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第3話 棺の中に子供が!
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サルヴァール子爵領はランドヴァラン辺境伯爵領の中でも端に位置する何もない場所にあります。
辺境領ということは隣国との国境沿いに存在しているのです。しかし、帝国の属国であるファルガ国になりますので、戦などこの三百年この地域では起こっていません。
ですから領地の者たちも農業に勤しむ人たちが殆どで、穏やかなものなのです。
それは領主のサルヴァール子爵もそうであり、のほほんとしたふくよかな男性です。子供ながら私は『このおっさん、飯と酒が美味いからって、食い過ぎじゃねぇ?』と思っておりました。
口が悪いと?まぁ、子爵令嬢と言っても庶民の子供たちと走り回って『鬼ごっこじゃ~』と叫んでいたり、川で『魚を取ったどー』と叫んでいたり、森の中で『ターザンごっこだぁー』と遊んでいたり、貴族という身分なんてクソ喰らえだという感じでした。
え? それ以外におかしなところがあるだろうって?
それは、あれですわ。
前世の記憶なんてものを持って生まれた弊害で、おかしな言動が漏れ出ていただけですわ。
そんな私ですから、おかしなことにも気がついたのです。
この世界には奴隷という者が存在します。私がどうこう言う立場ではないので、奴隷商人が領地内を通っていくのには文句はありません。
ただ、帝国側からファルガ国に抜けていくのが気になっていたのです。実は、サルヴァール子爵領からファルガ国に直接行くことができません。それは人の背の高さの五倍ほどの高さから崖を下りなければ、ならないからです。
このサルヴァール子爵領には国境を行き来するための関門はありません。自然の国境が人の行く手を阻んでいるからです。
確かに、ファルガ国側からロッククライミングしてくる輩がいますが、帝国に密入国することはほぼできません。なぜなら、崖に巣を作っている魔鳥や岩トカゲの餌になるからです。
ですから、領民は穏やかに暮らせるというのもあります。
その気になっている奴隷商人ですが、見た目は人の良さそうなおっさんです。言い換えると胡散臭い笑顔を張り付けたおっさんです。
私が怪しすぎる奴隷商人を、そのまま見逃しているのも理由があります。
父も領民もその沢山の奴隷を引き連れた奴隷商人がやってくると、お祭り騒ぎのように浮足立つのです。
この辺境の地では娯楽がないのです。
奴隷商人が通行料と口止め領と言わんばかりに、皇都の菓子を子どもたちに配り、大人たちには皇都の商品を食べ物と物々交換したり、見た目のいい奴隷に踊りを踊らせたり、語り部に今流行りの物語の歌わせるのです。
ここで大事なのは、奴隷商人の好意でやっているという建前。恐らく普通に国境を越えるのにかかる関税よりも断然安いのでしょう。
ですが、そこまでしてこのサルヴァール子爵領を通らないといけない理由がわからず、私は奴隷商人が来るたびに、無邪気な子供を装って探っていたのでした。
「おっちゃん。今日はどんな面白いモノがあるの?」
六歳の私は子どもたちがお菓子に群がっている横で、奴隷商人の男に近寄って、変わったものを見せて欲しいとねだる。
その男は奴隷たちをまとめているだけあって、体格の良い大柄の男だ。
金髪に空の色の青い目が印象的な男は、タバコを吹かしながら、ニコニコと笑みを浮かべ子供たちを見ていた。
こいつらを奴隷にするつもりじゃないよな。私の目が黒い内はさせないから……私の目は黒じゃないけど。
「おや、黒髪のお嬢ちゃん。今日はそうだねぇ。歌う鳥はどうだい?」
「見たい! 聞きたい! ほかにも面白いの見たい!」
黒髪のお嬢ちゃん。それは私のことだ。黒髪に金目。六歳だけど他の六歳児よりも小柄だ。
そして金髪の男はタバコを咥えたまま、ついてくるように私に手招きをする。
この男の奴隷商の隊商はかなり大きい。荷馬車が五台。檻を引く荷馬車が十台。そして六十人ほどの護衛。
概算で一台の馬車に御者が一人と護衛が三人がつくのだろう。
はっきり言って、このサルヴァール子爵領にこの人数を受け入れられる宿泊施設はない。
だけど、このサルヴァール子爵領をとおり抜ける理由。
「これだな」
荷馬車の一つから、布に覆われた鳥かごを見せられた。そしてその布地を取り払う男。
その中には、鮮やかな青い羽に身を包んだ手乗りサイズの小鳥がいた。
「へぇー。おっちゃん。これいくらで売るヤツ?」
「お嬢ちゃんはいくらだと思う?」
「うーん? 五百Dぐらい?」
五百Dはパン一斤の値段だ。
「これ、その辺で飛んでそうな小鳥さんだよね?」
そんなことは無いということは勿論わかっている。これは普通の鳥ではなく、魔鳥の部類だ。魔鳥はよく見かけるので、魔力を帯びていることは、直ぐにわかった。
「違う違う。これは珍しい北方の鳥だ。値段は五億Dだよ」
ぼったくりじゃない? 誰が、こんな小さな鳥に五億も出すわけ?
