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煌めきの都
彼岸ノ球 Ⅵ
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黒い靄に包まれた、スコルの身体。
それにつぶさに動いたリュディガー。
彼は踏み込んで、迷わず一閃__剄った。
宙を飛ぶ首__言葉を失うマイャリスの視界を、一瞬遅れてアンブラが覆い隠す。しかしながら、鮮明に脳裏に焼き付いた宙を飛ぶ首。その表情。靄から飛び出す形だったから、はっきりと見えた。
口元を不敵に歪め、嘲笑うそれ。
眼はしっかりと、リュディガーを捉えていたように思う。
草地に何かが落ちる鈍い音に、身体がびくり、と弾んでしまった。直後、その身体を抱えるようにして、アンブラが下がる。
視界を覆っていたアンブラの手が外れて見えたのは、スコルの身体から靄が爆ぜて、至近距離にいたリュディガーに襲いかかるように動いた影。
金属がぶつかり合うような音が響き、リュディガーの身体が後方へ弾き飛ばされる。
靄__黒い影が、ぼんやりとしながらも輪郭をもった。
四肢をもつ、影。さながら黒い陽炎のようにも見えるそれは、雄牛よりも大きく、見上げるほど。
顔には金色の狼の面。金色の狼の頭蓋、眼窩には血のような相貌、鋭い牙の顎__頤。頤がわずかに開いて、ぬらり、と紅い舌が牙を舐めた__面だと思ったが、どうやらそれが頭部らしい。
表情を司る肉は頭部に一切ないものの、不敵に笑んでいるように見える。
震えるほどの寒気に、息を飲むマイャリス。
「まったく、人間の身は動きづらい。加えて脆弱で……」
獣が身震いして、ぐるぐる、と幾重にも濁って聞こえる声で言った。
__やはりスコルはヒトではなかった……。
「お前の父親には同情するよ、リュディガー。__まさか実の子に躊躇なく剄られるとは思いもしなかっただろう」
眼窩にある血のような目が細められた。それは明らかに嘲笑っている。
「……」
無言のまま地を蹴って四つ足の獣に挑むリュディガー。
四肢の先にある蹴爪が、迫るリュディガーに容赦なく振るわれた。それをリュディガーがひらり、と躱してもう一閃迫るも、四つ足の獣は唸りながら顎を開いて応じる。
リュディガーの一閃は空を切り、獣の口も空を噛んだ。間合いを取ろうと後方へ下がるリュディガーに、追い打ちをかけんと獣は迫った。
迫る牙を絶とうと得物を振るう。確実に刃が捉えた音がしたが、リュディガーの身体が大きく飛ばされた。
草地で受け身を取るも、勢いを殺しきれずにいくらか転がって起き上がるリュディガーに、くつくつ、と獣は嗤った。
そこで初めてリュディガーの顔が、マイャリスにはっきり捉えられ__思わず息を呑む。
__何……。
彼の顔。
額から頬にかけて黒い模様__痣があるではないか。それは幾何学的にもみえるが、植物の蔦のようにもみえる、ともすれば厳かな見た目の痣で、左右対称。
魔穴の外で、彼の顔にそんな痣はなかった。見落とすはずなどない、はっきりとした痣。
スコルが言っていた、“ウケイシャ”というのに関わりがあるのだろうか__そんなことを思いながら、自分の熱の籠もる額に触れる。やはりそこには、あいも変わらず一角が生えていた。
