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14話 秘密の作戦 2

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ここ数日お兄様の観察をこっそり続けた結果、

お母様がお兄様から離れるのは他の先生方がいらっしゃってる間のみ。

その他の時間はべったりと張り付いてあれこれお世話を焼いている。

お兄様のこと本当にお人形のように思ってるわね。

…2人とも憐れだわ。

でも同じ科目のお勉強が3時間続く時が3日に一度くらいあって、

その時だけは途中で先生も30分ほど休憩のため席を外されるので、

その間お兄様は勉強部屋に1人きりになる。

もちろん執事などはいるが、

わざわざ私のことをお母様に報告する方が、かえって面倒が起きるとわかっているので、

問題さえ起きなければ報告されることはない。

お兄様にしか聞こえないように静かにお話しするくらいは全く問題ない。

そしてそのタイミングがまさにもうあと10分くらいで訪れるのだ。

よし!お兄様の勉強部屋へ向かうわよ!

足音を忍ばせて、そっと柱の影から勉強部屋を見ると、ちょうど先生が部屋から出ていくところだった!

ナイスタイミング‼︎

先生が見えなくなってから、すたたたっと音を立てないようにかけより、軽くノックする。

「はい」

お兄様の返事が中から聞こえる。
疲れた声だ。

「お兄様、ティアです。入ってもいい?」

「ティア⁈」
驚いた声とともに扉が開かれた。

覗いた顔は疲れてげっそりしているように見えたが、私の顔をみる青い瞳だけはキラキラしていた。

「来てくれたの⁈ 嬉しいなぁ!…でもどうしたんだい?」

「お兄様、少しお話ししたいことがあるんですけれど…

中へ一緒に入れて頂いてもかまいせんか?ご休憩のお邪魔でしょうか?」

「ティア!

そんな他人行儀に話さなくていいんだよ⁇

というより、いつからそんな大人っぽくお話しできるようになったんだい?

毎日見ていられたらその変化もわかったんだろうに、悔しいなぁ…」

と心底悔しそうに顔を歪めたお兄様を見て、思わず愛しすぎて笑ってしまった。

「ふふっ、大袈裟よ、お兄様。お兄様の方こそ、また一段とかっこよさが増しておられますわよ。」

「そうかなぁ」

と照れた顔を隠しもせず、頭を掻きながら、さぁ入って、と私の手を引いて中へ入れてくれる。

良い香りのする紅茶を私の分まで注いでくれて、ソファに並んで腰掛ける。

執事に話を聞かれないよう耳打ちできるようにと、ぴったりくっついて座ると、

お兄様はとっても嬉しそうに微笑んで、私の顔を覗き込む。

「それで?

ゆっくり話したいけど、休憩がすぐに終わってしまうから、

残念だけど本題を先に聞くよ。今日はどうしたんだい?」

「ええ、お兄様。突然ですけれど…

お兄様にお願いがあってきたんですの。」

「ティアからのお願い?

へへっ、それは嬉しいなぁ、何々?なんでも叶えてあげるよ!」

とウインクで応えてくれる。

幼いとはいえ眉目秀麗な上に、キレイな青い瞳でウインクなんてされたら、

いくら妹でもクラっときますよ。末恐ろしい。

あっ!そっくりな父は確かに恐ろしい現実を生きてらっしゃったわね!

ロズウェルがそうならないよう私がしっかり見張ってなくちゃだわ!