「ごおく……都会の貴族ってお金もちだね。小さな小鳥さんに、たくさんお金を出すなんて」
「まぁ、お嬢ちゃんにはまだ難しいかもしれないが、価値観は人それぞれだ。とある方々にはそれほどの価値があるって言うものだ」
「ふーん……他にも見せて」
この奴隷商人は私がサルヴァール子爵令嬢だと知っている。サルヴァール子爵家はランドヴァラン辺境伯爵家の遠縁に当たる。だからその特徴が姿に出てしまうのだ。この金色の瞳。
家族の中では父と私だけだけど、これが私が貴族の血が入っていると見せつけているようなものだった。
だから私はそれを利用して聞いているのだ。貴族の子供は十三歳から十八歳までの五年間は皇都にある学園に通わなければならない。
その貴族の価値観を教えて欲しいと、奴隷商人に頼んだのだ。勿論これは建前だ。こんな価値観など、必要になることは無いだろうから。
ただ、物心がついてから、聞いているとなんとなくわかってきた。珍しいと言っているもの全て、禁制品だろうと。
そして檻の中に入っている中でも見た目がいい人はどこかの貴族の血が入っているのだろうと。
この帝国が奴隷の存在を認めている。だから、私が否定することは問題視されるだろう。
「それじゃ次はこれだな」
別の何かを取り出そうと男がしたところで、隣の箱に当たった。
『うぐっ』
……何か変な声が箱から聞こえなかった?
そして、鎖のジャラジャラという音と箱の中をゴソゴソと動く音が聞こえる。
「ねぇ、この箱の中には何が入っているの?」
「……ああ。手負いの獣の子だ。凶暴だから箱に閉じ込めているんだ。お嬢ちゃんなんか食われて死んじまうぞ」
「ウワーコワーイ」
凄く怪しい言い訳に、思わず棒読みで返してしまった。
へぇ、怪我させてまで捕まえた獣の子って気になる。どんないけない獣を捕まえたのだろう?
その箱に私の魔力の糸で目印を付けておく。あとで確認しておこう。
この奴隷商人が見せてくれた商品は全部記録にしている。それはこのサルヴァール子爵領で問題を起こしたときに突きつけるためだ。
お前が今までこの国境を無関税で通ったときに持っていたものだと、上に申告するぞと。
恐らく莫大な課税金が発生すると思われる。
この箱の中の怪しい物体も記録しておこう。
基本的にこのサルヴァール子爵領で奴隷商人が一泊するときはテントを広げて、休んでいる。勿論見張りもいるが、領民が食べ物や酒を次々と持ってきているので、宴状態になっている。
何もないサルヴァール子爵領だけど、食べ物は余るぐらいあった。土地に恵まれているということだ。
そして、いつもより多めに酒を渡すように父に言ったお陰で、奴隷商人たちが寝静まるのも早かった。
父には面白い動物を沢山みせてもらったから、おっちゃんにお礼をしておいてと、言っただけだけどね。
二つの月が明るく世界を照らしている。
さわさわと草木の葉が揺れ、虫の声が辺りを満たしている。
何も変わらないいつもの夜。
そこに身を低くして、奴隷商の荷馬車の一つに近づいていく私。六歳児が何をしているのだという状況だけど、のほほんとした父を見ていると本当に心配になってくる。
良いように使われているなって。
だからいざとなったときのカードは揃えておきたいのが私の心境だ。
さて、問題の箱が置いてある荷馬車にたどり着いた。
印をつけた箱を観察していると、どうも杭で箱を打ち付けている。
え? どれだけ凶暴なモノが入っているわけ? 餌も与えないつもり?
いや、亀だと一週間に一度でもいいと聞いたことがあったと、前世の記憶から引っ張り出される。
ワニガメみたいな指を噛み切られる系が入ってっている?
