無想無冠のミーザ

能原 惜

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第一章 「占拠された花園」

二章 パートナーのミーザ[まとめ]

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 じーさんは不思議な反応をした。
 俺の選択に驚かず、むしろ当然だろうというような朗らかな笑みで首を縦に振ると、俺に背中を向けたのだ。
「ついて来なさい、嗣虎君のパートナーを紹介しよう」
 それを聞いて俺の不安と後悔の濁流だくりゅうの勢いは悪化をしなくなる。
 俺はいつの間にか両手が手汗だらけになっていたことに気付き、しかしどうしようもないので対処しなかった。
 じーさんはまず階段に向かい、一階まで降りた。そこから壁に掛けてある写真の並んだ廊下を通り過ぎて玄関前に着く。そうするとすぐ近くのリビングへと入っていった。
 中は質素でソファーとテーブルしかない。それだけである。
 次にそのリビングと隣接している食堂へ向かった。
 そこにあるテーブルは長く、二○人は座れる広さだ。ここで俺は、五人のミーザと皿を並べて昼食や晩食を食べたことが何回かある。
 その時は決まってカオスとアルテミスが俺を挟んで、向かい側にラ・ピュセルが居た。ラ・ピュセルの隣のメドゥーサが俺達を眺めて楽しそうにし、アルテミスの隣に惜が居て静かにしていた。
 よく出てくるのは大皿に惣菜をどっさり乗せて、取り皿に食べる分だけ移す形式の料理だった。量は多く、どう見ても俺達で食べきれるものではないのにも関わらずにカオスが俺の皿に料理を移しまくるので、俺の体重は五キログラム増えている。
 今でも、未来でも、あの時の思い出は忘れない。楽しかった。
 ……じーさんが台所を指さす。俺はなんとなくそこに宝物の居場所を知ったような、妙な胸の高鳴りと激しい後悔を感じた。
 いや、後悔は全部に対してだ。
「嗣虎君。わしはな、このミーザのパートナーは嗣虎君だけだと思うとる」
「俺が? 何故です?」
「君は品を選ばない。そんな人はここに来ないからじゃよ」
 いつもと同じ雰囲気でさらっとそう言われ、俺は反応に困った。
 それはそうだ。俺はミーザを人として見ているのだから。
「行きなさい。わしはここで待っておる」
 じーさんはよっこらしょと食堂の椅子に座り、穏やかな目で俺を傍観者のように見る。
 ……そうか、じーさんにとってこれは劇なんだ。楽しみの一つなんだ。
 ならば、今までの恩返しも含め、俺が最高の喜劇を見せてやろうじゃないか。
 俺は台所へ入り、じーさんに背を向ける。
 止められるんじゃないかといらない不安をくぐり抜け、無いはずの壁を突き破った。
 台所の中には窓があり、そこから入る日差しで部屋の明るさを保持している。料理機器の数は二、三回来ただけでは把握出来ないほどであり、数個の器具の中から美味しそうな匂いがする。
「……誰ですか」
 部屋の隅の椅子に座っている人物に気が付いた。
 赤いのか、それとも桃色なのかと見分けが付きにくい緋色の長髪。元気や楽しさを一度も宿したことがないような静けさを感じる、肌色の不気味な目。
「ここに来てはいけませんよ。彼女達ならば二階へ」
 それと声。静かで、ゆっくりで、響いて、心地の良い。今までに出会った全ての人間の中で、俺にとってはここまで異質な存在を知らない。
 いや、ラ・ピュセルとメドゥーサの二人にどこか似ている。完全な空想だが、ラ・ピュセルとメドゥーサのような人は誰一人としていないと感じていた。ラ・ピュセルの表現しがたい狂気、メドゥーサの究極的な優しさ。そしてこの少女には異常な平静だ。
 この三人に近い人はどこにもいやしない。誰一人としてその存在を表現出来ない。
 少し、怖かった。
「俺は……お前に会いに来たんだ」
 それでも俺はこの少女が良い。俺は知っているのだ、この子がいかに人想いなのか。
 緋色の少女は立ち上がった。
「あいさつならいりません。ここはあなたにとって関係のない場所です」
 怒っている様子は無い。むしろ戸惑いを隠そうとしているように見える。
