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26章 建国祭
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一方その頃シェリーはと言えば、上空を落ちていた。地図上で転移をしたことで
起こった不具合だ。そうシェリーのマップ機能では経度と緯度は示されていたが、高度は示されていなかったのだ。
「確かに考えれば納得できる」
頭から自由落下しているにも関わらずシェリーは冷静に自分の失敗を考察していた。
「海抜を0だと思っていたけど、これは空島が基準になっていたってことだよね」
シェリーは海抜を0だと勝手に認識していたのだ。異世界ではそれが常識だったからだ。だから0から少し高めに設定していたのだが、まさかこの世界の高度の基準が空島がある位置だったことで、現在は高度一万メルからの落下しているのだ。
「シェリー!」
その自由落下中の速度が一気に減少した。これは勿論カイルがシェリーを自由落下という状態から助け出したのだ。
「あ、カイルさん。すみません。やはり失敗でした」
シェリーの道連れという形でカイルも突如として上空に放り出されたものの、カイルは条件反射と言っていい速さで翼を背から生やし、空中に留まり、落ちていくシェリーを見つけ、慌ててシェリーを空中で抱え込んだのだ。そのカイルの姿は背に白いドラゴンの様な翼が生えており、いつか見た姿となっていた。
「シェリー!俺が居なかったらどうするつもりだったんだ?確かにどういう状況で転移されるかわからないと言っていたが、ものには限度があるだろう!」
カイルには珍しくシェリーに怒っていた。いや、このような状況になってもいつもと変わらないシェリーに危機感を抱いたのだ。
ふと目を離した瞬間にシェリーを失ってしまうのではないのかという危機感。重傷と言っていいほどの怪我でも平然とした顔をして、超上空に放り出された状態にも関わらず、焦る様子もない。人族であるシェリーにしてみれば、どちらも命を失う危険性があることだ。
「カイルさんが居なくても地上にはたどり着きます」
シェリーの言っていることには間違いはないが、地上にたどり着くというより、地上に激突すると言い直したほうがいい状況になるだろう。
「そういうことじゃない!」
「はぁ。空中戦もあることも想定していますので、落下に対する対策ぐらいとっておます」
シェリーらしい答えがため息混じりで返ってきた。シェリーのいう空中戦というのは空を飛ぶことではなく、“最小の盾”の小さな透明な六角形の板を足場にして戦うことを想定している。となれば、足場となる“最小の盾”から踏み外せば、地上に落ちることになるのだ。ならば、それに対する策は練っているのだろう。
「それでも……それでもシェリーのあまり命を顧みない行動は俺が死にそうになる」
「だったら、そもそも番の儀式をしなければ良かったのではないのですか?」
カイルはシェリーの行動に命が縮む思いだと言ったのだが、シェリーはカイルが番の儀式でシェリーと同じ時を生きる存在にそもそもならなければ良かったのだと言う。
二人の会話は微妙に噛み合っていない。いや、シェリーはカイルの言いたいことが理解していたが、シェリー自身がカイルの命を握っていることが嫌だったのだ。
人族は弱い。獣人ほどの強固な肉体は持っておらず、エルフ族ほどの高魔力も持っていない。
はっきり言えば、シェリーとそのツガイたちの中で一番に命を落とすリスクがあるのはシェリーだと言っていい。
自分の親を見てツガイという存在に嫌悪感を抱いていたシェリーだが、ツガイという存在は互いに互いの命を握っていることも嫌だったのだ。
そして、シェリーは眼下を見下ろす。自由落下よりも速度は緩やかになったものの、地上に向かっていることには変わらず、今は地上から四千メルまで落ちてきていた。
大きな街を囲うように戦闘が行われている様子が上空からもありありとわかる。ラースの一族は魔導師の一族であるが故に、土煙が立ちの上っていたり、火柱があがっていたり、稲妻が走っていたりと戦闘の激しさを伺える。そして、一際大きな火柱が次々と上がっているところには、普通の人とは違う存在を見せつけられるような巨大な魔力が渦巻いているため、そこには魔人ミゲルロディアが国主として自ら戦いに赴いていることがよくわかった。
「シェリー」
眼下の戦闘にシェリーが色々考察していると、シェリーから番の儀式に関して文句を言われ、押し黙ってしまったカイルがその口を開いた。
「番の儀式のことは、あれで良かったと思っている。シェリーは自分のことに関しては無頓着のところがある。だから俺が足枷になれればいい。それにシェリーが傷つくところをこれ以上見たくないから、シェリーが行くところには必ずついていく。そこで俺はシェリーの剣となり、盾となろう。これ以上愛しい番が傷つかないように」
カイルは朗らかな笑顔でシェリーを見下ろす。この地上と空との間にはシェリーとカイルしか居ない。その二人だけの空間でカイルは己の想いを口にしたのだった。
ただ、カイルから愛おしい言われたシェリーの目は死んだ魚の目をしてたのだった。
_______________
ここまで読んでいただきましてありがとうございます。
600話です。600話書いてやっと夏から冬までたどり着きました。おかしいなぁ。
これからもよろしくお願いします。
さて、おまけ話を何にしようかと考えていたのですが、補足回でもいいでしょうか?
