったが、早いな」

「それが魔穴です。時間の流れが異なりますので」

「そうだな」

 後ろ手に手を組んで同意しながら周囲をぐるり、と見渡して、ロンフォールはマイャリスへと視線を戻す。

「……それがお前の本性か、マイャリス」

 角のことを言っているのだ、とわかった。

 __私は、知らない。

 だが、相変わらず口を利くこともままならない。首を振って否定さえもできなかった。

 戸惑っているということですら、彼らに伝わっているか甚だ疑問だ。

 何ら反応を示さないでいるからだろう。ロンフォールは片眉を吊り上げた。

「口も利けないようで」

 スコルの言葉に、くつり、とロンフォールは笑った。

「左様か」

「__さて、やりますか」

「ああ」

 スコルがおもむろに、抜身の得物を握り直した。

 その彼の目__この目が意味するところは、容易に察せられた。

 明らかに愉悦を孕んだ目で、一歩一歩、彼が歩み寄る。

 危険だ、と分かっているが、身体がどうにも動かない。

 できるのは、思考することと、視線を動かすことと、利けない口の中で奥歯を噛みしめることぐらいだった。

 __影身を手放してはならない。

 それはわかっている。

 __今日、この日でなければたどり着けなかった。

 ここに至って、この鏡を手にしてそれが理解できた。

 __でも、この鏡が何なのかわからない……。

 ここまで突き動かす理由がわからないままなのだ。誰も説明してくれない。

 __そう、誰も……そして、このまま殺される……。

 理由もわからないまま。

 スコルが確実に刃で捉える間合いで足を止め、その背後に見えるロンフォールへと視線を移した。

「呪うなら、お前の血を呪うことだ。__マイャリス」

 抑揚なく言い放たれた言葉に応じるように、スコルが得物を振り上げた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:44,438pt お気に入り:35,288

気が付いたらTSエルフ ――腹黒ショタが彼氏になりました――

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:11

【完結】天使がくれた259日の時間

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:2,385pt お気に入り:10

【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:413

【短編集】あなたの身代わりに

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,128pt お気に入り:579

あやかし警察おとり捜査課

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:66

ざまぁされちゃったヒロインの走馬灯

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,173pt お気に入り:59

ある国の王の後悔

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,969pt お気に入り:102

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,374pt お気に入り:6,132

処理中です...