「そんなことはないんだ。じーさんとカオスがちらちらとお前のことを言っていた。もしかしてと思って、でもやっぱりそうだったんだな」
「……一体、何を言うつもりですか」
 どこか強い口調で、少し睨みながら言われた。
 多少怯んでしまう自分に、ほんの少しの苛立ちと嫌悪が湧き上がって来そうだ。
「お前を選びたい。選ばせてくれ」
「他の人を選んでください。私は……」
「俺は、お前が良い」
 こういう場合、俺はなんと言えばいいのか答えを知らない。それでも俺の想いを知って欲しくて、声を荒げてまで言葉を紡ぐ。
「お前がミーザだというのは分かった。理由は知らないけれど、意図的に俺と接触しようとしなかったことも分かっていた。ここの家事、庭の花の手入れをしてるのはお前だと予想できた。そしてさっきも言った通り、俺と接触しなかった理由は分からないけれど、俺はお前でなければ嫌になった。パートナーになりたいと本気で思った。だから理由や根拠を置いて直接ここまで足を踏み入れた! 答えて欲しい、俺のパートナーになっても良いのか、良くないのか……!」
 しかし、少女の表情は何一つ変わらなかった。俺がこんなことを言うのを聞いて、そのまま理解したかのように平然と自身の答えを熟考する。
 少女は近くの台に手を置き、数秒下を向いた後、顔を上げた。
「この屋敷において、私の立ち位置は売れ残りと同義です。皆さんよりも年は上で、正直にあなたのような年下と二人三脚が出来るか心配です。だからここに訪れる人達とは距離を置こうとしていました。でも、困りましたね、今回は私に気を使う人達が居たなんて……。もしこれと同じことが繰り返されるのなら、次は私以外を選んで欲しいですね」
 笑みを浮かべる。少女はこれを不思議な出来事だと思っているのだろうか。
 俺にはこの返事がはいか、いいえなのか、全く分からなかった。
 ……つまり俺のことをなめているのだ。俺のことを信じていなければ、ただの物好きな一人の人間としか思っていない。
 それはそうだ、今まで一度も会ったことが無いのだからこんな反応でおかしくない。
 俺の『お前』という言い方が気に入らなかったのか?
 俺の『選ぶ理由』がどうでもいいのか?
 自分の悪手は数えれば多くある。もっといい方法が存在しただろう。しかし、俺が望んだ結果はこうしてでなければ得られなかったと確信している。
 ま、俺は選んでなんかいないんだけれどな。これはただの誘いに過ぎず、乗っかってくれなければ俺の人生が灰色になるだけだ。
 一度決めたことが駄目になって他の人を選ぶのは、きっと罪だからしない。
「約束したいことがある」
「はい?」
「俺のパートナーになった後、俺に呆れたのなら離れても良い」
 少女の顔つきが少し真剣味を帯びる。
「……そう言えば、あなたの進路を聞いてませんね。私をどこに連れてなにをするんですか?」
「田本学園だ。その中でも犯罪者を片っ端から捕まえていく為の勉強をし、平和部という実際に現場で活動をする所へ入部する。住むのは寮で二人一部屋、料理はしようとすれば出来る。洗濯は自室でも出来る。シャワーもあるが風呂場は狭い。この三つとも共有部屋はあるが自室でしていい。食堂は朝昼晩使える。嫌ならパートナーにならないと言ってくれ」
「私に選択権があるんですか?」
「じーさんがミーザ側の許可でパートナーの成立にした」
「へぇ……」
 難しそうな表情に変わると、自分の左手首に触れる。
「そこに入学する人のパートナーはヒーローシリーズやエルフシリーズ、珍しいものでアルケミーシリーズとエンジェルシリーズが大半でしょう。私はそんなに力が強い訳ではありませんし、人を笑顔にする能力を持っていません。私よりもカオスが適任な場所ですよ」
「それは俺も分かっている。だが、お前がカオスと比べて出来ない分を俺がすれば良い」
「私のどこが良いのか、よくわかりません。そこまでして恩を感じてもらいたいのならラ・ピュセルを選べば良いと思います」
「お前とだったらやれると思ったんだ。俺は、これからを誰かのために捧げるこころざしで田本学園へ入学する。お前となら一番上手くやれると信じている」
「……そうですか」
