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煌めきの都

顕現スルもの Ⅷ

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 背中から白刃を生やしたリュディガーを、呆然とマイャリスは見つめていた。

 微動だにしない__否、力なく項垂れるも、貫く刃によって立たされている状態のリュディガー。

 __即死……。

 嫌な言葉。

 認めたくない現実。

 この夜、燭台に貫かれていた彼はその窮地を脱して、刃を振るっていたというのに__。

 今度は、今度ばかりは、回避できなかった。

 __何で……。

 膝から崩れ落ちる。

 __何で、こんな……。

 つぅっ、と頬を涙が流れ落ちていくのだが、それを拭う気力すらない。

 木霊する、悲痛な叫び__咆哮。

 それは、翼の異形のもの。

 瘴気を祓い終え、振り返った翼の異形が、リュディガーの有様を見て咆哮をあげたのだ。それはどこか、悲しさに溢れた響き。

 対して、勝ち誇った笑い声を上げるロンフォール。
 
 __許せない……。

 ぎっ、と奥歯を噛み締めてロンフォールを睨んだ。

 このままでいられるか、という想いが一気に爆ぜたのだ。

 つぶさに掴んできたフルゴルの手を、振り返ることもなく払いのけ、気づいたときには駆け出していた。

 自分はこの後、ロンフォールによって死ぬのだろうが、ただで大人しく死んでやるものか。

 __思惑通りにさせない!

 何もかもを無駄にできない。

「お待ちを!」

「早まるな!」

 向かうのは、庭園の端__のはずだった。

 数歩進んだところで、唐突にロンフォールの高笑いが途絶えて、思わず失速し、足を止めた。

 不自然に途切れたのだ。うめき声とともに。

 怪訝に振り返る。

 フルゴルの放つ輝きと、放り投げた石からの光りに映し出される、ロンフォールの苦悶の表情。

 胸から伸びる、真っ直ぐな棒__白刃。

 背後に黒い陽炎__影。

 貫かれ、項垂れるリュディガーの色がみるみる黒く染まっていき、比例するように陽炎の方が彩られていく。

 現れたのは、リュディガーだった。

 __何が……?

「何故、どう__」

 マイャリスと同じ疑問を口に出したロンフォールであるが、皆まで言わせず、リュディガーの背後に立ち上がった異形の影が、片腕を振るう。

 刹那、ロンフォールの首が鮮血を撒き散らし、宙を飛んだ。

 現実味がないその光景に、ただ呆然と立ち尽くしていると、白い手によって視界を遮られた。

 フルゴルの手だ、と気づいたとき、張り裂けんばかりの、幾重もの悲鳴。それはロンフォールのあたりから。

 突風のような、しかしながら一方向でない風が起こり、饐えた臭いとともに腐臭と、鉄臭い臭い、獣の焼けるような不快な臭いがした。

 何事か、とその変化に思わずフルゴルの手をどけると、その手は抵抗なく視界を開けてくれた。

 ロンフォールの周囲で蠢いていた瘴気が目まぐるしく激しく動く。さながらそれは、痛みに悶え、のたうち回る獣のよう。

 みるみる彼の身体を覆うように重なり、集まり、収縮して、断末魔の咆哮を上げて爆ぜて霧散した。

 後には、自力で佇むリュディガーのみ。ロンフォールの姿は、影も形もなかった。

 目の前の劇的な変化に驚愕し、呆然と立ち尽くしているマイャリスだが、ただひとり佇むリュディガーの姿に我に返って目を凝らす。

 確かに胸元を貫かれていた。

 だが、その場所に傷跡は見受けられない。

 __では、あれは何……?

 自分の理解できる境地ではないのだろうか__そんなことを考えていると、真上から白い一条の輝きがまっすぐ落ちて、がっ、と鈍くも鋭く地面を穿つ。それはロンフォールの得物。

 それはしかし、地面から湧き出たどす黒い泥のようなもの__かつてリュディガーが吐き出した残穢のそれが沼の様相になり、ずぶずぶ、と沈み餐まれていった。

「くっ……ふぅ……」

 崩れ落ちるように地面に膝をつくリュディガーに、弾かれるようにして彼に駆け寄る。

「リュディガー!」

 声をかけて顔を覗こうとすれば、手を翳されてそれ以上は近づくな、と制された。わずかに身を引けば、肩で息をしながら穏やかな視線を向けてくる彼。その胸元__心の臓のあたりに風穴はない。

「……何故……貫かれていたのに……それに、あの人の背後に佇んでいて……」

 思い出すだけで、震えてくる。

 死んだ、と思った。

 今度こそ。

 何度も奇跡的に窮地を脱してきたが、ついに命運が尽きたと。

「あぁ……あれは……えぇっと……」

 言葉を発することも億劫そうな彼。思考が定まらないのか、言葉がうまく続かない様子である。

「__とりあえず、生きている」

 肩をすくめて言うリュディガー。

 無事なのだ、と実感が湧いた。

 泣きたいほどの安堵感。

 まだ変異の只中にあるというのに、そんなことなど些細なことに思えてしまっている。

「__なんて顔をしている」

 滲んだ視界に、慌てて顔を覆う。

 目の奥が熱い。喉がつまって、ただ首を振る。

 「無茶なことを」

  フルゴルが背後から、呆れたようなため息とともに言い放った。

  対してリュディガーは、肩をすくめる。

「あいつは」

「ご自身が一番おわかりでしょう」

「__なら、終わったな」

 マイャリスはこだわりなく言い放ったリュディガーの言葉に、息を詰める。

 __終わった、と言った?

 どくどく、と心臓が早鐘を打つ。

「……終わった……の?」

「ああ」

 迷うことなく、力強く頷かれ、マイャリスは面食らった。

 周囲を見る。まだまだ、混乱の中にあると言っても良い。

 終わった、と言い切るにはまだ影響が残っている現状に、安堵がいくらか薄れてしまった。

 そこへ、そろり、そろり、と歩み寄る翼の異形。

 敵ではなさそうであるが、得体がしれないそれ。マイャリスは咄嗟に間に割って入るように腕を広げて身を乗り出した。

 紅い双眸はマイャリスをじっとみつめてから、リュディガーへと向けられる。

「いいんだ」

 リュディガーは、マイャリスを小さい声と身振りで制して、しばらく紅い双眸を見つめた。

「……お前、キルシウムなのだろう?」

 双眸が細められ、低く短い啼き声を放つ。

 まるで肯定するような声に、マイャリスは聞こえた。

 __龍が、どうしてこんな姿に……?

 キルシウムとは、間違いなく彼の龍の名前だ。

 彼の龍だけ、魔穴を通過してきたのだろうか。

「よく見つけてくれたな」

 マイャリスは、ふと、思い出す。

 記憶では、魔穴から戻ってきてから、彼の龍の容態は芳しくない、と零していたことがあった。

 矢馳せ馬の練習のさなか、幾度か様子をみに行っていたぐらいだ。

 つまり龍であっても、魔穴では瘴気に侵されるということだ。

「よく、覚えていてくれた……」

 そんな龍が、迷いもする魔穴を通過してくるだろうか。最速で空を飛んできた方が確実に、地上では最速で駆けつけられるだろうに。

 __まさか……。

 ぎゅっ、と胸元を握りしめるマイャリス。

「……また、助けられたな」

 穏やかな声で言って手を伸ばせば、首をリュディガーへと近づける。

 その頭、鼻筋にあたる場所を、リュディガーは触れて労うように撫でた。

 彼の顔は、相変わらず無表情で抑揚はないものの、目には物悲しいさがあるように見えてならなかった。
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