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天つ通い路
魂振儀 Ⅲ
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国の中枢に係わる官吏が下がってから、再び太鼓がなった。
貴賓らの席近くで控えていた官吏らが立ち上がって、案内の声を上げ始め、皆、雑談を交わしながら、建物を出ていく。
「__さぁ、このあとは、一服だ」
ビルネンベルクに遅れて立ち上がろうとしたキルシェだったが、体重が足に乗ったところで短く悲鳴をあげて床に崩れた。
周囲が驚いて視線を向けてくるが、自分が一番驚いていて、とっさに足に触れたが、びりり、と痺れが走って軽く声が出そうになるのを歯を食いしばって堪える。
「痺れたのかね」
「は、ぃ……」
おやまぁ、と笑うビルネンベルクだが、キルシェは気が気ではなかった。
__先生に恥をかかせてしまった……。
「君、足を崩さすにいたのかい」
「はい……」
屈んで問うビルネンベルクは、相変わらず笑っている。
「正座なんて慣れていないのに……。私だって崩していたのだよ?」
「ええ。私だって。__ここにいる皆さん、そうでしたでしょうに」
ビルネンベルクと語らっていた男は、おおらかな笑みを称えている。
「でしょうでしょう。__まったく、真面目だね、君は」
気にしなくていい、と言外に言ってくれているのはわかるが、申し訳ないことに違いない。
自分はビルネンベルクのお付きの者としてここにいる。
付き人の失態は、主の失態、恥。
周囲は、神事に招かれた貴賓だ。その衆目に晒してしまっているのだ。
「ああ、ベーラー子爵、どうぞ、お先に。お寒いですから」
「すみませんね、実は寒さが膝に響いておりまして……そうさせていただきます。お嬢さん、見捨てるようで申し訳ないが……」
「い、いえ。お気遣いありがとうございます」
去っていく人の流れに遅れて、老年の男__ベーラー子爵は去っていった。
なおも、離れていく人々の中には、声を掛けてくれる人がいたが、ほぼすべてが去っていってもまだ足は痺れている。
「流石に抱えて行くのは、憚られるからねぇ」
はは、と笑うビルネンベルクにキルシェも笑う。
「__そちら、大丈夫で?」
外から新たに声を掛けられ、2人は振り返った。
柱と屋根で組まれただけの貴賓席は、地上から数段の階の上にある。だから、ヒトが外から声を掛けたとして、胸元あたりから上がみえるだろうに、声の主は思っていたよりも遥かに高い位置に頭があって、思わず眉をひそめた。冷静に彼を見、人間にしては高い位置に顔がある点と身なりから考えて、彼が人馬族なのだとわかった。__同時に、それが何者なのかも。
「__あぁ……アッシスさん」
それは、リュディガーと旧知の仲の人馬族の青年アッシスに間違いなかった。
名を呼ぶと、彼は目をぱちくりさせた後、キルシェだとわかったのだろう、ぱっ、と破顔した。
勇壮な儀式のための装束を纏っている姿からは想像もつかない、表情の変わり様。
「やあ、これはキルシェさん! __ドゥーヌミオン様も」
彼は横のビルネンベルクに丁寧に一礼した。
リュディガーは、アッシスにもキルシェの身に起きていたこと__偽装された死を中心に、ある程度話をしているらしい。当たり障りのない範囲で、イェソドで起きたことは、政変に巻き込まれたため、ということでまとめられ、獬豸の血胤であることは伏せられているそう。
「中尉殿、お勤めご苦労様だね」
「いえ。そちらも、寒い中、身動きすらできない長丁場、ご苦労様でした」
「なんの。__移動だとは承知しているんだが、今少しここにいさせてくれ」
「どこか、具合が悪いので? 人を寄越しますが」
「いえ、違うんです。動けないだけで……」
キルシェの制する言葉に、アッシスは吟味するような視線を向け、そしてわずかに口元に笑みを浮かべる。
「……あ~……さては、足が痺れたので?」
「はい……」
恥ずかしさから、わずかに身を縮こまらせるキルシェ。
「彼女、足を崩していいのだよ、と言っても、憚られると思ってしなかったようなんだ」
アッシスはわずかに驚きを見せる。