 少女が片手を上げた。
「──一旦やめましょう。まいりました」
 気付けば、俺の顔面は汗でびっしょりしていた。どうにかしてこの初対面+関わったことのないタイプ+美少女+明らかな年上の相手を自分の一生のパートナーにするというのは、到底語り尽くせないプレッシャーがある。
 死にそうだった。むしろ死にたかった。
 しかし終わった。
 困り顔でもどこか満足そうな少女の表情が、俺の勝ち取った未来を示してくれる。
 段々と疲労を吹き飛ばして喜びが跳ね上がっていくのを感じた。
 良かった。本当の本当に良かった。
 俺は解かれた境界線へ足を踏み入れる。
 少女のもとへ走り出したくなるのを抑えながら、俺は近付いた。
 あらゆる感情を控えて手を差し出す。
「よろしく」
 それでも嬉しさがこぼれる挨拶に対して、少女のか細い手が俺に手に触れた。
「素敵な考えの持ち主ですね。これからを、誰かのために……私もそうしましょう」
 俺達は初めて出会ってから一〇分でパートナーになった。
 俺はもう、情けない所を見せられない。

「そっか。良かった! じゃあじーさんの所へ行こうぜ」
「あら、そんなに引っ張らなくても」
 俺は握手をしたその手を荒くならない程度に引いてここを出ようとする。
 すぐにじーさんに見せてやりたかったのだ。じーさんはこの子のことを心配していたようだし、きっと喜ぶだろう。
 俺達はこれから最高のパートナーになっていく。俺達がそうする。
 まずは少女の為に出来ることをするんだ。

「……あらら」
 汗と冷たさの混ざる手に引っ張られ、私は巣から飛び立つ。
 私はこの冷たさが緊張によるものだと知っているので、この子がいかに真剣だったのか分かった。
 ラ・ピュセル……私は彼女の想いを知っている。
 本当ならこの子に似合うパートナーは彼女なのだ。誰よりもこの子のことを理解して、支え合いたい、好きでいたいと一番好意を抱いていた。
 この子は勿体ない男だ。この子にとって一番価値があるものを、無視してしまったのだから。
 でも引き返せない。私に対して責任を感じてしまっている。
 私は早くから誰かの為に出来ることを出来なかった。

「じーさん!」
 俺達は食堂に出て、結ばれた手と手をじーさんに見せつけた。
「パートナー成立だ。これで良いですよね?」
「ほぉ、よくやった」
 じーさんが厚い拍手をした。心からの祝福のようで、俺はこっぱずかしくなる。
「おめでとう。ではこれからなのだがの、君のパートナーの名前を変えなければならん」
「なんで変える必要があるんです?」
 いきなりの謎の発言に戸惑った。
「情報漏洩は無しで行っているのでな。誰がここを出たのかも分からんようにしておる」
「それじゃあ俺みたいのはどうやってここに買いに来てるんですか」
「普通に買いに来ればいい。ただし、情報は選ぶまで絶対に明かさん」
「それはそれで困るんじゃ……」
「情報も価値じゃろうが」
 ……究極的過ぎるぞ、『バリュー』。
 と言われてもこの子の名前は知らないし、決めるとしても俺がしたら失礼だ。こういうのは本人に決めてもらわなければ。
緋苗ひなえでお願いしますね」
 と思った瞬間に少女は名前を言った。なんとまぁ、速いものだ。
 じーさんはこれを認め、頷いた。
「嗣虎君、問題ないかの?」
「ありません」
 俺達は朗らかな笑みを浮かべながら向き合う。
 初めての自己紹介である。
「俺は古代嗣虎。よろしく」
「緋苗です。よろしくお願いしますね」
 こうして全ては再び動き出す。なにを目指せば良いのか分からずに、また時間の無駄を繰り返すのだ。
 黄金がやがて錆落ちるように。


───
 青空が雲と混ざり合い、段々と冬の面影を無くしていた。
「……」
 左手首を目の前に出して時間を確認しようとしたが、俺はうっかりと腕時計を忘れてしまっていたようだ。
 空いた両手で腕組みし、家の壁に背を預ける。
 外は寒くはなかった。かといって暑くもない。気持ちの悪い感じがする。
 俺は本当に緋苗を選んでよかったのだろうか? 俺に相応しいパートナーは他に居て、これからを確実に華やかにすることが出来ていたのではないだろうか?
