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煌めきの都

顕現スルもの Ⅱ

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 足早に歩み寄った彼女は、マイャリスの弓を持ったままの手をそれぞれ持って、全身を吟味するように視線を走らせる。

 じんわり、と温かい彼女の手。白魚のような優美な手。この異常な中にあって、平時と変わらない穏やかさが瞬時に全身を包み込む。

「__ご無事で、よろしゅうございました。我々の持てる智慧が、護符の役目を果たしたようで」

「え」

「そのお召し物と装飾品のことでございます」

 すべてこの夜会__この月蝕に備えてのことだったということか。

「やはり、そうだったのですね。__ありがとうございます」

 これらを用意した、と聞いたとき、そうした特殊なものなのだろう、と予想はしていたが、魔穴にまで踏み入った身からすれば、とても感謝してもしきれない。

 瘴気よけの口布をせずとも、無事に戻ってこられたのだから。

「あら……履物はお召でない?」

「あ、ええ……」

 スカートの裾は、せっかく彼女が用意してくれたというのに、擦り切れ、汚れてしまっていて、彼女は目ざとく素足であることを、裾からわずかに見たのだろう。

「ま、まぁ」

 仕方なかったとは申せ、素足であることは端(はした)ない。加えて、不本意ながらも汚してしまった衣服のこともあり、罰の悪さに足を引いて、裾で隠そうとする。

「アンブラは本当に気が利きませんからね」

 やれやれ、とため息を零してアンブラをめつけたフルゴルは、法衣の裾に手を入れて細い蔓の束を取り出し、マイャリスの足元に屈んだ。そして二つに束をわけ、ぶつぶつ、と口の中で言葉を紡ぎ始める。ふぅ、と掌に乗せたそれに息を吹きかけ、マイャリスを見上げた。

「お御足、失礼いたします」

 マイャリスがきょとん、としていれば、フルゴルは束のひとつを膝に移し、残った束を持った手で、マイャリスのくるぶし辺りに触れ、もう一方の手を添えて包み込む。途端に、するする、と蔓が滑って動き、くすぐったい感覚に足を上げると、見計らったように足の指先にまでその感覚がして、そうしてすぐに収まった。

 フルゴルが手を離す__と、足には何かが包み込んでいる感覚が残る。見れば、足には草履に似た靴。底はきつく編み込まれた蔓でできているようで、それが甲と踵を抑えるように、足首あたりまでを蔓が編み込んだような形である。

 驚いていると、フルゴルはもう一方の足にも同様のことを施した。

「簡易ではありますが、万が一走っても、お御足を傷つけないものですので」

「あ、ありがとうございます」

 いいえ、と微笑むフルゴルは、すっく、と立ち上がりアンブラを見る。

「アンブラは、手酷くやられたようですので、配慮が欠けた__そういうことにしておきましょうか」

「リュディガーのを全て引き受けたからだ。それだって、幾分ましにはなった」

「リュディガーは、そんなに酷い手負いを?」

 ああ、と応じるアンブラ。

 彼らのやり取りに、マイャリスはこの時初めて違和感を覚えた。

 ついさっき__夜会以前は、リュディガーのことを敬った口調だった。態度もまさしく。

 だが今の彼らの言葉使いなど、会話から滲み出るリュディガーへの態度は、彼らが同等か格上の立場のように思える。

 __契約者、だから……?

 特殊な関係ということしか想像できない契約というもの。

 しかも、彼らの場合は龍帝という存在も介しているらしいから、より特殊なのかもしれない。

「あの、フルゴル、さん……」

「はい?」

「フルゴルさんは……さんも、本性は……狐なのですよね?」

 フルゴルは、アンブラを見る。アンブラは無言で大きく瞬きをするとともに首を縦に振り、それを見て、あぁ、と眉根を下げた。

「__左様でございます。諸々、お聞き遊ばされたのです?」

「はい……」

「あの痴れ者のの目と耳があり、今日まで謀っていたこと、どうかご容赦を」

「謀っていただなんて……」

「事実でございますから」

 自嘲のような笑みを浮かべるフルゴル。

「いえ__」

「__そんなことより、そちらの首尾は」

 マイャリスは言葉をかけようと口を開くが、一足早く憮然としたアンブラが発し、制された。
くすり、とフルゴルは笑う。

「下は見ての通り瘴気が濃いです。州兵らと神殿騎士、神官騎士で健闘はしているものの、魔物が多く……楽観視はできませんね。この都だからこそ、この程度で済んでいると言えますから」

