【完結】出戻り令嬢の三度目の求婚

丸山 あい

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可惜夜 Ⅲ

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 撓垂しなだれかかるような形でしばらくいると、不思議なことに妙な照れも、気恥ずかしさもなくなってくる。

 少し前の自分であれば、こうしたことをするとは思いもしなかった。

 腰に回された大きな手が、やんわりとした力加減で撫でるように動く。触れるその手は、とりわけ脇腹__腰のくびれあたりを往復する。こそばゆさで身動ぎするが、動きは止まらず、むしろ身動ぎしたからか、余計に彼の大きな無骨な手の感触や熱をはっきりと感じ取れてしまった。

 じくり、と身体の芯__下腹部の奥で熱い疼きを覚える。

 鼻にかかったような声とともに、吐息が漏れてしまい、キルシェは咄嗟に手の甲で口元を抑えるようにして、リュディガーの身体から身を離そうと手で巨躯を押す。

 離れて気づいたが、顔がこれまでになく火照っていた。

 うつむき気味な顔で、視線を伏せていたキルシェは、ちらり、とリュディガーを見る。

 彼の鋭い眼光に驚いた刹那、腰に回されていた手が離れた腰を引き寄せて、もう一方の手でキルシェの口元を抑えていた手を取ると、自ら身を乗り出すようにして迫ってきた。

 次に起こることを予想できたキルシェが、残された手で胸板を押して牽制するも、リュディガーはまるでものともせず唇を重ねる。

 軽い挨拶程度にとどまらないのは、容易に察せられた。

 彼は、巨躯で覆いかぶさるようにして、キルシェを背もたれへと押し付けるようにして動きを封じた。

 深く唇を奪われる。

 呼吸さえ奪うほど、深く、執拗に。

「……っん……」

 時折漏れるのは、どうしようもないキルシェの鼻にかかった声。

 彼の中の激情をまざまざと感じさせられ、キルシェは戸惑う。

 ずくり、とそれに対して呼応するように下腹部が疼く。

 そこから広がる痺れのような心地に、キルシェは力が抜けていった__が、唐突にリュディガーが唇を開放した。

 はぁ、と息を吸い込んで、キルシェは目を開く。

 鼻が触れ合う距離にリュディガーの顔が未だにあって、眼光鋭い。その瞳の奥に熱に浮かされたものを感じ取って、キルシェは息を呑む。

 リュディガーは、いくらか呼吸が上がっている。

 身体に伝わる彼の拍動は強く早く、キルシェの拍動も感化されてなかなか呼吸も拍動も鎮まる気配がない。

 また奪われるのだろう。

 今度は、こんなものではすまないのでは__。

 下腹部の疼きは、自分の中にあった劣情なのだろう。

 __そうなったら……私は……流される……。

 ここは他所様の家だ。後見人の厚意で部屋を用意してもらっているにすぎない。

 でも、自分は抵抗を貫けなかった。

 __お酒のせいにするつもりはないけれど……。

 まだ夫婦でもないのに、はしたない。

 __夫婦だったら……夫婦になったら……。

 こうしたことが日常になるのだろうか__。

 __リュディガーは、多分本当に拒絶をすれば、そこで止めてくれるのに……。

 彼は人の心がわからない、我を通すだけの人ではない。

 強引なところはあるが、それはとてもしなやかな強引さだ。

 キルシェが嫌だと示せば、それをすんなり止めてくれる。

 __はたくとか……。

 本気で叩かなくても、加減して叩けばやめるのは間違いない。

 もちろん、叩くような暴力的な意思表示でなくても。

 __もっと力を込めて、執拗に押しのければ……。

 でも、それはできなかった。

 力が入らなかった、というのを先にも述べたようにそれもお酒のせいにするわけにはいかない。

 __望んでいる……のよね……。

一度は夫婦だったのだ。

 初夜も、その後もねやをともにしたことはないが、彼との男女の営みに対して、形式上でも夫婦になったことがあるから、敷居は低いのかもしれない。

 おそらく、これは都合の良い解釈だが、彼も筋は通したい性分だから、婚姻関係を結ぶ前に飛び越えたことはしないだろう__だから、彼の熱を受け入れていることもなくはない。

 ぎゅっ、と口元を引き結んだキルシェ。それを見て、彼が小さく笑いわずかに目元を和らげた。

「__少しは、酔いは覚めたか?」

「ぇ……」

 問いかけが理解できずに漏れた声は、掠れていた。

 痺れた思考で、なんやかんや自分なりに考えていたから、なおさら彼の問いかけは理解に窮した。

 掴んでいた手を放し、彼は無骨な手を返すようにして曲げた人差し指の背で、キルシェの頬に触れる。

「さっきより、視線がしっかりしたな」

 リュディガーは頬をその指の背で一つ撫でてから手を引いた。

「頭は冴えてきただろう?」

「え、えぇ……」

「なら、身支度はひとりでできそうだな」

 ぱちくりしていれば、リュディガーはふっ、と鼻で笑う。

「長くここにいると、色々と揶揄されるから、私は戻る」

 リュディガーは言って身体を離した。

「ぁ……それは、そうですね……」

 キルシェは、どきり、とした。

 下ではまだ、酒の席が続いているに違いない。

 その酒の席を思い出しながら、キルシェは両手で火照った頬を押さえた。

 下手をすれば、明日の朝、自分だって何かしら言われかねないのだ。

 小言ならまだしも、間違いなく小言ではない。間違いなくその場合、茶化すような物言いだ。

 諧謔を弄するビルネンベルクには慣れているはずだが、ことリュディガーとのことについては、なかなかに耐え難いから不思議なものだ。

 __絶対に、筋を違えられないのは、不義理をしたくないからでもあるわ。

 最後の最後で踏みとどまれる自身があるのは、後見人のビルネンベルクの顔を潰すようなことがあってはならない、と決意しているからだ。

 それはリュディガーもそうだろう。

 そのリュディガーは、今一度、手を回してきて抱擁をする。

 それは先程とは打って変わって穏やかでやさしいもの。

「転ばないように」

「ええ」

 一度、抱擁を強めたリュディガーはすっ、と身を離した。

 そして、席を離れて、扉へ向かい一度振り返って口元に力を込めるようにして、片側の口角を上げて部屋をあとにした。

 キルシェは彼の姿を見送ってすぐ、はぁ、と溜息を零した。

 何事もなかったかのように立ち去るリュディガーが、いくらか憎らしい。

 翻弄されっぱなしだったのだ。

 未だに拍動は早いし、身体は熱っぽい。

 酒で酔っただけとは言えないそれら。

 はぁぁ、とやや長く息を吐き、キルシェはソファーのクッションに虚脱するように身を預けた。
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