などと考えながらも本題をすすめていく。

「ふふっ、ありがとうございます。

あのですね、お兄様はお勉強は3歳の頃から始められたとお聞きしましたが、

私ももう7歳ですのでお勉強を習いたくて。

でもお母様があの調子ですから、私が頼んでもダメでしょうし、

お兄様から頼んで頂いてもさらにこじれる気が致しますし。

そこでですね、領地経営の孤児院に、視察も兼ねて勉強を定期的に教えに行きたいと

お兄様からおっしゃって頂きたいのです。

その時に、ついでにティアを連れて行って一緒に勉強させる、ティアのことは嫌いだが勉強させずに放置するのも伯爵家として恥ずかしいし、仕方ないと、

いかにも面倒そうにおっしゃってください。」

「嫌だよ、嘘でもそんなティアをおとしめるようなこと言いたくないね。」

「お兄様、先ほどなんでも叶えてくださるとおっしゃったじゃないですか。」

「それは…そうだけど」

「続きを聞いてください。

実はですね、先程そろそろお勉強したいと申しましたのは、

お母様にそのようにお伝え頂くための口上でして、

それはその通りにお話し頂きたいのですが、

実際のところ私は本を集めて自主的に勉強はしておりますの。

10歳ぐらいの貴族の子たちが習うべきことはすでにそれなりにわかるのです」

実は記憶があるからなんだけどね。

それ以上もわかると言ったら逆にややこしそうだし、

家庭教師もついていないんだから、3歳オーバーくらいにしておくのが妥当よね。

「なんだって⁉︎ ティア…そんな苦労を…よくがんばったね。」

と涙を潤ませながら頭をポンポンしてくれるお兄様に良心が傷む…

「お兄様こそ、まだ9歳ですのに15歳かそれ以上と同等のお勉強くらいまでは楽々におできになるじゃございませんか。」

「ティア、なんで知ってるの?」
お兄様はキョトンと首を傾げる。

「えっ、あー…と、それは、あっ、そうそう!

以前先生が廊下を歩いてらっしゃるところに出くわした折に教えてくださったんですよっ。」

慌ててなんとか取り繕い

「えっと!それより続きなんですがっ、」

半ば無理矢理先に進めると、

「うんうん、それで?」

とニコニコして聞いてくれる。

お兄様は素直だ…
こんなんだからお母様に潰されちゃったのね。
ちょっと納得。

「そんなわけで、

お勉強は私も年少の子どもたちになら教えられますし、

2人で手分けしてお勉強を教えて、時間が短縮できたら、

残りの時間をみんなで思いっきり遊びませんこと?

もちろんお母様の見てないところで!」

と今度は私がウインクして見せた。

「ティアーッ!」  

お兄様は私にギュッと抱きついて

「すごいアイデアだよ!ありがとう‼︎

ティアや他の子どもたちと、ただ自由に遊べるなんて!

夢のようだ‼︎

ティアバンザイ‼︎」

と、私の両の手をとって一緒にバンザイさせたお兄様からは、

うつろな表情が消え、少年の顔を覗かせていた。

私はほっとすると、

「お兄様、シーっですわよ!バレたらおしまいなんですからっ!」

「えへへ、ごめんごめん、つい嬉しくて。

じゃあお母様への話は任せておいて!

ティアのことを悪くいうのはちょっとあれだけど…いや、だいぶあれだけど…作戦成功のためには…うーん仕方ないのか…うーん…」

と唸りながら、まだぶつぶつ言っていたが、

そろそろ休憩時間も終わりそうなので

「じゃあ私は戻りますね。」

と慌てて出て行くことにする。

後ろからロズウェルが追いかけてきたので振り返ると

「また遠慮せずに遊びに来てね。

それと、この計画絶対成功させるからね!

じゃあ、もう先生が戻ってくる頃だから送ってあげられないのが残念だけど…

部屋まで気をつけて戻るんだよ。」

とハグしてくれたのはいいが、ちょっと長い。

ほんとに私のこと溺愛してくれてたんだなぁと実感する。

が、そんなことしてる場合じゃないのよ!

家庭教師の先生方はお母様の犬たちばかりだから、

私がここへ来たのが見つかったらきっと面倒なことになってしまう。

告げ口でもされてお母様のご不況を買ったら、

私との時間を作らせないために、さらにお兄様の習い事やら何やらを増やしかねない。

これ以上詰め込まれたら大変だ。

「お兄様、私なら大丈夫ですわ。ご心配ありがとうございます。でももう先生が来てしまいますので…」

とハグからすり抜け

「では良い結果をお待ちしてますね。」

とニコッとしながら軽くガッツポーズすると

「任せておいてよ!」

とお兄様もギュッと胸の前で拳を握ってから、ひらひらと手を振って見送ってくれた。


———あれから1週間が経った頃

お母様が茶会に出かけたすきに、お兄様があの件がどうなったかを伝えに私の部屋まで来てくれた。

ニコニコしながら入ってきたから、だいたい結果は想像できたけれど、

案の定、お兄様とお母様の話し合いはうまくいったようで、

お母様はお兄様の提案に

「さすがは伯爵家の長男だわ。

孤児院の視察に勉強会、おまけに落ちこぼれの妹のお世話までいっぺんにしようだなんて!

なんて慈愛に満ちた素晴らしい子なのかしら。

ああ、かわいいロズウェル」 

と抱きしめてなかなか離さなかったらしい。

お兄様がうんざりしながら教えてくれた。

申し訳なかったなぁと思いながらも、

おかげでその後は週に1度、私もお兄様も家を離れ、お母様と離れ、

思い切り自由に他の子どもたちと羽を伸ばして遊ぶ権利を勝ち取ることができたのだった。
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