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煌めきの都
彼岸ノ球 Ⅲ
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いかほど経ったのか。
ここでは時間の感覚が麻痺してくる。
流れているようでも、止まっているようでもある__そのどちらの感覚もするから判然としない。
そんな中で、勝手に足が止まった。
__ここ……。
ここで道は途絶えている__ように視える。
じわり、と額の一点が更に熱くなったと思っていれば、勝手に身体が動く。
腕が勝手に伸びる。
その先__突然、視界から手首から先が消えた。
内心焦るが、痛みなどはない。消えた手首から先__手指の感覚は確実にあって、この現象はここでは当たり前、というのがわかった。
見えない指先に何かが触れ、それを握る__刹那、ぱっ、と周囲の景色が明るく染まった。
ほう、と感嘆の声を漏らすのはスコル。
自分も感嘆の声を漏らしたいところだが、相変わらず口は利けず、視線しか動かせなかった。
まず足元を染め上げたのは黄金色。足元に広がる、一面の黄金色に輝く草原の色だった。
「__それですか」
それ__触れている白銀のもの。
それは、白銀の樹。
ごつごつとした見た目の無骨な樹皮は、滑らかでしっとりとした印象だが、無機質に感じられるのは無機質な色だから。
視線をめぐらすと、周囲はその樹と同様の樹が林を作っていた。
触れている一抱えほどの太さの幹を振り仰ぐ。
高さはそれなりにあるが、それ以上に見事な枝ぶりはまるで傘のように広げていた。
その怜悧な輝きの枝葉の向こうに見える頭上__空。
そこを雲__それが真に雲なのかは不明だが__がたなびいているような空。
銀色の樹の真上には、光る輪を持った真円が不気味に浮かび、そこを中心に周囲はぽっかりと昏い。塗り込められた黒には奥行きがあって、星々のような銀砂が煌めいているのが見えた。
その黒い空は、地平へ向けて薄衣のように色を薄め、その先は燃えるような落日の色に染まっていた。
そよぐ風に擦れ合う枝葉は、耳に心地いい洗練された鈴の音のようにも聞こえる。音はその音と、黄金色の下草の音ばかり。
生き物の鳴き声はまるでなかった。
__影身を。
ここに至るまで幾度となく聞いた、ふっ、と湧く言葉。
ぱっ、と眼の前の樹が光ったと思ったら、直後に弾け、光の粒は一点に収束した。そしてゆっくり、と黄金色の草の中へ落ちる。
__鏡……。
輝きが薄れれば、真円の鏡。そこには胸像ぐらいならば映し出せるほどの大きさ。
それに手を伸ばす__が、そこでマイャリスは愕然とした。
熱がずっとある額の一点。そこに一角が生えていたのだ。今の今まで気づけなかったのは、違和感があってもそこに触れることが叶わなかったから。おそらく身体が自由であったら、もっと早くに気づいていたことだろう。なにせ片手でしっかりつかめるほどの大きさの一角だ。
__何、これ。
驚愕する自分を置き去りに、手はその鏡を持ち上げる。
胸に抱えるように持ち替えて、振り返る__とスコルの目元が不敵に歪んだ。
「迷わず看破したとは。上等上等」
__持ち帰る。
どこへ。
__外へ。
そして__。
心の内に問答をしていれば、スコルが何かを取り出して、草地へとそれを思い切り叩きつけた。
軽妙な音がした直後、音がしたあたりから黒い靄が吹き出して、数瞬の後にその靄が人影を吐き出すようにして消えていった。
「存外早いな」
それは、養父だった。
すいっ、と動く薄い青い瞳は、マイャリスが抱える鏡を見据えた。
「見つけたか」
「はい」
「ついさっき、潜ったばかりだったが、早いな」
「それが魔穴です。時間の流れが異なりますので」
「そうだな」
後ろ手に手を組んで同意しながら周囲をぐるり、と見渡して、ロンフォールはマイャリスへと視線を戻す。
「……それがお前の本性か、マイャリス」
角のことを言っているのだ、とわかった。
__私は、知らない。
だが、相変わらず口を利くこともままならない。首を振って否定さえもできなかった。
戸惑っているということですら、彼らに伝わっているか甚だ疑問だ。
何ら反応を示さないでいるからだろう。ロンフォールは片眉を吊り上げた。
「口も利けないようで」
スコルの言葉に、くつり、とロンフォールは笑った。
「左様か」
「__さて、やりますか」
「ああ」
スコルがおもむろに、抜身の得物を握り直した。
その彼の目__この目が意味するところは、容易に察せられた。
明らかに愉悦を孕んだ目で、一歩一歩、彼が歩み寄る。
危険だ、と分かっているが、身体がどうにも動かない。
できるのは、思考することと、視線を動かすことと、利けない口の中で奥歯を噛みしめることぐらいだった。
__影身を手放してはならない。
それはわかっている。
__今日、この日でなければたどり着けなかった。
ここに至って、この鏡を手にしてそれが理解できた。
__でも、この鏡が何なのかわからない……。
ここまで突き動かす理由がわからないままなのだ。誰も説明してくれない。
__そう、誰も……そして、このまま殺される……。
理由もわからないまま。
スコルが確実に刃で捉える間合いで足を止め、その背後に見えるロンフォールへと視線を移した。
「呪うなら、お前の血を呪うことだ。__マイャリス」