シーラン王国王都メイルーン。ラース公国公都グリードが強襲されて、他の国は何もなかったかと言えばそうでも無かったという話です……話になるかなぁ?
_______________
21580
ここはギラン共和国の首都ミレーテ。
最近、マルス帝国との国境から次元の悪魔が侵攻してきたが、国境に結界を張ってからというもの、その侵攻がピタリと止まっていた。
「主様ー。シェリーちゃんが来てからピタリと止まっちゃいましたねー」
暇なのだろうか、緑色の長い髪を三つ編みにしながらスイがユールクスに話しかけている。
ここは春の花園と言っていいほど花々で溢れた庭であり、そこでティータイムを楽しむ兄妹と思ってしまうような、似通った二人がガーデンテーブルを挟んで向かい合っていた。
とは言っても本当の花園ではなく、ユールクスの気分によって模倣された空間でしかない。
そして、ダンジョンの管理者と言っても『王の嘆き』ダンジョンを利用できる者は決められており、今は国内に魔物が増えているため、利用できる冒険者はダンジョンに潜ることは無くなっていた。
スイは暇そうにしているが、ダンジョンマスターであるユールクスはここではないどこかを見ているのかせわしなく視線が動いている。
「毎年、この時期は誰もダンジョンに潜ってくれなくて、つまらないですよねー」
ユールクスが返事をしないのは、いつものこととスイはわかりきっている話をする。冒険者がダンジョンを利用しない上に厳しい北国の真冬は外に出る人もまばらだ。
「でもぉ、昨日誰も居ない広場で、アマツさまの雪像を皆で作っていたら、今日の朝見つけた人が騒いでいて面白かったですよー」
スイは人の目が在るときは外に出ることは禁止されているが、人があまり外に出ることがない真冬の吹雪いている日は、首都そのものがダンジョンであるミレーテの中を自由に行動しているようだ。しかし、スイの言う皆というのは、ダンジョンの住人であるゾンビのモノたちのことだろうか。
このようにスイがユールクスに話をしているが、ダンジョンマスターであるユールクスには既に知っていることなので、わざわざスイが報告すべきことでもない。そして、報告するようなことでもない。
ただの雑談だ。いや、スイの大きな独り言と言っていいほど、ユールクスは何も反応していない。
そのユールクスがどこでもない空間を見ている視線が固定され、何かとんでもないモノを見ているかのように、目を見開いていた。
「主様?」
スイはユールクスが己のテリトリーであるダンジョンの管理に余念がなく、常に微調整を行っているため、このように作業のすることを止めるように、呆然としているユールクスに何が起こったのかと声を掛けた。このような事があったのはスイが知るなかでも、数度ぐらいだった。一つは千年ほど前にエンが黒豹獣人と金狼獣人と共に“王の嘆き”ダンジョンに入ってきたときだ。ミレーテの首都層にいるときは、龍人の世界に干渉する能力はそこまで影響を与えなかったが、アマツを上回る影響をダンジョンに与えられたときのユールクスは、怒りを通り越して絶望の表情をしていた。
今回はそこまでとは言わないが、ユールクスの作業を止める何かが起こったことは確かだ。
「30か」
ユールクスはボソリと呟いた。そして、スイの方を見て命じた。
「敵襲だ。今回は防衛部隊を出す。その指揮を取れ」
ユールクスの突然の命令にスイは蛇のような胴体で座っていた椅子から立ち上がり、姿勢を正す。
「はい!防衛部隊全てを出されるのですか?しかし、今は日中のため、ひと目につく可能性もありますが?」
先ほどまでダラけた感じの話し方をしていたスイだったが、今はユールクスの部下としての顔を見せている。
「構わぬ。敵を郊外に叩き落とすがゆえ、そのまま下の都市に引きずり落とす」
「叩き落とすのですか?」
ユールクスの言葉にスイは疑問を覚えた。敵襲と言われたので、てっきり吹雪に混じって、魔物が襲撃してきたのかと思ったのだが、空を飛行する魔物はこの吹雪ではまともに飛べないので、襲撃してくるのであれば、地を駆ける魔物ぐらいなものだったのだ。