しかし、亀なら少し冷える夜は動きが怠慢になるはず。
こんなこともあろうかと、父の作業道具を拝借してきた。基本的に家の修理や家を建てるのは領民でまかなっている。
だから、父も家の修繕は普通にするので、小道具は色々ある。
木の蓋の隙間に釘抜きを……いやこれだと箱が傷ついて、一度開けたことがバレるな。
箱の大きさな私より大きい。蓋をこじ開けるのも苦労しそうだ。
私は魔力の糸を作り出す。
それを蓋と木の箱の隙間にそわした。
両端を持ってそのまま箱の上に乗って反対側に私は回る。他に荷物があるから、横からは回れないのだ。
箱の上を通って思ったけど、長方形の形をしている。なんだか墓の下に埋める棺みたい。……これ棺じゃない? 杭が打っているし……もしかしてバンパイアの……子供?
この世界にバンパイアっているのだろうか?
そんなことを思いながら、糸を一気に引く。
すると打ち付けてある杭だけを糸は切っていった。
私は動くようになった箱の蓋をそっと動かす。半分ずらしたけど、暗くて見えない。明かりをつけたら、流石にバレるだろうから、それはできなかった。
思い切って、蓋を箱から下ろす。
一番に目に入ったのは、銀色だ。月明かりに反射する銀色。そして、血の匂いに交じる糞尿の匂い。
どうみても人の子供なのだけど?
それも息が荒い。熱がある?
「これは死んでもいいてこと?」
足の方に赤い血の塊が見える。そして箱の中を満たす糞尿の匂い。これは傷口から感染症を起こしている可能性が高かった。
昼間はこの荷馬車の中が、動物臭と糞尿の匂いが普通にしているから、全然気が付かなかった。
「これは人命救助を優先させるべきだよね」
私は唸っている銀髪の子供に手をかざして、この場から消す。これは転移で別の場所に移動させたのだ。
こんなことをすれば、魔力の残滓で私がやったとバレるからしたくなかったけど、仕方がない。
偽装工作をするか。
一時間ほどかかって偽装工作をして、私は自分の部屋に転移をして戻る。
私の部屋はシンプルな、ほぼ何も物を置いていない部屋だ。本棚と文机とベッドだけだ。
文机の上に置いてある魔道ランプに明かりをともし、部屋の中を光で満たす。それをもってベッドに向かえば、小汚い子供が……いや、血と糞尿にまみれているけど、着ている衣服は私と比べられないほど上質な物だ。そして、顔立ちもその辺りで、うきゃうきゃ言っているガキ共と比べるのも烏滸がましいほどの美人。
逆に少年か少女か不明だ。どうみても貴族の血が入っている。
これは母の協力が必要だけど、どう言い訳をするか。
ええい! 言い訳なんて後から考えればいい。
私は両親の寝室の扉の前に行って、ノックする。父の執務室の明かりがともっていたので、今は母しかいないはずだ。
すると、扉が開いて、茶髪のふくよかな女性が顔を出した。眠そうな顔をしていないので、今日買ったと言っていた本でも読んでいたのだろう。
「あら? イリアどうしたの? 寝れないの? 珍しいわね」
母からすれば、私は手を焼かない子らしい。まぁ、前世の記憶があったから、自分で何でもすると言っていたからね。
「母ちゃん。黙って部屋に来て欲しい」
そう言って、母の手を引っ張って、私の部屋に連れて行く。
「あら? いつもは描いた絵は翌朝見せてくれるのに、今日はいい絵が描けたの?」
確かに私は奴隷商人から見せてもらったモノの正体を知るために、絵を描いて家族に見せている。
「内緒だよ」
「あら? 楽しみね」
母よ。私の部屋にいるのは死にかけの子供だから、楽しみにしているところ、ごめん。
そして、私の部屋に母を招き入れた。
「母ちゃん。お熱出て、怪我している子を助けたい。内緒だよ」
「……わかった。母ちゃんに任せなさい!」
母は何も聞かずに言ってくれた。恐らく、どこから私が連れてきたのか理解してくれたのだろう。父に知らせることなく、母は動いてくれた。
父は腹芸が全くと言っていいほどできない。こんなことを知らせれば、翌朝奴隷商人と顔を合わせた時にオロオロしだすのは、予想できたからだ。
朝日が昇るころには、小綺麗になった少年が私のベッドに横になっていた。
そして奴隷商人たちはいつもと変わらず、領民に見送られて、ファルガ国方面に去っていったのだった。
辺境領ということは隣国との国境沿いに存在しているのです。しかし、帝国の属国であるファルガ国になりますので、戦などこの三百年この地域では起こっていません。
ですから領地の者たちも農業に勤しむ人たちが殆どで、穏やかなものなのです。
それは領主のサルヴァール子爵もそうであり、のほほんとしたふくよかな男性です。子供ながら私は『このおっさん、飯と酒が美味いからって、食い過ぎじゃねぇ?』と思っておりました。
口が悪いと?まぁ、子爵令嬢と言っても庶民の子供たちと走り回って『鬼ごっこじゃ~』と叫んでいたり、川で『魚を取ったどー』と叫んでいたり、森の中で『ターザンごっこだぁー』と遊んでいたり、貴族という身分なんてクソ喰らえだという感じでした。
え? それ以外におかしなところがあるだろうって?