「え、まさか、開始からずっとですか?」
「えぇ……」
「それは……なかなかな猛者だ」
「だろう? 修行中の神官でもやらないだろうに」
くすくす、と笑うビルネンベルクに、まったくです、とアッシスも笑った。
2人の笑いに、キルシェはさらに肩身が狭く感じられてくる。
「僕は足がこれだから正座ができないけど……僕も4本足全部曲げて座り続けるのは辛いもんだよ。仮にそれでこの儀式中いろっていわれても無理だなあ。キルシェさん、なかなかだ」
アッシスは言って、砕かれた的の回収されている様へ視線を向ける。
「__リュディガーもリュディガーだ。彼、出走前の待機しているとき、以前の汚名を雪がないとならん、とか息巻いていましたが……それが裏目に出なくてよかった」
リュディガーという名に、内心どきり、としていれば、ビルネンベルクが口を開く。
「おや、話せたのかい?」
「ええ。一応、今日はこの馬場では、私が一番偉い人なので」
「まあ、そう彼が息巻くのも仕方ないことだ。__ね」
ビルネンベルクに笑顔を向けられ、キルシェは顔がひきつりながらも、笑顔を浮かべる。
「なんでも、卒業がかかっているってはなしでしたが。卒業していただろう、と聞けば、色々事情がある、とだけ」
「だろうだろう。色々事情はあるさ」
「あ~……ドゥーヌミオン様、何かご存知ですね」
「無論ね。__あぁ、大学は卒業が取り消しになっているって聞いてないかい?」
「え」
「3年前の必修の、弓射の修了に疑義が出てね。今一度ってことで……それがあって、彼、戻ってきたんだ大学へ」
「えぇぇ……」
「大学でも語り継がれる学生になってしまったんだよ。必修の弓射で落第。しかも、よりにもよって龍帝従騎士団の龍騎士っていう武官の花形が」
いよいよアッシスの顔から笑みが消え、難しい顔になる。
「__で、この矢馳せ馬の結果いかんで……ということになっているのだよ」
「それは……確かに色々と事情が込み入っているわけだ……」
腕を組み、唸るアッシス。
「まあ、他にもあるのだけれど……それは、彼からいずれ聞き出せるだろうさ。どちらかといえば、そっちが重要か……」
ね、と声を掛けられるキルシェは、はくはく、と口を動かして動揺を顕にしてしまった。頬もいくらか熱いから火照っているだろう__それに気づいてからは、早かった。
「あの、先生! さぁ、参りましょう! も、もう動けますから」
違和感はまだあるが、この場に留まるのは得策ではない、とキルシェは立ち上がろうと、重心を移した。
途端に不快極まりない、虫が這い回る心地が足の裏から膝にかけて襲う。思わず動きを一瞬止めるものの、そこから先は叱咤してどうにか立ち上がり、一歩二歩、とアッシスがいるあたりの階段へと向かう。
「無理をして。まだ、留まっていても大丈夫ですよ」
苦笑していうアッシスに、キルシェは辛うじて笑みを返す。
「__いえ、お片付けとか、後がおありでしょうし」
階段に至り、足に不安を覚えるキルシェが意を決して、いざ、と踏み出そうとしていれば、ビルネンベルクが手を差し伸べてきた。
礼を述べて、マフから抜いた手でビルネンベルクの手を支えに一歩__手すりがないから、その手をかなり頼りにしてしまうが、一歩一段さがったとき、アッシスが反対側から手を差し出してくれた。キルシェはその厚意に甘えさせてもらうことにし、円筒形のマフを肘より上まで通す形で手を出すと、アッシスの無骨な手をとった。
たかだか4段の階段を降りるだけだったが、地上に降り立ったところで、どっ、と全身に疲れが覆いかぶさるような心地。
違和感__不快感の残る足の指を、はしたない、とはわかりながらも動かさないではいられない。
その足元にアッシスがキルシェの履物を添えてくれ、さらにそのまま手を貸してくれて、履く支えになってくれた。
「いやいや、まぁ。……無理をしないよう。少しまだ歩きますからね」
くすくす、と笑う彼に向ける顔がない。
「あ、何なら、僕の背に乗りますか」
親指を立てて、自身の背を示すアッシス。その顔はいくらかふざけている風に、キルシェの目に映った。
「いえ、大丈夫__」
「あぁ、そういうことなら、輿でも用意してもらうかい?」