ユールクスの指示を受けたスイは厚い雲の下で空を見上げていた。
「寒いよぅ」
そして、周りは猛吹雪だった。スイは寒いとは言っているものの、ダンジョンで生まれたモノであるが故に、暑い寒いの感覚などありはしない。ただ、人々がそう言っているので真似をしているだけで、本心では雪がバチバチ当たって鬱陶しいなぁぐらいにしか思ってはいない。
そのスイの頭上、厚い雲の中で空間に亀裂が入り、そこから出てこようとしているモノがいるのを、目ではない別の器官で視ていた。その亀裂の数は30程になるだろうか。
「これは主様が対処すべきことなのかなぁ?あたしは、この国の者が対処すべきだと思います」
スイの周りには誰もおらず、大きな独り言のを言ってはいるが、勿論この言葉はユールクスに向けて言った言葉だ。
『この国の者たちはまだ誰も気づいてはおらぬ。この吹雪で音も匂いも消されておる。獣人の国であろうが、この状況は酷というものだ』
スイから見れば、この国の住人たちはユールクスに頼りすぎていると考えているのだろう。例え、ユールクスと水龍アマツとの約束があろうが、本人はこの世を去って久しい。ならば、ここまでユールクスが手を貸すことはないだろうと。
『さて、スイ。そろそろ落ちてくるだろうから、指示を出すと良い』
「了解しましたー。久々のお仕事をしますよー!」
スイは先程まで寒いと言っていたはずが、腕をブンブン振り回して仕事をすると張り切っているものの、スイは自ら動く側ではなく、指示を出す側である。
そんなスイが張り切っている頭上から吹雪に混じって黒い躯体が落ちてきていた。そこに緑色の蔦のような物が向かって行っている。
「デケム!もう少し北東方向に修正!ベインテ!南南東へ」
スイが何故が方角の指示を出している。そのスイが指示を出した緑の蔦のようなモノは黒い躯体に絡みつき、地上に引きずり落とす様に引っ張って行っている。
「あ!ドーセ!対象が上空に逃げた!……主様。流石に30はあたしでは捌ききれないですよー。飛行タイプをいくつか逃してしまいました」
これはもしかして、ユールクスが完全体の悪魔を取り逃がしてしまったために、対策として上空にいる敵を己のテリトリーまで引きずり落とすためのモノということだろうか。
『ふむ。他のモノに使わせるのは、まだ早かったか』
ユールクスの声が聞こえた瞬間、雪に覆われた地面からミレーテを囲うように蔦が現れ、次々と上空に上っていき、厚い雲に突き刺さっていく。そして、黒い躯体を巻き取るように地上に引きずり落として行き、何事も無かったかのように地面の中に消え去って行った。
いつの間にかスイも姿も地上から居なくなり、首都ミレーテはいつもの冬の日々を繰り返すように、ただただ雪が何事もなかったように、全てを白く染めて行っていたのだった。
起こった不具合だ。そうシェリーのマップ機能では経度と緯度は示されていたが、高度は示されていなかったのだ。
「確かに考えれば納得できる」
頭から自由落下しているにも関わらずシェリーは冷静に自分の失敗を考察していた。
「海抜を0だと思っていたけど、これは空島が基準になっていたってことだよね」
シェリーは海抜を0だと勝手に認識していたのだ。異世界ではそれが常識だったからだ。だから0から少し高めに設定していたのだが、まさかこの世界の高度の基準が空島がある位置だったことで、現在は高度一万メルからの落下しているのだ。
「シェリー!」
その自由落下中の速度が一気に減少した。これは勿論カイルがシェリーを自由落下という状態から助け出したのだ。
「あ、カイルさん。すみません。やはり失敗でした」
シェリーの道連れという形でカイルも突如として上空に放り出されたものの、カイルは条件反射と言っていい速さで翼を背から生やし、空中に留まり、落ちていくシェリーを見つけ、慌ててシェリーを空中で抱え込んだのだ。そのカイルの姿は背に白いドラゴンの様な翼が生えており、いつか見た姿となっていた。
