亡国の王女は押しかけ女房になって愛する人と結婚します

今井杏美

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幸せと別れ

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 ***ソフィア
 
 ソーハンが下に降りて行ってから何もすることが無い。
 手持ち無沙汰だったので部屋のあちこちを雑巾がけして一息ついたら窓の外がなんだかガヤガヤ騒がしい。
 見てみると、ソーハンが仲間と一緒に店の外に出ていた。

 空には月が冷たい光を放ち、街を照らしている。
 遠くからは喧嘩の怒鳴り声や野良犬の鳴き声も聞こえる。
 
 下にいるって言っていたくせに、これからどこかへ行くのだろうか。
 ソーハンが振り返ってこっちを見た。
 何か合図でもしてくれるのかと思ったけど、何もしないでそのままどこかへ行ってしまった。
 
 彼のそっけない態度に悲しくなって、私は不貞腐れながらソーハンのベッドに横になった。

 ここで待っていたっていいではないか。
 ランシアの兵士が来てくれるなら絶対に成功する気がする。
 そう思いながらうだうだしていると、それから三時間ほどして玄関を開ける鍵の音が聞こた。
 私は慌てて飛び起きて、入って来たソーハンに駆け寄った。

「どうしたの? 早かったのね」
「……(そう言えばお前は昔っから俺が帰って来るとどんなに遅くても出迎えてくれていたな)」
「下で寝るんじゃなかったの? 私が言うことじゃないけど……」

 何も言わないソーハンの顔を下から窺うようにして見ると、いきなり抱き着かれた。
 少し酒臭いけど慣れている。お酒を飲んできた後こんな風に抱き着かれるのも昔からよくあった。

「俺は……。くそっ。お前は美しい……気の強いところも、負けず嫌いな所も、肝が据わっている所も、弱いところも、繊細な所も……全て……」
「ど、どうしたのよ」
「お前は妹じゃない……」
 
 だったら娘とでも言いたいのだろう。 
 私を遠ざけるような事を言っても無駄なのに分かってない。
 頬っぺたを引っ張ってやろうと思って私を抱きしめる彼の体を押して顔を見ると、獲物を狙うライオンのような薄茶色の瞳と目が合った。

 彼の真剣な表情に、私の思考は一変した。
 もしかして気持ちが通じたのだろうか。
 期待に胸が高鳴る。

 彼は私の額に口づけ、悲しい笑みを見せて呟いた。

「お前は俺の宝物だった。昔からずっと。大切で大切で」

 涙が出てきた。

「……俺でいいのか」

 私は大きく頷いた。

「本当に俺で……」
「愛しているわ」

 しばらく見つめ合った後、堪り兼ねたように彼は私の口を塞いだ。
 そして名残惜しげにゆっくりと離れた。

「愛している、ソフィア」

 彼はそう言うと私の後頭部を押さえて再び口づけした。
 今度は何度も角度を変えながら、優しく、深く。

 力が抜けて崩れそうになった私を彼はその逞しい腕で支えて強く抱きしめた。
 彼の力強い心臓の鼓動が聞こえ、それは肌でも感じることができる。

 これは夢だろうか。
 あれこれ考え疲れて眠ってしまって、自分に都合のいい夢を見ているのかもしれない。
 私は自分の頬をつねってみた。

「痛い」
「ぷっ。何してんだ」
「夢じゃないかと思って」
「ああ、夢なのかもな。だったら覚めないうちに……」
「え、きゃっ」

 ソーハンは私を抱きかかえてベッドに連れて行った。

「ソフィア。俺の全てをお前に捧げる。命も、心も体も全てお前の物だ」

 ヒンヤリとした晴れた夜。
 二人の熱は冷たい部屋の空気をかきまぜ吹き飛ばしていく。
 この夜、ついに私たちは結ばれた。


 ***ソーハン

 翌朝、隣で眠るソフィアを見て、これは本当に夢ではないかと疑った。
 いや、これは現実だ。
 現実に向き合うのだ。 
 この仕事が終わったら盗賊稼業は辞めて、貰った報酬で何か仕事を始めるとしよう。
 盗賊の妻なんてソフィアには似合わない。
 
 眠るソフィアの白く柔らかい頬を撫でたりプニプにしたりしていると、彼女は目を覚ました。

「おはよう……っ、きゃあ!」
「今更なんだよ」
「だって……」

 恥ずかしそうにシーツを体に巻く姿が初々しい。
 もっと一緒にいたいがソフィアは仕事だ。送らなければいけない。
 
 俺は下で朝飯を用意してくると言って、階段を下りた。
 無意識に鼻歌が出てしまう。
 自分の人生でこんな幸せな時間が訪れることがあっていいのだろうか。
 もっと早くから彼女を受け入れておけば、余計な悲しみを彼女に味わわせることも無かったのにと後悔する。
 以前の俺は本当に大ばか者だった。

 
 
 それから数日後、ソフィアは仕事を辞めてランシアへ行くことになった。
 フィルベールも安心したと言う。

 マグネ山の三国が跨る交通の要所に、ランシアから用意された馬車が迎えに来た。護衛の騎士もたくさんいる。

「無茶をしないで。必ず生きて。絶対に私を一人にしないって約束して」

 俺は周りに聞こえないように彼女の耳元で囁いた。

「分かっている。帰ってきたら村で結婚式をあげよう。必ず迎えに行くから待っていてくれ」
「ええ! 私、王女の身分なんていらないわ。もし駄目だって言われたら駆け落ちするのよ!」

 彼女の力強い声で俺の囁きも台無しだ。

「あははは。そりゃいい。お前の意志の強さは天下一品だ」

 出発の時間が来てソフィアは名残惜しそうに馬車に乗り込んだ。
 さっきの強気はどこへやら、瞳には涙を浮かべている。
 俺は抱きしめたくなるのを必死に我慢した。

「それじゃあ、待っているわ。絶対、絶対だからね。愛している、ソーハン」
「ああ、愛している、ソフィア」

 馬車が出発すると、ソフィアは窓から顔を出して見えなくなるまで手を振り続けていた。


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