「とんでもない!」
履物をすんあり横で履きながら、からから、と笑うビルネンベルクに、キルシェはさらに顔を赤らめて声をひそめながらも抗議した。
貴賓らの席近くで控えていた官吏らが立ち上がって、案内の声を上げ始め、皆、雑談を交わしながら、建物を出ていく。
「__さぁ、このあとは、一服だ」
ビルネンベルクに遅れて立ち上がろうとしたキルシェだったが、体重が足に乗ったところで短く悲鳴をあげて床に崩れた。
周囲が驚いて視線を向けてくるが、自分が一番驚いていて、とっさに足に触れたが、びりり、と痺れが走って軽く声が出そうになるのを歯を食いしばって堪える。
「痺れたのかね」
「は、ぃ……」
おやまぁ、と笑うビルネンベルクだが、キルシェは気が気ではなかった。
__先生に恥をかかせてしまった……。
「君、足を崩さすにいたのかい」
「はい……」
屈んで問うビルネンベルクは、相変わらず笑っている。
「正座なんて慣れていないのに……。私だって崩していたのだよ?」
「ええ。私だって。__ここにいる皆さん、そうでしたでしょうに」
ビルネンベルクと語らっていた男は、おおらかな笑みを称えている。
「でしょうでしょう。__まったく、真面目だね、君は」
気にしなくていい、と言外に言ってくれているのはわかるが、申し訳ないことに違いない。
自分はビルネンベルクのお付きの者としてここにいる。
付き人の失態は、主の失態、恥。
周囲は、神事に招かれた貴賓だ。その衆目に晒してしまっているのだ。
「ああ、ベーラー子爵、どうぞ、お先に。お寒いですから」
「すみませんね、実は寒さが膝に響いておりまして……そうさせていただきます。お嬢さん、見捨てるようで申し訳ないが……」
「い、いえ。お気遣いありがとうございます」
去っていく人の流れに遅れて、老年の男__ベーラー子爵は去っていった。
なおも、離れていく人々の中には、声を掛けてくれる人がいたが、ほぼすべてが去っていってもまだ足は痺れている。
「流石に抱えて行くのは、憚られるからねぇ」
はは、と笑うビルネンベルクにキルシェも笑う。
「__そちら、大丈夫で?」
外から新たに声を掛けられ、2人は振り返った。
柱と屋根で組まれただけの貴賓席は、地上から数段の階の上にある。だから、ヒトが外から声を掛けたとして、胸元あたりから上がみえるだろうに、声の主は思っていたよりも遥かに高い位置に頭があって、思わず眉をひそめた。冷静に彼を見、人間にしては高い位置に顔がある点と身なりから考えて、彼が人馬族なのだとわかった。__同時に、それが何者なのかも。
「__あぁ……アッシスさん」
それは、リュディガーと旧知の仲の人馬族の青年アッシスに間違いなかった。
名を呼ぶと、彼は目をぱちくりさせた後、キルシェだとわかったのだろう、ぱっ、と破顔した。
勇壮な儀式のための装束を纏っている姿からは想像もつかない、表情の変わり様。
「やあ、これはキルシェさん! __ドゥーヌミオン様も」
彼は横のビルネンベルクに丁寧に一礼した。
リュディガーは、アッシスにもキルシェの身に起きていたこと__偽装された死を中心に、ある程度話をしているらしい。当たり障りのない範囲で、イェソドで起きたことは、政変に巻き込まれたため、ということでまとめられ、獬豸の血胤であることは伏せられているそう。
「中尉殿、お勤めご苦労様だね」
「いえ。そちらも、寒い中、身動きすらできない長丁場、ご苦労様でした」
「なんの。__移動だとは承知しているんだが、今少しここにいさせてくれ」
「どこか、具合が悪いので? 人を寄越しますが」
「いえ、違うんです。動けないだけで……」
キルシェの制する言葉に、アッシスは吟味するような視線を向け、そしてわずかに口元に笑みを浮かべる。
「……あ~……さては、足が痺れたので?」
「はい……」
恥ずかしさから、わずかに身を縮こまらせるキルシェ。
「彼女、足を崩していいのだよ、と言っても、憚られると思ってしなかったようなんだ」
アッシスはわずかに驚きを見せる。
「え、まさか、開始からずっとですか?」
「えぇ……」
「それは……なかなかな猛者だ」
「だろう? 修行中の神官でもやらないだろうに」