「……ごめんな、みんな。なんて──」
 選択肢一「──言っても許してくれないか」。
 選択肢二「──思ってる場合じゃない。なんか違う気がする」
 みたいなことを考えても精神は休まらない。
「──逆に失礼か……」
 長いため息が口から這い出る。どうしようもない不安に胸を掻き乱されながら、ただじっと耐えた。
 玄関が開かれる音が聞こえ、すぐにそちらへ顔を向ける。
 緋苗だ。
「お待たせしましたね、準備が整いましたよ」
 重そうな鞄を両手で持ち、ちょっとだけ上に上げてアピールする。
 その時、俺は緋苗の物凄く自然体な微笑みを見て訳の分からない混乱を起こし、声がつまった。
「そ、そうか。行くか?」
「はい。行きましょう」
 こんなに従順な人と関わったことがないので、歩きがぎこちなくなりながら出発した。
 すぐ隣に緋苗も歩く。
「嗣虎くん……なんて呼んでもいい?」
「あ、うん、構わないよ」
 いきなり名前ですか、緊張しますよまったく。
「嗣虎くんの荷物ってどうしたんですか?」
「荷物……ああ、あれね。必要ないから置いていっていいよ」
「なんの荷物だったんですか?」
「とあるミーザへの贈り物。緑色のリボンが入っていたんだ」
「へぇ。緑色と……」
「そいつ損ばかりする性格でさ、安心感っていうの? そういうのでね。けれど、俺はそいつを選んでないから……」
「なら気付くといいですね、その贈り物に」
「……ああ」
 そろそろ未練を封じ込めようと、気分を変えるつもりで背伸びをした。
 体のあちこちで音がひしめき、負担が解放される。
「あ、緋苗さん。荷物持とうか?」
「大丈夫ですか? 重いですよ」
「男なんだから女の子より力があるさ」
「ふふ、なら任せますね」
 緋苗の手から鞄を受け取り、俺的に両手で持つほどではないので片手持ちする。
 手の空いた緋苗は鞄の重さで若干前屈みになっていたせいで、少し乱れた髪の左側を右手で直す。
 妙に女を意識してしまう。
「呼び方は緋苗でいいですから、気軽にしましょう?」
「そ、そそそうだな。その方が良いよな」
「あら、なにを赤くなってるんですか」
「む、むむ……」
 何も言えん。
「……そんなことより、これからの行動だけれどさ」
「バスに乗るんですよね」
 緋苗は分かっていたかのように解答を答えた。車が迎えに来る、とも考えても良いのだが。
「よく分かったな。ここからだと田本学園に一時間半は掛かる。乗り物酔いとかないか?」
「ありませんよ」
「俺はある」
「……」
「……」
 会話が止まった。俺の「自分の心配をしろ」と言われんばかりの発言のせいだろう。
 分かっていたさ……。
 俺達はノーマルな表情で前を見て、バス停まで無言で歩いた。
 そのまま目的地に着く。
「あ、嗣虎くん」
 緋苗が小走りでバス時刻表に近付くと、数秒後に声を掛けてきた。
「丁度バスが来ていたみたいですね。来るのが一時間後のようですよ」
「タイミングが悪いなぁ」
 俺が緋苗の歩く速度に合わせたのが原因で、予定よりも遅くなった。
 それにしても、緋苗はどうやってそこまでの時間を把握したのだろう?
「何時か分かるのか?」
 緋苗が「おっ」というような顔になる。
「そうですね、分かりますね。時間は覚えてしまいましたから」
「覚えたって……?」
「まあ、生きてるのが長いですし」
 自慢話でもなんでもない濁した感じでそう言うと、ベンチに座った。
 見た目からして一七歳くらいだが、きっとその何倍も年を取っているに違いない。じーさんの見た目が八〇歳だと考えると……もしかしたら五〇歳?
