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煌めきの都

矜持の帰還 Ⅲ

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 彼らの会話が一区切りついたのを見て取って、マイャリスは居住まいを正した。

「イェソド州を救済してくださり、ありがとうございました」

「いや……」

 心の底からの感謝の意を向ける。

 彼はいくらか戸惑っている様子だったが、フォンゼルに促されて兜をかぶり、淀みなく鞍に乗る。

 龍に見劣りしない立派な体躯の彼は、見事なまでの龍騎士を体現していて、マイャリスの目には神々しく映った。

「このご恩、生涯忘れません」
 目庇まびさしから覗く彼の瞳とかちり、と交わり、マイャリスは自分ができる最上級の一礼を取る。

「お戻りになられても、ご健勝であらせられますよう、祈念申し上げます。__ナハトリンデン卿」

 シュタウフェンベルクが会釈をし、まず先んじて飛び立つと、遅れてリュディガーの龍も風を打って舞い上がる。

 そして二騎は悠然と庭園を一周し、勇壮さを見せつけてから、西__帝都の方角へと飛び去っていく。

 マイャリスは、その悠然と飛んでいく様を、空に溶けるまで見送ろうと決めた。
「__クライン、さきほどの話の件、さっさと済ませてしまおう」

 側近くでの会話に、マイャリスは顔を向ける。

 一瞬、反応が遅れたクラインは、視線がわずかに泳いだようにマイャリスには見えた。

「あ……ええ、はい。__お嬢様……」

「私は、まだ見送っていたいので、ここに」

「あー……」

 明らかにどうしたものか、と困った様子のクライン。だが、マイャリスは、今はどうしても譲れなかった。

 せめて、という想い。

 もう金輪際、会えないかも知れない。その姿を見ることも出来ないかも知れない。

 だから、せめて__。

「__私が」

 始終静かに見守っていたアンブラが一歩踏み出して告げた。

「それぐらいならば、できる。フルゴルもすぐに合流するだろう」

 フルゴルは、マイャリスの身の周りの細々したこと、物を手配するために奔走していて、今は不在だ。それもそう時間がかからないことは、庭園へ彼女が送り届けた際言っていた。