 改めて都を見れば、ところどころで光が爆ぜたりしている。

 瘴気に遮られた向こうでの出来事であるが、フルゴルの言った通り、それは神官騎士や神殿騎士、そして司祭という神官らが魔術の類を使っておきているのかもしれない。

「ですが、転移装置が無事に動きましたから、杞憂に終わるでしょう」

「転移装置? 動いていなかったのですか?」

 転移装置は、各州の首都に置かれている古代の叡智。

 不可知の流れに乗って、瞬時に別の州の転移装置へ任意に移動することできる術式が組み込まれている。

 転移装置が止まるという事態、想像できないことだった。

「州侯が止めてしまったのです」

「なんてこと……」

 転移装置が通常通り動いていれば、州都の者は、それを使って瞬間的に別の都市へと退避できたはずだ。

 そして、その逆も。頼れる他の州から、応援を瞬時に移動させられたはず。これについては、一度に多量はできかねるが、それでも有用な手であることに違いない。

 __それを止めていた。ぬかりがない。

 逃げられもせず、駆けつけられもせず。

 __無差別にもほどがある。

 マイャリスは、ぎり、と奥歯を噛み締めた。

「__先程の鏑矢が、それを打破しました」

「かぶら……?」

 何のことだろう。

 マイャリスの困惑した反応を見て、フルゴルはくすくす、と笑って弓を示す。

「マイャリス様が、先程放ったのでしょう?」

 微笑むフルゴルに頷きながらも、申し訳なくて小さく答える。

「……月に届いていませんが」

「……はい?」

 数瞬の間、フルゴルが止まり、目をぱちくりさせて彼女らしからぬ間の抜けた声を上げた。

「月を射掛けろ、と……そう、言われて……」

 恐る恐るアンブラへ視線を向けながら言う。彼は、肩をすくめて見せるだけだ。対して、呆れたため息を漏らすフルゴル。

「それは……アンブラが悪いですね。__射掛けるほど高く、とそう申し上げたかったのでしょう」

「高く……」

「はい。高く射掛ければ射掛けるほど、よく響くのです。あの鏑矢は。そういう作りになっておりまして」

「は、はぁ……」

「とても、よい音色でした」

「音、色……?」

 鏑矢は、射放つと音響を放つものだ。それは知っている。

 的を射掛ける目的でない鏑矢。空へ向けて放ち、戰場では合図として使われるもの。

 確かに放った時に音はしたが、微か。しかもそれは、弦を弾いた音だった__はず。

 __それしか、聞いていない……。

 空を切る音だって、かつて弓射の時とさして代わり映えはしないものだった。

「あれは、文字通り満を持して放つ必要があったものなのですよ」

 本気で言っているのか、冗談で言っているのか判然としない口調と内容に、怪訝にしてしまう。

 くすくす、と上品に笑うフルゴルは、マイャリスの手を引いて、眼下を指さした。

 州都でもっとも広い広場。

 その中央には、東西南北四本の柱で支えられた真鍮の円環に吊るされる岩。それは基部で、岩から放射状に黒のような、それでいて鋼色の金属が枝を伸ばす。夜であっても、蝶の羽根や玉虫の色と同じ所謂構造色を示すそれこそが、転移装置の要である。

 マイャリスが見た先、転移装置の近くで、俄に光が現れた。凝縮したそこから、何かが飛び出したのが見えたが、遠くて形はわからなかった。

 それはいくつも、ほぼ同時に__。
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