 ひゃー。絶対に歳は聞けねぇよ。
「お隣良いですよ」
 緋苗が隣の空いた場所に手で叩くジェスチャーをした。
「ああ」
 俺は体をこわばらせながら、失礼にならないように細心の注意を払いながら座る。
 緋苗の横顔を見た。幼さの残る美顔で、香る匂いは女の子そのものだ。目は常に落ち着いた感じがする。
 男だから女のファッションは分からないが、赤色のカーディガンと黒色のツーピースを着ており、かなりの神ルックスなせいで悶々とする。
 俺はこういうのなんだかんだで嫌いじゃない。
 それからも関係がまだ良好ではないからか、ずっと無言が続いた。
 けれどどこか居心地が良く、悪い気はしない。
「……あ、嗣虎くん」
 かなりの時間が経った時だった。緋苗がふと何かに気付く。
「鞄にはリボンの他に何が入っていたんですか?」
 恐らく、緋苗は俺の鞄に財布や携帯電話など、なくしてはならないものが入っていたのではないかと思ったのだろう。
 しかし心配はいらない。それならポケットに入っている。
「お金だよ、ミーザを買うためのね」
「それだけですか?」
「ああ」
 今までも分割に払っており、合計して数億円以上の額になっている。普通のミーザであれば国からの支援でお金を取らないが、バリューは国から支援をされてなければ個人で造っているのでどんな額でも請求できる。
 しかもあのじーさんはミーザにとんでもない能力を付けると聞く。バリューの情報が全く公開されていなければ認知度も無いのだが、そこで既に買っているミーザの能力なら知ることが出来る。
 有名なのはじーさんが一番最初に造ったミーザの『メドゥーサ』。屋敷で出会ったメドゥーサとは別人のミーザだ。どこかの金持ちが性能的にも見た目的にも性格的にも最高なミーザが欲しいとかなんとかで色々と探しているところ、それを狙って借金地獄で泥まみれなじーさんが作り上げた『メドゥーサ』を直接推した。じーさんとは反対であまりに美しく、誇り高く、無敵の強さを持っていたので即商談成立。そこから目が回る程の金銭を手に入れたという。
 その能力というのが『分裂』だ。体のどこの部位でも分裂して自由に動き回る。蛇になれば鉄になることだって出来るし、他人と瓜二つの姿にもなれる。とんでもない力だ。
 つまり、数億円払ったとしてもまだ足りないくらいに価値はあるということである。
「嗣虎くんはどうしてバリューのミーザを選んだんですか?」
 笑みを浮かべて訊かれ、俺は何故そこにしたのか振り返る。
「……二三〇〇年から人造人間をパートナーにすることが決まって二〇〇年経って、確かにシャドウシリーズのミーザであればお金なんか必要がない。でも、バリューには寿命を削ってでも欲しい魅力があったんだ」
「どこに惹かれたんですか?」
「人間より人間してるところ……かな」

 小さい頃、父がミーザを貰いに来たというバリューへ何度も行ったことがある。
 その時は無駄に金を持っていたし、バスを利用して屋敷を見に来ていた。
 中に侵入したこともあり、実際にミーザの姿と声を確認している。
 監視カメラが設置されていることなんて気付かなかったが、通報されたり、怒られることは無かった。
 そこで毎回出会っては遊ぶミーザが居た。同い年くらいで綺麗な金髪をした女の子である。
 俺はその子と色んな遊びをしたと思う。おままごとや華冠はなかんむりとか女の子らしいこともしたけれど、一番印象に残った遊びは駆けっこだ。
 俺が逃げる役をするとすぐに捕まるし、鬼であればタッチするすれすれで避けられて、よく手のひらで踊らされていた。
 その女の子の特徴は特になかった。でも、途切れることなくずっと一緒に居たような気がする。
『私ね、買い取られたくないなぁ』
『仕方ないよ。人類の人口が少ないんだし、それに貧しい人が一杯いるんだから』
『私みたいのは子供を産まなくちゃいけないって言われたんだ。お前は好きなことや嫌いなことを決めず、購入者を一番にしなくちゃならないんだから礼儀正しくしろ、とかね』
『やだね、それ』
『怖いよ、古代さん。きっと購入者さんは私が勝手なことをすると、凄い怖いことするんだ。なんかね、従順じゃなかったミーザが購入者さんに殴られて下半身不随になったとかも聞いたし、無理矢理性行為させられてうつ病になったとかも聞いたよ』
『酷いね』
『……死にたい。そんなに外が怖いなら死んでしまいたい』
『でも大丈夫だって』
『なんで?』
『ピュセルのパートナーは俺だから』

「人間的……。……?」
 緋苗は首を傾げた。納得出来そうで出来ない微妙な表現に、疑問を持っている。
 やがてその正体に気付いたのか、自分の指をもじもじし出した。
「それは、恋というものなんじゃ──」
「──バ、バスが来た。」
 平然を装いながら話を中断する。
 正直心の中で焦った。
 どういう考え方をしたらそんな結論になるというのだ。しかも大当たりも大当たり、そうとも俺はバリューに好きな女の子が居た。
 だからと言ってそれを明かすつもりは全くなかったのに何故分かる、何故言える?
