公爵令嬢の幸せな夢

IROHANI

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三十八、自称モブ令嬢の物語は始まらない

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「なんでよぉっっ!!!」

 学園長の挨拶で終わったはずの卒業パーティーだったが、そこに声が響き渡った。帰ろうとしていた人達も動きを止め、会場内は静まり返る。少しずつざわざわと話し声が広がっていくのをクリスティアン兄様が手を挙げて止めた。

「いきなりどうしたのかな?」

 優しく聞いているが目が笑っていない。お隣のヴィルヘルミーナ様は扇子で口元を隠しているが、こちらも目が笑っていない。

「なんで!? なんでざまぁしないのよ! そこの『ヒロイン』と『悪役令嬢』を断罪しなさいよ!」
「何を言っているのかな君は」

 もう口を閉じて欲しい。お二人から危険なオーラが出ているのが見える気がする。クレメッティ兄様もレベッカ様の肩を抱いて冷たい目で見ているし、エドヴァルド様も私の肩を抱いて鋭い目で見ている。ウキウキと状況を楽しんでいるのはシャンドル殿下だけだろう。そんな殿下をカトリーナ様はうっとりと見つめている。そこだけ平和なのがずるい。

「断罪しないと始まらないでしょ!? ワタシの物語が始まらないじゃない!! 今すぐそいつらを捨ててワタシにプロポーズしなさいよ!!」

 離れた場所で見ている父の目も恐ろしいが、隣から殺気が漏れ出ているのは気のせいではない。モブさんにだけ向けているようなので、被害は彼女だけのようだが。

「ここで両手に花エンドでしょ? それで他の攻略キャラにも愛されて、魔王様にだって……ひっ!」

 魔王様なら目の前にいますよ。そして、私の隣にも『真の魔王』がいます。
 そっと彼の手に自分の手を当てて、ぽんぽんと軽く叩けば殺気はしまって緩んだ青紫の目をこちらに向けてくれる。

「どうしたアマリア?」
「怖がっていらっしゃいますわ」
「君が止めるならしかたがない」

 そんな残念そうに言わないでくださいませ!
 前を見れば座り込んで俯いたモブさんが「なんで?」と繰り返している。持っていたお皿は床に落ちて砕かれ、フォークを握った手が力を入れすぎているのか震えている。クリスティアン兄様の指示で動き出した監視役に腕を引かれてゆっくりと立ち上がっているが、その身体はもう力が入らないみたいだ。
 俯いてぶつぶつと呟きながら、ゆっくりと上げた顔は歪んだ笑顔が浮かび上がっている。

「ワタシの思いどおりにならないあんた達なんていらない! リセットよ! 乙女ゲームならリセットして最初からやり直せばいいわ! だってここは……ここは?」

 何かに気づいたのか不思議そうに首を傾げている。

「乙女ゲーム? ちがう……小説よ。ワタシが好きな小説の世界。じゃぁ、リセットできない? そんなの……」

 だんだんと髪を振り乱して頭をぐちゃぐちゃにしている。そして、そのまま監視役の手を振り払って握っていたフォークを振り上げた。

「きゃあっ!!?」

 突然の行動に悲鳴をあげたのは誰だったのだろう。私は彼女の行動に驚いて、エドヴァルド様にしがみつくしかできなかった。すぐに抱きしめてくれた腕の中で前を見れば、何が起こったかわからないと言いたげな顔の彼女が立っており、足元に小さな何かが落ちていた。

「驚いた? それは結界をはれる魔道具なのだけど、一度防ぐと壊れてしまうのが欠点だね」
「まだまだ改良の余地がありますよ兄上」
「それはおまえやレベッカ嬢に任せようかな。さて」

 兄様が魔道具を投げて彼女に結界をはってフォークを弾いたようだ。彼女のフォークは取り上げられ、今度はしっかりと護衛騎士に抑えられて動けなくなっている。

「自害でもしようとしたのかな?」
「まぁ! 殿下の御前を血で汚すなどありえませんわよ」

 ヴィルヘルミーナ様は静かに怒っていらっしゃる。「私が止めたかったのに」と小さく呟いているのが聞こえてきた。

「いつまでもここにいるわけにはいかないからね。まずは彼女を連行してくれるかな?」

 兄様の一言で大人しくなった彼女は連れて行かれた。もう、何かする気力もないようで俯いてた。

「最後にこんな事になってしまうなんてね。さぁ、今度こそ解散しようか」

 今度こそ本当に終わりのようで少しずつ人が減っていく。私達もようやく安心できたからか肩の力が抜けて、レベッカ様達と顔をあわせて小さく笑った。それでも後味の悪い結末のような気がして、ちゃんと笑えていたかはわからない。

「王太子殿下」
「叔父上……いや、キルッカ公爵。これからまた報告会と会議になるね。頼んだよ」
「わかっています。アマリア、疲れただろう。帰ってゆっくりと休むといい。エドヴァルドくん、娘を頼むよ」
「おまかせください」



 エドヴァルド様と馬車に乗って帰る途中、私はようやく長い一日が終わったのだと安心してしまい彼の肩にもたれて眠ってしまった。
 誰かに抱き上げられて運ばれているのがわかる。でも眠くて目は開けられない。そっと柔らかな場所に下ろされて、頭を撫でてくれる。ゆっくり、ゆっくり沈んでいくように意識が消えてしまう前に、額に何かが触れて離れていく。

「おやすみ。良い夢を……」

 静かに囁かれた言葉どおりに、きっと良い夢が見られるに違いない。

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