__私こそ、何……。
自分こそヒトではないのか__その思考を断ち切ったのは、視界の端にあった四つ足の獣の咆哮。
巨体からは想像できないほど、四つ足の獣は俊敏で、瞬く間に距離を縮めては離れ、と繰り返す。
対して、柔軟な身体の身のこなしで不規則に繰り出される攻撃を受けるリュディガーは、辛うじて、といった具合に見えた。
__寧ろ、押されている。
攻勢に転じようと試みてはいるようだが、刃が打つ度、後方へと下がる。ほぼほぼ防戦になりつつあった。
そして、四つ足の獣の靄がちぎれて、いくつかの一抱えほどの大きさの球を形作る。
「あの呪い師の手助けもなく、お前だけでどこまでやれるかな。__我が息子よ」
「……」
嘲笑を黙殺するリュディガー。
その球が、リュディガーめがけて飛んでいった。躱されても追尾する球。
それをひとつひとつ斬って捨てながら、再び襲いかかる獣にも応じるリュディガー。
リュディガーは剣客に入るだろうが、やはり人間。正体が異形であるスコルに、只人である彼が勝てるのだろうか。
奥歯を噛み締め、離れたところから静かにこちらを見るロンフォールを見た。
ただただ鋭く冷たい印象の薄い青い瞳を向ける男。
異形を従えていた男。
いつから異形を手懐けていたのか。
そもそもそんな術があるのか。
__呪い師、だった……?
「マイャリス殿、鏡はどうされた……」
すぐそばにいる呪い師__脂汗を滲ませて問いかけるアンブラに、はた、と気付かされた。
いつ、自分は手放していた。
__そうだわ、アンブラに駆け寄ったとき……。
あれほど強く、手放してはならない、と思っていたというのに。
慌てて振り返って見るが、膝下ほどの丈の密集した草地でそれらしいものは見られない。
何故だが、ひやり、としたものが全身を走った。
「……ここにない」
この空間、この景色から、鏡の存在を確信できない。
「なんと……確かですか」
アンブラの言葉にマイャリスは不思議と、そうなのだ、と納得できてしまって、戸惑いながらも、小さく頷く。
どういう訳でか、ある、ない、といった事がはっきりと分かるのだ。
「別の場所へ堕ちたか……。場所は、お分かりに?」
ぼんやりとだが、あちら、という方角はわかった。
こくり、と小さく頷いて返す。
アンブラは、大きくひとつ息を整えるように呼吸をすると、直刀を取り直して杖のように地面に突き立てて立ち上がろうとするので、マイャリスはその補助をする__その時、一際大きな音がリュディガーの方から木霊した。
弾かれるように見れば、リュディガーの身体が大きく弾き飛ばされたところだった。草地に落下したリュディガーが、呻きながらも身体を起こそうとする隙きがあらばこそ、四つ足の獣が彼に迫った。
身構えるリュディガーの、その得物。中程で折れてしまっている。
先程の音は、刃が受け止めた衝撃音と、得物自身が砕ける音だったのだろう。
瞬く間に距離を詰め、牙を剥く四つ足の獣。
その毒牙に倒れる姿が容易に想像できて、身体が強張って動けなくなった__はずだったが、支えていたアンブラの身体がぐらり、と地に崩れたことで、反射的にそれを助け起こそうと動いた。
そのたった一瞬、鈍い音とともにリュディガーの身体が大きく宙を飛ぶ。そして、銀の樹木のひとつへ激突し、草地へと落ちる。
かなりの衝撃だっただろうに、ふらふら、としながらもどうにか身体を起こすリュディガー。草地に片膝をついてみたものの、そこから身体を持ち上げられない様子だった。
「……躱しきれなかったか」
ぼそり、とつぶやくアンブラは、脂汗の滲む顔をしかめた。
そんな、とマイャリスは動かないリュディガーを見る。
肩で荒く息をするリュディガーは、再び迫りくる獣をまっすぐ見据え、刃の折れた得物を、膝をついたまま構えた。
今度こそ__そう思ったマイャリスは、思わず顔を伏せて眼を思い切り瞑った。
それにつぶさに動いたリュディガー。
彼は踏み込んで、迷わず一閃__剄った。
宙を飛ぶ首__言葉を失うマイャリスの視界を、一瞬遅れてアンブラが覆い隠す。しかしながら、鮮明に脳裏に焼き付いた宙を飛ぶ首。その表情。靄から飛び出す形だったから、はっきりと見えた。
口元を不敵に歪め、嘲笑うそれ。
眼はしっかりと、リュディガーを捉えていたように思う。
草地に何かが落ちる鈍い音に、身体がびくり、と弾んでしまった。直後、その身体を抱えるようにして、アンブラが下がる。
視界を覆っていたアンブラの手が外れて見えたのは、スコルの身体から靄が爆ぜて、至近距離にいたリュディガーに襲いかかるように動いた影。
金属がぶつかり合うような音が響き、リュディガーの身体が後方へ弾き飛ばされる。
靄__黒い影が、ぼんやりとしながらも輪郭をもった。
四肢をもつ、影。さながら黒い陽炎のようにも見えるそれは、雄牛よりも大きく、見上げるほど。
顔には金色の狼の面。金色の狼の頭蓋、眼窩には血のような相貌、鋭い牙の顎__頤。頤がわずかに開いて、ぬらり、と紅い舌が牙を舐めた__面だと思ったが、どうやらそれが頭部らしい。
表情を司る肉は頭部に一切ないものの、不敵に笑んでいるように見える。
震えるほどの寒気に、息を飲むマイャリス。
「まったく、人間の身は動きづらい。加えて脆弱で……」
獣が身震いして、ぐるぐる、と幾重にも濁って聞こえる声で言った。
__やはりスコルはヒトではなかった……。
「お前の父親には同情するよ、リュディガー。__まさか実の子に躊躇なく剄られるとは思いもしなかっただろう」