抑揚なく言い放たれた言葉に応じるように、スコルが得物を振り上げた。
ここでは時間の感覚が麻痺してくる。
流れているようでも、止まっているようでもある__そのどちらの感覚もするから判然としない。
そんな中で、勝手に足が止まった。
__ここ……。
ここで道は途絶えている__ように視える。
じわり、と額の一点が更に熱くなったと思っていれば、勝手に身体が動く。
腕が勝手に伸びる。
その先__突然、視界から手首から先が消えた。
内心焦るが、痛みなどはない。消えた手首から先__手指の感覚は確実にあって、この現象はここでは当たり前、というのがわかった。
見えない指先に何かが触れ、それを握る__刹那、ぱっ、と周囲の景色が明るく染まった。
ほう、と感嘆の声を漏らすのはスコル。
自分も感嘆の声を漏らしたいところだが、相変わらず口は利けず、視線しか動かせなかった。
まず足元を染め上げたのは黄金色。足元に広がる、一面の黄金色に輝く草原の色だった。
「__それですか」
それ__触れている白銀のもの。
それは、白銀の樹。
ごつごつとした見た目の無骨な樹皮は、滑らかでしっとりとした印象だが、無機質に感じられるのは無機質な色だから。
視線をめぐらすと、周囲はその樹と同様の樹が林を作っていた。
触れている一抱えほどの太さの幹を振り仰ぐ。
高さはそれなりにあるが、それ以上に見事な枝ぶりはまるで傘のように広げていた。
その怜悧な輝きの枝葉の向こうに見える頭上__空。
そこを雲__それが真に雲なのかは不明だが__がたなびいているような空。
銀色の樹の真上には、光る輪を持った真円が不気味に浮かび、そこを中心に周囲はぽっかりと昏い。塗り込められた黒には奥行きがあって、星々のような銀砂が煌めいているのが見えた。
その黒い空は、地平へ向けて薄衣のように色を薄め、その先は燃えるような落日の色に染まっていた。
そよぐ風に擦れ合う枝葉は、耳に心地いい洗練された鈴の音のようにも聞こえる。音はその音と、黄金色の下草の音ばかり。
生き物の鳴き声はまるでなかった。
__影身を。
ここに至るまで幾度となく聞いた、ふっ、と湧く言葉。
ぱっ、と眼の前の樹が光ったと思ったら、直後に弾け、光の粒は一点に収束した。そしてゆっくり、と黄金色の草の中へ落ちる。
__鏡……。
輝きが薄れれば、真円の鏡。そこには胸像ぐらいならば映し出せるほどの大きさ。
それに手を伸ばす__が、そこでマイャリスは愕然とした。
熱がずっとある額の一点。そこに一角が生えていたのだ。今の今まで気づけなかったのは、違和感があってもそこに触れることが叶わなかったから。おそらく身体が自由であったら、もっと早くに気づいていたことだろう。なにせ片手でしっかりつかめるほどの大きさの一角だ。
__何、これ。
驚愕する自分を置き去りに、手はその鏡を持ち上げる。
胸に抱えるように持ち替えて、振り返る__とスコルの目元が不敵に歪んだ。
「迷わず看破したとは。上等上等」
__持ち帰る。
どこへ。
__外へ。
そして__。
心の内に問答をしていれば、スコルが何かを取り出して、草地へとそれを思い切り叩きつけた。
軽妙な音がした直後、音がしたあたりから黒い靄が吹き出して、数瞬の後にその靄が人影を吐き出すようにして消えていった。
「存外早いな」
それは、養父だった。
すいっ、と動く薄い青い瞳は、マイャリスが抱える鏡を見据えた。
「見つけたか」
「はい」
「ついさっき、潜ったばかりだったが、早いな」
「それが魔穴です。時間の流れが異なりますので」
「そうだな」
後ろ手に手を組んで同意しながら周囲をぐるり、と見渡して、ロンフォールはマイャリスへと視線を戻す。
「……それがお前の本性か、マイャリス」
角のことを言っているのだ、とわかった。
__私は、知らない。
だが、相変わらず口を利くこともままならない。首を振って否定さえもできなかった。
戸惑っているということですら、彼らに伝わっているか甚だ疑問だ。
何ら反応を示さないでいるからだろう。ロンフォールは片眉を吊り上げた。
「口も利けないようで」
スコルの言葉に、くつり、とロンフォールは笑った。
「左様か」
「__さて、やりますか」
「ああ」
スコルがおもむろに、抜身の得物を握り直した。
その彼の目__この目が意味するところは、容易に察せられた。
明らかに愉悦を孕んだ目で、一歩一歩、彼が歩み寄る。
危険だ、と分かっているが、身体がどうにも動かない。
できるのは、思考することと、視線を動かすことと、利けない口の中で奥歯を噛みしめることぐらいだった。
__影身を手放してはならない。
それはわかっている。
__今日、この日でなければたどり着けなかった。
ここに至って、この鏡を手にしてそれが理解できた。
__でも、この鏡が何なのかわからない……。
ここまで突き動かす理由がわからないままなのだ。誰も説明してくれない。
__そう、誰も……そして、このまま殺される……。
理由もわからないまま。
スコルが確実に刃で捉える間合いで足を止め、その背後に見えるロンフォールへと視線を移した。
「呪うなら、お前の血を呪うことだ。__マイャリス」
抑揚なく言い放たれた言葉に応じるように、スコルが得物を振り上げた。
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