「シェリー!俺が居なかったらどうするつもりだったんだ?確かにどういう状況で転移されるかわからないと言っていたが、ものには限度があるだろう!」
カイルには珍しくシェリーに怒っていた。いや、このような状況になってもいつもと変わらないシェリーに危機感を抱いたのだ。
ふと目を離した瞬間にシェリーを失ってしまうのではないのかという危機感。重傷と言っていいほどの怪我でも平然とした顔をして、超上空に放り出された状態にも関わらず、焦る様子もない。人族であるシェリーにしてみれば、どちらも命を失う危険性があることだ。
「カイルさんが居なくても地上にはたどり着きます」
シェリーの言っていることには間違いはないが、地上にたどり着くというより、地上に激突すると言い直したほうがいい状況になるだろう。
「そういうことじゃない!」
「はぁ。空中戦もあることも想定していますので、落下に対する対策ぐらいとっておます」
シェリーらしい答えがため息混じりで返ってきた。シェリーのいう空中戦というのは空を飛ぶことではなく、“最小の盾”の小さな透明な六角形の板を足場にして戦うことを想定している。となれば、足場となる“最小の盾”から踏み外せば、地上に落ちることになるのだ。ならば、それに対する策は練っているのだろう。
「それでも……それでもシェリーのあまり命を顧みない行動は俺が死にそうになる」
「だったら、そもそも番の儀式をしなければ良かったのではないのですか?」
カイルはシェリーの行動に命が縮む思いだと言ったのだが、シェリーはカイルが番の儀式でシェリーと同じ時を生きる存在にそもそもならなければ良かったのだと言う。
二人の会話は微妙に噛み合っていない。いや、シェリーはカイルの言いたいことが理解していたが、シェリー自身がカイルの命を握っていることが嫌だったのだ。
人族は弱い。獣人ほどの強固な肉体は持っておらず、エルフ族ほどの高魔力も持っていない。
はっきり言えば、シェリーとそのツガイたちの中で一番に命を落とすリスクがあるのはシェリーだと言っていい。
自分の親を見てツガイという存在に嫌悪感を抱いていたシェリーだが、ツガイという存在は互いに互いの命を握っていることも嫌だったのだ。
そして、シェリーは眼下を見下ろす。自由落下よりも速度は緩やかになったものの、地上に向かっていることには変わらず、今は地上から四千メルまで落ちてきていた。
大きな街を囲うように戦闘が行われている様子が上空からもありありとわかる。ラースの一族は魔導師の一族であるが故に、土煙が立ちの上っていたり、火柱があがっていたり、稲妻が走っていたりと戦闘の激しさを伺える。そして、一際大きな火柱が次々と上がっているところには、普通の人とは違う存在を見せつけられるような巨大な魔力が渦巻いているため、そこには魔人ミゲルロディアが国主として自ら戦いに赴いていることがよくわかった。
「シェリー」
眼下の戦闘にシェリーが色々考察していると、シェリーから番の儀式に関して文句を言われ、押し黙ってしまったカイルがその口を開いた。
「番の儀式のことは、あれで良かったと思っている。シェリーは自分のことに関しては無頓着のところがある。だから俺が足枷になれればいい。それにシェリーが傷つくところをこれ以上見たくないから、シェリーが行くところには必ずついていく。そこで俺はシェリーの剣となり、盾となろう。これ以上愛しい番が傷つかないように」
カイルは朗らかな笑顔でシェリーを見下ろす。この地上と空との間にはシェリーとカイルしか居ない。その二人だけの空間でカイルは己の想いを口にしたのだった。
ただ、カイルから愛おしい言われたシェリーの目は死んだ魚の目をしてたのだった。
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ここまで読んでいただきましてありがとうございます。
600話です。600話書いてやっと夏から冬までたどり着きました。おかしいなぁ。
これからもよろしくお願いします。
さて、おまけ話を何にしようかと考えていたのですが、補足回でもいいでしょうか?