眼窩にある血のような目が細められた。それは明らかに嘲笑っている。
「……」
無言のまま地を蹴って四つ足の獣に挑むリュディガー。
四肢の先にある蹴爪が、迫るリュディガーに容赦なく振るわれた。それをリュディガーがひらり、と躱してもう一閃迫るも、四つ足の獣は唸りながら顎を開いて応じる。
リュディガーの一閃は空を切り、獣の口も空を噛んだ。間合いを取ろうと後方へ下がるリュディガーに、追い打ちをかけんと獣は迫った。
迫る牙を絶とうと得物を振るう。確実に刃が捉えた音がしたが、リュディガーの身体が大きく飛ばされた。
草地で受け身を取るも、勢いを殺しきれずにいくらか転がって起き上がるリュディガーに、くつくつ、と獣は嗤った。
そこで初めてリュディガーの顔が、マイャリスにはっきり捉えられ__思わず息を呑む。
__何……。
彼の顔。
額から頬にかけて黒い模様__痣があるではないか。それは幾何学的にもみえるが、植物の蔦のようにもみえる、ともすれば厳かな見た目の痣で、左右対称。
魔穴の外で、彼の顔にそんな痣はなかった。見落とすはずなどない、はっきりとした痣。
スコルが言っていた、“ウケイシャ”というのに関わりがあるのだろうか__そんなことを思いながら、自分の熱の籠もる額に触れる。やはりそこには、あいも変わらず一角が生えていた。
__私こそ、何……。
自分こそヒトではないのか__その思考を断ち切ったのは、視界の端にあった四つ足の獣の咆哮。
巨体からは想像できないほど、四つ足の獣は俊敏で、瞬く間に距離を縮めては離れ、と繰り返す。
対して、柔軟な身体の身のこなしで不規則に繰り出される攻撃を受けるリュディガーは、辛うじて、といった具合に見えた。
__寧ろ、押されている。
攻勢に転じようと試みてはいるようだが、刃が打つ度、後方へと下がる。ほぼほぼ防戦になりつつあった。
そして、四つ足の獣の靄がちぎれて、いくつかの一抱えほどの大きさの球を形作る。
「あの呪い師の手助けもなく、お前だけでどこまでやれるかな。__我が息子よ」
「……」
嘲笑を黙殺するリュディガー。
その球が、リュディガーめがけて飛んでいった。躱されても追尾する球。
それをひとつひとつ斬って捨てながら、再び襲いかかる獣にも応じるリュディガー。
リュディガーは剣客に入るだろうが、やはり人間。正体が異形であるスコルに、只人である彼が勝てるのだろうか。
奥歯を噛み締め、離れたところから静かにこちらを見るロンフォールを見た。
ただただ鋭く冷たい印象の薄い青い瞳を向ける男。
異形を従えていた男。
いつから異形を手懐けていたのか。
そもそもそんな術があるのか。
__呪い師、だった……?
「マイャリス殿、鏡はどうされた……」
すぐそばにいる呪い師__脂汗を滲ませて問いかけるアンブラに、はた、と気付かされた。
いつ、自分は手放していた。
__そうだわ、アンブラに駆け寄ったとき……。
あれほど強く、手放してはならない、と思っていたというのに。
慌てて振り返って見るが、膝下ほどの丈の密集した草地でそれらしいものは見られない。
何故だが、ひやり、としたものが全身を走った。
「……ここにない」
この空間、この景色から、鏡の存在を確信できない。
「なんと……確かですか」
アンブラの言葉にマイャリスは不思議と、そうなのだ、と納得できてしまって、戸惑いながらも、小さく頷く。
どういう訳でか、ある、ない、といった事がはっきりと分かるのだ。
「別の場所へ堕ちたか……。場所は、お分かりに?」
ぼんやりとだが、あちら、という方角はわかった。
こくり、と小さく頷いて返す。
アンブラは、大きくひとつ息を整えるように呼吸をすると、直刀を取り直して杖のように地面に突き立てて立ち上がろうとするので、マイャリスはその補助をする__その時、一際大きな音がリュディガーの方から木霊した。
弾かれるように見れば、リュディガーの身体が大きく弾き飛ばされたところだった。草地に落下したリュディガーが、呻きながらも身体を起こそうとする隙きがあらばこそ、四つ足の獣が彼に迫った。
身構えるリュディガーの、その得物。中程で折れてしまっている。
先程の音は、刃が受け止めた衝撃音と、得物自身が砕ける音だったのだろう。
瞬く間に距離を詰め、牙を剥く四つ足の獣。
その毒牙に倒れる姿が容易に想像できて、身体が強張って動けなくなった__はずだったが、支えていたアンブラの身体がぐらり、と地に崩れたことで、反射的にそれを助け起こそうと動いた。
そのたった一瞬、鈍い音とともにリュディガーの身体が大きく宙を飛ぶ。そして、銀の樹木のひとつへ激突し、草地へと落ちる。
かなりの衝撃だっただろうに、ふらふら、としながらもどうにか身体を起こすリュディガー。草地に片膝をついてみたものの、そこから身体を持ち上げられない様子だった。
「……躱しきれなかったか」
ぼそり、とつぶやくアンブラは、脂汗の滲む顔をしかめた。
そんな、とマイャリスは動かないリュディガーを見る。
肩で荒く息をするリュディガーは、再び迫りくる獣をまっすぐ見据え、刃の折れた得物を、膝をついたまま構えた。
今度こそ__そう思ったマイャリスは、思わず顔を伏せて眼を思い切り瞑った。
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