 緋苗の洞察力に感服しながらも、ベンチから立ち上がって前へ出る。
 バスが目の前に止まると後ろを振り返った。
「い、いいいいこうか?」
「(……訊かないでおきますか)」
「ひ、緋苗? どうかした?」
「恋でしょ」
「訊かないって小声で言ってたじゃないか!」
「図星なんですね。可愛らしいですよ」
「もういいじゃないか! ほ、ほら行こうぜ!」

 結構慌てながらバスの中へずかずかと入る嗣虎くんの姿に、私は彼の心の強さを感じた。
「優しいですね……ふふ」
 普通なら後悔や過ちがあるとすれば出来るだけ考えないようにする。そうして逃げて逃げて、忘れた頃に幸せになる。そうやって人間とミーザは生きているのである。
 しかし彼はずっと心を痛めて幸せになろうとしない。きっと私を選んだことを後悔しているだろうに、忘れず、選ばなかったミーザへ思いを馳せる。
 これからずっと、嗣虎くんは心の底から笑うことはないだろう。
 私には彼の魂胆が見えている。いつか、死んだとしても、バリューのミーザを引き取りに行く。
「面倒くさい人とまたパートナーになっちゃったな……。しかも性格が全く一緒だなんて、怖い怖い……ふふふ」
 実体験は今この場に居る私だ。
 私はしょうがなく嗣虎くんの後ろに付いていった。


───
 で、学園の寮に着いてしまった。
 まずあれだろ、バスに乗って若干酔うだろ。緋苗に心配されて自己嫌悪に陥るだろ。情けないところを既に見せてしまうだろ。
 ふらふらしてるんだよちくしょー。
 田本学園に隣接された場所に寮はあり、三月の三〇日だからであろう静かである。それとも午後の五時だからだろうか。
 早速見上げると、寮舎はホワイトカラーのコンクリート。
「結構普通ですね」
 いや普通でなければ何がある。
 同じ形の窓が同じ間合いで縦にも横にも広がってたり、壁が白かったり、見た目ならばどこにでもある寮そのものだ。
 早速中へ入ることにする。
「案外広いですね」
「確かにな……うぷ……」
 味のない天井、広い木床の廊下。気張る要素は見当たらないので過ごしやすくはあるようだ。
「嗣虎くん嗣虎くん」
「緋苗ぃ……なんだぁ……」
「スリッパはあるんですか?」
「……ヘアッ!?」
 そうだったそうだった、スーパーに寄って晩食を買うついでにスリッパを買う予定だったんだ。すっかり忘れていた。
 けれど俺、酔っているから忘れていても仕方ないよな。
 と、その時に目の前を一人の少女が通る。
 これはチャンスと思い立ち声を掛けた。
「あの~すみません」
「え? あ、な、うう、何でしょうか……!?」
 声を掛けられた少女は少しばかり驚くと、困惑顔であわあわし出した。
 間違った相手を呼び止めてしまったかなと少しばかり後悔する。
「どこかに来客用のスリッパとかありませんか?」
「……ぅ」
「……あの?」
「……きゅぅ」
 なんだか分からないが顔を真っ赤にして尻餅をついてしまわれた。
 目も赤く、涙を溜めているのが分かる。怖がっているとか、勿論違うだろうが悲しくてそうなっている訳ではなさそうだ。
 ……にしても珍しい。この少女は何度も赤の絵の具を塗りたくったような深い、深い紅の長髪と瞳をしている。この時点でミーザだというのは確定なのだが、その、非常に魅力的だった。
 気持ち悪いくらいに俺の好みと合致しているのである。俺が造ったのではないかと信じてしまえるほどにだ。
 緋苗は無表情でその少女を見つめている。
 とりあえずもう一声掛けてみる
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですえとえとお帰りなさいませ」
「え」
「ごごごごめんなさい間違えました! ただいまでした!」
「え」
「あ違いましたねえとえとえと? ふむふむ、理解しました。しかしそれでは斜め四五度からえいえいしてる感じなので仲良くなれませんよ。私的分析の結果ですと本来の目的が達成される確率が──ひぃごごごごめんなさいー!」
 訳の分からないことを口走ったかと思えば、何やら平然と独り言をし始める。
 ……何この子怖い。
「虎なんとか様ですよね? お帰りなさい!」
「……え」
「嗣虎くん、ここの住人なんだからお帰りなさいと言われても別に何にもおかしくないですよね」
「あ、そう言えばそうだ」