シーラン王国王都メイルーン。ラース公国公都グリードが強襲されて、他の国は何もなかったかと言えばそうでも無かったという話です……話になるかなぁ?
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21580
ここはギラン共和国の首都ミレーテ。
最近、マルス帝国との国境から次元の悪魔が侵攻してきたが、国境に結界を張ってからというもの、その侵攻がピタリと止まっていた。
「主様ー。シェリーちゃんが来てからピタリと止まっちゃいましたねー」
暇なのだろうか、緑色の長い髪を三つ編みにしながらスイがユールクスに話しかけている。
ここは春の花園と言っていいほど花々で溢れた庭であり、そこでティータイムを楽しむ兄妹と思ってしまうような、似通った二人がガーデンテーブルを挟んで向かい合っていた。
とは言っても本当の花園ではなく、ユールクスの気分によって模倣された空間でしかない。
そして、ダンジョンの管理者と言っても『王の嘆き』ダンジョンを利用できる者は決められており、今は国内に魔物が増えているため、利用できる冒険者はダンジョンに潜ることは無くなっていた。
スイは暇そうにしているが、ダンジョンマスターであるユールクスはここではないどこかを見ているのかせわしなく視線が動いている。
「毎年、この時期は誰もダンジョンに潜ってくれなくて、つまらないですよねー」
ユールクスが返事をしないのは、いつものこととスイはわかりきっている話をする。冒険者がダンジョンを利用しない上に厳しい北国の真冬は外に出る人もまばらだ。
「でもぉ、昨日誰も居ない広場で、アマツさまの雪像を皆で作っていたら、今日の朝見つけた人が騒いでいて面白かったですよー」
スイは人の目が在るときは外に出ることは禁止されているが、人があまり外に出ることがない真冬の吹雪いている日は、首都そのものがダンジョンであるミレーテの中を自由に行動しているようだ。しかし、スイの言う皆というのは、ダンジョンの住人であるゾンビのモノたちのことだろうか。
このようにスイがユールクスに話をしているが、ダンジョンマスターであるユールクスには既に知っていることなので、わざわざスイが報告すべきことでもない。そして、報告するようなことでもない。
ただの雑談だ。いや、スイの大きな独り言と言っていいほど、ユールクスは何も反応していない。
そのユールクスがどこでもない空間を見ている視線が固定され、何かとんでもないモノを見ているかのように、目を見開いていた。
「主様?」
スイはユールクスが己のテリトリーであるダンジョンの管理に余念がなく、常に微調整を行っているため、このように作業のすることを止めるように、呆然としているユールクスに何が起こったのかと声を掛けた。このような事があったのはスイが知るなかでも、数度ぐらいだった。一つは千年ほど前にエンが黒豹獣人と金狼獣人と共に“王の嘆き”ダンジョンに入ってきたときだ。ミレーテの首都層にいるときは、龍人の世界に干渉する能力はそこまで影響を与えなかったが、アマツを上回る影響をダンジョンに与えられたときのユールクスは、怒りを通り越して絶望の表情をしていた。
今回はそこまでとは言わないが、ユールクスの作業を止める何かが起こったことは確かだ。
「30か」
ユールクスはボソリと呟いた。そして、スイの方を見て命じた。
「敵襲だ。今回は防衛部隊を出す。その指揮を取れ」
ユールクスの突然の命令にスイは蛇のような胴体で座っていた椅子から立ち上がり、姿勢を正す。