 それにクラインは頷いてマイャリスへ一礼すると、離れたところで待つフォンゼルへと駆け寄った。

 視線を今一度、離れていく龍へと向ける。

 背中の白が、羽ばたく度、陽光を弾いて眩い。

 それなりの速度なのだろう。

 みるみるうちに小さくなっていく。

 見えなくなるまで見送りたいのに、視界が滲んでくるから困った。

 __苦しいなぁ……。

 馴れ合った、くだけた会話ももうできないのだろう。

 自分の処遇はどうなるか知らないが、以前と同じようにはなりえない気がする。

 __色々、話したかったのに……。

 すべて終わったら__そんなものは許されなかった。

 嘘を付き続け、踏みにじったのだから。

 __当然の報いだわ……。

 ふっ、と意図せず、吐息混じりに小さく呻いてしまった__まさにその時だ。

 見守る二騎のうち一騎が、ひらり、と横に大きく滑った。

 何が、と怪訝にしている隙きがあれば、その龍は徐々に大きくなっている。__こちらに戻ってきているのだ、とマイャリスは理解した。

 それは離れていったときよりも、俄然速い。

 どういうことか、とアンブラへ振り返るが、彼も理解に窮している様子だ。

 そして、ものの数十秒のうちにマイャリスの目の前に降り、その龍が完全に着地するのを待たず、飛び降りる騎手。

 立ち上がる動きの中で兜を取り去り、小脇に抱えた騎士は、やはりリュディガーだった。

「ど、どうしたのですか?」

 慌てて目元を自然な所作で目立たないよう軽く押さえて問えば、大柄な彼らしい大きな歩幅の歩みで、あと一歩のところまで一気に間合いを詰めた。

「さっきの君の物言いや態度が引っかかってな」

「物言い……?」

 __何か失礼なことを言ったかしら……?

 対峙するような形に加え、甲冑姿の彼は威圧的に見えてしまい、マイャリスは無意識に半歩下がってしまう。

「すまない、言葉が足らなかった」

 意味するところがわからず、小首をかしげて先を促す。

「話を……。聞いてほしいことがある。__その機会を、くれないか?」

 予想外の申し出に驚いて、ひゅっ、と小さく息を詰めてしまった。

 それは紛れもなく、今しがた自分が求めても得られないものと、諦めたところだったからだ。

「自分の中では、当然、改めて後日……そう思っていた。優先すべきことが山積みで、それは君も理解しているから、言うまでもない、と」

 山積みなのは承知だ。優先すべきことが明らかに多い事も。

 ただ、自分の場合、それらを処理、処置をする傍らで、彼と話ができるものだと思っていた。__そして、それは自分だけが望んでいるのだ、と今しがた手放した。

 彼があっさり、と何も告げずに発ったから。

「君が嫌でなければ、その機会を。__許してはもらえないか?」

 胸が詰まるほど、嬉しい。

 逸る気持ちを押さえようと胸元を押さえるも、胸が詰まって言葉が出ず、かわりに何度も頷いた。

「必ず君と話をする機会を設けてもらう。そのぐらいのわがままは許される功労は果たしたんだ。それに、今、君からの許可も得られた。__これで確実に許されるだろう」

 彼の表情が、いつになく穏やかに見える。

 それが、胸の奥底に、酷く温かいものを引き込んでくる。気恥ずかしくて、悟られないよう奥歯を噛みしめるが、表情に乏しい彼の顔が、揶揄するようなものを滲ませた。

「__なんて顔をしている」

 その一言で、ついにマイャリスの目から熱いものが一気に溢れて、溢れた。

 慌てて両手で顔を押さえて覆い、一気に膨れ上がった感情の波をやり過ごそうと、ゆっくり大きく呼吸を繰り返す。

 何をしている。

 彼が見ているではないか。

 叱咤することしばし、ようやく波が落ち着いて顔を上げると、まっすぐ見つめてくるリュディガーがそこにいた。

 しかし彼の視線は、どこか遠いものを見つめているようで、マイャリスは怪訝に首をかしげた。

「リュディガー……?」

 声をかけると、彼は弾かれたように僅かに息を詰め、小さく首を左右に振って、顔を無造作に額から顎にかけて撫でた。

「大丈夫?」

「あぁ……何でもない。考え事をしていた」

「考え事?」

 ふぅ、と大きくため息を零して、肩をすくめるリュディガー。

「……大したことじゃない」

「そう……」

「それじゃあ、行ってくる。__先に行ってもらっているとはいえ、いい加減」

 言って、肩越しに背後__彼が向かっていた空を示す。

「ええ。道中気をつけて」

「ああ。__では、また」

 また、という言葉の、響きの良いこと。

 マイャリスは、自然と柔らかい笑みになる。

 リュディガーは武官らしいきびきびとした動きで向きを変え、兜を被りながら龍へと駆けよる。

 龍は見越したように身体を傾けて体高を下げ、リュディガーが飛び乗ると身体を持ち上げて、首を返す。

 そして、いよいよ飛び立つのだろう、と思ったのだが、どういうわけか翼を広げることなく、庭園の端から垂れ落ちて行くではないか。

「__っ」

 マイャリスはひやり、と恐怖に震え、驚いて、縁に駆け寄った。

 縁に手をかけたところで、翼を広げた龍が風をつかんで飛んでいく姿が見えた。

 呆気に取られていれば、風を受けて高度を少し取り戻した龍の背に、マイャリスを振り返るリュディガーの目庇の下の視線と合ったように思う。

 直後、ひとつ龍が風を打った。

 風が奔る。

 龍は驚くほど疾く風を切って、刹那の間にその姿は遥か彼方__。

 マイャリスは、胸が空く思いで、それを見つめていた。
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