それは、あれですわ。
前世の記憶なんてものを持って生まれた弊害で、おかしな言動が漏れ出ていただけですわ。
そんな私ですから、おかしなことにも気がついたのです。
この世界には奴隷という者が存在します。私がどうこう言う立場ではないので、奴隷商人が領地内を通っていくのには文句はありません。
ただ、帝国側からファルガ国に抜けていくのが気になっていたのです。実は、サルヴァール子爵領からファルガ国に直接行くことができません。それは人の背の高さの五倍ほどの高さから崖を下りなければ、ならないからです。
このサルヴァール子爵領には国境を行き来するための関門はありません。自然の国境が人の行く手を阻んでいるからです。
確かに、ファルガ国側からロッククライミングしてくる輩がいますが、帝国に密入国することはほぼできません。なぜなら、崖に巣を作っている魔鳥や岩トカゲの餌になるからです。
ですから、領民は穏やかに暮らせるというのもあります。
その気になっている奴隷商人ですが、見た目は人の良さそうなおっさんです。言い換えると胡散臭い笑顔を張り付けたおっさんです。
私が怪しすぎる奴隷商人を、そのまま見逃しているのも理由があります。
父も領民もその沢山の奴隷を引き連れた奴隷商人がやってくると、お祭り騒ぎのように浮足立つのです。
この辺境の地では娯楽がないのです。
奴隷商人が通行料と口止め領と言わんばかりに、皇都の菓子を子どもたちに配り、大人たちには皇都の商品を食べ物と物々交換したり、見た目のいい奴隷に踊りを踊らせたり、語り部に今流行りの物語の歌わせるのです。
ここで大事なのは、奴隷商人の好意でやっているという建前。恐らく普通に国境を越えるのにかかる関税よりも断然安いのでしょう。
ですが、そこまでしてこのサルヴァール子爵領を通らないといけない理由がわからず、私は奴隷商人が来るたびに、無邪気な子供を装って探っていたのでした。
「おっちゃん。今日はどんな面白いモノがあるの?」
六歳の私は子どもたちがお菓子に群がっている横で、奴隷商人の男に近寄って、変わったものを見せて欲しいとねだる。
その男は奴隷たちをまとめているだけあって、体格の良い大柄の男だ。
金髪に空の色の青い目が印象的な男は、タバコを吹かしながら、ニコニコと笑みを浮かべ子供たちを見ていた。
こいつらを奴隷にするつもりじゃないよな。私の目が黒い内はさせないから……私の目は黒じゃないけど。
「おや、黒髪のお嬢ちゃん。今日はそうだねぇ。歌う鳥はどうだい?」
「見たい! 聞きたい! ほかにも面白いの見たい!」
黒髪のお嬢ちゃん。それは私のことだ。黒髪に金目。六歳だけど他の六歳児よりも小柄だ。
そして金髪の男はタバコを咥えたまま、ついてくるように私に手招きをする。
この男の奴隷商の隊商はかなり大きい。荷馬車が五台。檻を引く荷馬車が十台。そして六十人ほどの護衛。
概算で一台の馬車に御者が一人と護衛が三人がつくのだろう。
はっきり言って、このサルヴァール子爵領にこの人数を受け入れられる宿泊施設はない。
だけど、このサルヴァール子爵領をとおり抜ける理由。
「これだな」
荷馬車の一つから、布に覆われた鳥かごを見せられた。そしてその布地を取り払う男。
その中には、鮮やかな青い羽に身を包んだ手乗りサイズの小鳥がいた。
「へぇー。おっちゃん。これいくらで売るヤツ?」
「お嬢ちゃんはいくらだと思う?」
「うーん? 五百Dぐらい?」
五百Dはパン一斤の値段だ。
「これ、その辺で飛んでそうな小鳥さんだよね?」
そんなことは無いということは勿論わかっている。これは普通の鳥ではなく、魔鳥の部類だ。魔鳥はよく見かけるので、魔力を帯びていることは、直ぐにわかった。
「違う違う。これは珍しい北方の鳥だ。値段は五億Dだよ」
ぼったくりじゃない? 誰が、こんな小さな鳥に五億も出すわけ?