「お帰りなさいませは違う気がするけれどこれは的確ですよね」
「あ、本当だ」
「謝れば?」
「ごめんなさい」
 俺は自らの罪に気付き、解放された。
 というか虎なんとかと言われても『嗣虎』だから、虎より先になんとかと付けてもらわないと名前が『虎○』になってしまう。
「その件ですがこんなこともあろうかと、虎なんとか様の為だけにスリッパを用意させて頂きました! 少々お待ちくださいませ!」
 この時の少々って大体長いよな、なんて思っていると少女は自らの服の中に手を入れ背中に回し、スリッパ一足を目の前に置いた。
「どうぞ!」
「いやいやいや何これ豊臣秀吉かよ胸じゃねぇけれどさ!」
「すみません、乳房が鬱陶しいので背中に変更しました。私的分析の結果によれば冷たくはありませんのでご安心して履いてください!」
「乳房が鬱陶しいなんて初めて聞いたし足の裏でお前の体温感じなきゃいけねぇのかよ!」
「嗣虎くんってば彼女の想いを潰す気?」
「いやーうーんなんか違うよなぁ」
 色々と物凄くおかしいが、解決出来そうもないのでここはスルー。
「一足分助かったけれど、これじゃあ緋苗と中に入ることは出来ねぇよな」
「大丈夫です! 片足でけんけんしていけばなんとかなります!」
「すみません、私こけるのでパスしますね」
「いや、俺は待ってるから緋苗が先に行っててよ」
「え、でも」
「ほらレディーファーストって言葉があるじゃねぇか」
「けんけん……」
「「それはない」」
「ありえます!」
 そう言われては何も言えん。
 そうして緋苗は生ぬるいスリッパを引きつりながら履くと、その表情のまま少女の方へ向いた。
「その、寮長の所まで案内してくれますか?」
「嫌です!」
 少女は笑顔で即答した。
 逆に笑える。
「どうしてですか?」
「何故私があなたの案内をしなければならないのでしょうか?」
「私がここへ来て間もないからですよ」
「私も今日来ました」
「そうなんですね」
「だから一人で行ってきてください」
 完膚なきまでに拒絶された緋苗は眉をぴくぴくしながら口ごもり、錆び付いた機械のようにギギギと俺へ首を曲げる。
「では、探しに行ってやりますね」
「お、おう……」
 なんだか悔しそうな文句を残すと、床をドンドンと慣らして探しに行く。
「近頃のミーザはこんなに生意気なの!? ですんですですんです!」
 と、小声をもらしながら。
 あんな場面があるなんて知らなかったが、一人の時にああ言うので決して怒りっぽい訳ではないのはなんとなく分かった。が、『ですんです』というのがなんとも謎で、意味不明過ぎて怖くなってきた。
「では虎なんとか様、上がっちゃいましょう!」
「いや、今緋苗が取りに行ったんだが……」
「基本的にスリッパでの移動であって、忘れてしまえばその足で歩いても構いません!」
「そうか。それでも緋苗を待たなければ怒るだろうし……」
「私的分析の結果では無駄のない行動が自由を生み出します。損を顧みず、得を急げば全て元通りなのです」
 ということで強引に腕を引っ張られてあがらされ、靴を玄関に置きっぱなしにして少女に付いてこさせられる。
 抵抗しようかと思ったが、意外と貧弱な筋力を持っているぽかったのでされるがままにしておいた。
「おいおいどこへ連れていく気だ!?」
「寮長のもとへです!」
「は!? ……て、緋苗の行った方向の真逆じゃないか!」
 なんと恐ろしいことだろう。さっきから緋苗への過酷が降り注ぎ過ぎている。
「あ、」
「どうしたてかいきなり止まるな──おわわわ!」
「ひ、きゃあああ!」
 何故か立ち止まる少女に身体がぶつかり、衝撃で前へ倒れてしまわれた。
 俺は悪くねぇぜ。引っ張られてたからな。
 そこでどうしてこの少女が立ち止まったのかを知るため前方を確認すると、無表情な少女が一人俺達を見ていた。
「……」
 無言である。
 銀髪碧眼、ミルクのような白肌にぱっちりとした目をしており、美少女と表現されておかしくない。髪は結わずストレートであり、白を基調とした制服を身に付けている。しかし、それはこの学園の制服ではないのですこし不思議だった。
 その少女は真っ直ぐと俺の目へ視線を向ける。
「……」
 無言である。