「はい!防衛部隊全てを出されるのですか?しかし、今は日中のため、ひと目につく可能性もありますが?」
先ほどまでダラけた感じの話し方をしていたスイだったが、今はユールクスの部下としての顔を見せている。
「構わぬ。敵を郊外に叩き落とすがゆえ、そのまま下の都市に引きずり落とす」
「叩き落とすのですか?」
ユールクスの言葉にスイは疑問を覚えた。敵襲と言われたので、てっきり吹雪に混じって、魔物が襲撃してきたのかと思ったのだが、空を飛行する魔物はこの吹雪ではまともに飛べないので、襲撃してくるのであれば、地を駆ける魔物ぐらいなものだったのだ。
ユールクスの指示を受けたスイは厚い雲の下で空を見上げていた。
「寒いよぅ」
そして、周りは猛吹雪だった。スイは寒いとは言っているものの、ダンジョンで生まれたモノであるが故に、暑い寒いの感覚などありはしない。ただ、人々がそう言っているので真似をしているだけで、本心では雪がバチバチ当たって鬱陶しいなぁぐらいにしか思ってはいない。
そのスイの頭上、厚い雲の中で空間に亀裂が入り、そこから出てこようとしているモノがいるのを、目ではない別の器官で視ていた。その亀裂の数は30程になるだろうか。
「これは主様が対処すべきことなのかなぁ?あたしは、この国の者が対処すべきだと思います」
スイの周りには誰もおらず、大きな独り言のを言ってはいるが、勿論この言葉はユールクスに向けて言った言葉だ。
『この国の者たちはまだ誰も気づいてはおらぬ。この吹雪で音も匂いも消されておる。獣人の国であろうが、この状況は酷というものだ』
スイから見れば、この国の住人たちはユールクスに頼りすぎていると考えているのだろう。例え、ユールクスと水龍アマツとの約束があろうが、本人はこの世を去って久しい。ならば、ここまでユールクスが手を貸すことはないだろうと。
『さて、スイ。そろそろ落ちてくるだろうから、指示を出すと良い』
「了解しましたー。久々のお仕事をしますよー!」
スイは先程まで寒いと言っていたはずが、腕をブンブン振り回して仕事をすると張り切っているものの、スイは自ら動く側ではなく、指示を出す側である。
そんなスイが張り切っている頭上から吹雪に混じって黒い躯体が落ちてきていた。そこに緑色の蔦のような物が向かって行っている。
「デケム!もう少し北東方向に修正!ベインテ!南南東へ」
スイが何故が方角の指示を出している。そのスイが指示を出した緑の蔦のようなモノは黒い躯体に絡みつき、地上に引きずり落とす様に引っ張って行っている。
「あ!ドーセ!対象が上空に逃げた!……主様。流石に30はあたしでは捌ききれないですよー。飛行タイプをいくつか逃してしまいました」
これはもしかして、ユールクスが完全体の悪魔を取り逃がしてしまったために、対策として上空にいる敵を己のテリトリーまで引きずり落とすためのモノということだろうか。
『ふむ。他のモノに使わせるのは、まだ早かったか』
ユールクスの声が聞こえた瞬間、雪に覆われた地面からミレーテを囲うように蔦が現れ、次々と上空に上っていき、厚い雲に突き刺さっていく。そして、黒い躯体を巻き取るように地上に引きずり落として行き、何事も無かったかのように地面の中に消え去って行った。
いつの間にかスイも姿も地上から居なくなり、首都ミレーテはいつもの冬の日々を繰り返すように、ただただ雪が何事もなかったように、全てを白く染めて行っていたのだった。
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