「ごおく……都会の貴族ってお金もちだね。小さな小鳥さんに、たくさんお金を出すなんて」
「まぁ、お嬢ちゃんにはまだ難しいかもしれないが、価値観は人それぞれだ。とある方々にはそれほどの価値があるって言うものだ」
「ふーん……他にも見せて」
この奴隷商人は私がサルヴァール子爵令嬢だと知っている。サルヴァール子爵家はランドヴァラン辺境伯爵家の遠縁に当たる。だからその特徴が姿に出てしまうのだ。この金色の瞳。
家族の中では父と私だけだけど、これが私が貴族の血が入っていると見せつけているようなものだった。
だから私はそれを利用して聞いているのだ。貴族の子供は十三歳から十八歳までの五年間は皇都にある学園に通わなければならない。
その貴族の価値観を教えて欲しいと、奴隷商人に頼んだのだ。勿論これは建前だ。こんな価値観など、必要になることは無いだろうから。
ただ、物心がついてから、聞いているとなんとなくわかってきた。珍しいと言っているもの全て、禁制品だろうと。
そして檻の中に入っている中でも見た目がいい人はどこかの貴族の血が入っているのだろうと。
この帝国が奴隷の存在を認めている。だから、私が否定することは問題視されるだろう。
「それじゃ次はこれだな」
別の何かを取り出そうと男がしたところで、隣の箱に当たった。
『うぐっ』
……何か変な声が箱から聞こえなかった?
そして、鎖のジャラジャラという音と箱の中をゴソゴソと動く音が聞こえる。
「ねぇ、この箱の中には何が入っているの?」
「……ああ。手負いの獣の子だ。凶暴だから箱に閉じ込めているんだ。お嬢ちゃんなんか食われて死んじまうぞ」
「ウワーコワーイ」
凄く怪しい言い訳に、思わず棒読みで返してしまった。
へぇ、怪我させてまで捕まえた獣の子って気になる。どんないけない獣を捕まえたのだろう?
その箱に私の魔力の糸で目印を付けておく。あとで確認しておこう。
この奴隷商人が見せてくれた商品は全部記録にしている。それはこのサルヴァール子爵領で問題を起こしたときに突きつけるためだ。
お前が今までこの国境を無関税で通ったときに持っていたものだと、上に申告するぞと。
恐らく莫大な課税金が発生すると思われる。
この箱の中の怪しい物体も記録しておこう。
基本的にこのサルヴァール子爵領で奴隷商人が一泊するときはテントを広げて、休んでいる。勿論見張りもいるが、領民が食べ物や酒を次々と持ってきているので、宴状態になっている。
何もないサルヴァール子爵領だけど、食べ物は余るぐらいあった。土地に恵まれているということだ。
そして、いつもより多めに酒を渡すように父に言ったお陰で、奴隷商人たちが寝静まるのも早かった。
父には面白い動物を沢山みせてもらったから、おっちゃんにお礼をしておいてと、言っただけだけどね。
二つの月が明るく世界を照らしている。
さわさわと草木の葉が揺れ、虫の声が辺りを満たしている。
何も変わらないいつもの夜。
そこに身を低くして、奴隷商の荷馬車の一つに近づいていく私。六歳児が何をしているのだという状況だけど、のほほんとした父を見ていると本当に心配になってくる。
良いように使われているなって。
だからいざとなったときのカードは揃えておきたいのが私の心境だ。
さて、問題の箱が置いてある荷馬車にたどり着いた。
印をつけた箱を観察していると、どうも杭で箱を打ち付けている。
え? どれだけ凶暴なモノが入っているわけ? 餌も与えないつもり?
いや、亀だと一週間に一度でもいいと聞いたことがあったと、前世の記憶から引っ張り出される。
ワニガメみたいな指を噛み切られる系が入ってっている?
