【完結】訳あり追放令嬢と暇騎士の不本意な結婚

丸山 あい

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煌めきの都

彼岸ノ球 Ⅱ

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 __見た目は、穴ではない。

 不可知の領分の入り口。魔穴と呼ばれるものに踏み入ることがある友人に、魔穴のことを尋ねた。

 彼曰く、魔穴は、距離を無視できる側面がある。向こう側を近づける通り道。

 不可知の領分というものは、この世に対して近くありながらも、普段はとても遠い位置だ。普段は認知できない故に。

 __基本的に、瘴気が渦巻いている景色だが、ところどころ別の景色が見えていたりして、気がつけば、瞬間的に別の景色になっていたりすることがある。それは距離を一瞬にして縮めているのだと思う。飛び越えている、と言ってもいいかも知れない。

 飛び越える、と怪訝にすれば、彼は苦笑した。

 __地上において例えるなら……たぶんだが、こう。

 手のひらほどの葉を手にとった彼は、葉柄ようへいから葉の先端をなぞってなでた。

 __ここまではとても遠い距離だと思ってくれ。たどり着くにはとても時間がかかる。それを短くつなげる作用があると思ってもらっていい。

 彼は、おもむろにやんわりと折り目をつけないよう曲げた。

 __この枝が、通過しようとする私だとして、現場ではこんな感じに移動しているんだと思う。

 重なったところを細枝で貫き、引き抜いて葉を開く。葉には当然、ふたつの穴が空いていた。

 __これは極端な例だが……こういう表現でしかうまく説明できない。

 そして、親指、人差し指、中指で、それぞれの付け根が箱の角のそれのように垂直に交わる方向へまっすぐ伸ばしてみせた。

 __我々の次元は、平面……縦横、そして高さから成り立っている。その我々の次元だと、これはどちらも穴に見える。そうとしか捉えられないからな。

 それが、この世。我々が、通常認知できる範囲。

 __魔穴は、その次元以外があるんだ。

 言って、穴を開けた葉を示す。

 __三次元のものを図に表すということは、ひとつ次元を落として平面の二次元に置き換えることになる。つまりは、このように穴だ。

 手にしていた葉を、やんわりと折り目がつかないように曲げ、穴と穴が重なるように示す。

 __じゃあ、この穴を三次元に置き換えると?

 問いかけにしばし考え、ふと思いつく__が自信がなくて、それでも口を開いた。__球、と。

 すると、彼は一瞬目を見開いて驚きながらも、すぐに口元で弧を描く。

 __そう。魔穴とは、球体の穴だ。

 怖いぐらいに暗く、それでいて厳かな星々の煌めきのような夜空を孕んで、瘴気の霧を放っている__それが魔穴というものだ、と。

 龍は、魔穴においてもっとも有効な移動手段。

 迷わずに中を進め、素早く移動できるのは、龍の目と翼があるから。入っては行けない領域を見極め、深く入りすぎることがないよう、彼らは進む。

 そして、彼らは牙も爪もある__魔物への対処にも一役買ってくれる。
 
 __そこに、私は踏み入っている。

 ただひたすら、歩いている。

 ひたひた、と歩く足。

 上下もない景色だが、裸足は確実に何かに接地している感覚があるのが不思議だった。

 饐えた臭いは薄れている。しかしながら、異質さが際立っていた。

 進むにつれ、身体が重く感じたり、軽く感じたり、あるいは熱く感じたり、冷たく感じたりと目まぐるしい変化が襲う。

 暗い空間が続くものの、周囲は不思議と見て取れる。光源があるとすれば、それは周囲をめぐる瘴気に包まれている煌めきの何か。

 起伏といった地形があるのかはわからないが、道だろう、と認識できるものがまっすぐ伸びている__ように見える。

 かろうじて、黒の中に色の変化が見て取れるのは、この明るさのおかげだろうか。

 __こっちで合っている。

 確信があった。

 __影身が、ある。

 影身__鏡。

 あれが、ある。

 ただただ、それを求めて足が止まることはない。

 怖さはあるが、それでも引き返すことができなかった。

 進まねばならない__そう駆り立てるものが内にあるのだ。

 魔物はもちろんいるのだが、それはすべてスコルが平らげていっていた。護衛のような役割をしているらしい。

 魔物が単体であっても群れであっても難なく屠っていくし、時折彼を見ただけで後ずさりして去っていくものもあった。

 彼は、ヒトではない。間違いなく。

 では何なのか、と問いたいが問えない。

 彼とは会話はない__することができない。

「流石、迷いがない」

 彼が話しかけてきた。しかし、一瞥をくれるだけ。

 ここに至るまでこうして彼が話かけてきたことが幾度かあるが、今のように視線を送ることはできたものの、歩みは止まらなかった。そして、口も開くことがきず、一瞥をくれるだけといった態度にならざるを得ないでいた。

 スコルは察したのだろう、さも面白いと喉の奥でくつくつ笑って、護衛としての役目を果たしていく。

 __影身を。

 それは相変わらず絶え間なく、ふとした瞬間によぎる声。

 この声が聞こえる度、額のじんわり、と熱い一点がさらに熱を持つのだ。

 刹那、目の前に躍り出てきた魔物があったが、つぶさに切り伏せられてしまった。スコルである。

「どんどん、気兼ねなくお進みを。こちらも存分に役目を果たしますから」 

 血に濡れた太刀をひとつ払ってから、刃に残った血糊を曲げた腕で挟むようにして拭い、くつくつ、とスコルが笑う。

 彼のことは好きになることはなかろうが、守ってくれることは事実。これには感謝を述べたい__が、やはり一瞥をくれるのみであった。
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