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煌めきの都

矜持の帰還 Ⅱ

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 痛々しい中にも、生気を辛うじて見つけられる庭園の中、リュディガーから半歩下がった形で、斜め後ろに追従するマイャリス。

 威風堂々と進む、いかにも頑強そうなリュディガーの横顔を見上げると、ふいに心が騒めいた。

「時間って……何があるのです?」

「迎えだ。戻るんだ。帝都へ」

 左右の茂みが切れたところで、ふと疑問に思ったことをマイャリスが問えば、彼はさらり、と答えた。

「ぇ……」

「任務が完了したからな」

 その答えは、マイャリスが失念していた__認識していたが、欠けていた部分があることを知らしめた。

 それはそこそこの衝撃で、思わず歩調を緩め、足を止めてしまうほど。

 リュディガーは数歩進んで、歩調が止まったマイャリスへ振り返る。

「どうした?」

 __そうよ、任務だった……。完了したのだものね……。

 任務が終われば報告するに違いない。

 任務の全容をすべて把握してはいないが、現状をみれば明らかに区切り__終りを迎えた、と言えるだろう。

「その後は……?」

「君の処遇が決まるな。私の報告待ちらしい。君には最も安全なここに留まってもらうことになる。団長も仰っていたが、結局、閉じ込める形になってすまない」

「それは、そのことは……ええ、大丈夫」

 その部分は承知している。

 移送する手間も、移送先の警護の采配の手間も、ここに留めておけばかからない。

 自分のひっかかっている部分はそこではない。

「一時的な処置だ。護衛には、クラインがつく。アンブラとフルゴルも留めておく」
 
 __置いていく、ということ……よね。では……。

「__リュディガーは……?」

「クラインは、十分強い。それに信用のおける者も選りすぐっているから、私は不要だ」

 __不要……。

「私は、沙汰を待つというところだな。退団した形をとったんだが、限られた者しか間諜任務を知らないし、私自身、龍騎士団の内情に遅れがあるのは言うまでもない。およそ2年だからな。世間的には、ずっと音信不通だった私が戻るんだ。大騒ぎだろう。加えて言えば、ロンフォールが発布、施行した法令のことだってある。私が仔細を承知しているから、意見を求められ処理にあたらされるだろうし……それは、まぁ、ことごとく無効なのは違いない」