くすくす、と笑うビルネンベルクに、まったくです、とアッシスも笑った。
2人の笑いに、キルシェはさらに肩身が狭く感じられてくる。
「僕は足がこれだから正座ができないけど……僕も4本足全部曲げて座り続けるのは辛いもんだよ。仮にそれでこの儀式中いろっていわれても無理だなあ。キルシェさん、なかなかだ」
アッシスは言って、砕かれた的の回収されている様へ視線を向ける。
「__リュディガーもリュディガーだ。彼、出走前の待機しているとき、以前の汚名を雪がないとならん、とか息巻いていましたが……それが裏目に出なくてよかった」
リュディガーという名に、内心どきり、としていれば、ビルネンベルクが口を開く。
「おや、話せたのかい?」
「ええ。一応、今日はこの馬場では、私が一番偉い人なので」
「まあ、そう彼が息巻くのも仕方ないことだ。__ね」
ビルネンベルクに笑顔を向けられ、キルシェは顔がひきつりながらも、笑顔を浮かべる。
「なんでも、卒業がかかっているってはなしでしたが。卒業していただろう、と聞けば、色々事情がある、とだけ」
「だろうだろう。色々事情はあるさ」
「あ~……ドゥーヌミオン様、何かご存知ですね」
「無論ね。__あぁ、大学は卒業が取り消しになっているって聞いてないかい?」
「え」
「3年前の必修の、弓射の修了に疑義が出てね。今一度ってことで……それがあって、彼、戻ってきたんだ大学へ」
「えぇぇ……」
「大学でも語り継がれる学生になってしまったんだよ。必修の弓射で落第。しかも、よりにもよって龍帝従騎士団の龍騎士っていう武官の花形が」
いよいよアッシスの顔から笑みが消え、難しい顔になる。
「__で、この矢馳せ馬の結果いかんで……ということになっているのだよ」
「それは……確かに色々と事情が込み入っているわけだ……」
腕を組み、唸るアッシス。
「まあ、他にもあるのだけれど……それは、彼からいずれ聞き出せるだろうさ。どちらかといえば、そっちが重要か……」
ね、と声を掛けられるキルシェは、はくはく、と口を動かして動揺を顕にしてしまった。頬もいくらか熱いから火照っているだろう__それに気づいてからは、早かった。
「あの、先生! さぁ、参りましょう! も、もう動けますから」
違和感はまだあるが、この場に留まるのは得策ではない、とキルシェは立ち上がろうと、重心を移した。
途端に不快極まりない、虫が這い回る心地が足の裏から膝にかけて襲う。思わず動きを一瞬止めるものの、そこから先は叱咤してどうにか立ち上がり、一歩二歩、とアッシスがいるあたりの階段へと向かう。
「無理をして。まだ、留まっていても大丈夫ですよ」
苦笑していうアッシスに、キルシェは辛うじて笑みを返す。
「__いえ、お片付けとか、後がおありでしょうし」
階段に至り、足に不安を覚えるキルシェが意を決して、いざ、と踏み出そうとしていれば、ビルネンベルクが手を差し伸べてきた。
礼を述べて、マフから抜いた手でビルネンベルクの手を支えに一歩__手すりがないから、その手をかなり頼りにしてしまうが、一歩一段さがったとき、アッシスが反対側から手を差し出してくれた。キルシェはその厚意に甘えさせてもらうことにし、円筒形のマフを肘より上まで通す形で手を出すと、アッシスの無骨な手をとった。
たかだか4段の階段を降りるだけだったが、地上に降り立ったところで、どっ、と全身に疲れが覆いかぶさるような心地。
違和感__不快感の残る足の指を、はしたない、とはわかりながらも動かさないではいられない。
その足元にアッシスがキルシェの履物を添えてくれ、さらにそのまま手を貸してくれて、履く支えになってくれた。
「いやいや、まぁ。……無理をしないよう。少しまだ歩きますからね」
くすくす、と笑う彼に向ける顔がない。
「あ、何なら、僕の背に乗りますか」
親指を立てて、自身の背を示すアッシス。その顔はいくらかふざけている風に、キルシェの目に映った。
「いえ、大丈夫__」
「あぁ、そういうことなら、輿でも用意してもらうかい?」
「とんでもない!」
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