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煌めきの都

龍の秩序 Ⅰ

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 しばらくリュディガーが撫でつけていると、翼の異形が、弾かれるように頭上を見上げ、大きな翼を広げた。

 空には未だ、多くの異形が飛び交っている。

 翼を広げたのは、それらの異形から一同を影に隠す為なのだろう。

 そして、翼の異形は、意味深な視線をリュディガーへ向ける。

「……頼めるか」

 頷き、短く言ったリュディガーへ、小さくも力強い鼻息のような音で啼き、翼の異形は飛び立ち、空を行く異形へと向かって行った。

「……」

 しばしその勇壮な姿を眺めていていたリュディガー。

 何故、あのような姿に__とはマイャリスは、投げかけることができなかった。

 ぼんやりと想像していることであるが、それを口にしたら、満身創痍の今の彼には古傷に塩を塗るような行為ではないか、と思えたのだ。

「はぁああ……これは……さすがに、しばらく動けないな……」

 重苦しい空気にそぐわない大げさなくらいため息を吐いて、後ろに重心を倒すようにして座り、足を投げ出して空を改めて振り仰ぐリュディガー。

「当然でしょう」

 ぴしゃり、と言い放つフルゴルに、彼は視線だけを向けた。

「手厳しいな」

「とんだ役者ですよ、『氷の騎士』殿は。弱っていることを利用して、誘い込んで」

「実際弱っている」

 ほら、と自身を示すリュディガー。

「存じています。よく奮闘なさいましたが、先程のあれは褒められたものではございません。私が察して動かなければ、入れ替わりもできなかったのですよ」

 __入れ替わり……?

 怪訝に思っていれば、察したらしいフルゴルがマイャリスへ困った笑顔をむけた。

「クライオンにはそれぞれ特性があって、彼のクライオンは、影そのもの」

「影……」

 黒い棘のように生えたあれも、影ということか。

 驚くほど、変幻自在な業だ__マイャリスは内心感心した。

「先程のは、影と本体とを刹那の間に入れ替えたわざです。自身の影がなければ、使えない業。切り札と言えます。今回、相手は狡猾な知恵があるヒト。ギリギリまで引き付けていたので、一歩間違えば……」

 フルゴルのあの光を放つ石。あれは、迫る瘴気を祓うことが目的であったように思えたが、実のところあの業を見越しての行動だったのか。

 フルゴルの輝きも、それを狙ってのことだったのかもしれない。

 この闇夜。瘴気を孕んだ闇夜では、たしかに影があったかもあやしい。

 確実に影を出すために。

 それも、あのロンフォールの死角__背後という死角に。

「賭けにでたやり方だ」

「肉を断たせて骨を断つと言うだろう」

「よく言う。骨すら断てず終わっていたかも知れんのに。そうしたやり方を危惧されて、我々がつけられたのだぞ。失敗はできなかった、今回の任務」

 __賭け……。

 以前、そうしたやり方を選ぶきらいがある、と彼の上官が言っていたように思う。加えて、彼の同僚の口からもそれを聞いた。

「及第点ならいいだろう」

 悪びれる素振りもなく言うリュディガーに、処置なし、とアンブラは首を振った。そして、やや体を重そうに動かして、時期を過ぎた蓮の池へと向かっていた。

「正直に。刺し違えても、と……死なばもろとも、ともお考えでしたよね?」

「……」

 ぐっ、と彼の口元が引き結ばれた。

 ややあってから、ちらり、と彼はマイャリスへと視線を向ける。

 そして、まっすぐ前を見据える。その視線はどこか、遠くを見つめているよう。

「__確証があった」

 それは、かなり固い口調だった。

「確証?」

「勝てるという確証が」

 力強く、はっきりと言い放つリュディガー。

 疲れているはずだというのに、その覇気が改めてその瞬間、富に強くなった。

「……見上げた自信家であらせられる」

 やれやれ、とフルゴルも呆れたため息を零していたが、マイャリスには彼の言動も、様子も、不思議と鼓舞してくるものに感じられた。

 こんなにも傷ついて、こんなにも消耗して、揺るぎない信念に従って__だからといって、龍騎士としての任務だから、ほぼ見返りなどないというのに。

「ありがとう、リュディガー」

 思いの外、それは震える声だった。

 言葉を放った途端、声だけでなく全身が震えてしまった。

「貴方が、生きていてくれて、本当によかった……」

 心の底からそう思う。

 もし彼が死んでいたら、自分は罪悪感で押しつぶされていただろう。__運良く、彼の本心を知れた今であるから。

 彼の本心、計画を知るまでに、彼が養父に粛清されていたら、ここまで悲しんだかどうか。

 __ほとほと自分が嫌になる。

 彼は今夜に至るまで常に危機にあって、それさえ気づけず、あまつさえ『氷の騎士』として養父に心酔し傾倒したと決めつけてしまっていたのだ。

 __浅はかだわ、私は。とんでもない薄情者で……。

「ごめんなさい、本当に」

 膨らんでいく罪悪感。

 全て彼に背負わせてしまった、後悔の念。

 彼の身内は死後も弄ばれ、尊厳などなく利用されていた。

 それを気づけずにいた自分。

 加えて、養父の驕り高ぶった姦計を、もっとも身近にいて諌められず、止められもできなかった。
自分が気づけていれば__何故もっと積極的に情報を集めなかったのか。

 すべて、どれをとっても、知らなかった、では済まされない蛮行。

 みるみる視界が滲んでいくので、咄嗟に両手で目元を押さえた。

 __何故泣いているの。

 泣く権利などない。

 __何もしなかったくせに。

 ただただ、歯がゆかった。

 特殊な生まれであることさえも、自覚がなく__。

「__」

 リュディガーが身じろぎをして、何か言葉を発しようと口を開いた気配がしたが、そこで言葉を止めたようだった。

 直後、俄に空が明るくなった__否。正しくは暗く。

 マイャリスも弾かれるように顔を上げる。

 異質な、月蝕によって生じていた紅く、暗い空は、静かに息をひそめるように、星の瞬きを見せる夜の帳へとかわっていった。

 未だその空には、異形が飛び交い、それと渡り合っているのは、翼の異形__キルシウム。

 単騎でよく渡り合っているそれは、見ていてはらはらするが、劣勢ではないようである。

 ごくり、と生唾をのみ、空に浮かぶ月を探して見やった。紅が薄れた月の下端に、怜悧なほど白く輝く輪郭を見せた。

「抜けましたね」

「抜ける……?」

「はい。月蝕が終わりへと向かっているのです。この後、あれの紅いところは暗く喰まれたように見えるでしょうが、今輝いている部分から徐々に戻って行きます。もうこれ以上、ものが溢れることはありません」

 現実味がなく、きょとん、としてしまうマイャリス。

 そうなのか、と確認のために視線をリュディガーへ向けた。

「後始末が残っているが……まあ、あれに任せればもう大丈夫だ」

 リュディガーが顎をしゃくって示すのは、別の方角の空。月が向かう地平がある方角。

 星が瞬く空にもまだ、異形が飛んでいる。

 しかしその中に、空を飛ぶ異形とは明らかに違う形の影。ひとつを先頭に、鏃の形__三角形の頂点から伸びる二辺のように連なった影の一団があった。
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