 マイャリスは、無意識に右手の薬指にふれる。そこに嵌められたままの指輪。

 これは、形骸化したものの象徴ではなかったか。

 任務中に不本意な結婚を強いられただけだ、彼は__否、お互いに。

「__大丈夫か?」

 戻って自分の間合いに踏み込み顔を覗く彼に、マイャリスは身体を弾ませるほど驚いた。

「ぁ……いえ……少し、失念していたな、と……」

「失念?」

 __少しどころでなく、だいぶ……。

 マイャリスは小さく頷いて、彼の向こうに見える龍__空の鞍へ視線を移した。

「その……てっきり、このまま、貴方は居るのだと思っていたので……」

 やや間を置いて、リュディガーがわずかに目を見開いたのを見、マイャリスは苦笑を浮かべる。

 報告に戻る彼は、彼の話から察するに戻る可能性は低いのではないか。

 __とんだ勘違いをしていた。

 全てが終わったら、話したいことがある__それは、どうやら自分だけだった。

 それもそうだ。

 自分は彼に負い目がある。

 偽名だったこともさることながら、かつて彼の優しさからくる厚意を踏みにじったこともそれ。

 畢竟、負い目がある自分が、彼に謝罪の機会を求めていただけだったのだ。そして、それを受けるかどうか、機会を与えてもらえるかは彼次第。

 __あぁ……本当に、私は浅はかだわ。どうして彼が、同じように話をしたいと思っていたの。

 少しはあったとしても、どうして同じぐらい、同じ熱意で話したいことがあると思いこんでいたのか。

 __あの夜の、不可知の領分で会話して、それで彼はもう話したいことは済んでしまっているのかもしれない。……済んでしまっていたのだわ。

 ただただ、恥ずかしい。

「__」

「ナハトリンデン、時間だ」

 リュディガーが言葉を紡ごうとした矢先、それよりも強く発せられたフォンゼルの言葉で封じられた。

 一瞬面食らった彼ではあるが、はっ、と応じるのを見、マイャリスは再開した歩みを早めて龍の前で待つ皆のもとへと急いだ。

 リュディガーの姿を認め、肩にオーリオルを乗せて龍に跨る騎士が兜を外す。

 青みを帯びたくり色の髪、褐色の肌の男。複雑に混ざりあう鶯茶うぐいすちゃの双眸が、穏やかに細められた。

 その男の相貌は、マイャリスの記憶にも残っている。

「シュタウフェンベルク卿」

 彼は、マイャリスに気づくとしばらく吟味するように目を細め、やがて驚きに大きく目を見開いた。

「こ、これは……確か、ビルネンベルク師の……キルシェ・ラウペン女史……? 何故……」

 懐かしい二つの名前に、マイャリスは苦笑を浮かべつつ、淑女のそれで礼をとった。

 釘付けになっていたシュタウフェンベルク卿は、マイャリスの礼を見て、弾かれるように我に返り、頭を下げた。

「騎乗のままご無礼を。__し、しかし、亡くなられた、と……一体、どういう……」

 彼は明らかに瞠目して、マイャリスとリュディガー、そしてフォンゼルをそれぞれ答えを求めるようにして視線を巡らせる。

「時間が惜しい。詰問は道中、ナハトリンデンに」

「はい。ご説明申し上げます」

「あぁ、是非そうしてくれ。齟齬があっては困る。__思っていたよりも面倒事な任務だったのは推察した」

 踵を揃え、改めて武官らしい礼をとるリュディガー。

「__シュタウフェンベルク大隊長、ご無沙汰しております」

 それを見たシュタウフェンベルクは目を細め、どこか感慨深そうな顔になる。

「まったくだ。預かっていたお前の新しい龍がお前を忘れているんじゃないか、と気を揉んでいたぞ」

 冗談めかして言うシュタウフェンベルクの言葉に、リュディガーは首を伸ばしてきた自身の龍の鼻面を撫でつける。

「……その心配はまるで要らなかったようだが」

 うっとり、とした龍は、今度はリュディガーの胸元に鼻面を押し付け、喉の奥でごろごろ、と唸り始めた。巨躯に見合って、それは少しばかり離れた場所のマイャリスの心臓にも響く唸りである。

「シュタウフェンベルク、良いように。未明に来たばかりで早速戻らせる強行軍だが、戦よりはましだな」

 是、と答えるシュタウフェンベルクは、苦笑を禁じ得ない様子だった。

「__私が伴えば、あちらで誤解の行き違いは起こりませんので。疑問はいくつも挙げきれないぐらいありますが」

 シュタウフェンベルクは言って、苦笑をマイャリスへと向ける。

「くれぐれも。__ナハトリンデン、大まかに確認をする」

「はい」

 フォンゼルといくつか言葉を交わすリュディガー。

 はっきりと聞き取れないものの、フォンゼルは端的な指示に近い確認をとっているようだった。無駄な物は省く__ともすればそれは、覇気というよりは高圧的なだけにも取れるが、単純に時間を惜しむという性格なのだろう。

 その団長と、麾下2名。たった3名であるが、甲冑を纏い、龍のそばに佇む光景が不思議と胸に迫るものがあって、あまりにも眩しいく見えてくる。

 彼らにすれば、何ていうことはないよくある日常なのだろうが、一般人からすれば__特に、マイャリスのようにこれまで龍帝の加護を実感できなかったものからすれば、これほど心強く、そして、鼓舞する光景はない。
 
 __まさしく、龍帝陛下の意思が来たよう……。

 無条件に、一切の不安はなく、秩序と救済がもたらされるのだ、と確信できる。

 __いえ、すでに水面下でずっとあったのよね……リュディガー。

 ただただ誇らしい。
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