しかし、亀なら少し冷える夜は動きが怠慢になるはず。
こんなこともあろうかと、父の作業道具を拝借してきた。基本的に家の修理や家を建てるのは領民でまかなっている。
だから、父も家の修繕は普通にするので、小道具は色々ある。
木の蓋の隙間に釘抜きを……いやこれだと箱が傷ついて、一度開けたことがバレるな。
箱の大きさな私より大きい。蓋をこじ開けるのも苦労しそうだ。
私は魔力の糸を作り出す。
それを蓋と木の箱の隙間にそわした。
両端を持ってそのまま箱の上に乗って反対側に私は回る。他に荷物があるから、横からは回れないのだ。
箱の上を通って思ったけど、長方形の形をしている。なんだか墓の下に埋める棺みたい。……これ棺じゃない? 杭が打っているし……もしかしてバンパイアの……子供?
この世界にバンパイアっているのだろうか?
そんなことを思いながら、糸を一気に引く。
すると打ち付けてある杭だけを糸は切っていった。
私は動くようになった箱の蓋をそっと動かす。半分ずらしたけど、暗くて見えない。明かりをつけたら、流石にバレるだろうから、それはできなかった。
思い切って、蓋を箱から下ろす。
一番に目に入ったのは、銀色だ。月明かりに反射する銀色。そして、血の匂いに交じる糞尿の匂い。
どうみても人の子供なのだけど?
それも息が荒い。熱がある?
「これは死んでもいいてこと?」
足の方に赤い血の塊が見える。そして箱の中を満たす糞尿の匂い。これは傷口から感染症を起こしている可能性が高かった。
昼間はこの荷馬車の中が、動物臭と糞尿の匂いが普通にしているから、全然気が付かなかった。
「これは人命救助を優先させるべきだよね」
私は唸っている銀髪の子供に手をかざして、この場から消す。これは転移で別の場所に移動させたのだ。
こんなことをすれば、魔力の残滓で私がやったとバレるからしたくなかったけど、仕方がない。
偽装工作をするか。
一時間ほどかかって偽装工作をして、私は自分の部屋に転移をして戻る。
私の部屋はシンプルな、ほぼ何も物を置いていない部屋だ。本棚と文机とベッドだけだ。
文机の上に置いてある魔道ランプに明かりをともし、部屋の中を光で満たす。それをもってベッドに向かえば、小汚い子供が……いや、血と糞尿にまみれているけど、着ている衣服は私と比べられないほど上質な物だ。そして、顔立ちもその辺りで、うきゃうきゃ言っているガキ共と比べるのも烏滸がましいほどの美人。
逆に少年か少女か不明だ。どうみても貴族の血が入っている。
これは母の協力が必要だけど、どう言い訳をするか。
ええい! 言い訳なんて後から考えればいい。
私は両親の寝室の扉の前に行って、ノックする。父の執務室の明かりがともっていたので、今は母しかいないはずだ。
すると、扉が開いて、茶髪のふくよかな女性が顔を出した。眠そうな顔をしていないので、今日買ったと言っていた本でも読んでいたのだろう。
「あら? イリアどうしたの? 寝れないの? 珍しいわね」
母からすれば、私は手を焼かない子らしい。まぁ、前世の記憶があったから、自分で何でもすると言っていたからね。
「母ちゃん。黙って部屋に来て欲しい」
そう言って、母の手を引っ張って、私の部屋に連れて行く。
「あら? いつもは描いた絵は翌朝見せてくれるのに、今日はいい絵が描けたの?」
確かに私は奴隷商人から見せてもらったモノの正体を知るために、絵を描いて家族に見せている。
「内緒だよ」
「あら? 楽しみね」
母よ。私の部屋にいるのは死にかけの子供だから、楽しみにしているところ、ごめん。
そして、私の部屋に母を招き入れた。
「母ちゃん。お熱出て、怪我している子を助けたい。内緒だよ」
「……わかった。母ちゃんに任せなさい!」
母は何も聞かずに言ってくれた。恐らく、どこから私が連れてきたのか理解してくれたのだろう。父に知らせることなく、母は動いてくれた。
父は腹芸が全くと言っていいほどできない。こんなことを知らせれば、翌朝奴隷商人と顔を合わせた時にオロオロしだすのは、予想できたからだ。
朝日が昇るころには、小綺麗になった少年が私のベッドに横になっていた。
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