 胸の内で何かを思っているのかと考えたが、ただ強く視線を向けて来るだけで、コミュニケーションの仕方が分からないだけなんじゃないかという答えに辿り着く。
 一歩近付いてみる。
「……!」
 さっ、と一歩下がってしまった。
 猫かよ……。
 一見同年代なので下手なことを口走れなく対応に困るが、なんだか解決策がやってくるまで待つのは負けた感じがしてくるのでなんとかすることにする。
 俺のすること、それは──。
「……! ……!?」
 普通に歩いて近付くことである。
 少女は混乱してその場から動けず、俺を手が届く距離まで接近させてしまった。
「あ、あのさ、」
「…………!」
 しかし、それでも少女の目は俺の目を真っ直ぐと強く見つめる。
 あ、これ睨んでるんだ。ってことに気付いた時には自然と手を少女の頭の上に乗せていた。
「……?」
 ハテナマークが見えてしまうくらいに戸惑った表情をする。
 俺はまあまあ優しく撫でた。
「……」
「どうだ? 少しは安心したろ」
「……?」
 少女は物凄く不思議そうな表情へと変わり、憎悪的な何かは向けられなくなった。
「わ、虎なんとか様が女の子を撫でていらっしゃる!」
 ここで騒がしい方の少女が声を上げてしまうから、少女は彼女を睨みつけてしまった。
 と思ったが、すぐにその目はきょとんとし、不思議そうに彼女を見つめる。
「どうしましたか?」
 彼女が笑顔でそう言うと、俺を壁にして隠れてしまう。しかしちらっと顔を出しては様子を伺うので、俺は立ち尽くす他無かった。
「──フリアエ、何をしている」
 廊下の横の扉から白色のスーツを着た青髪の女性が出て来ると、俺の前の少女に声を掛けた。
 すると少女はその女性をまたしても睨みつけ、無言を行使した。
「誰に向かってその目をしている」
「……」
「殺されたいか?」
「……!?」
 少女はびくりと身体を震わせ、俺の後ろへ回ってまたしても壁にした。
 このお姉さん怖いぞ……。
「ほう、君はフリアエに心を許されているようだね」
「あ、はぁ。そうですかね」
「私はヘラだ。その子はフリアエ。私達はゴッドシリーズのミーザだから態度には気をつけるがいい」
「……ゴッドシリーズっすか! うわああああすいませんっすー!」
 とここで衝撃の事実が明かされた!
 聞いて驚け、ゴッドシリーズとは政府の管理の下造られた究極のミーザである! じーさんのミーザとは比べられないほどの研究費用から造られ、尋常ではない力を持った最高のミーザである!
 傷一つつけてしまえば死ぬ!
「まあそんな硬くならなくて構わない」
「い、いえ! そういうわけにも参りません!」
「フリアエが戸惑ってしまうだろう」
「そ、そうですね! すみません!」
 実際戸惑ってしまっている後ろフリアエの為に深呼吸をした。
「早速だが、フリアエはこの学園へ入学することになった」
「あ、はぁ、そうですか」
「今年のゴッドシリーズは数が多くてな、フリアエ以外のミーザも他の高校へ入学する」
「はい、そうですね」
「なんにしてもゴッドシリーズだからな、この学園の全てがフリアエを大切にし、もしも大惨事があればフリアエが前を立たなくてはならなくなる」
「えぇ、大変ですね」
「しかし、ご覧の通りフリアエはそんな性格だ。いつか駄々をこねて部屋の隅で涙に溺れるのが目に見える」
「心配になりますね」
「君がパートナーになれ」
「……うひゃぁ!」
 だからどんだけ緋苗に過酷が降り注いでるっちゅうの!
「お、俺よりも適材の人はいるんじゃ……」
「元々フリアエにはパートナーは必要がない。だが、フリアエには共に助け合える……いや、助けてもらえる人が居なければならない」
「一方的なんですね」
「一方的だ。そしてフリアエが心を許す生き物は限られている」
「誰なんですか?」
「君だけだ」
「ひゃああ!」
「なんとかしてくれ。私は用事が終わったので帰る。どちらにしても君の匙加減でどうにかしなければ回収に来るだけだからな、私は何もしない」
 と言いながらヘラは俺の横を通り過ぎ、フリアエを一発叩いてこの場を去った。
 ……で。
「パートナーが増えるよ! やったね虎なんとか様!」
「おいばかやめろおおおおおお!」
 俺は首ちょんぱ確定のルートを進むこととなった。
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