亡国の王女は押しかけ女房になって愛する人と結婚します

今井杏美

文字の大きさ
14 / 20

抑えられない気持ち

しおりを挟む
 アーロンが爵位を取り戻したらそれこそソフィアの相手にぴったりではないかと、そう思いはするが、湧き起こってくるこの男に対するどす黒い感情をかき消すことができない。
 
 自分の中に相反する気持ちがあるのは分かっている。
 自分から家を出て行ったくせに、会いたくて仕方が無かった。
 誘拐された時も、ソフィアの事を考えていたら丁度彼女の声が聞こえてきたのだ。
 それなのに受け入れることから逃げ続けている。

 本当にどうしようもない。
 
 そんな俺の葛藤も知らず、アーロンはあたかもソフィアが自分に属する人間かのように言った。

「君には本当に感謝しているんだ」
「……俺には関係ない」
「そう言わずに」
「……」

 
 生意気だ。
 ずっと年下のくせに最初から自分の方が上のような偉そうな言い方をしやがる。
 国に通報すればすぐにでも処刑される身でありながら貴族気分が抜けないのはちゃんちゃらおかしい。
 
 決していい雰囲気ではない空気を壊してくれたのは、後から店に入って来た俺の仲間だった。
 命を失うかもしれない仲間。
 仕事が終わったらたんまりと報酬を貰って、二度と関わるのはよそうと心に誓った。

 あと二時間で日付が変わるという時刻になって、盗賊仲間がこれからカトレア通りに繰り出そうぜと言い出した。
 カトレア通りとは娼館が立ち並ぶ風俗街だ。

「アーロンの旦那も一緒にどうですかい」
「私はそんな所にはいかない」
「けっ、気取りなさんな。お頭がお気に入りの娼婦がいる店は別嬪揃いだからきっと気に入る娘もおりますぜ」
「……ソーハンは娼館通いをしているのか」

 アーロンから意味ありげな目を向けられて俺は目を逸らした。
 今俺はどんな顔をしているのだろうか。

「お頭のお気に入りは金髪碧眼の色白美人だ」
「おい! 余計なこと言うな!」
「ははは。どっちにしろ私は行かないよ。それじゃ」

 アーロンは席を立つ際俺の肩をポンと軽く叩いて酒場から出て行った。
 
 ガヤガヤと店を出て、ふと自分の部屋の窓を見上げるとソフィアが見ていた。
 彼女には下にいると言ったが、鍵をかけているから大丈夫だろう。
 他の奴らに彼女が俺の部屋にいることを気付かれないようすぐに顔を逸らした。

 彼女の事はこれまでずっと黙っていたが、王女が見つかったことをみんなに報告した時に言わざるを得なくなった。
 昔からソフィアと暮らしていることを知っていたのは俺の片腕であるマリオだけだ。
 他の奴らを信頼していないわけじゃないが、知っている人数はできるだけ少ない方がいい。

 さんざん水臭いと言われたが、俺の気持ちも分かってくれたのか、その後、特に不満を言われることは無かった。
 なんだかんだ言っても付き合いも長く、気の置けない仲間だ。
 そう言う意味では俺は彼らから信頼されているんだろう。

 むしゃくしゃする気分を変えるため仲間とカトレア通りへと向かった。
 その途中、仲間の一人が言いにくそうに切り出した。

「なあ、お頭。俺らどうなるんです?」
「なんのことだ」
「ランシアから兵が派遣されるなら、俺らいらなくないですか?」
「……今からでも手を引きたい奴は引いてもいいぞ」
「俺らが加わらなくてもあいつらだけでこの国、倒せそうじゃね?」
「だな。報酬はたんまり頂けてもよぉ、貴重な戦力として扱われないとやる気が失せるってもんだよな」

 同調する意見が次々と出てくる。
 盗賊稼業でも十分稼げていたのだから、こんな仕事いつでも放りだせるのだ。
 ここに来て仲間の決意が崩れ始めてきた。
 一度仲間の意志を再確認する必要があると思い、マリオにその日時を汲ませることにした。

「マリオ、お前も抜けたくなったら抜けてもいいんだぞ」
「俺はお頭についていくって決めているんで。それにこの話を持って来たのは俺なんで」


 皆ぶつくさ言いながらも娼館が見えてくるとぱったりとその話をしなくなった。


 店に入る前、アーロンに肩を叩かれたのが思い出された。
 なんだか気が削げてやっぱり帰ろうと思っていたら、ノナに見つかった。

「ソーハン! やっと来てくれたのね! 長いこと来なかったからどうしちゃったのかと思ってた」

 この色白で胸の大きい金髪碧眼の女性が俺のお気に入りと思われている娼婦、ノナだ。
 仕方ない。この店では食事や酒、賭けも楽しむことが出来るから、今日は酒だけにして帰ろうと思った。

「相変わらずいい男だね。随分日焼けして増々男らしくなっちゃってさ」
「ノナ。俺は今日限りもうここには来ない」
「え! 他にいい女でもできたの?」
「あー……。家に帰るのさ」
「家? 確かマグネ山が見える村って言ってたよね。ねえ、あたしも連れて行って!」
「ふざけるな」
「だってあたしのこと好きだろう?」
「どうしてそうなる」
「この娼館ではあたししか指名しないじゃないか」

 この娼館で金髪碧眼はノナだけなのでたまたまそうしただけだ。

「お前が好みに近かったからな。だが好きって訳じゃない」
「好みならいいじゃないか、あたしと結婚しよう?」
「馬鹿言え」
「……まさか、この数か月で好きな女ができたとか……」

 俺は首を横に振った。
 
「じゃあ!」
「できたんじゃなくて、昔から好きだったのさ……」


 酒場に帰る道すがら、俺はこれ以上自分の気持ちを抑えられない事に気付き、ソフィアへの気持ちを初めて言葉にした。

「俺はソフィアを愛している」


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁

柴田はつみ
恋愛
王国の公爵令嬢セレーネは、家を守るために王太子レオニスとの政略結婚を命じられる。 婚約の儀の日、彼が告げた冷酷な一言——「心配するな。俺の好きな人は別にいる」。 その言葉はセレーネの心を深く傷つけ、王宮での新たな生活は噂と誤解に満ちていく。 好きな人が別にいるはずの彼が、なぜか自分にだけ独占欲を見せる。 嫉妬、疑念、陰謀が渦巻くなかで明らかになる「真実」。 契約から始まった婚約は、やがて運命を変える愛の物語へと変わっていく——。

処理中です...